報われない努力だってあるかもしれない
「朝だな」
カーテンのない窓から照り付ける陽光で目を覚ました俺は、のんびりと体を伸ばしながら二段ベットの下段から飛び出した。
「おはよう」
「おはようさん」
「おはよう」
してみれば、ほぼおんなじタイミングて起きたのだろうアルクとベルナルドと目が合った。今しがた運動服に着替えている彼らにあいさつを交わしてから、俺は自分のベッドの上段を見る。
改めて見れもぼろっちい木組みの二段ベッド。二人部屋にしては広く、四人部屋にしては狭い一室にて、俺の上を陣取るエルゼンへとあいさつをしてみる。
「エルゼンもおはよう」
しかし返事は帰ってこない。ここ三か月ずっとこれだ。
「おい、ウィル。そんな奴のことはほっといて、さっさと飯食いに行こうぜ」
「お、おう。そうだな」
俺たちと明らかな壁を作っているエルゼンの態度に、ベルナルドは既に諦めているようだ。しかし、俺としては同じクラスメイトとして仲良くなっておきたいんだけどな……まあ、まだ学園生活は五年はあるんだ。
ゆっくりでいいか。
ともかく、エルゼンを置いて俺たち三人は朝食を頂きに寮の食堂へと移動した。
「あ、おはよう」
「おはようございます」
「おはよ~」
「うむ、おはようだぞ」
食堂前で出会うのは、食堂を挟んで真反対にある女子寮から起きて来た女子四人組だ。彼女らとあいさつを交わしてから、ぞろぞろと食堂へと入っていく俺たちを待ち受けているのは、山のようなサラダと炭水化物である。
最低ノルマで、人の顔がすっぽり入ってしまうようなどんぶり一杯に盛られた野菜類と、俺の腕よりも長いパンを食べきらなければならないことになっている。だからこそ、俺たちは食事の席に座ってすぐに黙々と食べ始めた。遅れて来たエルゼンも同じように食べ始める。
その間にも、各々が持ち込んだノートを眺めている。ヴァルサーノ先生が用意した教本をもとに作ったテスト対策だ。それを、食べる間も惜しいと眺める俺たちだが、三か月もすれば慣れたもの。
「おい、リーリャ。クロツチサソリとドククロツチサソリの見分け方って覚えてるか?」
「もちろんだ。尾を持った時に背中側に曲げるのがクロツチ、腹側に曲げるのがドククロツチだ」
「あんがと。お礼に――」
「パンはいらんぞ。既にたらふく食べているからな」
「……あいよ」
ノートに書き込み忘れていたテスト対策の話を振るぐらいには、ここでの食事にも余裕ができて来た。とはいえ、食べ終わるころには気持ち悪くなってるんだけどな……。
はてさて、そんな朝が終わったら、俺たちは急いで教室に向かうことになっている。寮から二百メートルの坂道――別名「心臓破りの坂(ムース命名)」を駆け足で登るのだ。なぜならば――
「今日のビリはムースだな! グラウンドを十周して来い!」
「ま、またですか~!?」
「一か月の間、全部ビリっけつになっていた時に比べればまだましだろう! さあ、早くいくんだね!」
「は、はい~!!」
と、この通り。教室で俺たちを待ち構えていたヴァルサーノ先生による順位付けの結果、ビリになってしまった生徒はグラウンドの周回を命じられてしまうのだ。
……それにしても、ムースも強くなったな。最初のころは泣き出して、一時限目が終わる頃に教室に戻って来たのに、もう三週目に入ってるし。
精霊武器ありの戦い(俺は無しだが)だと、俺普通に負けるかも……。
と、ともかくだ! 今日で入学から三か月。日々が忙しすぎて遊んでる暇なんてなかったけど、俺たちは誰も欠けることなく、第一期を乗り越えた!
「さて、ムースの罰ゲームも終わったことだし、本題に入ろうかね」
いつもの朝とは違うヴァルサーノ先生の言葉。わざわざムースがグラウンドを走り終えるのを待ってから語られたそれは、教室の空気をがらりと変えた。
「話って何かしら~?」
「一期の終了の話だよ。よくもあんな滅茶苦茶な特訓メニューを乗り越えたって言う私の労いさね」
「滅茶苦茶って……」
「文句は飽きるほど聞いてきたよ。さて、そんなあんたらに朗報だ。明日から第二期が始まる。この学園は四学期制だったのは覚えてるね?」
「一応は」
以前も話したことがあると思うが、騎士学校フルールは四学期制の学園だ。二学期以降の学期間にはそれなりの休日が入るため、一年を完全に四分割しているかと言われれば別だが……ともかく、これから第一期が終わり、第二期が始まるのだ。
そして、第二期が始まるということは――
「クラスランキングが解放されるってことですよね」
「ああ、そうさね。あんたたちにとっては、今から始まるんだよ」
クラスランキング。俺たち新米の一年生から、最年長である五年生の全てのクラスが対象となる、学内ランキングである。
これが、騎士学校が実力主義と言われる所以。
もちろん、学年別のランキングも存在するが……この学園において最も重要なのが、クラスランキングであることには変わりない。
なにせ、このランキングでの順位によって、教室から寮。さらには食べることができる食事に利用できる設備まで変わるのだから。
もちろん、高ければ高いほどに好待遇であり、低ければ低いほどにのけ者扱いである。一年生はランキングの下層に振り分けられており、無論俺たちクラスⅥはぶっちぎりの最下位である。
ああ、そうだよ。あの寮の風通りがどれだけよかったことか。冬場とか考えたくねぇよほんと! 飯もまずいし、教室は汚いし、グラウンドは無駄に広いし、何もないし――
ただ、ここからだ。
「いいかい。一週間後、二期に入ったことを記念する全校生徒合同演習がある。そこが最初の競いの場だ。もちろん、そこの結果によってランキングは上下する」
全校生徒合同演習。少なくとも、俺たちはそのイベントのために今日までを頑張って来た。見せつけてやるのだ。クラスⅥの意地というやつを。
「ここで一つ朗報だ。この三か月、私が適当に散歩してみてきた調べによると、あんたらほど血反吐を吐いたクラスは一つとしてなかった。誇っていよ、この三か月のことをね」
それは希望の言葉が、絶望の甘言か。少なくとも、それほどまでしなければ俺たちは彼らに追い付けないという事実の指摘であることには違いない。
それでも俺たちは自分たちの苦労を振り返って、昂っていた緊張が少し和らいだ。
そうして、ここまで来たのだと己を労った。
「安心しな。直接対決はまだ先だ。なんたって、一番最初の合同演習は攻略レース。代表者によるダンジョン攻略速度を競う催しだ。あんたらならいけるはずさ」
最後の最後に微笑んだヴァルサーノ先生の言葉に、俺の涙腺が叫び声をあげた。それでもここで泣くのはまだ早い。なんたって、俺が目指すのは学園首席――ランキングのトップなのだから。
まだ戦いが始まってすらいないというのに、泣き出すわけにはいかないだろう――
「あ”り”が”と”う”ご”ざ”い”ま”し”た”先”生”」
「む、ムース!?」
「おいおい、ここで泣いてどうするんだ」
まあ、隣のムースは泣いてしまったのだが。
いや、そうか。それだけ頑張って来たってことだもんな。
だからこそ、だからこそ俺たちはこれからも頑張らなければならない。俺たちが素質なしの見込みなしだったのだとしても、今日この日まで教鞭を取って空に輝く星を見上げろと励ましてくれたヴァルサーノ先生に報いるために。
クラリアには悪いが、入学してから初っ端の競争は、俺たちが勝たせてもらうぞ。
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