第1章第5話 剣術の稽古2
「いいわね。私の剣筋を目で追えているし、切込みのパターンを予見させない技巧も素晴らしいわ。ただ、受けがまだまだね。ほら!」
「痛ぁ!!」
今月に入り、魔力の鍛錬の時間を返上して、母さんから短剣舞闘を教えて貰っている。剣で力任せに戦うだけではなくて、いろいろ試してみようと考えた結果、非力な子供の力でも、剣速を上げて技巧を凝らしたら、兄さんに一撃入れられるのではないかと期待しているのだ。
「母さん、やはり受けからの切込みにした方が良いですか?剣速を上げてこちらから仕掛けるのが有利かと考えたのですが。」
「間違ってはいないわ。必ず受ける必要はないもの。ただし、受けが未熟だと、相手の力まかせの攻撃にも簡単に圧倒されるわよ。時間だから、今日はここまでね。」
「ありがとうございました。」
短剣舞踏の特徴は、相手の動きをよく見て、相手の剣を受け流す動きを徹底的に訓練する。また、相手に自分の動きを捉えられないように、様々なパターンで動き続けて止まらない。といったように、結構実戦的な剣術のような気がしている。
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「クロード坊ちゃん、精がでますね。」
中庭で短剣舞踏の訓練が終わると、見計らったように庭師のゲンさんが声を掛けてきた。
「ゲンさん!暑い中のお仕事お疲れ様。いつもありがとう。」
「なんのこれしき、クロード坊ちゃんの元気な掛け声を聞いていたら、オイラも負けてらんねぇ。まだまだ気張らねばって、力が湧いてきまさぁ」
「ははは、いつまでも元気でいてよ。この間は身体の調子を崩したんだって?」
「ありがとうございます。ちょっと腰を痛めただけですよ。この年になるといくつかは不調も抱えるもんでさぁ。」
「そうか、大した事ないなら良かった。そういえば、そろそろラベンダーの花が咲く頃かな?僕、あの花が大好きなんだ。」
「そうですね、来週にも咲くと思いますよ。そうだ、街の公園のラベンダー畑を観てもらいたいなぁ、一面にラベンダーが咲くんで綺麗ですぜ。」
「そうなんだ。観てみたいな。僕はまだ街に出たことがないけど、他にも面白いものがあるかな。」
「街にはきれいなものや美味しいもの、いろいろなものがありまさぁ。まあ、良いものばかりじゃねぇが、いろんなもん見て見聞を広げなさるがええ。」
「そうだね。父さんに頼んでみるよ。楽しみだな。」
「おっといけねぇ。そろそろ仕事に戻らねえと。そいじゃあ坊ちゃん」
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「前回は、受けがまだまだだって、母さんに指摘を受けました。このままだと、相手の力まかせの攻撃に圧倒されるって。」
「その通りですね。その歳で剣速や技巧は素晴らしいものです。これまで熱心に剣に取り組んで来たことが、良くわかりますよ。それでは、マリア様の言う通り、受けの練習を徹底的に行いましょうか。」
母さんが短剣舞踏の訓練をみられないときは、執事長のセバスが母さんに代わって教えてくれる。元々は母さんに短剣舞踏を教えたのがセバスで、父さんが叙爵して家を興すときに、母さんから声をかけて勤めて貰うことになったそうだ。
「はい!よろしくお願いします師匠!」
セバスは、普段は父さんの執務室で仕事をしているので、あまり話をしたことがなかったのだが、常に優しい笑顔で私の技能を褒めてくれた。しかも、彼の技能は本物で、的確な助言までしてくれるので、私は敬う気持ちが溢れてきて、自然とセバスのことを師匠と呼ぶようになっていた。
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魔力の鍛錬は自分だけでもできるから、最近は夜寝る前に行っている。父さんも了承してくれた。
ただ、
「失礼します。魔力の鍛錬をお手伝いしますね。」
メイドのメイが、私の部屋に入って来て魔力の鍛錬を促すのだ。
「大丈夫だよ。ちゃんと毎日欠かさずにするし、自分一人でもできるから。」
「一人で鍛錬するのに慣れるまでは様子をみるようにと、ご主人様のお言い付けですので、ご一緒させて貰いますね。」
「まあ、メイも父さんに監督するように言われて仕事で来ているんだろうから、追い出すつもりはないけれど、傍に立っていられると気になるから、ソファに座って観ていてよ。お茶でも飲んでゆっくりしていたら良いよ。」
「ありがとうございます。クロード坊ちゃんはいつも優しいから大好きです。」
この後1週間の間、メイが監督していたのだが、毎日欠かさずに魔力の鍛錬を行う私の姿を見て納得したのか、
「明日からは不定期に見に来ますので、さぼらずに行ってくださいね。」
そんな失礼なことを言って帰って行った。私が産まれた時から世話をしてくれた人なので、普段は余り畏まらずに遠慮のない物言いである。
これ以降は、ときどきは見に来るものの、扉の隙間から覗き込み、私が魔力の鍛錬をしているのを確認すると、直ぐに引き返していく。