バッドエンドしかない悪役令嬢に転生したので、好きに生きます
誤字脱字報告ありがとうございます!
また、ブクマや評価をしてくださった方々、ありがとうございます!!
「うそ……でしょ……」
ぱっちり二重に意思の強い牡丹色の瞳。緩くウェーブを描く菫色の髪はふわふわで思わず触ってみたくなるほど美しい。
シミひとつない透明感抜群の肌は恨めしいほどにすべすべだ。
おまけに美少女と来た。
(これでバッドエンドしかない悪役令嬢じゃなければ人生勝ち組なのに……)
鏡の前でため息をついた彼女は未来に起こる出来事に対して呆然としていた。
* * *
ステラルーファ・シリリオス侯爵令嬢。彼女はとある乙女ゲームの悪役令嬢だ。
高スペックな彼女は向かうところ敵なしレベルで優秀であり、おまけに容姿端麗ときた。身分、頭脳、美貌を兼ね備えた『完璧令嬢』と言われ、学園入学と同時に王太子の婚約者となった。
しかし婚約者である王太子は政略的に結ばれた婚約に対して好感を持っていなかった。
歩み寄ろうとするステラルーファであったが、仲は進捗せず、むしろ距離は開いていく。そんななか王太子は特待生として入学してきたヒロインとひょんなことに偶然出会い、婚約者であるステラルーファそっちのけで愛を育んでいた。
そんな二人を見て振り向いても貰えなかったと悲しみのどん底に突き落とされ、その上家族は王太子の心をつなぎ止められなかった無能としてステラルーファを虐げる。
───生きているのさえ辛くなった彼女は事の発端であるヒロインを殺そうとし、最終的には婚約者である王太子に殺される……
そう言ったゲームだった。
「はあ……」
ついさっき思い出したステラルーファは盛大なため息をつく。幸い、まだゲームが始まる前だ。なんとか頑張ればバッドエンドは回避できる……はずだ。
「そもそもステラルーファなにも悪くないのに」
ゲームとはそんなものだと言ってしまえば終わりだが、よくよく突き詰めていけばこのゲームはステラルーファが理不尽に殺されるゲームともいえる。
「だって小さなころから両親はステラルーファを道具としてしか見ていないし、お兄さまはステラルーファに劣等感を抱いていてろくに目も合わせない」
そんななかで王太子の婚約者となり、ようやく自分を見てくれるとステラルーファは僅かな希望を抱いた。しかし結局は道具としてしか見られない虚しさに心を蝕まれていくだけだった。
それに王太子もなにがどうしてそうなったのかは知らないが、ステラルーファがわがままを言って無理矢理に婚約者の座に納まったと勘違いしている。
「情報の精査くらいしなさいよ」
思わず苦言が出てしまうが仕方のないことだ。
しかもステラルーファが歩み寄ろうとしても突っぱねていたくせに、ヒロインがちょろちょろっと歩み寄れば簡単にコロッと落ちてしまうなんて最悪だ。
「それにこのゲームの一番の問題はそれだけじゃない」
自分の婚約者が浮気をしていたから、婚約者の心を繋ぎ止めようと武力行使に出た結果、首を切られるのなんて序の口だ。
なによりも問題なのはヒロインがどのルートを選んでも攻略対象者に難癖つけられてバッドエンド。
ステラルーファが悪役令嬢として死ぬのは王太子ルートだが、それ以外のルートでも国外追放や奴隷堕ちなど、そんなに厳しい罰にする必要があるかと思うほど酷いものだった。
「家族の中にも攻略対象者がいるってほんと最悪」
頭を抱えたくなるほど最悪なのもステラルーファの兄・ウィリアムも攻略対象者だからだ。
それ以外の攻略対象者も少なからずステラルーファと関わりがあるし、学園に入学すれば否が応でも関わることになる。
「え、なにこれ。運営からの嫌がらせ? なんの恨みがあってステラルーファをこんなに貶めたいのよ」
『完璧令嬢』と称されるステラルーファであったが、本当は家族に振り向いて欲しくて、がむしゃらに頑張っていた健気で可哀想な一人の女の子なのだ。しかし努力をすればするほど、両親からは道具の価値が上がったとしか見られないし、兄からはさらに嫌悪の視線が送られる。
「ほんと、可哀想なステラルーファ」
ぽすんとベッドに横になりながら、腕で目を隠す。天蓋付きのふわふわベッドにゲームでよく見た部屋は、やはりここがゲームの世界なのだと実感させる。
「はあ……何をしても無意味。最終的にはバッドエンド。ヒロインがどのルートを選ぶかで生きるか死ぬかが別れるけど、正直いってどっちの結果も嫌」
どうせゲームの強制力というのはある程度存在するのだろう。現にもう兄には嫌われているし、両親はステラルーファを王太子の婚約者にするためにもう水面下で動き始めている。
「……なにをしても無駄。でも、どうせゲームの世界なら好きに生きたほうがいい。だってここはゲームの世界であると同時に私の生きる世界だから」
