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降り積もる灰の理想郷  作者: 螺鈿
第一章 血濡れて消えた恋心
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第一話 英雄

螺鈿です。新連載スタートとなります。

明日以降は毎朝八時付近投稿となりますので、敬愛なる読者の皆様方、どうぞよろしくお願いします!


 眼前の、この英雄は。既に死んでいると理解する。


 四肢をもがれ、腹は裂かれ、紅の結晶を大地に傷付けられながら。無様に地に伏し倒れていることを理解する。


「そんな……そんなことが、あっていい訳……」


 けれど、その現実を理解して尚。信じられない。


 英雄なのだ。多くの願いを背負い、多くの想いを託され、そして数え切れない祈りの果てにここにいる。けれど、こうまでして戦うことを、誰が強制しただろうか?


 見えないけれど、きっと笑っているこの英雄は、まるで芋虫か何かのように醜く動いて這っている。


 その様が、果てしなく不気味に思えて、高潔に思えて。


「やめ、やめて……もうやめて!」


 ぐっ、ぐばっ、ガジュ、ギャリギャリ、グチャ。


 最後に残っていた、生物を生物たらしめるモノを一つずつ破壊していく。体の中で巡っていた紅の血液が、栓をなくしてとめどなく溢れる。今も、噴水のように。


 ああ、わかっていた。けれど、やはり。


「どうして……そんなになっても、進むの!」


 同じなのだろう。何度も何度も疑問を口にするが、答えはとうに分かりきっている。この英雄もきっと、この戦いで死力を尽くす理由は同じなのだ。守りたいだけ。


 英雄として背負わされた重責も、死して尚祈りを捧げられながら、その全てを果たしてしまう真の英雄。


 どんどんどんどん壊れていく。終わりなどしらないように刻まれる。その者たちは、迷いなくそうし続ける。


「……もう、いい、いいから……やめて……」


 だが、少女がそう言うだけで止まった。俯いて告げたその言葉には、数え切れない感情が詰まっていた。


 憐憫、同情、諦観、賞賛、困惑、疑問、驚嘆、恐怖……


 目だけで、前を見る。やはり、英雄は突き進む。どれだけ傷だらけになっても、戦えないとしても……大きな、大切な何かのために、どんなになってもそうすることが出来る。


 ■■君のようだ。やっぱり彼は、英雄だったんだ。


 最初は立ち向かえると思っていた。同じように護りたいものがあって、勝手に背負わされて、状況は同じだって。でも違った、この英雄は、根本から決定的に違ったんだ。


 遙か後方で眠っている、大切なあの人のことを想う。想いながら、眼前の英雄を抱き締めた。


「戦うんだね、あなたは……そんなになっても……」


 同じ選択が出来るだろうか。状況が何もかも同じだからと言って、この英雄のような選択が出来るだろうか。答えは否だ。そんなこと、出来はしない。考えずとも分かる。


 愚かだとは思わない。これが英雄の在り方だ。


「私は、間違っていなかったけれど。あなたは正しかった」


 間違っていなかった。確かに、そう思う。


 ただ、それ以上に。この英雄が正しかった。英雄としての在り方も、戦う理由も何もかも……どうしようもないほどに彼女は英雄だったのだ。


 だから。


「さようなら」


 そう言って、最後の選択を……

 

 ――――――


「今回の戦争、勢いがなかったんじゃないか」


「カーニエ、そんなに魔族が憎いか?いや、わかる。気持ちはわかる。だが戦うのは我々じゃないそれを頭に入れて」


「わかった、わかったってうるせえなあ!」


 世界を平面とした時、西側を支配しているのは人類だ。文明を築き、知恵を絞り、この星の上に生きる命の中で最も繁栄しているのは彼ら人類である。それは世界の共通認識だ。


 数多の武器を生み出し、不壊の防壁を築き、地平全土に群らがる天敵を排除してきた。人類は成功した。


 しかし。唯一、残っている敵がいるとするならば。


「フルルからもなんか言ってくれ、こいつ頑固すぎる」


「……魔族を滅ぼす機会は戦争だけ。それは事実。最高級のパンに湧いた虫を殺したくなるのは……ん、当然」


 魔族。それは東側を支配する種族の総称だ。繁殖欲がないため個体数は少なく、文明を発展させる気もないため未だに狩猟生活をしている個体も少なくないが……ある点において人類が決して及ばないことが一つだけある。


 個体としての力だ。人類の科学力がどれだけ発展しようとも、境界観測技術がどれだけ栄えようとも、魔族だけが行使できる特別な能力――彼らは神秘と呼称している――がある限り人類と魔族の均衡は揺るがない。


「世界をパンに例えるな……しかし、それは違うぞフルル。魔族を滅ぼす機会はもう戦争だけじゃない……お、来たか」


「お待たせ、諸君。無事に召喚完了だ。移動するぞ」


 英雄戦争と呼称されている。人類側七柱、魔族側七柱の英雄を召喚し戦争を繰り広げさせる大儀式。人類と魔族が誕生してから長きに渡って続いてきた因縁にケリを付けるための唯一にして最後の方法……おぞましき祭典。


