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降り積もる灰の理想郷  作者: 螺鈿
第一章 血濡れて消えた恋心
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第十三話 戦争準備

「おや。ご機嫌がよろしいようで」


「嗚呼、すこぶる良い。なあ、カーニエ?」


「そうだなあ……そう……だなあ…………!」


 やけに機嫌がよくツヤツヤしているナラーシァと、それとは対照的にどこか疲れまくっているカーニエがマージュの部屋に入ってくる。マージュは何となく察した。


 ニッコニコでコーヒーを一口啜り、窓の外を見つめる。儂にもそんな時期があった……と悲しみに沈む。


「さ、老爺。行くぞ。訓練場に向かう」


「訓練場。それまたなんの御用で?」


「妾の英雄神話をお前たちに見せておこうと思ってな。知っておるのと見ておるのでは雲泥の差よ」


 魔族の英雄との決戦まで三日。何故か魔族側からは音沙汰なしだが、ナラーシァは何もなくとも時が来れば勝負を仕掛けるつもりらしい。豪胆な性格をしている。


 ……いつの間にか、ナラーシァのいる日常が当たり前になっていたが……彼女は本来、この世界の住人ではない。


「良いことですな。ではすぐに向かいましょう」


「うむ、カーニエは場を整えておいてくれ」


 頷いて、カーニエが駆け出していく。兵士を落ち着かせたりある程度の集客をしたり、やることはいくらでもある。


 ナラーシァとマージュは後から歩いて向かう。


「そういえば、ナラーシァ様。お聞きしたいことが」


「なんだ?なんでも問うがいい」


「ナラーシァ様は異能と英雄神話が別物ですが、魔族は英雄創世と神秘が同一なのか別物なのかわからんのです。もし知っていたら教えて下さると嬉しいのですが……」


 ふむ、とナラーシァが考え込む。


 これは答え合わせだ。マージュの中での答えは一応出ているが、そこはやはり英雄神話と異能の両方を同時に保有する英雄本人に聞いた方が確実だろう。


 異能と神秘、英雄神話と英雄創世。これらはまったくの別物だ。言うなれば異能は本来存在しない後付けの武器、神秘は生まれ持った臓器のようなもの。英雄神話及び英雄創世は召喚にあたって配布されたギフトに等しい。


 そこから考えるなら、これらは同時に存在する。実際ナラーシァの異能と英雄神話は別物のようだし、それは間違いない。だが、マージュの中で一つ疑問が残る。


 異能は言うなればアクセサリ。自分を着飾るためのものである。よって、異能と英雄神話というアクセサリは同時に発現する。だが、神秘は違う。英雄創世が神秘そのものを孕んでいるとするならば、これらは同時に存在しない。


 未来においても過去においても、英雄が英雄であると世界に認識される何かがあったはずだ。そして魔族は、そのほとんどを神秘を以て成す。なら別れることは基本的にない。


「恐らく、重複であろう。英雄と呼ばれる魔族は基本的に神秘だけだからな、同一化しているか重複だろうよ」


 過去にも魔族の英雄は存在するが、彼らに関する情報は神秘以外のものがほとんど封鎖されている。


 特筆すべきことがないのか、触れてはならぬ禁忌なのか。人類であるマージュにもナラーシァにも知る由のないことだが、まあ普通に前者だろう。魔族は能動的に行動することが少ない。残した逸話も、ないに等しい。


「妾のような人類の英雄は、異能がなくとも英雄として認識される。だからこそ、別々なのだろうな。まあ、【黒十字】や【凱歌機構】のような異能を持たぬ英雄もおるのだから、それに関しては当然のことだがな」