ゲームの結果を変えるためじゃない。限られた時間を好きに生きるためにステラルーファは動き出した。
* * *
あれから数年、とりあえずステラルーファは今までのような行動を止めた。両親に媚びを売るための勉強なんてしないし、兄の顔色を窺いながら過ごすなんてこともしない。
初めはステラルーファの不可解な行動に両親は真面目に勉強するように言ったが、道具として使えないと分かるとすぐに関心なんてものはなくなった。
兄もステラルーファが落ちこぼれになっていくと、徐々に自尊心が満たされていき、代わりにステラルーファを言葉で虐げるようになった。
正直こっちのほうが悪化しているのではないかと思うが、コバエが耳元で騒いでいても煩いだけで気にしないだろう。それと同じだ。
「やあステラ。元気にしてるかい?」
「あらお兄さま。ごきげんよう。どうされました? この時間は剣術の時間のはずですが……」
窓際で飲んでいた紅茶をソーサーに戻し、兄に向き合う。そして頬に手を当て、微笑みながら言った。
「もしかして剣術の才能がないことにようやく気づき、別の道へ進もうと……?」
「っ、ステラ! 兄に対してなんて口を! 今すぐ撤回しろ!」
「あら違いましたか。申し訳ございません。お兄さまは良くも悪くも全部が全部平均的な値ですので。あっ、でも顔だけは一級ですから安心してください」
ぷるぷると手を強く握り締め、なんとか怒りを抑えているのかもしれないが、顔に表情が出過ぎている。
「ステラ……、お前はもう少し空気というものを読んだほうがいいぞ? これは優しいお兄さまからのアドバイスだ」
「空気なら読んでいるつもりですが」
「それで読んでいるだと……!? 俺のことを馬鹿にしているのか!?」
「まさか。敬愛するお兄さまに対してそのような感情を抱くはずがないじゃないですか」
(だって馬鹿にするほどの価値なんてないでしょう?)
こんなおちょくりに簡単に感情を露わにするなんて相手にする価値もない。ステラルーファは風になびいた髪を押さえながら兄に尋ねた。
「ところでお兄さまはどのような用件でこちらに?」
「あ、ああそうだな。忘れていたよ」
それでわざとらしく咳払いをして、ステラルーファに自慢げに言った。
「俺は今回、王城で開かれる剣術大会に出場する機会が与えられたんだ」
「まあ、それは素晴らしいことです。さすがはお兄さまです」
望むようにぱちぱちと拍手してやればさらに気分が良さそうに話し始める。
「そうだろう? 落ちこぼれのステラとはやっぱり違うんだ。そのことを肝に銘じておけ」
「わかりました。ところでお兄さまもお茶はいかがですか? 珍しいはちみつ紅茶を取り寄せてあるんですよ」
「うっ……、いや俺はいい。訓練の途中だからな」
兄はそう言うとそそくさと部屋を出ていった。その様子に笑いそうになるが、はしたないと思い笑いをこらえる。
「……はちみつを食べると男性の場合は脳みそが溶けてしまう、だなんて馬鹿みたいな話を信じるなんて。我が兄ながら本当に馬鹿みたい」
記憶が戻った頃、ちょっとした意趣返しのようなもので夜中に話したことがあるのだ。そこから兄ははちみつを食べようとはしなかった。
「もっとはちみつを取り寄せようかしら。私の部屋に兄が来られないくらい、大量に」
やはりコバエでも邪魔なものは邪魔なのだと感じた。
「それにまさかお兄さまが王城で開かれる剣術大会に出場するなんて、世も末ね。お金でも積んだのかしら」
兄の剣術の腕はお世辞にも強いとは言えない。なにせ、妹であるステラルーファに一度も勝ったことがないのだから。
「恥ずかしくてそんなことは言えないでしょうけど」
けれどおかげでステラルーファの剣術の腕は誰にも知られることがない。
「どうやら落ちこぼれという噂がさらに広がり王室も私との婚約は断固拒否しているようだしね」
なんとも嬉しい話だ。このまま婚約なんてせずに過ごしたい。しかしヒロインが誰を選ぶかによっては意味がない。
「もっと好きに生きてみようかしら」
紅茶を飲みきったステラルーファは次にすることを決めた。
* * *
こっそりと夜中に抜け出したステラルーファは闇市と呼ばれる市場に来ていた。怪しげな雰囲気が漂うなか、お目当てのものを探しに来ていた。
「ねえ、ここに『エルフェンリートの魔剣』と呼ばれる剣があると聞いたのだけど、どこにあるか知ってる?」
「……それをどこで知った。ガキがそもそもこんなとこに来るんじゃねえ」
「んー、ガキって言われても。これでも15歳なんだけど」
「十分ガキだ」
まあお互いフードを被り、身分もなにも分かったものじゃないこの空間でのこの人の言葉は相手を思っての言葉なのかもしれない。
