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降り積もる灰の理想郷  作者: 螺鈿
第一章 血濡れて消えた恋心
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第十八話 勝算

 事の発端は、開戦の七日間が四日後に迫った日の夜。創増殖皇に強制呼び出しを食らった【太陽暦】はその時遂行していた全ての仕事を放り出して彼女の所へ向かった。


「あの街は人の数が多いので、今からの避難では救える者と救えない者に分かれてしまいます。それは良くない」


 対面すると同時にそう言われた時は、あの創増殖皇も遂に気が狂ったかと期待したものだが、非常に残念ながら彼女は正常だった。創位階皇と話していた、英雄戦の戦場に関する話をいきなり振ってきただけのようだ。


「更に、魔族は今全リソースを英雄戦に回しています。生き残った方々の世話を出来る場所がないのです」


 席について、紅茶と菓子を貪り始めても創増殖皇はその話を続けた。何を聞かせたいというのか。


「最後に、予算。今後の英雄に割く資金を、街の修復に回す余裕はありません。以上三つの理由で、あの街を見捨てる選択をしました。ええ、わかっています。悲しいことですね」


「俺的には魔族が死んでくれて万々歳だ」


 創増殖皇は、ある人質を取っている。そのせいで【太陽暦】は彼女に従っているだけであり、【太陽暦】はれっきとした人類だ。決して魔族の味方などではない。


 むう、と頬を膨らませた創増殖皇が紅茶と菓子を取り上げる。可愛げのある行動だが、【太陽暦】には一切響かない。


「わかります?街一つ、その分の人間を犠牲にする以上は必ず勝たなくてはならない……つまり、ですよ」


 創増殖皇が、いつもの妖艶な笑みを浮かべる。その笑みにどこか安心してしまっている自分が恨めしい。


 卓上に置かれていたチェス盤、そこからNIGHTとQUEENの駒を手に取り、並ばせた。NIGHTがQUEENを守るように立ち、対面、対戦相手のQUEENを警戒している。


「英雄の状況を、あなたと同じにすればいいんですよ」


「……人質か?推奨出来ないな、俺でも英雄には勝てないんだぞ?反抗でもされれば一巻の終わり……どころか、あの英雄の性格からして魔族そのものの終わりかもしれんぞ」


 その言葉は紛れもない真実だ。魔族側の人間、その中の最高戦力と言っても過言ではない【太陽暦】でも渦巻には勝てない。映像記録のみでそう判断出来る。ナラーシァも同様だが、現代の人間はどれだけ足掻いても英雄に勝てない。


 人質は、恐怖による支配に似ている。反抗される、逆転の可能性を常に抱えているのだ。あれほどの実力を保有する英雄相手にそのリスクを負うのは、愚かという他ない。


「あら、その想定はある一手でひっくり返りますよ?」


「……なんだと?何を言っている、お前は?」


 創増殖皇は、【太陽暦】及び黄道聖典の全ての情報を掌握している。無論、【太陽暦】の異能についても、だ。


 永遠恒星。生と死が存在しない無限ループ空間を生み出す結界型の異能、現実を上書きする高度な概念。更にその内部では時間の進み方が変わる、一種の絶対不可侵なシェルターにもなる防御寄りの異能。創増殖皇が知る限り、二番目に強力な異能だ。彼の技能も合わされば一番かもしれない。


