公平という言葉ほど不公平なものはない
「いい見世物だったよ」
そういうのは、俺たちの力比べを見ていたヴァルサーノ先生。彼女は相変わらず、皺くちゃ顔をさらに皺くちゃにしてしまうような笑みを浮かべて、こちらへと歩いてきていた。
その横には、先ほど俺の剣によって腹を切り裂かれたはずのエルゼンが無傷で立っている。腹の傷どころか、身に着けている服まで元に戻っているのだから驚きだ。
流石は伝説上の人物。どのようなけが人もたちまち治してしまうという逸話は、噂通りらしい。
「さてさて、まずは……あんただね」
「なんですか~、先生」
じろりと改めて俺たちの顔を一瞥したヴァルサーノ先生。それから、選ぶように中からナヴィを睨みつけた。
「能天気にも程がある。素質はあるだろうが戦意はない。これが臆病者ならばまだよかったが、そうでないのだから尚たちが悪い。素質ありなのだとしても、それでは何もできずに死ぬばかりだ。不合格」
「なっ……!」
並べられた罵詈雑言に目を見開く生徒たち。受けた本人は、何の気なしにその言葉を受け流しているように見えるが……最後の文字を聞いた時は、流石の彼女も眉にしわを寄せた。
いや、しかし。その言い分はまだわかる。なにしろ、彼女はこの戦いでずっと戦意を見せていなかったのだから。これが戦場であったのならば、伏兵に斬り殺されていてもおかしくはなかった。
ただし、続く言葉で、俺たちはヴァルサーノ先生の叱責が愚か者を弾劾するものではないと理解したのだ。
「さて、次はあんただ」
続き彼女の視線に射抜かれたのは、唯一退場したエルゼンである。退場してしまったという負い目はあれど、彼の戦力は一級品。ベルナルドの猛攻を受け止めて見せた実力に裏打ちされた自信は、先生からお褒めの言葉を受け取ろうと満足げに胸を張っている。
しかし、その期待は裏切られるのだった。
「前衛としては下の下が過ぎる。あんた、あそこのハンマー馬鹿に気を取られて敵一人を素通りさせた時も、自分が一人食い止めているのだから何とかしろと思ってたね? その結果があんたの退場だ。あんたは目の前の敵に縛られすぎて、視野が狭まっていることを自覚するんだね。不合格」
「そ、そんな……!」
褒めの言葉は一つもなく、あるのは事実に裏打ちされた叱責のみ。何とか反論をしようと目論むエルゼンだが、付きつけられた言葉に退場という結果が重くのしかかっているのか、冷汗を垂らすばかりで言葉が続かない。
そんなエルゼンを鼻息で制したヴァルサーノ先生の視線が動く。
「弓のあんた。射ることを躊躇ったね」
「え、ええ。確かに躊躇いました。しかし、味方に当てることだけは避けなければと――」
「それが間違いだって言ってんだよ。この剣士の小僧は、前に出れるのが自分だけだってのに勝手に前に出たんだ。規律を守れない人間ほど足を引っ張るやつはいない。ならば、囮として使ってやる切り替えってもんを覚えな。不合格だ」
「嘘……さすがにそれは横暴では!?」
「何が横暴なもんか。あそこであんたが躊躇ったからこそ、戦況は二対三になって、あんたら二人が降参する羽目になったんだよ。はっきりと自覚しな」
「……っ!!」
ギリリとエトワーズが歯を食いしばる。確かに、そのせいで人数に差が生まれ、更には前衛をなくしてしまい、自分たちは降参を選ばなければならなかったのだから。
そして、その叱責は敗北したチームばかりではなかった。
「さて、ハンマーの小僧」
向けられる視線はベルナルドへ。
「感情を表に出しすぎだ。戦場において、感情を敵に悟られるということは不利以外の何物でもない。怒り焦りは明らかな不利を教えてるようなものだ。それに、仲間の剣士が背後から仕掛けるときのにやけ面がマイナス百点の減点でも足りないぐらいの反省点だ。実力からして足りないのに、何かをするってことを教えて、なんになるんだよ。不合格」
「はぁ!?」
どうやら、この叱責は勝利チームにも向けられる様子。
「……不合格」
「え、え? ちょっと待ってください、わ、わたわた、私は……」
「特になし。だから不合格」
「えぇ!?」
なんとも可哀そうな不合格通知を受け取ったムースをしり目に、その視線が俺に向いた。
「あんたが一番のオオバカモンだよ」
「理解してるよ」
