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降り積もる灰の理想郷  作者: 螺鈿
第一章 血濡れて消えた恋心
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第十一話 孤独

「マージュ。英雄の再召喚って出来ねえか」


「……いきなりなんじゃ?ナラーシァ様は素晴らしい英雄ではないか。強さもある。何の問題があるというのだ」


「そこだよ!強すぎるんだよ、ナラーシァは!」


 マージュが選別戦争に関する調査や調整をしていると、泣きそうな顔をしたカーニエが乱暴に扉を開けて入ってきた。


 汗のかき方からして、兵士の訓練の後か。その武力と魔族との戦争の功績が認められ四皇となったカーニエは騎士団のトップの役割も担っていて、たまにこうして直接訓練をつけてやるのだ。いつもは楽しそうなのだが、今日ばかりは苛立ちが凄まじいようで表情が歪みきっている。


 こういう時は何を言っても聞かないのでとりあえず席に座らせて、精神安定剤を混ぜた紅茶を飲ませる。少し落ち着いた様子のカーニエが事情を話し始めた。


 決戦までの暇つぶしの一つとして、ナラーシァは人類の兵士に徹底的な訓練を施していた。対応力の低い兵士は重装備を担がせて山に放り込んで放置し、単純に力が弱い兵士はナラーシァ式マッスルトレーニングに強制参加。


 技が未熟な者には全身の筋繊維が断裂するまで特訓させ、それが近接武器ならナラーシァが直接相手する。遠距離武器なら自分目掛けて攻撃させ、心が修復不可能なレベルでバッキボキに折れるまで無効化し叩き落とす。


 一種のメンタルトレーニングだと本人は言い張っているが流石に無理があるだろう。スパルタレベル100だこんなの。


「……お前、あれじゃろ。最初ナラーシァ様相手に抜刀しかけたから嫌がらせされとるんじゃろ」


「それならそれでいいけどよ!部下まで巻き込むなよな!お陰で士気がダダ下がりだ、覇気もない!」


 ダンダン机を叩きながら、カーニエが頭を掻きむしる。やれやれ、とため息を吐いてマージュが紅茶を啜った。ナラーシァは確かに感性や基準が常人離れしている、というより常人の感覚を理解しようとしない節がある。


 生まれながらの英雄なのだ。弱者を理解出来ない。恐らくは生前に理解しようと務めたのだろうが、とっくのとうに無駄だと悟っているのだろう。マージュ以外の四皇はそれがわかっていないが、ナラーシァはいつも何かを諦めたような目をしている。きっと、彼女なりに努力してきたのだ。


「で、何だったかの。再召喚?おう、無理じゃ」


「理屈!理屈で説明しやがれ!素の事実なんざいるか!」


 マージュが紐を持ってくる。お得意の境界侵食技術だ。


 世界は一本の紐。過去も未来も現在もひと繋がり。それはカーニエも理解しているだろうからそこの説明は省く。


「今、ナラーシァ様と……名前は知らんが、魔族の英雄が召喚されておる。つまりは、こういう状態じゃ」


 紐を三等分し、両端の区切り部分を曲げて輪っかを作る。それを中心に引っ張って、くっつけた。


「再召喚するには、もう一度過去の部分の輪を作らねばならんのだ。だが、紐はない。これが理屈じゃ、わかったか?」


「ならナラーシァを過去に帰してもう一回召喚を」


「英雄は死ぬか世界からの干渉がない限り消滅せん。どうしてもと言うなら自死を乞うか殺してみせるがいい」


 ポカン、とカーニエが口を開けて静止する。言われたことが頭の中で整理出来ていないのか、無様な顔面をしたまま一分ほど放置された後に再起動した。


「それは……なんか、ダメだろう。うん……」


「その分別はあったか。まあ、とりあえず無理だということだけ理解しておけ。というより汗臭いの、お前」


 言われて自分の体臭を嗅いでみると、確かに臭い。そういえば今日はマージュに一刻も早くこの話をしたくていつものシャワーをかっ飛ばしていたのだった。


「悪い、邪魔した。あと、そう!ナラーシァにはお前から言っておいてくれよ!頼むから!マジで!」


「おうおうわかった、早う行け」


 シッシッ、と手を振ってカーニエを追い出す。


 相手していると鬱陶しい、という感情が先に来るが、過ぎてみればカーニエとの会話というのは案外楽しいものだ。いつもいつも頭が回り精神年齢も高いフルルやラスタの相手をしていると、特にそう思う。


 さて、仕事が一つ増えた。ナラーシァにカーニエからの苦情というか、意見を伝えなくてはならない。


「はてさて、しかしナラーシァ様はどこに?」


 ――――――


「本当に……困る、困る!強すぎるのも問題だな!」


 ドスドス廊下を歩いて、普段騎士団の兵士が訓練終わりに使うシャワー室に向かう。今日はカーニエ以外の全員がいつもの半分程度の時間でダウンしたため、もう使っている兵士はいないはずだ。理想通りの、静かなシャワー室が待っているはず。カーニエは孤独が嫌いで静かなのが好きなのだ。


