その手を握る理由
クラリアと出会ったのはいつのことだったか。
……ああ、そうだ。近所の悪ガキとして見栄を張って、村一番の大きな家に入った時だったか。
たしかあの時、俺は誰にも負けない勇気があるって自慢することが好きだったんだ。――いや、見栄だけで禁域の森に入った手前、それは今もか。
ともかく、記憶が正しければ、俺は自分の勇気を示すために――あるいは、好奇心に従って、その大きな家に侵入した。そこで出会ったんだ。その家の主の娘であるクラリアと。
初めて会った時、あいつが俺を幽霊だと思って大声を出して、屋敷の人間に侵入したことがバレたんだっけか。それで、使用人につかまって、コソ泥としてつるし上げられそうになった時、クラリアに助けられた。
それは可哀そうだと、あいつは泣きながら言っていた。
ああ、そうだ。あいつは優しい奴なんだ。
だから、臆病なんだ。自分が何かした時に、誰かが傷つくのが嫌だったから、外に出ることもなかった。そうして育まれた恐怖心が、クラリアが前に進むのを躊躇わせる。
だから、俺は思ったんだ。俺が手を差し伸べて、引っ張り上げてやらない取って。
随分と自分勝手で傲慢な話だと思うだろ? その通りだ。でも、俺は……手を繋いで、知らないところに行ったとき、嬉しそうにふにゃふにゃと笑うクラリアの顔が好きだった。
だから、俺は手を差し伸べる。何度でも、何処へでも。
あいつは優しいから、そんな自分勝手な俺の手を、笑って握ってくれるんだ。
そうだ、あいつは優しいんだ。だから俺は、あいつのために手を握る。この先は大丈夫だ、と。教えるために。
だから、俺はあいつを――あいつが剣に変わったのだとしても、何かを傷つけるためにその手を握りたくない。
だから――だから――
「きゃあああああ!!!」
「っ!?」
ふとした時に聞こえてきた悲鳴。この声は、確か森の近くの家のおばさんのもの。
「何!?」
「ちょっと見てくる!」
「わ、私も!」
クレアおばさんが用意した会話の席を立って、何が起きたのかと俺は外に飛び出した。
なにせ、俺の家は狩人の家系だ。村に魔物が出たときは狩人の出番で、はぐれゴブリンなんかを仕留める手伝いをしたこともある。
まあ、だから禁域の森を軽視していたのかもしれないが……ともかく、だ。
「クラリア! 付いてくるのはいいが、危なくなったらすぐ逃げろよ」
「う、うん! ……でも、もしもの時は――」
「いいか、絶対に剣になるなよ!」
「……わかった」
剣になるな。だって、もし何かがあって、それでクラリアが剣になれば、俺はその剣をもってその何かを解決しなくちゃいけなくなる。それがたとえ、はぐれゴブリンの討伐だったとしても……俺は、優しいクラリアを使って、何かを傷つけなきゃいけなくなるから。
それは……それだけは、絶対に嫌だ。
だから、何も起こらないでくれ。ただの日常の事故であってくれ。荷車を引いていたら、道の横の水路に落ちちゃっただとか、そんなくだらない話であってくれ。
そう、俺は願った。
でも、どうしようもなく神様は意地悪で、そんな願いなど知らないとばかりにその咆哮は聞こえてくる。
――AaaaaAAAAAaA!!!!
「今の声は……魔物だ!」
背筋が凍るような恐ろしい魔物。怒気を孕んだそれは、ゴブリンなんてちゃちな魔物なんかじゃない。悲鳴の元にたどり着いた俺の目に、その魔物は映り込んだ。
細長く、奇妙で歪な緑色の体。大きな鼻に僅かばかりに知性を感じられる瞳を並べて、毛むくじゃらのそいつはこちらを見ていた。
その魔物の名はゴブリンリーダー。
「なんっで、あいつが!」
「ね、ねえ! まさか、昨日の……」
「復讐に来たってか!? くそっ、父さんが遠征でいないこの時期!」
あの怒気のこもった声は、同胞を殺された復讐からくるものか。何かを探すように家の中を見るゴブリンリーダーの姿から、俺たちは奴の目的を悟った。
しかし最悪なことに、村一番の狩人である俺の父さんは、冬の備えのために狩りに出ている。長期的な狩りともなれば、数週間も帰ってこないこともざらだ。
となれば、あの魔物の相手は……俺が、しなければならない。
だって俺は、狩人の息子だから――
「ウィル!」
「なにやって、クラリア! 早く逃げろ!」
「ウィル……私を使って!」
「は!? 何言ってやがる!」
ゴブリンリーダーは恐ろしい魔物だ。普通のゴブリンに比べて知能も高く、身体能力も高い。腕力だけで見れば、二倍以上はあるともいわれている凶悪な怪物である。
そいつは今、森の近くの家を壊し、中の食料をむさぼっている。幸い、おばさんは逃げることができたのか、それらしい死体はない。
だから、戦えないクラリアは、すぐにでも避難するべきで――
「ごめん、ウィル!」
パンっと、俺の頬は叩かれた。
何が起きたのか、何をされたのか理解が追い付かなかったが……ジンと痛む頬に触れて、俺はクラリアに叩かれたのだと気づいた。
そして、俺の頬を叩いたクラリアは、じっと俺の目をまっすぐ見つめる。
「ウィル。私は、大丈夫だから」
「大丈夫って……お前……」
大丈夫なはずがない。俺がそう言葉を零そうとして、気づいた。
俺に大丈夫というクラリアの足が、僅かに震えていることに。
「怖いよ。すごい怖い。でも……私は、ウィルがいなくなる方がもっと怖い。だから、私を使って。あの時も、あれだけの数のゴブリンを倒したんでしょ? 私は覚えていないけど、私を使って倒せたなら……きっとあんな奴なんて敵じゃないから」
「でも……」
覚悟してるんだ。奴は復讐のためにここにきている。となれば、このまま放っても置いても、奴は村に侵攻してくるだろう。となれば、俺が戦わなければならない。
ゴブリンすらも簡単に倒せない俺が、死に物狂いで戦わなければならない。
もしかしたら、その過程で死んでしまうかもしれない。だから、クラリアは言うのだ。私を使えば、簡単に倒せるでしょ、と。
ああ、そうだろうな。クラリアが精霊武器ならば、確かに簡単に倒せるだろう。
でも、クラリアは優しいから――
と、いつもの俺は言っていただろう。
「……いや、わかった」
だけど、震えながらも俺の力になろうと言ってくれるクラリアを前にして、そんなことを言うことはできなかった。
「力を貸してくれ、クラリア」
「うん、わかった」
俺が手を出してその名を呼んだ。応えるように彼女が、差し出された手の上に手を重ねれば、その姿が光に包まれる。
そして光が収まった時、そこには一振りの剣が俺の手に収まっていた。
「さあ、気合い入れて!」
「おう! 任せとけ!」
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