「なるほど、ありがとうございます。英雄創世のシステムは魔族にとって不利なようですな。ほっほ、愉快愉快」


「お前もお前で相当性格が悪いな、老爺」


 そうこう話しているうちに訓練場に着いた。見張りの兵士は事前に聞かされていたようで、ナラーシァたちはすぐに中に通してもらえた。なんとまた、観客の多いこと。


 だだっ広い訓練場の中心にナラーシァが移動すると、四帝のみならず観客の兵士や官僚たちが一気に静まり返る。よほど未知が……英雄神話が怖いのか、全員壁に体を擦り付ける勢いで端に寄っている。露骨すぎて面白い。


「ん、ラスタ……ナラーシァ様の英雄神話は何だと思う?」


「ヴァルハラ戦役の再現だろうな。ナラーシァ様が英雄であると認識するのに絶対的に必要な要素がアレだ」


 ナラーシァはどのような英雄か、というのは学校でも習うことだ。その際必ず出てくる単語がヴァルハラ戦役。彼女が英雄として召喚される以上、あの戦争が鍵なはず。


 であれば、英雄神話もアレに関係することだろう。


「残念だがな、若造。その予想はハズレだ」


 かなりの小声だったはずだが、ナラーシァには聞こえていたようで、否定の言葉が耳朶を打つ。


 誰もが、ナラーシァを注視していた。誰もが、その一挙手一投足を見逃すまいとしていた。だが、誰も気付かなかったのだ。瞬きの間に、彼女の手が朱槍を握っていることを。


「ラスタ、と言ったか。お前の予想は我が異能。魂の軍勢を用いてあの大戦争を再現する」


 その言葉と同時に、ナラーシァが槍を上に放り投げる。するとその朱槍は雨のように砕け散って降り注いだ。土の茶色と黒ずんだ白だけだった訓練場に紅が混じる。


 ナラーシァをよくよく見ると、その手首と足首から血が流れていた。だがそれは重力に従って流れ落ちることはなく、不自然な軌道を描いて彼女の握った手のひらの内側に収束していっている。もう一つ、朱槍が生まれた。


「妾の英雄神話は、これだ。ヴァルハラ戦役を人類の負け戦から魔族の殺戮劇へと変貌させた烙印。血と、臓腑と、魂の怨嗟渦巻く地獄へと彼らを導いた責任の具現化だ」


 次々と朱槍が生まれる。ナラーシァから溢れる血液は無尽蔵で、いくら流れても彼女の生命に関わることはない。


 生前、ナラーシァの血液は他よりも凝固しやすいという特徴があった。その情報とヴァルハラ戦役の大虐殺が混ざりあってこの英雄神話が生まれたのだろう、とナラーシァは予測している。例え魔族の誰も、人類の誰も覚えていないような情報でも、世界には刻み込まれている。