「問題……だが……やはり、捨てきれねえなあ……」


 カーニエは騎士である。純正の人類の中では比類する者なき戦士である。故に、孤高であった。故に、孤独であった。


 そんな中で、耐えきれぬ“独り”の中で、いつも救ってくれたのはかつての英雄たちだった。同じように孤高だった彼らも、こんな苦しみを抱えていたと思うと気が楽になった。


 いつからか、強者は孤独だと思うようになった。


 ナラーシァ・エミリル。世間ではその異能こそが注目されるが、カーニエが惚れたのは槍術だった。数千の魔族軍を殺した恐るべき槍術、その技術に遠く焦がれた。


 平時は周囲へのイメージも考えて剣を使っているが、カーニエの主武装は本来槍である。その要因も当然、ナラーシァにある。だからあの時、ナラーシァが名を明かした時、心の奥底から叫びたくてたまらなかった。


 憧れていた英雄がそこにいたのだ。だが、その分落胆も大きかった。マージュと親しげに話す彼女は、カーニエの想像する強者からかけ離れていたのだから。


「他の英雄を信奉すりゃ楽なのに……クソッ」


 何処か知らない場所から湧き出る苛立ちが抑えきれず、悪態をつきながらシャワー室のドアを乱暴に開ける。


 シャワー室とは言うが、大浴場のようなものだ。数多くの兵士が一度に利用する都合上、ただのシャワーだけだったり一般の風呂だけだったりじゃ賄いきれないのだ。


 脱衣場で服を脱いでいると、中からシャワーを使う音が聞こえた。心底残念そうな顔をして首を横に振る。


 今日は、厄日だ。ナラーシァに騎士団全体をしごかれ、士気は最悪で覇気もない。よくわからない苛立ちはずっと心の中にあるし、静かにシャワーを浴びることも出来ない。


「誰だ……居残りもいいが、あまりやりすぎると……」


「ああ、お前。カーニエだったか。居残りか?やりすぎると筋肉が痛むぞ、訓練は程々にすることだな」


 すっ転んだ。


 浴場へ繋がるドアを開けると、そこには三つのシャワーから湯を出して全力でシャワーを楽しむナラーシァの姿があった。慌ててタオルで前を隠し、赤面しながら問い詰める。


「なっなななななんで!なんっっであんたがここにいる!」


「訓練が終わったところだ、汗ぐらい流させろ。それと、良いなこれは。シャワーだったか?昔にもあればな」


 あいつらも真冬の川で水浴びせんで済んだのに、と言いながら豪快に笑うナラーシァ。彼女は今一糸まとわぬ状態な訳だが、気にならないのだろうか。大胆がすぎる。


「……魔族の技術のコピーだ。最近導入された」


「そうか、学び合う姿勢は良いものだ」


 カーニエから滲み出る嫌悪感から何かを察したのか、ナラーシァとの会話はそこで途切れる。少し気まずい空気が流れたあと、カーニエもナラーシァから最も離れた場所にあるシャワーのボタンを押した。適温の湯が心地いい。


 ボタンを押すことで流れる湯は、使用者にとって最も心地いい温度になる仕組みになっている。摩訶不思議だが、マージュ曰くある異能の応用らしい。時代は進んでいる。


 ひとしきり汗を流して、湯船に浸かる。いつもは一時間ぐらい浸かるのだが、ナラーシァもいることだし今日は早めに上がるとしよ……


「ふう。はは、風呂の良さは今も昔も変わらんな」


「なんで入ってくるんだ!なんんっっっで!!!!」


 だが、見計らったかのようなタイミングでナラーシァも湯船に浸かり始めた。何もかも丸見えなこともあって、先程の比じゃないほどに顔を赤くしながら視線を逸らす。


 初心よのう、と大笑いするナラーシァに不快感を隠しきれない。しばらく震えた後に、諦めて前を向いた。


「ははは……なんだ、観念したのか。つまら……んん?んんんんんん?お前、ははははは!瞑目しておる!はははは!」


「死んでねえよ!見ないようにしてるだけだ!」


「はははははは!なんだ、そんなに妾の裸体は醜いか?」


 挑発されているような気がして、腹が立つ。だがそれと同時に目の前にあの美女がいるという現実を意識してしまい動けない。こんなにも息苦しい風呂は初めてだ。


 数秒、経過。耐えきれなくなって一瞬だけ目を開く。ナラーシァの裸体を一瞬視界に収め、すぐ閉じようとするが……


 そうはならなかった。抑えきれない衝撃がカーニエの脳を焼いて、行動を無理やり停止させたのだ。


「あんた……それ……なん、で……」


「あ、んん?なんだ、わからんか。お前は戦士だろうに」


 “妾の裸体は醜いか?”


 その言葉は挑発ではなかった。純然たる事実、彼女自身も認めている、唯一彼女の中にあって醜い部分。


 血のように紅い結晶に守られた腹が膿んで、中に蟲が巣食っている。今も動いているそれは、もぞもぞと醜く胎動する赤子のよう。呪い、という言葉が脳に浮かび上がる。


「罪……とは、言わんが。ずっとずっと、殺してきた。踏みにじってきた。妾の全盛において唯一の、傷だ」


 ナラーシァの逸話の中にある。ある魔族の大将軍との戦いにおいて、彼女は子を作る機能を失った。永遠に巣食う蟲の苗床とされ、死してなお消えぬ烙印を刻まれた。


「それと、戦士になんの関係がある……?誰でも知ってる逸話だ、そんなの……戦士とか、関係なしに……」


「ふむ、若いの。わからんか?妾はのう……」


 嘘だ。まさか、そんなものが?


 孤高だった、孤独だった。救ってくれたのは、顔もしらないあんただった。一緒だと思っていた、のに。


「これがある限り、胸を張って英雄を名乗れる」


 ソレは、孤独じゃないといけないだろう。

ご拝読いただきありがとうございました。

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