あたりまえほど失いたくないものは無い
「……ハイ。アリガトウゴザイマシタ」
「お、おう。とりあえず、元の姿に戻れてよかったな」
「ハイ」
とりあえず服を届けた後、動きも語句もカチカチに固まったクラリアがトイレから出てきた。
俯く彼女の顔は真っ赤に染まっている。まあ、あれだけのことがあれば当たり前か。
「とりあえず、これで親御さんには隠せるな」
「……隠す?」
「いやお前な。ある日突然、貴方の娘が剣になりましたって言われた親の気持ちを考えろよ。それに、お前はここいらじゃ有名な大家の娘だ。娘をそんな目に合わせた男を、親はどうすると思う?」
「た、確かに……」
よりにもよって、クラリアの親は金持ちだ。貴族とまではいかないが、相応の権力を持っている。となれば、俺の首なぞ簡単に刎ねることだってできよう。
「で、でも……多分、お母さんには隠し事ができないと思うんだよね」
「あー……クレアおばさんか」
クレアおばさんことクラリアの母親は、海千山千の商人の娘らしく、簡単にこちらの隠し事を見通してくる。いったいどんな魔法を使っているのだろうか。俺には種も仕掛けもわからない。
「でも、正直に言うのもどうよ」
「そう、だよねぇ……」
クレアおばさんなら、俺たち程度の子供の嘘など簡単に見抜いてくるに違いない。少なくとも、態度一つ返答一つで隠し事をしていることはバレてしまうだろう。
しかし、そこで馬鹿正直に「娘さんが剣になったけど元に戻りました」なんて言ってみようものならば、下手な嘘でごまかそうとしているという烙印を押されてしまうこと間違いなしだ。
「でも、言うしかないよね」
「まあ、それはな……」
だからといって、本当に下手な嘘でもつこうものならすぐにバレてしまうだろう。だからこそ、本当のことだけで誠意を示すしかない。
「とりあえず、もうすぐ日が暮れるし、私は帰るね」
「送るよ。色々あったが、森のことがあった手前、一人にはできねぇわ」
「そ、そう? ふふっ、ありがとう」
空を見上げてみれば、西に茜が差していた。一時間もしないうちに日が暮れて真っ暗になってしまうだろう。町の方なら、魔導街灯なりで明るいだろうが……ここは何にもない農村だ。そんな便利なものなんてない。
となれば、明るいうちに家に帰りましょうってな。
いつもの道を歩く。俺の家とクラリアの家を繋ぐ道。親の手伝いの暇を縫って、俺が彼女に会いに行くための道。ここを歩いて、見上げるほどに大きな家にたどり着く。
「じゃあ、また明日」
「ああ、またな」
そうしてかわすのだ。今まで、幾度となくかわした次を約束する別れの言葉を。
本当に――
本当に、クラリアが生きていてよかった。
そんな安堵に思わず泣きそうになってしまう。それでも、彼女の前では泣くまいと堪えて俺は――
「ねぇ、ウィル」
「どうした、クラリア」
別れを告げたはずの彼女が、門を前にしてくるりとこちらを見る。
「……森の時。私をかばってくれてありがと。かっこよかったよ」
「うるせ。お前も、俺をかばおうなんて百年早いんだよ。だから、無茶だけはするんじゃねぇぞ」
「うん、わかった」
かばった。今は無くなってしまった、わき腹の傷のことだろう。ゴブリンに遭遇した時に、クラリアに槍が向けられたときにかばったあの傷。
……どうして、あの傷は無くなってるんだ?
「考えても仕方がない、か」
暗くなった夜の空に言葉を濁す。なにせ、一つの予感が頭を過ってしまったのだから。
国に勤める騎士たちは、特別な武器を使うという。
その名は〈精霊武器〉。動物の姿を取り、意志を持った武器だと噂されるものだ。
もちろん、俺は騎士にあったことなんてなければ、街に行ったことすらない。だから、その話だって風の噂でしか知らないんだ。でも――
「あの傷が治ったんだよな? あれが治るなんて、それこそ魔法でも使えないと……」
〈精霊武器〉は魔法を使う。有名な話だ。それを使って、騎士たちは天変地異を起こし戦うことができる。
そんな騎士たちが登場する物語だってたくさんある。
「まさか、クラリアは……」
俺の傷の治癒と〈精霊武器〉。二つのワードがつながった時に、俺はクラリアの顔を思い浮かべた。
俺より少しだけ背が小さくて、灰色の髪が特徴的な女の子。人見知りで臆病で、俺が手を引いて前に進めてあげないと、なんて思ってしまうような女の子。
あいつが、〈精霊武器〉?
悪い冗談だ。
「そもそも、人が精霊武器になるなんて話を聞いたことがない」
噂に聞く〈精霊武器〉は、そのすべてが変身する。しかし、それらは動物の形を取り、決して人の形になったという話は聞いたことがない。
だからこそ、俺は思う。
そんなはずはないと。
根拠なんて、ない癖に。
「……家に帰って、早く寝るか」
ぐるぐるめぐる思考を諫めて、俺は家路に着いた。
――そして翌日
「話は聞いたわウィル君!」
「な、何事!? ウィル、何かやったのあんた!」
昨日の疲れが取れない俺の元に、俺とクラリアの母親二人が突撃してきたのだった。
「……(ごめんね)」
その後ろでは、おそらくはすべてを隠し通すことができなかったのだろうクラリアが、両手を合わせて謝罪をするようなジェスチャーをしていた。
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