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母の日に

作者: 庚午澪

 家の本棚から、何年かぶりにアタシのために描かれた絵本を取る。

 何度も読み返し、持ち歩いては開いていたので、至る所が痛んでいた。

 それでも大事にしていたからか、表紙の角が剥げたり、ページの端が折れたりしているが、キレイで問題なく読める。

 開けた窓から夏の様な匂いがし、柔らかい風がカーテンを押し上げる。

 些細な事で母親と喧嘩してしまい、家に二人きりでは気まずくて本棚のある書斎に逃げ込んだ。

 そこで幼い頃好きだった絵本を手に取った。

 もう捨てて無いのかとも思っていたが、自分のために描かれた絵本を二人が捨てるはずなんて無く、数年ぶりに絵本を抱えてその場に座る。

 床はほんのり温かく、外から子供の声が聞こえていた。

 膝の上に乗せて指でそっと触れた表紙をめくる。

 何年も開いていなかったのに、その瞬間懐かしい気持ちが蘇り、優しい色合いのページに瞳が吸い込まれた。

 絵本の内容は周りとは少し違う力を持った子の悩みや普通でなくても母親は子を愛し、母親の励ましと応援に背中を押されて変わっていても諦めず皆の輪に入っていく物語。

 だから絵本は母親からアタシへのメッセージであり、出版した中では余り売れていない方の絵本だけれども、一番こだわった一冊だとも父親から聞いている。

 そう、母親はアタシを育てるために頑張って絵本作家になった。

 物語はいつも読んでもらっていて好きだった様で、絵の方も賞金の出るコンテストに応募し、通信で絵の勉強をして、若くして絵本の出版までこじつけた。

 当時の両親では若すぎてアタシは育てられないと周囲から反対されていたらしい。

 祖母の所に三人で身を移しはしたが、甘える事を良しとしない両親は、努力して母親は絵本作家になり、父親はバイトして、二人とも二足のわらじを履いていた。

 もう祖母は亡くなっていて、思い出はほとんど無いけれど、優しかった記憶はある。

 いくら絵本作家になったとは言え、新人では三人では暮らしていける訳もなかったので、祖母には本当に助けられたのだろう。

 毎年命日には必ず三人で祖母のお墓参りに行く。面倒くさいとか嫌な気持ちは全然無く、墓石の前で近況報告をすると落ち着くくらいだ。

 絵本を閉じ、何だか祖母のお墓参りに行きたくなり、気づかれているのは分かっているが、静かに音を立てないように靴を履いて家を出た。

 バス停まで行き、霊園経由のバスが来るのを待って乗り込む。

 窓の外を眺めてバスに揺られる。

 降車ボタンを押して霊園に降りると、遠く墓石の合間に人影がちらほらと覗く。

 水桶と柄杓を借りて祖母の墓石の前に立つ。

 黒く反射する墓石と両脇の低木に水をかけ、その前にしゃがみ込み手を合わす。

 挨拶を言った後は近況報告と母親とケンカした内容を胸の内で聞かせる。

 しばらくすると背後に気配を感じて振り返って相手の顔を確認した。

「見つけた」

 やって来たのは二人で、前に立った父親が安心した様に表情を和らげた。

 無言で手首にはめた腕輪を顔の高さまで上げて見やる。

 腕輪は小学校に入学時には着けている物で、ランドセル以上に丈夫の様だった。

 腕輪には位置を特定する機能はあるが、父親の後ろに立つ人影に質問を投げかける。

「ルスカが教えたの?」

「いいや、樹について来ただけ。だけど私にとって葉桜は子供……じゃないな、大切な家族みたいに思っているから心配はしたさ」

 美しくどこか妖艶な、人の姿をした人外の生物。簡単に説明するなら悪魔で、アタシが産まれた時からの付き合いがある。

 どうして父親と一緒に捜しに来てくれたのが、母親ではないのか不満を抱いたけれど、ケンカした直後という状況的に考えると当たり前かもしれないと思い直す。

 今のところ仲直りする気は無いので、気まずくならなくて済む事に少しだけ胸をなで下ろした。

「話は澪から聞いたよ」

 父親の樹が落ち着いた声音で、穏やかな視線を向けて来る。

「澪ーーお母さんのためでしょう? 今日の晩ごはん作ろうと言い出したのは」

「うん……」

 今日は母の日で、代わりに晩ごはんを用意しようと話しかけたのだが。

「料理、下手くそだからアタシにやらせてもらえないんだ。折角、作って休んでもらいたかったのにさ」

 しゃがんで膝を抱える。

「葉桜が料理下手なのは否定しないけどさ、ケンカの理由はそうじゃないでしょう?」

 もうケンカになった要因は澪に聞いていても、父親は話してくれるのを待つかの様に表情で喋るのを促してきた。

 だんまりを決め込むつもりは元からなかったが、好きな父親に見つめられ、口を尖らせて拗ねた様に文句を言う。

「だってアタシが作るんだから、嫌いな物を入れなくたって良いじゃん。一食くらい好きな物だけ食べたって栄養なんてどうだって良いでしょ?」

 そう葉桜は自分が料理を作るので、普段入っていて嫌な物を抜こうとしてケンカになった。

 樹はそっと隣に並び、一つ頷いて言葉を続ける。

「そうだね。でも、お母さんは食べたかったのかもしれない」

「それは無いよ。お母さんも苦手な物なんだもん」

「うん、そうだね。僕もそれ、苦手だ」

 苦笑いを浮かべる父親。

「なら良いじゃん、入れなくても。家族皆嫌いなの入れても誰も幸せにならないよ」

「かもな。もしかしたら食べられる様になって欲しいのかも。自分は無理だけど克服して欲しいって思ってる可能性もあるだろ? 他に包丁で怪我をして欲しくないとか」

「んー、自分が無理な物を娘には食べて欲しいって、おかしい。変だよ」

「だね。じゃあ、とりあえず今日は一緒に晩ごはん作ろうか。これからちょっとずつ料理上手くなろう。料理が下手なのは遺伝だからさ」

「そう、なの?」

「ああ、そうだった」

 自分も澪も料理が下手で、料理上手な祖母に教わったと笑う。

「うん。あ、でも、まだ帰りたくない」

 まだ顔を合わせたくない気持ちがあり、立ち上がる気にならない。

「なら、時間もまだあるし寄り道して帰ろう。だから、プレゼント一緒に探してくれないかな? 何にしたら喜ぶか悩んでいてさ」

 そして一緒に渡して仲直りしようと言う父親。

 しばらく悩んだが、母の日のプレゼントをきっかけにする以外、仲直り出来そうな案が浮かばなかった。

「良いよ。お父さんを助けてあげる。でも贈りたい物は決まってるからね」

 何? と目で先を促す樹。

「お花。カーネーションとあともう一つあげたいお花があるの」

 そう答えて立ち上がった。

 なんとなく、仲直り出来そうな雰囲気を直感して一歩踏み出す葉桜。

「お父さん、早く行こう」

 樹を呼んでバス停に早足で駆け出した。






           《了》

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