第8話 全裸襲来
その日の事を、多く語る者はいない。
ある者は頭を抱え、ある者は泣き叫ぶ。
必死に助けを乞う者、遠い目をしてぶつぶつと呟く者など、それがどれほどの衝撃であったかを物語る。
最初に気付いたのは集落の門番であった。
彼は長らく門番をしており、集落の中でも屈指の実力者でもある。
そんな彼でさえ、一目見た瞬間に逃げ出したほどだった。
「ば、化け物だ! 化け物と幼女が向かって来る!!」
これまで彼のこんなに慌てた姿など、誰も見た事が無かった。
一体どんな化け物が来るのかと、集落の全員が武装し待ち構える。
――――そして。
「あ、その…ひ、久しぶりだな。メ、メアリだ。魔王軍の――――」
敢えて前に出たメアリであったが、竜人族の誰もが話を聞いていない。
彼等が視線を向けるのはその後ろの男。
いや、その男の股間である。
『ソレ』は悪夢である。
強大な竜を思い起こさせ、あるいは邪悪な魔剣をも連想させる。
見ただけで人を死に追いやるかのような禍々しさ。
絶対的強者の貫禄と、迫りくる絶望に対し、竜人族は皆、その場で膝から崩れ落ちた。
―――勝てない。
こんな化け物に勝つ術など、この世にある訳がない。
そう確信してしまうほどに、『ソレ』はおぞましいモノであった。
どんなに恐ろしい伝説であろうと、これに比べたら可愛いものである。
「え、いや、あの…?」
「す、すみません! 命だけは、どうか!!」
最年長と思われる竜人族が、ガタガタと震えながら叫ぶ。
頭を足元の雪へと突っ込み、顔面が埋まる。
顔を上げるのが怖いのである。
現実から逃げようとした結果起こった逃避行動であった。
「何か勘違―――」
「ヒィィイィ!? く、来るな! 来ないでくれええぇぇぇ!」
一歩踏み出したディスを見るなり、竜人達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
残ったのはディスとメアリ、そして頭が雪に埋まった最年長の竜人族だけである。
メアリは遠い目をしながら、空を見上げた。
「おいメアリ! お前ら竜人族に何をしたんだ!?」
「わしらの所為じゃないわ!! 百パーセント貴様の責任だ!!」
「初対面でこんなになる訳ねぇだろうが!」
「察しろ! さっきからわしの事なんて誰も見ておらんだろうが!」
シンとした集落の中で、二人の怒鳴り合いと、ただ一人残った竜人族の泣き声が響いていた。