「でもどうしてもその剣が必要なのよ」
「だが知っての通り、あの剣は主を選ぶ。お前のようなガキが選ばれるわけがない」
「ダメだったら諦めるから、案内だけしてくれない? お金はあるから」
そう言って机にドンとお金を置いた。これだけあれば10年は遊んで暮らせる。
その金額を見て、相手は渋々ステラルーファを案内した。
「黙って付いてこい」
案内された場所はどこかの建物の地下。こんなところにさてあるのか。疑問だらけだが、ここは大人しく付いていくしかない。それに『エルフェンリートの魔剣』はどうしても手に入れたい。
(使いこなせない攻略対象者なんかに渡すなんて勿体ないわ)
これはもともとヒロインが攻略対象者と闇市に迷い込んでしまい、たまたま伝説とされる『エルフェンリートの魔剣』を手に入れるエピソードだ。
そして魔剣エルフェンリートは自らの所有者を選び、選んだ主に絶大な力を与える魔剣だ。攻略対象者はその剣の恩恵を受け、ヒロインとの仲を認めてもらう。ちなみに王太子ルートだとステラルーファはその魔剣で殺されるのだ。
(主に選ばれなかったらその場で壊すか、盗むだけ。扱えないだけで持ち出せないわけではないから)
なによりもステラルーファよりも剣術の腕が下のやつらに魔剣が渡るのが納得できない。
(ステラルーファのスペックなら絶対に誰よりも魔剣の力を扱える)
そう思っているとどうやら目的の場所に着いたらしい。寂れた地下の奥深く。台座に突き刺されて『エルフェンリートの魔剣』は存在していた。
「ほらやってみろ。抜けたらお前のもんだ。抜けなかったら大人しく帰りな」
「ええ」
ステラルーファは魔剣の前に立った。その漆黒の魔剣は今までに見たどの剣よりも美しい。
深呼吸をして柄に手をかけた。そして力を込めて抜くと、するすると簡単に抜けた。
「……あら? 抜けたわ」
思わず拍子抜けしてしまう。もっと奮闘するのかと思っていたが、簡単に抜けてしまった。
「とりあえず抜けたのなら私のものでいいのよね?」
確認のために振り返ると案内役は開いた口が塞がらない状態でステラルーファを凝視していた。
「………………」
「もらうわよ?」
「………………」
「まあいいや。抜いたのは私だから」
反応がない案内役をほっぽり出して、来た道を戻ろうと隣を横切ったとき、案内役はぽつりとこぼした。
「…………信じられない……」
「ん? なにか言った?」
足を止めて再度聞き返すと案内役は次こそ大きな声で叫んだ。
「ありえないありえない! 今まで何人もの挑戦者がいたが、誰ひとりとして抜けなかった! それなのにこんなにも呆気なく抜けるだなんて!!」
「わあお、大きな声ね」
「一体どうやったんだ!! 教えてくれ!」
がしりと捕まれ、反射的に蹴りを入れてしまった。
「ぐふうっ……!」
「あらごめんなさい。急に掴んできたから咄嗟に……」
「はあっ、はあっ、なるほど。やはり『エルフェンリートの魔剣』は強者を選ぶのか!」
なにやら勝手に興奮してきている。あまり長居するのは良くない。
「……とりあえず帰るわ。案内してくれてありがとう」
「ま、待ってくれ! まだ聞きたいことがあるんだ!」
「えー、もう帰りたいわ。眠いのよ」
「ここにある商品をひとつ持って行っていいから! 頼む!!」
持って行っていいと言われてももともとこの闇市には『エルフェンリートの魔剣』が目的で来ただけで、それ以外何があるかは知らない。
「そうは言われても……」
しかもこんな地下に何があるんだと思っていると、ふいに牢獄らしきところからふたつの赤い宝石が見えた。太陽の光を込めたような、澄んだ赤い宝石を。
「……ねえ、あの場所には何があるの?」
「ん? あああそこには奴隷がいる」
「奴隷……?」
「ああ。しかもそいつは質が良くてな。お貴族さまにでも売ろうかと思っていたんだ」
ステラルーファは説明を聞きながら、コツコツとその牢獄の方へと歩いていく。遠くからだとよく分からなかったが、こうして近くで見てみると奴隷はとても綺麗な瞳を持っていた。
(こんなところに置いておくには勿体ないくらい)
顔もゲームで一番イケメンだと言われている王太子なんかよりもずっとイケメンだ。しかも視線を逸らさずにずっとステラルーファを見続ける意思の強いその瞳が気に入った。
「……この奴隷をくれるのなら、あなたの話を聞いてあげるわ」
「えっ! さすがにそいつは……」
「嫌ならこのまま帰るけど?」
「くう……っ、わかった。そいつはやる」
鍵を貰い、ステラルーファは中にいた彼の手を引いた。
「聞いていた通りよ。今日から私があなたのご主人さま。いいわね?」
「…………」
こくりと頷いたのを確認するとステラルーファは魔剣を腰に提げて案内役の後に続いて地下を出た。
