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最強少女のおすそわけ  作者: 雫月
第二章 魔法学園の日常編
29/29

第29話 厄日は突然に訪れる



 ──いよいよ始まった模擬クエスト『ロゼロの迷宮』。

 出場している五組のチームの中で、冒険者ランクが低い順からすでにスタートしている。

 舞台裏には、スタートを待つ三チームが残っており、最後尾には【ユニコーン】が控えていた。


「ラ、ライカ先輩!私たち【ユニコーン】応援団一同、先輩方の優勝を願って精一杯応援させていただきます!」


 そこに詰めかける十数人の生徒たち。学園公認の私設応援団が囲む中心には、【ユニコーン】のリーダー、ライカの姿があった。


「いつも応援してくれてありがとう。みんなの期待に応えられるように頑張るわね!」


「は、はい!」


 憧れるライカを前に、応援団の生徒たちは一様に緊張した面持ちだ。


「それで、その……。よければ受け取ってほしいものがあるのですが……」


 そんな中、代表者と思われる生徒が、意を決してライカに小さな箱を手渡した。


「これは……?」


 ライカが箱を開けると、そこには聖女ガルトの姿が刺繍された、小さなお守りが入っていた。


「私たちが先輩方の無事を祈りながら作ったお守りです。どうかご武運を!」


「えーいいの!?ありがとう!大切にするわね!」


 魔法の糸で丁寧に作られたお守りからは、一生懸命に作られたことがよく伝わってくる。

 思わぬプレゼントを受け取ったライカは、喜びの声をあげる。

 予想以上の反応を受け、応援団は嬉しさが極まり、声にならないほどの悲鳴をあげていた。


「……ハハッ!やれやれ!これからクエストが始まるってのに相変わらずだなライカは!」


「そうだね。僕たちも気後れしないようにしなきゃ。」


 【ユニコーン】のメンバー、ブレッグとディールは、ライカを囲む輪の外から笑顔の彼女を眺めていた。


 クエストを請け負う冒険者というのは、常に命懸けで臨んでいるものだ。たとえ危険が少ないクエストといえど、出発前は緊迫した雰囲気になる。

 それはAランクを誇る【ユニコーン】も例外ではないのだが、ライカだけは違っていた。


「さ、二人とも!今日もハリきっていくわよ!」


 生徒会長に就任した際も、ライカは緊張とは無縁で、いつでも明るい笑顔を絶やさなかった。

 そんな彼女を、チームメイトの二人は尊敬の意を込めて笑顔を返す。


「──ケッ、さっすが優等生サマ。言うことが違うよなー。」


「はぁ~。なーんかやる気なくしますよね~。」


 その近くでは、皮肉を吐きながら、彼女たちを蔑む表情で見つめている男たちの姿があった。

 【ユニコーン】の前に出発を控える【ベルケイオス】のメンバー、オズラムとケリスは、悪態をつきつつ出発の準備を進めていた。


「……ふん。実力が伴っての余裕か。大した自信だな。」


 士気を下げつつあるメンバーに対し、チームリーダーのガーベルは【ユニコーン】を一瞥して軽く息を吐く。


「ふて腐れるなよお前ら。我らの戦術は高ランクの者さえ凌げると、ロッシュ様もおっしゃっていたんだ。なんとしても期待に沿う結果を出すぞ!」


 奮起するガーベルに、二人も拳を突き上げ応える。

 何やら後に退けない様子の彼らは、改めて身を引き締め、出発の合図を静かに待つ。


「──姫様、あれが噂に名高い【ユニコーン】です。どうご覧になりましたか?」


 一方、こちらは出発を次に控えている【セイレーン】。

 片膝をつく黒髪の若き女性騎士、ラノーファの目は【ユニコーン】を鋭く見据えていた。


「そうですわね……。さすがはAランクの方々。どなたも素晴らしい実力をお持ちのようですわ。正に相手にとって不足なし、といったところかしら?」


「その通りです。さすがは姫様。このクエストを攻略する上では決して避けられない相手です。」


 賛辞を送るラノーファの隣では、【ユニコーン】を横目に、ルヴェリアが自信たっぷりな笑みをこぼす。

 舞台近くには、彼女を間近で見ようと多くの人々が詰めかけていたが、護衛の兵士に阻まれ、かなりの距離を空けられていた。

 それでも押しかけてくる人々に対し、ルヴェリアはごく自然な笑顔を向け、小さく手を振る。


「……ほほう。聖王都の姫はなかなか肝がすわっておるのう。」


「えぇ。頼もしい限りですね。」


 出発直前だというのに、ルヴェリアが緊張している様子はない。

 それどころか、国民に不快な思いをさせない配慮までしている。これにはスレイブとナッキも、感心した表情を見せていた。