 その上で、彼女は断言する。


「あなたが頑張れば、英雄には勝てる。あなたが英雄に勝てれば、この想定は180度ひっくり返る……そうでしょう?」


「勝てないと言っているんだ。理解……」


 創増殖皇は嘘を吐かない。出来ないことは出来ないと言うし、そもそも提案も相談もしない。


 そんな彼女がこうも断言するということは……勝算は、あるということだ。だが、どうやって?誰よりも自身の異能を理解している【太陽暦】ですら思い浮かばない。


「まず聞きたいことがあるのですけれど、あなたの異能の性質は世界の書き換え、塗り潰しでいいですね?」


「ああ、問題ない。一時的に上から色を変えるようなもんだ。それがどうかしたか?」


「世界の定義。それは、大きな範囲のみですか?」


 言いたいことは理解した。伊達に十数年、創増殖皇の下で働いていない。彼女の言いたいことぐらい、この程度の情報で推測出来る……随分と、大きく出たものだ。


「それともう一つ。異能の……」


「複数発動だろう?やりようによっては可能だ」


 創増殖皇が頷く。手札は揃ったようだ。


 創増殖皇の言いたいことを整理すると、異能による結界を複数発動して渦巻すら圧倒する身体能力を手にし、反抗されても制圧出来る力があることを見せつける、ということだ。


「あなたには、同時に二つの結界を構築してもらいます。一つ目は、英雄を巻き込んだ広域結界。そして二つ目は……」


 そこで言葉を切り、創増殖皇が立ち上がる。不良のような座り方をしている【太陽暦】に近寄り、その厚い胸板を全力で突いた。が、逆に指が折れそうになり、呻き声をあげる。


「うっ……くぅう……どんな筋肉ですかぁ……」


「鍛えているからな。で、続きを話してくれないか」


「ええ……痛ったぁ……二つ目は、あなたの体内です」


「待ーて待て待て待て。まさか、俺の体内を一つの世界だと定義しろとか言うんじゃあるまいな。さすがにそれは」


 創増殖皇が、喚く【太陽暦】の口に菓子を詰め込んで黙らせた。ついでに紅茶を流し込んで強制的にむせさせる。


 ゲホゴホと苦しそうに咳をしている【太陽暦】を前にして少し愉悦を感じている創増殖皇が、指をさすりながら自分の席に座った。携帯している包帯を巻きながら口を開いた。


「出来るでしょう?生物は外部からの栄養や水分の補給が必要とはいえ、その中身は一種の完成された世界です」


「うぇーっほごほ……無茶苦茶な理論だな……だが、まあ出来なくもない……のか?やってみんことにはわからんな」


「出来ますよ。私の信じているあなたなら、必ず」


「そうか……ありがとう……うん……ありがとう…………」


 まったく嬉しくない賛辞を受け、吐き気を催しながらも感謝を述べる【太陽暦】。こういう所は律儀だ。


 うんうんと元気よく頷いた創増殖皇が紅茶を啜り、続きを口にする。何故データでしか【太陽暦】の異能を知らないはずの創増殖皇がここまで応用を考えられるのか……


「だが、問題は残る。俺の異能、時間経過の加速は結界内部にのみ機能する。体内に展開した所で効果があるのは内臓だけだぞ。内臓だけ加速されても困るんだが」


「そこです。異能の同時発動と同じように、あなたには頑張ってもらわなくてはなりません。そう、即ち……」


 創増殖皇がゴムボールを取り出し、ナイフで切り裂く。それを裏返して丸め、生地の裏表が逆になったボールを作成した。何故ゴムボールを携帯しているんだこの女は。


 何かを察した【太陽暦】が両手で顔面を覆う。無茶を言う女だということはわかっていたが、まさかこれほどとは。


「結界を、逆向きにして展開していただきます!」


「あー……わかったわかった、もうわかった。馬鹿だろお前は。いや知ってたが。これだから頭のいい馬鹿は……」


 全力でため息を吐いて逃げ出したくなる。あんまりにもあんまりな理論……だが、出来なくもないのが恐ろしい。出来ないことは言わない……さすが、魔族史上最大の叡智。


 結界を逆にして展開するというのは、極めて高度な技術が求められる。尋常ならば不可能だ。だが、【太陽暦】はライアの神罰執行室の頂点である黄道聖典の統括であり、幾多の死線をこの異能と共にくぐり抜けた猛者。


 通常と真逆を向いた異能の発動……可能だとも。それを二つ、更に片方は正しい方向を向いて……可能だとも。それぐらいの無茶をしなくては【太陽暦】は務まらない。これら全てを見抜いた上での提案……何とも憎たらしいことこの上なし。


「限界ってのはな。越えるためにある。だがそれはちょっとずつなんだ。んな一気に飛び越えらんねえんだよ!」


「まあまあ、あなただから言っているのですよ?」


 まったくもって必要ない信頼。こいつは本当に、【太陽暦】に対して人質を取っている自覚があるのだろうか。まるで、そう……友人のように接しているが。


 まあ、いい。こんな無茶を通すなら、流石に準備が必要になる。今すぐにでも調整に入るべきだろう。


「……こんな、限界スレスレの荒事。初めてではなくて?」


「ああ、そうだな。それがどうかしたか?」


 立ち上がった【太陽暦】の背中に向けて創増殖皇が声をかける。どこか哀愁を感じる声音は、今すぐにでも立ち去りたい【太陽暦】の足さえも止める力があった。


 創増殖皇と【太陽暦】の過去は誰も知らぬ。だが、その過去に何かあったのは間違いない。それは、一体……


「あなたの異能はそれそのものがチートですからね。結界に巻き込んだ後、敵が適応する前に殺す。それで全て済んだが故に、限界に挑戦する必要自体がなかった」


「そうだな。その点この戦法はよく出来ている。正常結界の時間加速に体内で展開した逆方向結界、俺にだけ二重の時間加速がかかる。英雄の身体能力が二倍になっても、動く前に封殺すればいい。四倍の身体能力でな」


 前回と同じように、悪趣味なドアを大鎌で切り裂いて退室する。やはり、長い時間会話するべきではない。


 正直なところ、これだけ無茶をしても英雄に勝てるかどうかは運だ。こちらが違和感を与えないよう加減して動き、英雄が加速に適応する前に封殺。体内結界を破壊されないよう警戒しながら、いつものように反抗する気力を失うまで殺し続ける……とてつもない高難度のミッションだ。


 更に、こちらの脳……異能を発動するための部分の負荷から考えて結界の予備は一度分しかない。……後がない。


「ちっ……魔族のためにここまでせねばならんとはな。お前は悪くないが……【処女】、いつか仕置きだな」


 そして、誰もいない部屋の中で創増殖皇が俯く。静かな微笑みを称えて、いつかを思い出すように頷いた。


 天使。創増殖皇にとって、【太陽暦】は天使なのだ。神からの遣い、何においても守ってくれる天使。だからこそ捕まえておきたくなった。人質なんて手段を用いてでも。


 幸福を願っている。戦いと血に塗れた道を歩ませながらも幸福を願っている。いつか平穏に生きることが出来るように願い……同時に、地獄のような戦乱の中での幸福を掴み取って欲しいとも思う。嗚呼、なんて矛盾した精神。


 だから、これは一つの幸福。創増殖皇は戦士のことは分からないが、全力のその先の領域に到達する機会すらなかった彼が初めてそこに足を踏み入れようとしている。そこだけは英雄に感謝だ。彼の、生まれて初めての幸福。


「ええ、楽しいでしょう?きっと、そうなのでしょう?」


 だが、分からない。確信が持てない。


 創増殖皇という存在は……人の心が分からない。


「そうあって欲しいと……願うばかりです」


 一度だって、理解出来たことはない。

ご拝読いただきありがとうございました。

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