* * *
「ステラさま。本日はシュークリームを作ってみました」
「あら美味しそうね。さすがノアだわ」
ノアと呼んだ彼はステラルーファがあの闇市で連れ帰った奴隷だ。ノアと呼ばれていたらしく、ステラルーファもそう呼んでいる。
「あなたと出会ってもう三年だなんて、時が過ぎるのは早いものね」
「左様でございます。あの日ステラさまに出会えたことは俺の人生の中で最も僥倖だと言えるでしょう」
「それは嬉しい言葉ね」
ノアが淹れてくれる紅茶は相変わらず美味しい。これを飲むと安心できるのだ。
(ノアを執事として雇うことができて本当に良かったわ)
ノアを闇市から連れ帰った次の日、ステラルーファはノアを執事として雇いたいと両親に頼んだ。ステラルーファに関心のない彼らは勝手にすればいいと、面倒ごとを避けるかのように会話を終わらせた。
ノアの給金はステラルーファの予算で十分賄えたため、そのときだけは侯爵令嬢として生まれたことを感謝したくらいだ。
兄はと言うとどこから聞きつけたのかは知らないが、ノアが奴隷だったということを知り、ステラルーファにぐちぐちと嫌味を吐いてきた。
もちろんコバエの嫌味など痛くも痒くもない。倍にして追い返してやった。
そんなこんなでノアは無事にステラルーファの執事となった。
カップを片付ける姿まで様になっているノアだが、最近は本当に奴隷なのかと疑いたくなる。
(まず顔がイケメンよね。黒髪に赤い瞳の美丈夫。屋敷の使用人も私の執事で元奴隷じゃなければ付き合いたいと言うほどだもの)
それに何をするにしても品がある。兄のウィリアムなんて長年侯爵家で暮らしてきたというのにノアに比べれば本当にコバエのような品のなさだ。
(お兄さまの劣等感がまた再発したのよね)
全てが平均値並にしかないのだからそこそこで見切りをつけて頑張ればいいのに。全く困った兄だ。
しかもノアはなんでも完璧にこなすのだ。「本当に奴隷だったの?」と聞きたくなるくらい、誰に教わったのかは知らないが、勉強も剣術もマナーも全てが高スペック。
(ステラルーファほどの高スペックなキャラなんていないはずなんだけど)
思わずじーっと見つめてしまう。それに気づいたノアはあくまで淡々と述べる。
「あまり見られると顔に穴が空いてしまいます」
「んー、そうは言っても本当にノアは何者なんだろうって疑問に思っちゃう」
「俺はあなたの執事ですよ。それよりも準備の最終チェックを致しましょう」
また話を変えられてしまった。しかしノアの言う通りなため大人しく準備を進める。
「もう卒業とかあっという間よね。あそこでなかなか味わえない特殊な経験をさせてもらったわ」
「特殊というか最早あれは異次元です。だれも彼もがあの特待生の言いなりになっているのですから」
ステラルーファはつい先日のような気持ちで思い出す。
ゲームと同じように学園入学したステラルーファだったが、ゲームと違うことがふたつだけあった。
ひとつは王太子の婚約者とならなかったこと
もうひとつはノアを執事として学園に連れていくことができたこと
王太子の婚約者にならなかったのはステラルーファが『落ちこぼれ』だということを聞き付けた王室が婚約を拒否した結果だ。そしてノアの場合はステラルーファのゴリ押し。
何はともあれゲームとは違うスタートを切ることができたわけだが、強制力というものは存在するらしい。ヒロインのアリアが入学してきたのだ。
元平民で男爵家に引き取られた彼女は特待生という形で学園入学を果たした。しかし好きに生きると決めたステラルーファは厄介事になんて関わりたくもない。
だから距離を置いて、ノアの作る美味しい昼食を食べて毎日を過ごしていた。それなのにいつの間にかステラルーファがヒロインのアリアを虐めていると噂が立ち始めた。
もちろんそんなことはしていないため事実無根だが、そこは強制力なのだろう。ステラルーファがやったことにされていた。
(面倒だわ)
その一言に尽きた。だからさらにヒロインたちとは距離を置いていたのになぜか向こうから距離を詰めてくる。しかもヒロインは逆ハーエンドという悪役令嬢であるステラルーファが最も無惨に死ぬルートを選んだ。
もう自主退学でもしようかと本気で思ったこともあった。そのうえノアまでも攻略しようとしてくるし。
(ノアは攻略対象者じゃないんですけど?)
もうただの男好きではないか。いろいろなストレスが溜まっていたんだろう。いつもなら手を抜いていた学園で開かれる剣術大会でつい力を込めてしまい、優勝してしまったのだ。
これでさらに攻略対象者からは嫌われる。しかもそれを見てヒロインは笑ってるし。
(え、あなたも転生者かなにかですか?)
