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世の中何が起こるかわからない




 深い森の奥。

 ここは大人たちが言っていた、立ち入り禁止の禁域の森。


 恐ろしい魔物が出るとか、出ないとか。とにもかくにも絶対に入ってはいけないと言いつけられていたはずなのに、俺たちは入ってしまった。


「おい、絶対に手を離すなよ!」

「ひぐっ……ごめん、ごめんなさい……私が、私が……」

「この程度の傷なんてことはねぇよクラリア! いいから、()()()()に追い付かれる前に逃げるんだ!」


 痛い、痛い、痛い。わき腹から血が滲んでる。絶対に放置しちゃいけない傷。でも、そんな傷のために立ち止まることなんてできない。


 禁域の森が禁域といわれている所以。森の奥底に居た緑色の猿たち。この傷は、ゴブリンと呼ばれるそれに傷つけられたものだ。


 だけど、それは自業自得。子供心の小さな見栄を張るために、大人たちに歯向かって見せようと嘯いた代償だ。大人たちが入ってはいけないと怖がっている場所に入れば、自分は大人を超えた、なんて思いたかったんだ。


 そんな小さな自尊心。せめて、そんな自分のわがままに突き合わせてしまった幼馴染のクラリアだけでも、助かってほしい。


「私が、どんくさいから……ウィルがぁ……」

「泣くな! さっきからお前の前を走ってるのは誰だ! 見ろ、俺はぴんぴんしてる。大丈夫だ!」

「……ほんとうに?」

「本当だよ!」


 嘘だ。森の中を進むにつれて増えていく擦り傷がうざったいし、わき腹から血を流しすぎたのか意識が朦朧としている。それでも――俺のことなんかどうでもいいから、せめてクラリアだけは――


「出口だ!」


 後ろから俺たちを追いかけてくるゴブリンから必死に逃げていれば、暗い森に一筋の光明が見えた。森の終わり。ここから先に行けば、きっと逃げられる。


「クラリア、見ろ! 助かったぞ!」


 見えた希望に俺が叫んだ。ああ、そうだ。俺は叫んだんだ。後ろを向いて、出口にたどり着いた、と。だから気づいた。俺の後ろを走っていたクラリアが浮かべた、絶望の表情に。


「ウィル、危ない!」

「――え?」


 一本の矢が、森の出口から飛んでくる。クラリアの言葉で振り返った俺がそれを見た瞬間だった。つないでいたはずの手に力が込められたのは。


 思いもよらない力に俺の体が勝手に下がる。そして、入れ替わるようにつないだ手の先に居た彼女は前に出た。俺を、かばうように。


 随分と小汚い矢だ。適当な枝をむしって、それっぽい石を矢じりに、お粗末な風切り羽を装着した不格好な代物。ゴブリンが作る、人間の猿真似。


 それでも、人の命を奪うには十分な代物だということを、俺は知った。


「嘘、だろ……?」


 泣き虫なクラリア。犬にほえられただけで涙目になって、高いところに登ることもできなくて、だから俺が手を引っ張ってあげないといけない。そう、思っていた。


「どうして?」


 一本の矢が、クラリアの胸を貫いたんだ。俺の後ろに隠れてばかりだったはずの彼女を。俺が守らなきゃいけなかったはずの彼女を。


 俺が森の出口だと思っていた場所は、森の中にできた開けた広場だった。そして、ゴブリンたちはそこで待ち構えていたのだ。


 だから、大人たちは入ってはいけないと言っていたのか。


 ゴブリンは猿とはいえ魔物だ。知恵を持った、狡猾な魔物だ。不格好でも剣を作るし、猿真似だろうと弓矢を作る。そんな知恵があるのなら、追い込み漁だって得意なはずだ。


 俺たちみたいな、馬鹿な子供を追い詰めるための方法などいくらでも知っているはずだ。


「……いや」


 馬鹿なのは、俺だけか。


 いつも一緒にいるから。守らなきゃいけないから。だから、俺が強いところを見せないといけないって。後悔してもしきれない。だって、目の前で冷たくなっていく少女をここに連れてきてしまったのは、他でもない俺なのだから。


「ああ……」


 涙がこぼれる。


「あっ……俺が……」


 後悔と絶望が溢れ出る。


「俺がッ、クラリア、を……!!」


 ゴブリンが笑っている。嘲る様に、馬鹿にするように。

 ああ、そうだ。当たり前だ。俺は、馬鹿だから。変な意地で、ルールを破った馬鹿だから――


「ウィル……」

「クラリス!?」


 胸を貫かれたはずのクラリスの目が開いた。でも、その意気は絶え絶えだ。これは、生きていたという希望じゃない。これから死ぬという最後の言葉だ。


「……ごめんね」


 ああ、なんでお前が謝るんだよ。

 本当なら、俺が謝るべきなのに。


「私が、足、引っ張っちゃった」


 そんなはずないだろ。お前は、俺を助けるために前に出たんだろ。それに、お前が引っ張ったのは足じゃなくて手だ。だから、そんなこと言わないでくれ。


「ごめんね……」

「あ、あああ……あああああああ!!」


 終わる。終わる。命の火が終わる。

 暖かかったはずの肌が冷たくなっていき、ほんのりとした赤みが失われていく。

 冷たく、冷たく、金属のように、岩のように。


 なんでだ。どうしてだ。


 誰のせいで、こうなった?


「お前らのせいだ……」


 俺のせいだ。


「お前らが、こんなところにいるから……!!」


 俺が、こんなところに連れてきてしまったから。


「絶対に、俺はお前らを許さない!!」


 絶対に、俺は俺を許せない。


「あああああああ!!!」


 笑うゴブリンに俺は飛び掛かた。


 がむしゃらに、無我夢中に。その手に、()()()()()()()()()()()()()ことにすら気づかずに。








 ……ああ、ああ。


「どうして」


 勝った。笑うゴブリンの顔を両断して、その隣に居たやつを蹴り飛ばして。そこからはもう記憶があやふやだ。何体倒したかもわからない。それでも、俺は斬って殴って蹴って戦った。


「剣……」


 ここに来てやっと、俺は自分が剣を握っていることに気づいた。


 でも、どうでもいい。


「うーん……? なんか、体が固い……」


 だって、俺は失ってしまったのだから。


「……うぇ、なにこれ!?」


 俺が守らなきゃいけない幼馴染を、俺は――


「ね、ねぇウィル! 私……どうなっちゃってるの!?」

「……へ?」


 あれ、なんか今さっき死んだはずの幼馴染の声が聞こえた気がするんだけど?


「い、いや幻聴だ。そりゃそうだ。狂ったっておかしくは――」

「ちょっとウィル! 返事してよ! ねぇ、ほんとお願いだから! ねぇ!」


 ……気のせいじゃないな。なんか、俺の持ってる剣から声が聞こえてきてる気がする。


「もしかして……お前、クラリアなのか?」

「あ、やっと反応してくれた! ね、ねぇウィル! 私どうなっちゃってるの!?」

「どうなってるって、お前……」


 どうやら、俺の幼馴染は剣になってしまったらしい。

 

どうも

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