上
王国から遠く離れた場所にある、とある小さな雪街にパラディンという15歳の少年がおりました。
その少年は父と二人で仲良く暮らしていました。薪を取るために街を出て森に入り、薪を取ると大量の薪を背中に背負いゆっくりと街に帰り、父親と一緒に薪を割る、それが少年の日課でした。
「父さん、追加の薪だよ」
「おう、ありがとな」
「俺は朝食の準備をするよ、余った薪を少しもらうよ」
「おうよ」
少年は家の中へと入ると薪を窯の下に放り投げると火をつけて朝食を作り始めました。
少年が朝食を作っていると薪割りを終えた父が家の中へと入ってきました。
「お、美味しそうなスープだなぁ」
「待ってて、もう少しでできるから」
「ーーできたよ、はいどうぞ」
父親は手に持ったスプーンで少しスープをすくい上げると一気に口の中へと放り込みました。
「このあとなんか用事でもあるのか?」
「うん。試験のために剣術の練習をするんだ」
「そうか、王国の騎士団には剣術の試験に通らないとなれないもんな」
「うん、父さんの様にね」
「よせよ、今はただの一般市民さ」
2人は朝食を済ませたあと、少年は家で剣術の練習、父親は建設の仕事、それぞれの用事を行いました。
太陽が沈み始めあたりが暗くなり始めた頃、一つの建物から大きな明かりが光り出しました。それも街中からわかるほどに。
少年は"なんだ?"と思い、その建物が近くで見える場所まで移動しました。
すると、少年が見た明かりの正体は炎だったのです。大きな建物を丸々と包むほどの炎がバチバチと音を立てて勢いよく燃えていました。
「なんだよ、これ……?」
少年はびっくりして空いた口が塞がりませんでした。
それもそう。その家は今日少年の父親が仕事で来ていた改装中の建物だったのです。それも王国の従者が訪れるほどの高位のある建物でした。
「父は、父は大丈夫なのですか⁉︎」
少年は近くにいた騎兵団の1人に荒い声で尋ねました。
「父……あぁ、ビルドさんのことだね。うん、怪我はないよ。ただ……」
その騎兵団が何かを言いかけた瞬間、大きな声が言葉を遮りました。
「パラディン!パラディン!」
なんと、その声の主は父親だったのです。
「父さん、無事だったんだね!」
パラディンは安堵の声を上げながら父親に近づいて行きました。
すると、少年には信じられない光景が目に入ってきたのです。
それは少年の父親が複数の衛兵団によって取り押さえられ、罪人が乗る中の様子が見えない不気味な車に連行される瞬間でした。
「俺はやってない! 火なんかつけるものか!」
父親は必死に抵抗をしていました。
しかし"全ての責任は建設の仕事をしていたお前の責任にある! 黙って歩け!"と衛兵団に頭や身体を殴られ蹴られた父親は、次第に抵抗を止め大人しくなってしまいました。
「父さん……」
父親は項垂れながら虚しく車の中へと入って行きました。
少年は、ただただ父親が衛兵団に連行されるところを見ることしかできませんでした。
✳︎
翌日、少年は森に薪を取りに行くため、いつも通り朝早くに起きて、いつも通り家を出ました。
街の正門へ向かっていると、周りからボソボソと声が聞こえてきました。
それは、少年の父親への陰口でした。
昨夜の一件から、少年の父親は罪人扱い。もちろんその息子も罪人の息子、関わってはいけない悪い人扱いにされてしまいました。
そんな中、周囲の目を気にせず真っ直ぐ、ただ前だけを見て歩き、薪を担ぐための紐と木を切るための斧だけを持ち正門から出て行きました。
「父さんは悪くない……父さんは悪くない……父さんは……」
少年はブツブツと一人で呟きながら木を切り倒していました。
薪を集め終わると、大量の薪を紐で結んで背中に担ぎ街へと歩きだしました。
正門に着き、街へ入ろうとする少年。
しかし、正門にいる門番に止められてしまいました。
「お前、ビルドの息子パラディンだな? お前は罪人だ、街へ入ることを禁ずる」
「なっ……」
「さっさとどこかへ行くんだな!」
門前払いされた少年は住む場所を失ってしまいました。同時に唯一の肉親である父親とも会うこともできず、一人だけになってしまいました。
「くそっ」
元々、この街は王国からとても離れた場所にあり、サッと住んで食べて寝れる様な街は近くにはありません。
少年は遠く離れた王国まで徒歩で行かなくてはならなくなったのです。
ジャリッ ジャキッ
どれだけ歩いたのだろうか、少年は雪と砂が混ざった様な音を立てながら、冷たい外でただただ歩いていました。食べ物もなく、水もなく、住む場所もありません。
