第1話 魔王を倒したら全裸にされました。
ここは魔王城の最奥。
因縁の相手、人類最大の敵である魔王を前に、男は精霊より賜った聖剣を構えている。
彼の名はディス=パドラック。
精霊から勇者の称号を与えられた英雄だ。
今この場では、勇者と魔王による世界を揺るがす最終決戦が行われているのだ。
辺りは激戦を物語るように、壁や床、あらゆる調度品が破壊され、見るも無残な状態であった。
そして、それはディスと魔王も同じ事である。
「はぁ、はぁ…さすがにやるではないか!」
魔王は息も絶え絶えと言った様子で、しかし、まだその目は力強い光を放っている。
「てめぇもな…だが、俺には背負う物がある。送り出してくれた者達がいる。
何が何でも、ここでてめぇに引導を渡してやる!」
「ほざくな、人間! それは我とて同じ事! 我が背負いし魔族の悲願、勇者である貴様を殺す事で現実のものとしてくれる!」
もうすでに、お互い満身創痍だ。
これが最後…全力の一撃に全てを賭けるしかない。
双方考えは同じようで、強大な魔力が二人の全身を覆う。
目に見えるほどの魔力のうねりが、生半可な一撃でない事を物語っていた。
「さすがは魔王…! だが、俺だって負けられねぇんだよ!」
聖剣を構え、ディスは吠える。
抑えきれないほどの波動が、周囲の瓦礫を吹き飛ばして行く。
お互いの力が拮抗し、この場に誰も近づけないような力の渦を生み出していた。
勇者と魔王。
世界を二分する強力な存在が、今その存在の全てを賭けてぶつかろうとしていた。
「行くぞ! 魔王!」
「来い! 勇者!」
魔王城がバラバラになりそうなほどの衝撃を発しながら、二人の力がぶつかり合った。
◆
「勝った…のか? 俺は…やっと…!」
地に伏せる魔王を見て、ディスは唸るように呟いた。
長かった…本当に。
多くの人達に支えられ、送り出され…ディスは今、ここに居る。
あの日、魔王を倒すと誓った日から五年…三時間もの死闘を戦い続け、そして、今…ようやく、ディスは勝利を掴んだ。
歓喜に震える身体、達成感に満たされる心…様々な感情が混ざり合い、ディスは思いのままに雄叫びを上げた。
「は、はは…! ついに!」
「油断したな、馬鹿め…!」
耳を届いたその言葉に、ディスは急いで聖剣を構える。
だが、その時には魔王の指先から黒い光が放たれた後だった。
「我の命を代償とした究極の呪い…! その身で受けよ!」
「何!? しまった!!」
後悔しても遅い。
(最後の最後で、俺は失敗したのか!?)
だが、今、魔王は命を代償にしたと言った。
この呪いとやらを受けきる事さえ出来れば…いや、例え受けきる事が出来なくても、魔王の居ない世界をきっとみんなが守ってくれる。
ディスは走馬灯のように、支えてくれた人達の顔を思い浮かべる。
例え生きて帰れなくても、仲間達が居ればきっと世界は救われる。
少なくともディスはそう信じて疑わなかった。
(みんな、すまない。そして、後は頼んだ!)
黒い光がディスを貫くと、靄となってディスを包み込む。
一瞬の激痛…だが、それはすぐに収まり、意外なほどの静寂が辺りを包んだ。
「な…なんだ?」
生きてる? 殺し損ねたのか?
一体魔王は何をしたのかと、ディスは魔王へ目を向けた。
「くっ…くくく…お前の力は凄まじい。だが、その聖剣ヴィルヘルム、聖鎧マキシムの力が無くては、それも十分に発揮出来まい…」
「…どういう事だ?」
「我の掛けた呪いは、全ての装備が使えなくなる古代の禁呪。お前は二度と、聖剣を握る事も、聖鎧を纏う事も許されぬ。くくくっ…知っての通り、我が魔王軍十幹部は全滅しておらぬ…剣も鎧も無い貴様に、果たして勝てるかな…?」
「自分の命を犠牲にしても、魔族の勝利に拘るか!」
「貴様とて同じだろう! 勇者さえ居なければ、我ら魔族に負けは…無い!」
ガフッ、と血を吐きながら、それでも魔族の勝利を願うその姿勢。
きっと、敵でなければ、もっと違う出会い方をしていれば…友と呼べる存在にだってなれた。
だが、食い違うお互いの主張はこの悲しい結末を引き寄せてしまった。
魔王に苦しめられた者が居る。
命を落とした者がいる。
しかし、魔王は魔王で、誰かがやらねばならぬ事を自らを犠牲にしても成し遂げようとした。
ディスは魔王を憎んでいる。
だが、嫌いにはなれない。
力の限り、意地をぶつけあった相手だ。
最後の呪いは、奴の意地を体現した恐ろしいものであった。
(勝負には勝った。だが、俺は奴に…本当の意味では勝てなかったのかもしれない)
ディスのそんな感傷を他所に、呪いの靄は力を増して行く。
「くくくっ…精々、足掻くがいい。我を殺した勇者よ…あの世で、貴様が苦しむ様を鑑賞させてもらうとしよう…」
ぐふ、と再び血を吐く魔王。
その瞬間、ディスの手から聖剣が弾き飛ばされた。
(これが呪いの力か!)
続けて聖鎧が弾け飛ぶ。
パーツ事に別れ、バラバラに散って行く鎧を見ながら、ディスの中には様々な思いが巡る。
手に入れた時の喜び、それまでの苦労…手を貸してくれた者達への想い。
そして―――。
下着も弾け飛んだ。
「えっ」
「えっ」
露わにされたディスの裸体。
引き裂かれ、バラバラに散らばった衣服の繊維が宙を舞っている。
その場には、状況が解らず唖然としたまま立ち尽くす勇者と、驚愕の表情で地に伏せる魔王が居た。