ちょっとそんな気はしていたが、こうも露骨にステラルーファが悪くなることばかりされるとヒロインも転生者ではないかと疑ってしまう。
(ノアは私のものなのよ)
初めてあの地下で会った時からそうなのだ。ポッと出のヒロインなんかに攻略対象者は渡せてもノアは渡せるわけが無い。
とまあこんなことが三年間続き、残るは卒業パーティーだ。国王陛下やその他の高位貴族も卒業生を祝いにやってくる。
しかし残念ながらそこでステラルーファは断罪されるのだ。
───やってもいないことをでっち上げられて。
(全く困ったものだわ。自分から暴走車両に突っ込んでいく趣味はないというのに)
ため息をついてノアを振り返った。
「ねえノア。ドレスはやっぱりこのドレスがいいわよね」
「ステラさまならどちらのドレスもお似合いになられると思いますが、俺としてはそのドレスがステラさまに最もお似合いだと思います」
「ふふ、ありがとう」
手に取ったドレスを見て、ノアの瞳と比べる。このドレスはノアの瞳に最も近い色のドレスなのだ。
本来であれば卒業パーティーでは落ち着いた色合いが好ましいとされるが、特段決まりは無い。それにステラルーファはヒロインなんかよりも断然かわいい。
どんなドレスだってステラルーファの可憐さを引き立ててくれるだろう。
「卒業パーティーが楽しみだわ」
「はい。俺も楽しみですよ」
* * *
ノアの素晴らしい腕前によりステラルーファは可愛くドレスアップしていた。
髪は左側を緩く編み込み、ふわふわと髪を巻いている。瞳の色の牡丹色の髪飾りをつけ、同じ色の首飾りもする。
鏡に映るステラルーファはまさに美の女神すらも嫉妬してしまう美しさがある。
「ふふ、ノアのおかげでみんな私に釘付けかも」
「……それは少し失敗です」
「あらどうして? 私は大満足よ?」
「こんなにも美しいステラさまが他の男の瞳に映ってしまうからです」
一束髪をとり、ノアはそこにキスをした。鏡越しで見ていて、思わずドクンと心臓が鳴る。
「……も、もう! からかわないで! それよりも早く行きましょ!」
「はい」
ノアを引っ張り、馬車に乗り込む。ステラルーファが出発するように言うと馬車は徐々に加速していく。
両親と兄はステラルーファとは別の馬車で会場へと向かうそうだ。ステラルーファとしても会いたくない人に会わなくてすむからありがたい。
そして会場に着いた。馬車からは着々と卒業生たちが降りていく。御者がドアを開けるとノアが先に出て、中にいるステラルーファに手を差し伸べる。
「では姫さま、どうぞお手を」
「素敵な騎士さまだわ」
その手にそっと重ねてノアにリードされて降りる。その場面は一枚の絵画のように切り取られているかのように誰もが目を奪われた。
しかしその様子にステラルーファは面白くなさそうに言う。
「みんなノアばかり見ているわ。……私のノアなのに」
「俺はステラさまのものです。それにステラさまも多くの殿方の視線を集めているようですが……?」
「ありんこには興味ないわ」
ノアの腕を掴み、ステラルーファは会場内へと足を踏み入れた。
会場には既に多くの保護者や来賓、卒業生たちが来ていた。ガヤガヤとしている空間のため、ステラルーファたちが来たことにも気づいていない。
「このまま何事もなく終わりたいものね」
「俺としてはこんな場所でやらかすことの方が信じられません」
「そう? それよりもせっかくなのだし、パーティーを楽しみましょう」
炭酸の入った飲み物を飲んで、王宮自慢のシェフが作ったサンドウィッチやデザートを食べて、すっかり満喫している。
なによりもノアと一緒ということが楽しい。
婚約者がいないステラルーファが誰と踊ろうと周りは咎めたりしない。だからステラルーファたちは思う存分、ダンスをする。
「相変わらずダンスが上手ね。それも見ただけで覚えたの?」
「はい。基本ステップを覚えればあとはそれの繰り返しですし」
「うちのお兄さまにもノアの才能の百分の一でもあれば少しは性格も変わったのかしら」
「どうでしょう。兄君の性格は生まれつきのような気がします」
「確かに。まあお兄さまがどうなろうとも私には関係が無い事ね」
曲が終わると同時にノアはステラルーファを支え、密着する。いつもこの終わり方とはいえ、ステラルーファからすると少しドキドキしてしまう。
しかしそのドキドキも落ち着かないまま、とうとう問題の時間がやってきた。
バンっと開かれた扉からは王太子とヒロイン、その他の攻略対象者たちが次々と入ってくる。その行列にみなが注目していると、彼らはステラルーファを探して見つけ、ずかずかと歩いてきた。
そして人のことを指さして高らかに宣言した。
「ステラルーファ・シリリオス! 王太子・ローレンスの名において貴様を国外追放にする!」
放たれた言葉に会場はざわざわと波のように伝わっていく。
(やっぱりこうなるのね)
隣で静かに怒っているノアを落ち着かせて、ステラルーファはあくまで意味がわからないというふうに尋ねた。
「失礼ですが、なぜ私が国外追放に? なにか大きな罪でも犯してしまったのでしょうか?」
「はっ! 知らないとでも言うのか? 貴様がアリアにしたことを!」
ステラルーファが視線を向けると怯えたように攻略対象者の影に隠れる。それを見て、攻略対象者たちはステラルーファを責め立てる。
「やはり貴様が悪の根源だ! 見ろ、こんなにもアリアは怯えてしまっている!」
(それ絶対に演技よ?)
「学園では平等だと言うのに身分を笠に着て裏でアリアをいじめたことは知っています」
(しゃべったこともないのに?)
「……学園の試験でも、不正、してた……」
(してないしてない。そんなの時間の無駄でしょ)
「あの剣術大会だってなにか仕掛けがあるはずだ!」
(それはあなたの個人的な恨みではなくて?)