火を起こすための薪しか持っていないのにも関わらず、当然火を起こす道具を持っているわけでもありません。
何もできずひたすら歩き、もう15日も経ってしまいました。
今にも倒れてしまうほどにヨロヨロしながら歩いていた少年は、前へと続いている足跡を見つけました。
それは確実に人間ではなく動物のものでした。
「はは、動物の足跡だ……そいつの肉を食べることができれば……なんとか……」
少年は拙い足取りでその足跡を辿って行きました。
足跡は一向になくなる気配はなく、遥か先へと続きていました。
お腹も空き喉も乾いていた少年の足取りはとても重たく感じました。
グルルルッ
少年は動物の鳴き声がする方向をじっと見つめるとそこには大きな虎がいました。
その虎は、凛とした白い肌に、空を飛べるほどの大きな天使の様な翼が背中に生えているのが特徴で、『スノータイガー』と呼ばれていました。
少年は両手で斧を持ち、その虎を見つめていると、匂いを嗅ぎ取ったのか、突如スノータイガーは少年に向かって走り出しました。
スノータイガーは少年に飛びかかり、少年の胸を勢いよく引っ掻きました。
その衝撃で背中から勢いよく倒れた少年の衣服は破れ、胸からはドクドクと血が出ていました。
「くそッ……ちからが出ない……」
少年はそっと目を閉じて全てに身を委ねることにしました。
すると、少年の脳内にピリッと電気が走りました。
とても不思議な感覚でした。
少年は目を開けると、空は青と紫、黄色などが混ざり合った美しい景色に変わり、地面からはニョキッと明るい草が生えて円状に広がって行きました。
その光景はまさに大自然の中にある草原の様でした。
突然、一つの草木が、それは天まで届くくらいの勢いでグングンと成長していきました。
いつの間にかとても大きい樹木になり、少年の頭に直接声が響いてきました。
『私は、破滅と悪の象徴である悪魔サマエルより与えられし宇宙樹。汝、ちからを欲しくはないか?』
「ち、ちから……」
『そうだ。ちからを手にすれば、世界をも征服するちからがある。汝が復讐することなど容易いことだ』
「俺に……ちからを……くれ!」
『了承した。汝にちからを授けよう。受け取るがいい、流星のちから【メテオラ】だ』
たった今種が成長したかのように、樹木から不思議な空模様と同じ色をした奇妙な宝玉が実りました。
その宝玉は樹木との接続部分自ら断ち切り、フワフワと少年の口元へと進んでいくと、少年は口を大きく開け、ゴクンッと飲み込みました。
少年には、確実に何かが自身の身体の中に入った感覚がありました。
気がつけば、不思議な空間をしていた一面が元の風景に戻っていました。
少年の傷は完治しており、とても人間わざとは言えないものでした。少年は胸に手をかざすと生暖かい感覚は全くと言っていいほどなくなっていました。
少年の近くに居たはずの虎は、何かを察知したのかいつの間にか遠くへ離れていました。
「クククッ、俺は最強のちからを手に入れた」
少年は人が変わった様に不気味な笑みを浮かべながら、人差し指を天にかざすと、クイッと下へ振りました。
その瞬間、瞬く間に大きな一つ隕石が地面に衝突した衝撃でドーンッと大きな音を立てて爆発しました。
もちろん、スノータイガーの跡形はなく、大きな丸い茶色い土が剥き出しになり、大きなクレーターだけが残っていました。
「決めた。俺はこの世界の王になり、人類をあるべき姿へと導く。それがこの俺『パラディン・E・フィラント』の使命だ!」
ちからを得た少年は、少年が前まで住んでいた街を見渡せる高い山の頂上に登ると、右の手のひらを天に向けて大きく上げました。
「救う価値もない。邪魔なだけだ。そんな街は潰れてしまえ! 『メテオラ』!」
ヒュ〜 ドンッ ドドドンッ ドドンッ
小さな街を覆う様に大量の隕石が降り注ぐと、そこにあったはずの街は、大きな衝撃と爆発を起こしながら跡形もなく消え去っていきました。
「流れ星のようだ、美しい」
少年の街の人間たちへの憎しみは次第に人類への憎しみへと変わっていきました。
「死んで当然だ、あんな奴ら。あれが人間というのなら全て消えてしまえ!」
少年は、消滅した街の風景を見ながら言いました。
「さぁ人間よ! もっと泣き叫べ! 恐怖を刻め! 流れ星で世界が人類が消滅するその瞬間を! ハハハハハッー!」
少年は全ての場所に『メテオラ』を投下しました。
一瞬にして99.9%の土地はクレーターになり、人類は滅亡してしまいました。一つの王国を残して。