「理解できてないから言ってるんだ。まず、なんで魔法を使わず敵の中心に飛び込んだ。あれは自殺行為と言っても差し支えない愚行だ。それに、あんたが建てた作戦は穴だらけもいいところ。相手の弓使いが剣士の犠牲もいとわず魔法を撃ってきたらどうするつもりだった? 戦わなかった三人目が戦っていたらどうするつもりだった? 一つ目の作戦が失敗するよりも先にハンマーの小僧が倒されていたらどうするつもりだった? お前が死んで、仲間が死んで、その責任をあんたはどう取るつもりなんだ?」
「……反論の余地もない」
「自らの犠牲を前提に作戦を組むバカは不合格がお似合いだ」
これにて、戦った六人全員に不合格通知が届いてしまった。
どうやら、勝利して力を示したと思いあがっていたようで、ヴァルサーノ先生からしてみれば俺たちは期待することもできない落ちこぼれらしい。
ああ、くそ……悔しいなぁ……。
「まったくもって、このクラスらしい結果だ」
「……あ?」
悔しさを噛みしめて下を俯く俺たちに、彼女は言った。
「何をいまさら暗い顔をしてるんだあんたたち。このクラスにいる時点で、学園生徒として不合格と言われて当たり前の実力者に決まっているだろう。まさか、自分たちには隠された実力があるなんて思いあがってたわけじゃないだろうな?」
「そ、それは……」
「その通りだ! 少なくとも、僕はこの学園でのし上がるために訓練を積んできたんだぞ!」
「ならその訓練は無駄だってことだ。例外はあれど、このクラスに押し込められたということは、学園の用いる水準に至らなかったってことなんだから」
正論だ。エルゼンが上げた反論の声も、反論の余地もない正論にて返されてしまった今、俺たちに希望なんて――
「それがどうした」
否。
「ここは戦場じゃない。不合格を受け取った程度で死にゃしない。ならばあんたらには、二つの選択肢があるだろう」
ヴァルサーノ先生は語る。
「一つは、自分たちに未来はないと、しっぽを巻いて逃げ出すことだな。実力主義の負け犬にはちょうどいい結末だろう」
ああ、その通りだ。そのための退学というシステムが、この学園には存在するのだから、そうするべきなのだろう。
しかし、続く言葉でヴァルサーノ先生はその言葉を否定した。
「だが、自分が負け犬じゃないと語るのなら、あんたらにはもう一つの道がある。例え落ちこぼれとして不合格の烙印を押されようとも、学園の最底辺と蔑まれようとも、そのちっぽけな力を磨き、上を目指して手を伸ばすって道がある」
それは希望だ。
ちっぽけな武器しか持たない落ちこぼれ集団の不合格という絶望を、希望という夢に変えてしまう魔法のような言葉だった。
「いいかい。不合格がなんだ! 一回の挑戦で諦めるようなら、そんな夢は捨てちまいな! それでも上を向いていられる奴らにしか、こんなところから上を目指すことなんてできないだよ!」
ああ、くそ。悔しい。俺は自分が弱いことが死ぬほど悔しい。結局、クラリアに頼らなければ何もできないことがわかってしまったことが悔しい。
だからこそ惹かれてしまう。その言葉に。
「ついてこられる奴だけついてきな! 私は教室の中で待つ!」
そう言い残して、ヴァルサーノ先生はグラウンドから教室へと戻っていってしまった。その背中を見て、俺たちは――
「我は行くぞ」
「僕も」
俺たちは――
「流されてばかりだったけど、さっきの言い分はさすがの私も頭に来たわ~」
「希望があるのならば、何度でも」
悔しかったから――
「ああ、くそ! 言われっぱなしってのは納得いかねぇよ!」
「家のため、家族のため。ここで諦めるわけにはいかないのだよ」
だから、前に――
「ああ、そうだな。悔しいなら、前に進まなきゃ、何にもならない」
だから俺たちは、前に進むんだ。
「え、あ……わ、私も!」
最後に一人遅れたムースの先を歩いて、俺は再び教室の扉を開け――
「あれ、ちょっとなんか引っかかってドア開かねぇんだけど!?」
「え、え? もしかして私たち、遅れたから退学ってことじゃ……」
「んなこと認められるかよ! こうなったらけ破ってでも押し入ってやる!」
誰だよ変に扉閉めたやつ! ベルナルドか? あいつが勢いよく扉閉めやがったからドアが変形して動かなくなってんじゃねぇかよ!!