 更に、召喚された英雄の身体構造は人間のものをしていない。どれだけ血液を失おうと、核となる心臓か脳、一定以上の臓器破壊以外の方法で死亡することはないのだ。


「……地味、だろう?わかっている、妾もそう思う。だが無尽蔵というのを舐めてはならん。カーニエ、前へ」


 無数の朱槍を自身の周りに突き立てて、ナラーシァがカーニエを呼ぶ。意図を理解し、抜刀しながら前に立った。


 正直、今の心境的にナラーシァと戦いたくはない。彼女に関連する戦いで、彼女を守るため以外の理由で戦いたくはない。だが、ナラーシァ自身が望むなら……仕方ない。


「三十秒だ。三十秒、妾の攻撃に耐えてみろ」


 その言葉と、同時。


 カーニエの頬を朱槍の先端が掠った。ナラーシァの蹴り飛ばしたものだと認識する瞬間には、二本目が。


 完全に抜刀する。朱槍の飛来する速度からして、受け止めるのは無謀。受け流す方針に転換する。今までしたことがないほどに体捌きを意識して、一本一本を注視する。


「数があれば、こういうことも出来る」


 刹那、地面ごとくり抜いてナラーシァが全ての朱槍を上空に跳ね飛ばす。視認不可能な距離に到達した頃、ナラーシァ本体がカーニエに肉薄する。刃先が頭部を捉えた。


 後方に倒れ込むように動き、紙一重で躱す。返しの斬撃で横腹を狙うが、謎の力で弾かれた。


「妾のドレスな、これも英雄神話で作ってある」


 ナラーシァの英雄神話は、言うなれば血液の凝固。別に槍の形状じゃなくとも、好きな形状に血を加工出来る。


 あの時、【双魚】の風弾を防いだのと同じ原理。


 体勢の崩れたカーニエの腹を、朱槍の柄の先が強かに打った。体が浮かび上がり、肺の中の空気が流れ出る。


「かっ……はっ…………」


「少しばかり、痛いぞ。覚悟しろ」


 しかして、終わりではない。


 直下から、計五本の血の棒が出現してカーニエを吹き飛ばした。ナラーシァ本体の相手だけをしてしまっては、そんな不意打ちに気付けない。


 そして跳躍したナラーシァがカーニエを地面に蹴り落とす。刹那、絡み合いながら落下した無数の朱槍がカーニエの四肢を拘束した。地面に縫い付けられ、動けない。


「数とは、こういうことだ。単純に出来ることが増える。戦闘において、数というのは圧倒的なアドバンテージだ」


 ナラーシァがカーニエを拘束していた朱槍を回収しながらそう言う。兵士たちは、四帝たちは、何も言えずにその光景を眺めていた。人類最高峰の実力者であるカーニエが、傷一つ付けられずに敗北した。


 (これが……英雄……!格が違いすぎる!)


 戦闘とは無縁のフルルやラスタでさえそう思う。英雄神話がなくとも、ナラーシァは同じようにカーニエを完封していただろう。何故か、そんな確信がある。


 更に、これに加えて異能によるヴァルハラ戦役の再現という切り札まで保有している。カーニエに迫った速度も、動体視力がよっぽど良くないと見失うほど。これだけの要素が揃っていれば、魔族の英雄など恐るるに足らず!


 誰もが、そんな思いを胸に抱いた。


「理解してくれたか?異能は……少し危険だから披露はせんが、これと同程度かそれ以上に強いと思え」


 英雄神話は強力な切り札だが、必ずしもその英雄にとって最強の手札かと問われればその限りではない。実際、ナラーシァは英雄神話と異能のどちらを秘匿するべきかの選択を迫られたなら間違いなく異能を隠す。


 英雄の言葉に、誰もが安堵し雄叫びを挙げた。半信半疑だった英雄の実力が確かなものとわかるや否や、兵士たちはナラーシァを信奉する敬虔な教徒へと変わったのだ。


 英雄という存在の価値を、彼らはようやく理解した。


「さて、老爺。用意しておいて欲しいものがある」


「おや、なんですかな。この老骨が必要ですか」


 ああ、と頷いたナラーシァの顔は虐殺者そのものだった。ヴァルハラ戦役もきっと、こんな表情で駆け抜けたのだろうことを想像すると胸が痛くなる。


「火薬だ。街ひとつ消し飛ばせる量の火薬を用意しろ」


「は、火薬……ですか。そんなもの、何に……」


 にぃぃっとナラーシァが笑う。彼女は味方にはとことん甘いが、敵に対しては、敵に属する者に対しては一切の容赦をしない。その敵が気に食わない時は、特に。


 魔族の英雄は、戦うことを放棄しかけているという情報が四皇から伝えられた。何とかして戦わせるつもりだということも。だが、ナラーシァからすれば生ぬるいことこの上ないことだ。戦わせるつもり?違うだろう。


 戦わせる、と断言しなくては。


 魔族に対して、ナラーシァは特別な嫌悪感を抱いてはいなかったが……その瞬間、魔族は彼女の大敵と化した。


「妾の英雄神話の内側に混ぜて、落とす。期日が来ると同時に、奴の滞在する街ごと吹き飛ばす」


 戦を放棄した英雄への罰は、それで十分だろう。

ご拝読いただきありがとうございました。

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