即興=気まずい空気
「さて、準備はいいか? ベルナルド、ムース」
「ッチ。ああ、できてるよ」
「うん! いつもで行けるよ!」
五分経過の合図とともに、俺は二人へと声をかける。
目つきの悪い男、ベルナルド。フードの女、ムース。
この二人が、今回の俺の仲間だ。
対するのは――
「俺はエルゼンだ。先生の判断は気の毒に思うが、どちらにせよ全力でやらしてもらう」
「やれと言われればやる」
「そうね~」
カトラス使いのエルゼン。弓使いのエトワーズ。そして未だ精霊武器を武器化していないナヴィだ。
全員が全員、ここに居る時点で学園の落ちこぼれ。しかし、それは油断する理由にはなりえない。なぜならば、俺は今、偽物の精霊武器使いなのだから。
だらかこそ企てる。この仲間、この戦場、この戦況のすべてを考慮した勝利につながる作戦を。
狩人の家の生まれ、なめるなよ。
「制限時間は十分! 私が作った戦場の外に出たら負けだ! 戦線に戻ることは許さないよ! それ以外は全力でやりな!」
叫ぶヴァルサーノ先生。確かに、この試験のルールはこれ以上なくシンプルだ。それだけに、いくらでもやりようがある。
息を整えろ。焦るな。手札は揃っている。確実に勝てる。
この場の勝利に意味があるのかなんてわからない。だけど、素質がないなんて言葉一つで退学されるのだけは勘弁だ。だからこそ、俺は足掻く。
全力で。
「それじゃあ、始めな!!」
そして戦いは始まった。
「『ファブニール』!!」
「『シーキッド』!!」
平坦なグラウンドに作られた壇上の戦場。石柱が屹立し並ぶ十メートル×十メートルの闘技場の中で、開始の合図とともに二人の人間が飛び出した。
目つきの悪い男――もといハンマー使いのベルナルドとカトラス使いのエルゼンである。二人の手にはそれぞれの精霊武器が握られており、その銘をお互いに叫んだ。
精霊武器に纏われる魔法の力。ベルナルドのハンマーには先ほどと同じ炎が渦巻き、エルゼンのカトラスには水が纏われた。
精霊武器の基礎、属性装纏である。
精霊武器の持つ属性の力を解放することで、ただ殴る、ただ斬る以上の力を発揮する魔法。お互いのそれは、相反する火と水の属性に寄るものであり、その衝突は激しい魔力の渦を生み出した。
「生意気だなぁ!!」
果たして、曲刀でハンマの重い一撃を受け止め大丈夫なのかはさておくとして――
「ムース、作戦通りに頼んだぞ」
「う、うん! 頑張るね!」
ベルナルドは作戦通りに前に出て、敵の一撃を受けてくれたのだ。ならばこそ、俺たちも彼の期待に応えなければならないだろう。
たとえ、この武器に何の力が籠っていなくとも。
俺の持つ偽物の精霊武器は剣だ。クラリアの武器化状態を模した灰色の刀剣であり、重量から幅まで限りなく彼女に近いものを選んで所持している。
とはいえ、偽物は偽物。本物の精霊武器が纏う属性装纏を相手取っては壊れてしまう。だからこそ、俺が狙うのは――
「先手必勝!」
ベルナルドに遅れて前へと飛び出した俺は、エルゼンを超えて後ろに控える後衛二人へと迫った。
偽物の俺を外せば二対三のこの構図。しかし、まだ相手の準備が整っていない始まりに一人退場させてしまえば、戦況はイーブンの二対二となる。微力ながらも、俺が助太刀するのならばこちらが有利か。どちらにせよ、明らかに白兵戦が不得意そうな弓使いのエトワーズや、未だ精霊武器を構えないナヴィに仕掛けない理由などないだろう。
ベルナルドは、そのための布石だ。彼が切り込み、俺が刺す。二段階の攻勢に相手は――
「弾け『ヌル』」
ナヴィを守る様に前に出たエトワーズの精霊武器による防御、であった。
眼前に立ち塞がったエトワーズが放った何らかの力が、俺の接近を阻んだ。彼女と俺の間には何もない。だというのに、そこにはまるで壁があるかのように進行を阻害する何かが突如として出現したのだ。
精霊武器には、それぞれが固有能力を持っている。魔法とは違う特別な力。おそらくは、その類であろう力に、俺の先制攻撃は防がれてしまった。
こうなれば危険なのは俺だろう。
背後にはエルゼン。目の前にはエトワーズとナヴィ。完全に囲まれた状態だ。
さらには――
「くそっ……! こいつ、なんで倒せねぇんだ!」
エルゼンを相手取るベルナルドから苦悶の声が上がる。ハンマーを使った力任せの一撃。そのすべてを、エルゼンは真正面から受け止めてなお余裕の表情をしているのだ。
「当り前だ。私には家を復興するという志がある。故に、貴様らには踏み台になってもらわねばならないのだ。ここで力を証明し、より上を目指すために」
「はっ! 家の復興ってことは、お前貴族様かよ! ならば絶対に負けられねぇな、俺はお前らみたいなのを見下すためにここに来たんだからよ!」