ついつい心の中で物申してしまう。
「ステラさま、こんな国さっさと出ていきましょう。こんなクソみたいな人間がいる国は遅かれ早かれ衰退します」
「それには同意見だけど、ちょっと待って」
こしょこしょとふたりで話していると、ステラルーファの兄が話しかけてきた。
「ステラ、いい加減認めろ」
「あらお兄さま。そんなところにいたんですね」
「ああ。俺はお前の兄だからな。妹が間違っているのなら正してやらないといけない」
「ふーん。正しく、ですか」
その空っぽな頭で何を教えられるというのか少し気になってしまうじゃないか。
「ですがお兄さま、生憎と教わることなんてありませんよ?」
「……なに?」
「だって全てにおいてお兄さまは私よりも劣っているんですもの」
「……っ、ステラ!」
「事実ですよね?」
兄がここまで敵対心を露わにするのは初めてだが、やはりコバエ以下。顔だけは一級品だと思っていたが、ノアと比べると三級品以下だ。
強い劣等感で今でもステラルーファを殺したいと思っているのかもしれない。
(お兄さまが私に勝てる日なんて、人生をやり直してもありえないわ)
扇をばさっと広げ、口元を隠す。まだまだ言い足りないことがあると口を開きかけた時、ヒロインのアリアが口を挟んできた。
「も、もうやめてください! ステラさん、私は謝ってくださればそれでいいです! 壊れたペンやノートを買い換えて下さらなくて結構ですから!」
涙目で健気に訴えかけるその姿に攻略対象者たちは目を奪われ、口々に称える。
「さすがアリアだ。心の中まで美しい……!」
「気にするような価値もない人にまで優しくするとは。嫉妬してしまいますよ」
「……あんなやつ、気にしちゃ、だめ」
「アリアは優しいな!」
盛り上がっているところ申し訳ないが、こんな茶番に付き合ってもいられない。国外追放というのならさっさとこの国を出て行きたいのだ。
───それに両親たちもステラルーファのことなんてばっさりと切り捨てているだろうし。
「ん、んん! 失礼、話が中断したようなので」
強く咳払いをし、ステラルーファは強制的にこちらを向かせた。
「それで国外追放の件は問題ありませんが、それ以外の事実無根の件はここで撤回させていただきます」
「事実無根? 何を言っている。全てが事実だ」
「いいえ違います。ノア、あれをちょうだい」
「こちらに」
用意していた紙の束をステラルーファに渡した。そしてそこに書かれていることを、細かく説明していく。
「まず、そちらにいるご令嬢ですが私は話したことがないので名前を存じ上げません。知らない方をどうして執拗に構う必要が? 時間の無駄です」
「だ、だがアリアは貴様がやったと……!」
「そもそもなぜ私なのですか? 接点と言えばお兄さまがそちらにいることくらい。それ以外は全くの無関係です」
「……っ、だが証言がある!」
王太子は証言というがヒロインの話を聞いただけにすぎない。しかしそんなふざけた証言と違い、こちらはきちんとした証言が存在する。
「そちらのご令嬢が階段から落ちたという話があり、それは私の仕業だと思っているようですが生憎とそのとき、私は先生の仕事のお手伝いをしていました。確認していただければ分かります」
「じゃ、じゃあ持ち物を盗み壊したことは!?」
「私のものの方が良いものなのに何を盗む必要が?」
「ひ、ひどい!」
ヒロインはまた攻略対象者に泣きつく。しかし苛立っている表情はこちらから丸見えだ。
「あとは……そうそう暴漢に襲わせようとしたというのと、私が試験で不正をしたということですね」
「そ、そうだ!!」
「ふむ、まず暴漢に襲わせる、という話ですが、先程も言ったようにそのご令嬢は知らないので襲わせる理由がありません」
首を傾げて疑問を口にすると、王太子はにやりと笑って高らかに言った。
「それは貴様が俺のことを好いているからだろう!!」
「…………ハイ? すみませんもう一度。どうやら理解不能な単語が聞こえてきて。ノアは聞こえた?」
「いいえ。俺も残念ながら。まさかステラさまがあの王太子を好いているだなんてふざけた話をしていたわけではあるまいし」
「ひ、ひいぃ……!」
ノアの殺気に王太子はビビってしまっている。
「あらあらだめよ、ノア。虫さんにも優しくしてあげないと」
「……害虫にも、ですか?」
「んー、害虫なら仕方がないわね」
シャンと扇を閉じて、微笑みながら言った。
「私があなたを好いているなんて事実はこれっぽっちもありません。お兄さま並に馬鹿なの?」
「なっ! 貴様、王太子である俺に向かってよくも……!」
「あら、つい心の声が。まあいいわ。でもあなたを好いていないのだからご令嬢を暴漢に襲わせようとなんてしないわ。さて次」
ノアはいつの間にか用意していた『エルフェンリートの魔剣』をステラルーファに渡す。剣が抜かれた今、運ぶだけなら誰にでもできる。
───ただ柄を握って振るえないだけで
転生者と思われるヒロインは魔剣を見て分かりやすく表情を変える。
「! その魔剣……」
