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「お兄さん、今回もご苦労様!」


 賑やかなとある町、ある宿屋の裏口。

 宿屋の女将は荷物を下ろした男に声をかけた。


「それにしてもお兄さん相変わらず良い仕事っぷりだねぇ。このままうちの宿で勤めないかい?」


 男は女将に依頼されて食糧を運んでいたのだ。そしてこの依頼は今回で三度目、女将は男の仕事振りを褒めた。


「ありがとうございます。ですが、すみません。もうこの町を出ようと思っているので」

「そうなのかい?残念だねぇ」


 男は女将から依頼料を受け取って別れるとそのまま店が並ぶ通りに出る。

 男は食料の並ぶところで干し肉と干し果実を一袋ずつ買うとそろそろ日が落ちるのに町の外に出て行った。


「はぁ、いつもより早く覚えられてしまった」


 あそこの町は依頼が少なく、接客で多くの人と接して顔を覚える事が得意と言っていた女将の宿屋の荷運びばっかりやってしまった。

 自身の事を覚えられるのが困る男は早く町を出るしか無かったのだ。


 それから完全に日が落ちても男は足を止める事なくひたすらに何処を目指す訳でもないのに歩き続けた。


 だが、この先明るくなければ通りに難い道に来ると漸く腰を下ろし、仕方無しに野宿の用意を始めた。


「?こんな夜に馬車の音?」


 薪木に火をつけようとしている時に微かに馬車の走る音が聞こえた。

 しかも、急いでいるのかガラガラと車輪の早く回転する音が聞こえて来る。


 ところが、急にガタンッと大きな音がしたと思うと音が止んだ。


「…馬車が倒れたのか」


 男は立ち上がると音がしていた方向に向かい走り出した。


 男が着くと緑の身体をした小さな鬼の魔物が馬車に群がっていた。


「ゴブリンか」


 腰に携えていた剣を引き抜き一番手前にいた個体を斬りつけた。


「ギャッ!?」


 緑の鬼、ゴブリンは急に攻撃して来た男に襲い掛かる。

 たが、男は苦戦する事も無く流れ作業かのように次々切り伏せる。


 群がっていたゴブリンを一通り切り終わるとそこに一人の女性が血塗れになって死んでいた。

 どうやらゴブリンに襲われ、食事にされていたようだ。食べられて身体の一部が無い。


 男がその遺体を見て間に合わなかったと少し眉を寄せていると倒れた馬車の荷台にまだ数匹ゴブリンが残っていた。


 魔物を残しておく訳にいかないと残っていたゴブリンを近付いて切り伏せた。


「何か荷台にあるのか」


 荷台の中に気に取られていたのかゴブリンは一切抵抗する前に倒せた。

 男は荷台の中を覗き込む。


「こんな時間に引っ越し、か?」


 そこにはまるで引っ越し中だったのか、一家族分くらいの食器がバラバラになって家具も倒れていたのだ。


 特に何も無さそうだと思ったが、男が声を発した瞬間に奥の方でカタッと小さな何かが動く音が聞こえた。


「何か…いる」


 まだゴブリンが残っているかもしれないと剣の柄に手を添えつつ、もう片方の手で進路塞ぐ物を退かしながらゆっくり進む。

 音のした辺りに来ると何か聞こえるか耳を澄ます。


「…ふぅ…ぅ」


 微かに息を殺して、でも僅かに漏れる呼吸の音が聞こえた。


 男は柄から手を離すとこの辺りに倒れている大きな家具を退かしていく。


「ひっ」


 引き攣る声が聞こえ、やはり人がいると判断した男は更に速度を上げて退かしていき、棚をずらすと人の髪の毛が見えた。


「大丈夫か」


 上にあった棚を横に落とすと倒れた物と物の間に子供が恐怖に震えながらこちらを見つめていた。

 だが、男が人と分かると僅かに肩から力を抜き、男の質問に微かに傾く。


「他にここに誰かいるか」

「、いな…い…ねぇ…お母さん、は?」


 どうやら荷台に人はこの子供だけ。男は子供の脇に手を入れその場から持ち上げる。

 そんな子供は自分を助けてくれた男の側に母親がいない事を不審に思った。