 数え切れないほど繰り返してきた人類と魔族の戦争ではキリがないと判断したが故……では、ない。


「……悲しいものだな。英雄に頼らざるを得んとは」


 眼鏡をかけた冷静な青年、ラスタの言葉に三人共が頷く。


 英雄は、過去と未来から召喚される。既に過ぎ去った残滓と未だに生まれぬ幻影……そんなものに頼らねば両種族を存命させることが出来ないなどという現状が情けない。


四皇しこうの提案、やはり断るべきだったか?」


「他に手段がないこともわかっておろう」


 マージュ、という。二十代の青年であるカーニエとラスタに加えて十代後半の少女であるフルルの同僚でありながら一人、六十代の老爺。しかして衰えは感じられない。


「英雄戦争に勝利する以外、我々人類が生き残る手段は存在しない……英雄に頼る以外の道はないんだ……!」


 境界観測技術というものがある。運命は創世の時より決定付けられた一本の紐であるということを前提に据えた一種の学問であり、扱える者は世界に二人しか存在せず、その一人がマージュである。


 過去、未来関係なく世界に刻み込まれた情報を覗き見る技術だ。これの応用で英雄を召喚するのだが……境界観測技術でマージュが未来を見た際、ある滅びを見た。


「世界は滅ぶ。否……我々は一人残らず滅ぶ」


 人類と魔族の戦争は未来永劫行われていた。互いがどれだけ損耗しようと止まらず、最後の最後。最後の血が流れた瞬間にナニカが出現した。“有り得ざる第三種”と呼称する。


 ソレにより、残された人類と魔族は完全に滅んだのだ。人類と魔族が戦争により共倒れした後に出現。観測出来なかった。けれど何かを為し……未来は消えた。人類歴三千年、現代において更なる発展の期待されている時であった。


 当然魔族も同じ未来を観測していた。滅びを回避するための会議は幾度となく開いたが……それよりも、両者相手だけ滅ぶならまだしも共倒れなど真っ平御免。どうやって相手だけを滅ぼすか?という議題の方に段々傾いていった。


 結果。運命、世界すら想定不可能な第三の要素を用いてどちらか一方を滅ぼすことでもう一つの種を生き残らせることにした。その第三の要素こそが……過去と未来の英雄だ。


 英雄戦争に勝利する。人類を守る。それが彼らの使命であり、英雄に託す唯一にして絶対なる願いなのだ。


「英雄以外に、儂らを救える者はおらんのだ」


「わかっている……おい、下がれ。ここからは僕たち四帝だけでいい。ああ、一般兵は全員下がらせておけよ」


 カーニエ・ピラスマ、フルル・パケル、ラスタ・バーニエとマージュ・バランティ。彼ら四人は人類の頂点、四帝と呼称される。比類なき君臨者、圧倒的支配者である。


 常人……否、超人ですら不可能なことを平然とやってのける怪物たち。彼らなくして人類は立ち行かぬ。


 ラスタが乱暴に声をかけた一般兵が、羨望の眼差しを向けながら立ち去っていく。ラスタは戦闘関連の部署には一ミリたりとも関与していないが、それでもこうまで尊敬されている。四帝の凄まじさが分かるというものだ。


「さあ、気を引き締めろ。この扉の奥には英雄がおられる」


 豪奢な扉だ。取っ手に手をかけることすら躊躇する。


 この扉一枚隔てた先に、英雄がいるのだ。人類が召喚するのは過去の英雄。偉大なる歴史を築いた英雄が……!


「随分と遅かったな。蟻の行列でも眺めていたか?」


 扉が、開いたと感じた。声は遅れて届いた。


 反射的に、カーニエが腰に提げている剣に手をかけた。同時、その手を抑え込まれる。尋常ならざる剛力だ。


 肩にも、置かれていた。しなやかな、女性的な手。左側に提げている剣の柄を握っている手と、乱れた呼吸で上下する右肩に置かれている手は同一。優しく、そして恐ろしい。


 (見えな、かった……なんだ、どう動いた……!?)


「ふむ、見るに……戦の将か。ならば帯剣も特別に許そう。さあ入れ、妾の好みに改良しておいてやったぞ」


 その英雄は長身の女性だった。血のように紅い長髪は床まで垂れて、艶やかな煌めきを放っている。袖のないワンピースドレスを身に纏い、キラリと輝く左右非対称の耳飾りが両耳にある……それ以外の装飾はない。


 しかし、それでいて大貴族の令嬢が足元にも及ばないほどの美しさ。後ろ姿だけでも分かる、超常の美貌……!


「どうした?入らんのか。それとも……見惚れたか?」


 英雄は扉を開いていた。


 紅。紅一色の部屋だった。カーペット、カーテン、天井から壁に掛けてある絵画まで。紅以外の要素が存在しない、鮮烈な部屋。一度見れば忘れぬ、天上の名画のような。


 有り得ぬ、とマージュは認識していた。まだ召喚からそう時間は経っていない。三十分程度のはずだ。


 召喚した時、この部屋の内装はどうなっていた?色とりどりの装飾が為され、どこを見ても新たな光景が焼き付くようにしていたはずだ。完璧な調和に、誰もが頷いていた。


 だが、これは!乱暴なようでいて繊細、間違いを恐れぬ大胆な装飾!視界に映る色は全て同じでありながら、捉え続けることでこちらの認識さえ変わるような幻覚!嗚呼、言葉で表すことが無粋にも思える……これが真なる芸術!


「お前たちは何も分かっていない。芸術とは、ただ鮮烈だったり噛み合っていればいいものではない……だが、それを理解出来んことを妾が責めることは決してないぞ」


 部屋の中央に置かれた、シンプルな意匠の椅子。どこにでもあるような木製のソレに紅を塗りたくったような、一般家庭にいくらでもありそうな椅子。しかし、これが最上級の美術館の目玉として置かれていても違和感はない……!


「真なる芸術、真なる美術!それは妾の美貌のように、妾のみが描けるものであるからな」


 傲岸に、悠然に。君臨するかのように英雄が座す。


 人類の希望を担う、一人目の英雄である。

ご拝読いただきありがとうございました。

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