「学力の方の疑いはもうこの学園の教師を無能と言っているようなものだから私は口を出さないとして。剣術のほうね」
柄を握ったステラルーファはブンっと強く振るう。風を強く切り裂く音がする。
「ご令嬢はなぜかご存知のようだけど、これは『エルフェンリートの魔剣』と呼ばれる主を選ぶ魔剣。多分知っている人もいるかもしれないわ」
「だがその魔剣を使ってなにを……」
「えー、王太子殿下はお兄さまくらい頭が悪いわ。私があの剣術大会で不正をしたというのなら、誰かこの魔剣に触れてみなさい。この魔剣は誰よりも強い人間が主になるように選ぶ」
ステラルーファは剣を思い切り床に突き刺した。そしてそこから距離をとる。
「さあどうぞ。自信のある方から。ただし剣も抜けず、振るえなかった方は私よりも実力不足ということを自ら証明することになります」
「……っ、」
「さあ。あまり気は長くないので。あ、もちろんお兄さまはやらなくて大丈夫です。弱いことは知っていますから」
「っ、ステラ……っ!」
ステラルーファの言葉に誰もが怖気付く。しかし攻略対象の一人である騎士団長の息子が前に出た。
「俺がやる。俺ができれば万事解決だ」
「いいですよ。どうぞ抜けるものなら抜いてください」
ステラルーファは応援しているが、ヒロインの表情は青白い。彼女だって気づいているはずだ。悪役令嬢であるステラルーファのスペックはこの場にいる誰よりも高いと。
そんなステラルーファが魔剣を手にしてしまったのだ。
───もう誰も、あの魔剣を抜く事は出来ないと。
(さあ、見せてちょうだい)
騎士団長の息子は柄に手をかけた。そして力を込めて引っ張る。
「……ふんっ! くそ、なぜ抜けない!? いや力が足りないだけだ、もう一度……!」
何度も何度も力を込めるが魔剣はビクともしない。その滑稽な姿に思わず笑いそうになる。
「……ふ、ふふ。残念でした。あなたでは魔剣の主になることはできません」
「いや、まだだ! まだ……!」
「構わないけど、周りの視線も気にしたら?」
「…………!」
ステラルーファは彼に哀れな視線が向けられていることを言う。すると彼はするすると力が抜け、その場に座り込んでしまった。
「他に挑戦したい方は?」
攻略対象者たちを見つめるも皆が一斉に視線を逸らす。それもそうだろう。彼らの中で一番剣に腕があるのが今そこに座り込んでいる彼なのだから。
「いないようですね。ではこれは回収します」
そう言ってステラルーファはいとも簡単に剣を抜き、ノアに預けた。
「さてと、以上で私にかけられた疑いは全て晴れたと思います。では次はこちらの番です」
「……!?」
「意味がわからないという表情をされるのは困るわ」
「そ、そうか、国外追放だな! 分かっているそれは間違いだ! もちろん撤回するさ!」
王太子の言葉に思わずため息が出る。
「違います。国外追放はそのままで構いません。それよりもそこのご令嬢です」
「な、なによ!」
「あなたは嘘をでっち上げ、侯爵令嬢である私に泥を塗りました。あげく周りの高位貴族すらも巻き込んだ行い。どう贖うつもり?」
ステラルーファは口元に扇を当て、ヒロインに尋ねる。すると彼女はぷるぷると震えたあとに、大声で叫んだ。
「……なによ、何よ何よ! ここは乙女ゲームの世界でしょ!? 私がヒロイン、あんたは悪役令嬢! 悪役令嬢なら悪役令嬢らしく振る舞いなさいよ!!」
周りは突然の叫びに理解不能という表情だったが、ステラルーファは彼女の前まで歩くと耳元でそっと呟いた。
「ふーん、あなたもそうだったのね」
「……!! あんたまさか!」
「そう。私も転生者。でもまさかヒロインがこんな人間だったなんて。最悪だわ」
「ふざけないで! 悪役令嬢の分際で私の人生をぶち壊すなんて!」
「壊してなんていないわ。あなたは勝手に自爆しただけ。ここをゲームの世界だとばかり思い込んでいるからそうなるのよ」
言い終わるとステラルーファはノアのところまで行き、こう告げた。
「じゃあさっさとこの国を出ましょうか。国外追放されたから」
「はい。荷物は既に馬車にあるのでこのまま出発できます」
「さすがはノアだわ」
呆然とする彼らを置いて会場を出ようとしたとき、慌てて入ってきた国王とばったり会ってしまった。
(あー、タイミングが悪い)
ノアも同じことを思っているのだろう。しかし会ってしまった以上、避けては通れない。
「国王陛下にシリリオス侯爵家のステラルーファがご挨拶申し上げます。ところで申し訳ないのですが、先程王太子殿下に国外追放を言い渡されたので失礼してもよろしいですか?」
礼も何もあったものじゃない挨拶に貴族はどよめくが、国外追放が決まっている身からすれば痛くも痒くもない。思うのはさっさとそこをどいてほしいという気持ちだけ。
しかしその願いは叶わず、国王陛下はステラルーファたちに頭を下げてきた。
「すまなかった! 息子にはよく言い聞かせる!」
「えーと、陛下?」
「だから我が国を見捨てないでくれ!」
その言葉にステラルーファたちは顔を見合せ、ため息をついた。
───気づかれてしまった、と
「お、おいなぜ陛下が一介の貴族令嬢に頭を……」
