第1章第1話 新しい家族
前世の記憶を意識するようになったのは3歳になった頃だった。
父さんが将棋を買ってきて、兄さんと打っているのを初めて観戦していた時のこと、何故だか駒の動かし方や定石なんかが思い浮かび、それが切っ掛けとなり、自分には前世があると意識した。それ以来、少しずつ前世の記憶を取り戻している。
蒸気機関を自作してみたり、車やバイクを弄っていたのを記憶している。車の整備士だったのかもしれない。そうそう、趣味はサバイバルゲームだった。身体偽装をして野山に半日以上潜伏したり、本格的にやっていた。語学にも自信があって、海外の友人も多かった。ような気がする。
ドタドタ、バタン
「クロ!何をしているの?」
騒がしい音を立てて私の部屋に入ってきた、この金髪碧眼のイケメンが私の兄、アルフレッド、通称アルだ。
兄さんは、最近やたらと私に構ってくる。○☓ゲームを教えた頃からだったか。あっち向いてホイを教えた頃からだったか。暇になると思い出したように私のことを探して、決まって「クロ!何をしているの?」だ。
私の部屋には土足で上がらないようにと、散々お願いしているのに、ちっとも言うことを聞いてくれない。
因みに、兄さんは大の負けず嫌いで、遊びだけではなく剣術でも私に張り合ってくる。10歳と5歳の差を覆せる筈もなく、こちらとしては全く歯が立たないというのに。だからいつも決まって私が痛い思いをする。
私はいつも通りのセリフを答えた。
「ぼ~としてる。」
兄さんは私の答えに眉を寄せ、右手で私の髪の毛をワシャワシャと搔き回してくる。
「クロはいつもノンビリしているのに、何でもできるからずるいや。」
「僕は兄さんにはいつも負けっぱなしだけどね。魔法だって、兄さんはもう中級魔法を練習しているじゃないか。」
「そりゃあ俺とクロは5つも歳が離れているからさ。クロは勉強も武術も優秀だって皆が言っているよ。」
「負けっぱなしだと全く実感が湧かないや。父さんに褒められたこともないし。」
「父さんは厳しいからね。兎に角、俺はクロに負けないように頑張るんだ。午後の剣術の稽古も負けないからね。」
バタン!ドタドタ
遊びに来た筈なのに、稽古で手加減しないと言い残し、ドタドタと音を立てて去ってしまった。
「クロ、本の読み方を教えて!魔法の絵本のやつ。」
「うわぁ!!びっくりした〜!シェリーは、いつの間に僕の部屋に忍び込んだのさ!」
どこから現れたのか、いつの間にか私の部屋の中にいて、急に声をかけてきた、この金髪ショートカットの美少女が1つ年上の姉シェリー。瞳の色は、家族の中で唯一私と同じ茶色だ。
「しっしっしー。いつから見ていたでしょうか?」
「まさか、魔法の鍛錬から戻った時には中にいたの?」
「正解は、兄さんの後を着いて来たでした〜。クロがこっそり魔法の練習しているのも知ってるんだから。へへん。」
それはまずい。魔法の練習は7歳からと厳しく止められているんだ。バレたらまた1週間のおやつ抜きに加えて1日中母さんの手伝いをさせられる。
「お姉さま。どうかそれだけは内緒にしてください。」
「どうしようかな〜、私にも魔法を教えてくれるんなら考えてもいいけどね。お父さんもお母さんも教えてくれないんだから。」
うわ〜、一番観られてはいけない人に観られてしまったな。
シェリーが魔法を使えるようになったら何を仕出かすかわからないし、魔法が発動しない程度に適当に教えて、才能が無いことにしてやり過ごそう。
「いいよ。今度練習するときに声をかけるよ。」
「絶対よ!ルミと遊ぶ約束をしてるから、そろそろ行くわ。じゃあね。」バタン
はぁ、なんか疲れたな。魔法の教え方とシェリーの誤魔化し方を考えておかないと。
しばらく机に向かって考え事をしていると、扉を叩く音がした。メイドのアンナだ。
「クロード様、昼食の準備が整いましたので、食堂までお越しください。」
「はーい。直ぐに行きます。」
部屋から出ると、アンナはシェリーの部屋の前で声を掛けているところだった。部屋から返事がないみたいだ。
アンナは私と目が合うとにっこりと微笑んでくれる。黒髪黒目の美女だ。どうも、前世から好みの容姿も引き継いだようで、少し高揚しながら声を掛けた。
「シェリーはルミと遊ぶって言って出ていったよ!多分アンナとルミの部屋じゃない?」
アンナはルミのお母さんだ。
「そうですか。後で声を掛けてみますね。教えてくださり、ありがとうございます。」
※※※※※※※※
食堂に入ると母さんのマリアと3つ年上のステファニー、通称ステフが話をしていた。
「このマニキュア、綺麗なベージュでしょう。ステフにも塗ってあげましょう。ほら!これでお揃いね。」
「ありがとうございます。お母様。あっ!クロ!見て見て!このマニキュア、綺麗なベージュでしょう。」
母さんはステフ姉さんとファッションの話をするのが好きらしい。よくこうやって二人で話をしている。因みに30歳の筈だけれど、外見は20歳位にしか見えない。もうすぐ赤ちゃんが産まれるのでお腹が大きい。
ステフ姉さんは王都での舞踏会を観て以来、母さんの真似をするようになった。最近では上品な振る舞いやお淑やかな話し方まで真似をしており、なんだか子供らしくない時がある。
私はファッションには疎いのだけれど、こういうときは話を合わせておくに限る。
「ほんとうだね。ステフ姉さんに良く似合っているよ。」
「まあ、ありがとう。お兄様、観てください。このマニキュア綺麗なベージュでしょう。」
「え?何か付けているの?普段の色との違いが、ぐはっ!」
兄さんが地雷を踏んだ。巻き込まれたら堪らないから聞かなかったふりをしておこう。
母さんの側をトテトテと可愛らしく歩いているのが3つ下の妹エミリーだ。最近、単語で喋れるようになって、「クロ、クロ」と言いながら近づいて来る可愛い奴だ。
しばらくエミリーの相手をしていると、シェリーと一緒に身体のガッシリとした偉丈夫が食堂に入ってきた。彼が私の父さんで、ここバルトバークの領主、ヨーダ・フォン・ノイマン・バルトバーク男爵だ。何でも10年程前の武功により、国王陛下から叙勲され、男爵位、フォン・ノイマンの姓及びこの領地を賜ったそうだ。