 魔物に追われていた親子は母親の馬車の操作ミスで車輪が段差に乗り上げ、横転してしまった。


 母親は子供を助ける為に荷台の奥に隠れてるよう言って身代わりになるかのように外に出たのだ。

 子供は耳を塞いで縮こまって、微かに一度悲鳴が聞こえたのを最後に母親らしき声が聞こえ無くなってしまった。


 恐怖に震えていると身体が僅かに当たったのか荷物が崩れ、閉じ込められてしまった。

 その音を聞き付け再び荷台の中に何か近づいて来る気配を感じた時、急に外が騒がしくなって、静かになった。


 ギッギッと近付く足音に必死に声を押し殺しているが居場所がバレたのかどんどん上の荷物が次々退かされていくのが分かる。


「大丈夫か」


 こちらを案じる声に子供は近付いて来たのが人だったと知り、自分は助かったのだと肩の力を少し抜く事が出来た。


 ところが、自分より先に助けられている筈の母親が側にいない。

 不安になって男に尋ねるが、男は少し目を見開いて目を逸らす。


 その反応に嫌な予感がし、子供は身体を動かして男の手から抜け出す。足がもつれながらも外に出て辺りを見渡し、血塗れになっている母親を見つけてしまう。


「っお母さん!」


 走り寄って母親を揺らすが男が来た時にはもう事切れていた。いくら揺らしても反応は無い。


「ぅ、ぅぅううっ!」


 ポロポロと涙を流す子供を馬車から眺めていたが、流石にまた魔物が来るかも知れないここにずっといる訳にはいかない。


「おい、選べ」

「っ、え…?」


 急に声をかけられた子供は無理矢理涙を拭って男を見た。


「一つ、このままここに残る。だが、俺はわざわざ危険がある場所にいるつもりは無いからこの場から離れる。

 二つ、俺についてこの場から離れる。その場合は安全な所まで送ってやる。だけどお前の母親は連れては行けない」

「!?」


 男は淡々とだが子供にとっては絶望的な事、息を飲み、男の話を信じられないと絶望した表情をする。


 男はこのような案を出したが、ゴブリン程度であれば自分なら子供を守りながらここに留まる事は簡単だ。


 だが、こうなってしまってはいつまでも死んだ母親に縋ってはいられない。これからを進むには今ここで別れた方がいいと思ったのだ。


 せめてこの荷台を引いていた馬がいれば然るべきところに埋葬する事は出来たかもしれないが、馬もゴブリンに襲われてしまっていた。

 流石に人一人をずっと抱えて歩いて行けない。


 子供はキョロキョロと男と母親を交互に忙しなく見ている。

 母親を残していく事は出来ないが、かと言って子供が一人残ってもしも再び魔物が出た時、子供には抵抗する術がない。それに魔物が出なくても次に出会った人が助けてくれるとは限らない。


 決断できない子供は再び目から涙が溢れ出てくる。

 ぐずぐずと泣いて決断出来ない子供にこのままでは埒明かないと男は溜息を吐く。


「後一分で決めろ」

「っそんな…で、出来ないよっ」

「…肉親が死んで、身知らない俺からこんな理不尽な事を言われる筋合いがないと分かっている。けどな、お前は母親に生かされた事を忘れるな」


 その言葉に最期の母親の必死な表情を思い出す。

 自分を守る為に死んでしまったと子供は改めて理解し、涙を拭うと男について行くと決断した。


「僕がここにいても…お母さんが守ってくれた僕を守れない」


 これ以上泣かまいと我慢する子供の頭を男は一撫ですると子供がぐずぐず泣いていた間に近くの林に掘っていた穴に母親の亡骸を置いた。


「最期、何か言う事あるか」


 子供は口を動かして何か言おうとするが息しか漏れず、最後ポツリとありがとうとだけ小さく溢した。


 土を被せると男は荷台から換金出来そうな物を集めると簡易的な墓で手を合わせていた子供を連れて歩き出したのだった。



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