「それに見捨てないでくれってどういう……?」
周りの貴族たちもこの異常な光景に疑問を抱き始める。
(やばい、このまま話されたら困る)
「へ、陛下。とりあえず別室で話を───」
場所を移動するように声をかけた時、国王はバラしてしまった。
「まさか貴殿の執事が皇太子殿下だとは気づかず!!」
その一言に会場中は驚きで騒ぎどころでは無い。
「やられた……」
「油断しましたね……」
ステラルーファもノアも国王の行動に一杯食わされたようだ。しかしこうなっては事態の収拾が最優先。そしてこの国を出る。
「んん、失礼ですが、ノアが皇太子殿下とは一体どこで?」
「皇太子殿下直属の影がわしのところに訪ねてきたんだ」
「……帰ったらあいつらマジ覚悟しとけよ」
「まあまあ」
ノアの怒りを抑え、ステラルーファは国王を見据えた。
「なるほど。それで陛下はどうしたいのですか? 国外追放は喜んでされますし、というか皇太子殿下であるノアが聞いていたので撤回は不可能です」
「うぐっ、そ、そうだが……」
「もちろん私はノアに招待されたので帝国に行きますがそれを止める権利を陛下は持っておりません。ゆえにそこをどいてください」
「し、しかし……」
まあ国王の気持ちもわからなくは無い。このままステラルーファたちを行かせれば帝国からどのような扱いを受けてしまうか。これはノアの機嫌にもよるが、ステラルーファは介入のしようがない。
そこに執事ではなく皇太子としてのノアが国王に告げた。
「国王、今すぐそこをどけ。お前たちがステラを貶めようとした奴らを徹底的に罰せば俺はお前たちを少しは許そうと思っている」
(少しは……)
「だが行く手も阻み、我が子だからと甘い罰にした場合、俺はこの国の手を取らない」
「!!」
ノアのその言葉に、国王はサッと通路を開けた。
「お前たちの覚悟がいかようなものか、影を通して見ているからな」
そうしてステラルーファは会場を出た。最後に見た王太子たちの死んだような顔とヒロインのこの世の終わりのような顔。それと国王の頭を抱えた顔が目に入った。
* * *
「皇太子妃殿下、そろそろ皇太子殿下がお越しになるようです」
「そう。なら庭にお茶の準備をお願い。私はこの書類に目を通したら向かうわ」
「かしこまりました」
あの卒業パーティーが終わり、ステラルーファはノアの賓客という形で帝国へとやってきた。どうやらノアが話を通していたらしく、ステラルーファは快く迎え入れて貰えた。
(運命の番、か……)
帝国の皇族には他国に伝わっていないひとつの話がある。それは皇族には魂を分けた運命がいるということだ。
運命の番に出会うことはなかなかないらしく、ノアもその番を探すために他国を渡り歩いていたらしい。そこで顔がいいからと奴隷商に捕まり、奴隷となったそうだ。
簡単に抜け出せるはずなのに、面白いからと奴隷になったと聞いたときは思わず笑ってしまった。
(でも、あの出会いが今の私たちを作っている)
ノアは直感でステラルーファが番だと気づいていたらしいが、面白いから執事になりきっていたみたいだ。
ちなみにステラルーファがノアの正体に気づいたのは偶然だった。ノアが夜遅くに誰かと秘密裏に会っていることに気づき、後をつけていて知ったことだ。
「よし、終わった!」
ステラルーファは腰を上げ、ノアの待つ庭に急ぐ。最近は互いに忙しくて王国にいた時ほど会えていないのだ。
だからノアの姿を見つけて思いのほか大きな声で呼んでしまった。
「───ノア!」
そして勢いよく抱きついた。ノアはそんなステラルーファを簡単に抱きとめてくれる。
「会いたかったステラ」
「私も会いたかったわ!」
椅子に座り、お茶を飲んで他愛もない会話を楽しむ。この時間は誰のものでもない、ステラルーファたちのものだ。
「───ところでこんなときに聞くのはあれだけど、王国はどうなったの?」
「帝国の傘下に加わった。国王は俺の言うことを聞いてあの馬鹿どもに厳しい罰を下したらしいが、周りの貴族たちは不信感を抱いたらしくてな」
「もうこの国にはいられないって、こっちに来たの?」
「ああ。しかも我が父上・皇帝陛下も王国を傘下に入れようとしていたらしく、あの混乱を上手く利用したらしい」
「なるほどね」
相槌を打ちながらケーキを食べる。ステラルーファの頬に触れるノアの手は優しい。思わず甘えたくなってしまう。
「だがなぜ俺を最初から利用しなかった? 皇太子という身分を出せばあんなくだらない茶番劇なんてすぐに終わっただろうに」
「自分で閉じないといけない幕だったのよ。収穫もあったしね」
「収穫……?」
「ふふ、なーいしょ!」
席を立ってステラルーファはノアに抱きついた。
「す、ステラ……?」
「大好きよ、ノア!」
突然の告白にノアは顔を赤らめた。その様子に思わず微笑ましい気持ちになってしまう。
この日常がこれから続いていくのだろう。そのことにステラルーファは心の底から喜んだ。
(私はこの世界を生きていく)
ゲームなんて関係ない。
好きに生きると決めたのだから。
───愛する人とともに。