「貴様の志が陳腐であることは十分に理解した。ならばこそ散れ。我が家のために!!」
おうおう、何ともヒートアップしていることで。
家のため、自分のため、このクラスに留まっていることは許されない。あの二人にも、ここで負けたくない理由があるらしい。とはいえ、だ。
前だけ見てると、後ろから来た奴には気づけないぜ貴族様よ。
エルゼンは強い。しかし、二対一ともなればその実力を十全に発揮するのは難しい。ああ、そうだ。エルゼンを超えて迫ったのは、なにも後ろの二人のどちらかに先制攻撃するためだけではない。
例え落ちこぼれの烙印を押されようと、ベルナルドの攻勢は苛烈だ。誰かひとり、まともに殴り合える相手を用意しなければならに程には、一つの脅威として彼は成り立つ。
その彼をおとりにして、俺が敵の背後に回る。ここで重要なのは、わざわざ俺がエルゼンとエトワーズに挟まれる形になることだ。
「……撃てないっ!」
弓の精霊武器の使い手ということは、自然とエトワーズの攻撃手段は弓矢による遠距離に絞れるだろう。遠距離攻撃は確かに脅威だ。一方的に負けてしまう可能性もあり得る。しかし、ここで俺は背後に彼女の味方であるエルゼンを置くことで、その脅威をけん制した。
すなわち、俺を撃てば、俺の後ろにいるエルゼンにも攻撃が当たってしまうかもしれないという状況に持ち込んだのだ。そうなれば、エトワーズは迂闊に弓を撃つことができなくなる。ナヴィが何をしてくるのかは知らないが――そちらについても手は打ってある。
ちらりと俺は戦線の端へと目くばせをする。その先に居るのはムース。聞く話によれば、魔法を得意とするやり使いだそうだ。
ナヴィの対応は彼女がやる。ナヴィの実力が想定外のモノで、ムースが対応しきれなくなってしまう可能性も考えられるが――時間稼ぎさえできれば十分だ。
その間に、俺とベルナルドがエルゼンを倒す。
それが、勝ち筋の一つ。局所的な二対一こそが、俺の思い描いた方程式の一つ目だ。
「併せろベルナルド!」
「言われるまでもねぇ! 滾れ『ファフニール』!!」
精霊武器ファフニール。その固有能力は、武器重量の増加だ。突然の一撃の過重に耐えきれなくなったエルゼンは隙を見せる。そこに、俺の剣が刺さった。
「がっ……!!」
手加減なんてできない本気の一振りが彼の命に届きかけたその時――
「退場だね」
ヴァルサーノ先生の声があがり、その場からエルゼンの姿が描き消えた。気が付けば、彼は戦場の外のベンチに寝かされる形で移動していたのだ。
何が起こったのか。考えるまでもなく、ヴァルサーノ先生があそこまで運んだのだろう。これ以上の致命傷を避けるために。
「なっ……私はまだ……!!」
「黙っときな若造。致命傷を受けて起き上がれる兵士が居るものかよ」
「しかし……!!」
移動させられたエルゼンから抗議の声が上がるが、そのすべてをヴァルサーノ先生が黙らせていた。いや、そんなことはどうでもいい。
退場させられたエルゼンにとっての戦いは終わったが、俺たちにとっての戦いはまだ終わってないのだから。
しかし、状況は好転した。俺を外しても二対二のこの構図。思い描いた最高に限りなく近い戦況に、思わず笑みを浮かべてしまいそうになる。
いやいや、油断するなよ俺。まだ相手は、二人も残っているんだから――
と、俺がそう思っていたその時だった。
「降参します」
弓使いのエトワーズがそう言ったのは。
「……は?」
「信じられないって顔してるけど貴方ねぇ……戦況を見なさいよ。私は正面戦闘向きじゃないし、この隣のぼんくらは全くやる気を見せないのよ? 戦士二人に後衛一人。私ひとりで勝てるわけないじゃない」
「それは、まあ、そうだな……」
両手を上げて降参の意思を見せる彼女は、つらつらとここから自分が勝てる未来が見えない理由をあげ連ねていく。確かに、先ほどからナヴィは一向に動く気配を見せないし、エルゼンに負けていたとはいえ、ベルナルドとの白兵戦を弓なんて武器で行うのは難しい。
「あれ~? 私はまだ全然できるよ~!」
「なら、武器を構えるぐらいしてほしいのだけれど……」
この状況になってもまだ武器を構えないお仲間を見て呆れるエトワーズを見ながら、三対三の力比べは幕を閉じる。
なんとも締まらない勝利だが……。
「勝ちは勝ち、だよな?」
いや、思い返せば、このクラス自体が落ちこぼれの集合住宅だ。確かに、こんな結末もらしいといえばらしいのかもしれないが……。
「勝ったな、ウィル! いいアシストだったぜ」
「わ、私は何もしてませんでしたけど……素晴らしい戦いでした!」
ああもう! ベルナルドとムースが滅茶苦茶いい笑顔で勝利を喜んでるから、これで喜べない俺の方が異端者みたいじゃねぇか!!




