二度目の反省は心に来る
「さて、改めて話は聞かせてもらったわ」
そういうのは、クラリアの母親にあたるクレアおばさんだ。クラリアと同じ灰色の髪を短く切り揃えた快活な彼女は、はきはきとした口調で母さんからのもてなしを受けている。
「むっ、これはケルディ公国の茶葉ね」
「お客用よ~。それじゃあ、わたしも失礼するわねクレアさん」
「もちろん。この話は貴女にとっても重要なことよ」
友人同士のお互いの母親のやり取りを横目に、俺は隣に座るクラリアに話しかけた。
「どこまで言ったんだ?」
「あ、話した前提なんだ」
「でもなければ、あの人ここに居ないだろ」
「そうれもそうだね」
俺の質問は、彼女が口を割った前提で構成されている。無論、彼女の口が軽いとかそういうわけではなく、単に状況から判断したに過ぎないが……少しだけ、クラリアは不満そうに口をすぼめていた。
「ぜ、全部話しちゃった」
「禁域の森に行ったことも?」
「うん」
「あー……怒られるな」
「私はもう怒られた」
「はい。わかりました」
さて、ここからしばらく、クレアおばさんから事情を聞いた母さんからの説教が始まった。もちろん、俺はクラリアのように素直に伝えていないため尚更だ。
それだけのことをしたと、俺は改めて思い知りながら大人しく母さんの説教を受け入れる。しかし、ほどなくしてその説教が止められた。
「イルナさん。その辺にしてくれるかしら」
「本当に、うちの愚息が迷惑を……」
「否定はしません。ですが、こちらのクラリアが止めなかったことにも非はあります。ですので、この件はここで終わらせましょう。二人とも、傷一つなく帰って来たのだから」
先ほどのように友人ではなく保護者として会話する二人のやり取りに罪悪感を覚えながら、俺は下を向いた。あーもう、空気が苦しい!
「さて、本題に参りましょう。顔をあげてくれるかしら、ウィル君」
「あ、はい」
「あら、男前になったわね」
「そうですかね」
「そうよ。禁域の森の件があったのに、それでもへらへら子供の顔をしてるなら、私がぶっ叩いてたぐらいだわ」
お、おっそろしいことを言うなこの人!?
いやまあ、それだけのことをした自覚はあるので、そうとなれば甘んじて受け入れる所存ではあるが……痛いのは嫌だなー。
「それで、本題ってなにかしら、クレア」
「ああ、そうだったわね。さて、どこから話したものか……」
思案するように口に手を当てるクレアおばさん。その姿は絵画から出てきたように美しく、見惚れてしまうほど。本当に、この人と俺の隣に座る泣き虫なクラリアの血がつながっていることを疑いたくなってしまうほどだ。
「ねぇ、ウィル。何か変なこと考えなかった?」
「何にも?」
まあ、勘の鋭さばかりは母親譲りなので、疑う余地はないんだけどさ。
「昔の話をしましょう」
「昔?」
「ええ。そうね、大体千年は昔の話……救国物語は知ってるわよね?」
「まあ、一応は」
救国物語。それは、一人の少年が一本の剣と共に国の王となり、国を救うおとぎ話だ。
物語として編纂されたそれは、俺の住む国の端っこの村にもその名が届くほどには有名な話。まあ、俺の場合はそういった物語が好きな幼馴染の影響もあるんだけどな。
「えっと、それがどうしたのお母さん?」
「実はね、古くから残ってる家には、あの物語の原本が残っていることがあるのよ」
「……本当にどういうこと?」
「昔ね、偶然その本に触れる機会があったのよ。私、これでも豪商の娘だったから」
話をまとめると……どうやら、今知られている救国物語とは違う、古い家に伝わる救国物語があるそうだ。そして、それをクレアおばさんは読んだことがあるのだとか。
まあ、聞く話によれば彼女は商人の娘。それも、それなりに名の通った商人の生まれなのだそうだ。そういったものに触れる機会はあるだろう。
「そこにはね、こう書いてあったのよ……救国物語の英雄が持つ剣は、精霊武器だった、と」
「へー、そうだったんだ。でも確かに、おかしくはない……のかな?」
「まあ、作中でも魔法とがバンバン撃ってたしな」
精霊武器が無くとも魔法は使えるが……精霊武器が有ると無いとではその出力に大きな違いが生まれる。それこそ、マッチ棒程度の火が、森を焼き尽くす火炎に変わるほどには違いが生まれてしまうのだ。
だからこそ、件の救国物語に出てきた英雄の持つ武器が精霊武器だったとしてもおかしくない。おかしくはないのだが……まさか――
「あの、クレアおばさん」
「ウィル君は気付いた?」
「気づいたって言うか、なんていうか……もしかして、その剣は人の精霊武器だった、ってことですか?」
「そう。その通り。いったいどこで物語が改竄されたのかはわからないけど、数百年前の救国物語に出てくる英雄の剣は、人が精霊武器になったものだったのよ。そう、クラリアのようにね」
「……ッ!」
そこで、全員の視線がクラリアへと集まった。
「ど、どういうこと、クラリアちゃん?」
「え、えと……はい。私、剣になっちゃって……」
「どういう原理かなんて皆目見当もつかないけどね。少なくとも、私の娘はその伝説と同じ力を持った人間ってことよ」
「ちょっと待ってクレアおばさん。話が大きくなりすぎて理解が追い付かない……」
「それもそうね。私も、正直疑い半分ってところよ。でも、嘘をついてるならすぐわかる。裏を返せば、嘘をついていないことだってすぐわかるのよ、私」
「ってことは、クラリアちゃんが剣になれるってのは……」
「本当のことですぅ……」
どうやら、クラリアはとんでもない力を手にしてしまったようだ。
「そこで私は提案するわ」
「えっと、もしかして、ですが……」
「いいわね、ウィル君。私、察しがいい子は大好きよ。そう。私は君たちを騎士学校に推薦するわ!」
「まじですか……」
騎士学校といえば、精霊武器を使うことができる、選ばれた人間のみが通うことができる場所だ。精霊武器の使い方を学び、その力を国のために高める場所でもある。
「問題はいくつかあるけれど……悪い話ではないはずよ」
確かに、悪い話ではないのは確かだ。そこへの入学は、成功への片道切符。例え途中で退学したとしても、そのキャリアだけで貴族に取り入って高給をむさぼることができるほどの肩書になる。
卒業できたのならばなおのこと。国の中枢に食い込めるほどの役職に就くことだって夢じゃない。
それが、騎士学校である。
思いもよらない話に思考停止している母さんは措いておくとして……。
「少し、時間を頂いてもいいですか?」
「いいわよ。もちろん、断ってもいいわ」
「ありがとうございます」
騎士とは精霊武器を扱う人間のことだ。そして、騎士学校に入学するということは……俺が、クラリアを武器として使うということだ。
その答えを、俺はすぐに決めることができなかった。