「……さあ姫様、そろそろご出立となりますが、作戦はいかがいたしましょう?」


「作戦など知れていますわ。わたくしの標的はあくまでチーム【カーバンクル】。【ユニコーン】のお相手とクエストの攻略はそのついでにすれば良いだけのことですわ!」


 そう叫び、舞台に姿を現したルヴェリアは腰に手をあて、凛とした立ち姿を国民に魅せる。と同時に、会場が割れんばかりの拍手喝采に包まれた。


「素晴らしい……!さすがは姫様。その心の余裕を持ってさえいれば姫様は必ずや目的を達成できます!」


 ラノーファ・フォル・オーシュラム。

 父親から親衛隊長の任を受け継いでから二年。王女を護衛する彼女もまた、父と同様ルヴェリアの魅力に心酔する一人であった。




───────────────




「……あ。シエル、また別れ道だよ。」


「よし右だ!今度は右に行こう!」


 薄暗い洞窟の中に、シエルの大きな声が反響する。

 暑くなりはじめた外とは違い、『迷宮』といわれる洞窟内部は、羽織るものがいるほど冷えていた。


「ちょっ!決断早いってシエル!もう少し慎重に行こうってさっき言ったとこだよ!?」


「今回は大丈夫!俺の勘がそう言ってるから!」


「えぇ~?それでさっき落とし穴に落ちかけたのは誰だっけ?」


 続けてリケアの声も響く。

 最初にスタートした【カーバンクル】だったが、入口から不規則に続く岩の足場はとても滑りやすく、慎重に歩かざるを得ない。シエルたちは序盤から苦戦を強いられていた。


「おいお前らデケェ声出すなって。誰かに気づかれちまうだろ。」


 先頭を歩くリッツが、興奮気味の二人を落ち着かせる。


「ったく。だからはじめから探索魔法かけて進もうぜって言ったんだよ俺は。」


「んー、でもこの方がなんかワクワクして面白くない?」


 一行は、途中いくつかの別れ道を進んできていたのだが、今のところ道中の罠にことごとくハマっていた。

 呆れ顔でため息を吐くリッツに、全然懲りてないシエルが反論する。

 「冒険はこうでなくちゃ」と、ダンジョン攻略の基本を無視して、シエルがワガママを言い出したのがそもそもの原因だった。


「あのなぁ。お前の気持ちも分からんでもないが、今回はモタモタしてらんねぇってのも理解してっか?」


 今のところ、【カーバンクル】は他チームや魔物には遭遇していない。

 しかし、チームの戦力を考慮すると、やはり会わないにこしたことはないだろう。


「冒険もいいが、チームの危機を回避するのもリーダーの務め」


 冷静に先を見据えるリッツのごもっともな説得に、シエルは渋々従うこととなった。


「……よし。そういうワケだリケア。探索魔法よろしくな?」


「……え?私?」


 突然話を振られたリケアは変な声が出た。と同時に、リッツの頭に何か嫌な予感がよぎる。


「おいおい冗談よせよ。探索魔法は魔力量が高いほど精度が増すんだ。一番魔力が高いヤツが使うのが当たり前だろ……?」


「……あー。そう……だよね。」


 リケアからは歯切れの悪い返事しか返ってこず、察しの良いリッツは頭を抱える。


「……探索魔法、使えねぇんだな?」


「あはは……。ごめん!魔法の習得授業の時、ちょうど寝てて聞いてませんでした!」


「笑い事じゃねぇ。」


 勢いでごまかそうとするリケアだったが、静かに怒るリッツの目は笑ってない。


「実は俺もその授業は寝てました!」


「お前は期待してねぇ。」


 横からシエルが便乗するも返り討ちにあい、二人揃って拳骨と説教をくらう羽目になった。


「……ハァー。まあ、確認してなかった俺も悪ぃか。」


 二人の頭にたんこぶを作った後、リッツもそう反省の言葉を出した。

 と、そんな彼の袖を引っ張る少女が一人。


「……リッツ。わたしはその魔法使えるよ?」


 話を振られなかったユグリシアの表情は、少し不満そうにみえた。


「ユグ、お前はダメだ。」


 睨まれたユグリシアは頬を膨らまして、シエルへ駆け寄る。


「……リッツがいじわるする。」


「やめようよリッツ。今はクエスト中なんだぞ?」


「えー、リッツ最低。」


 リケアも加勢し、理不尽に責められるリッツは、めんどくさそうにため息を吐く。


「あのな。人の話を最後まで聞けよ。力を制限してるからってユグが不用意に魔法使うのはマズイって事を言ってんだ。元々そういう話だっただろうが。」


 下手をすれば【ラグナロク】にユグリシアの居場所を教えてしまうことになる。──そう伝えたところで、リッツの口が止まる。


「……わかって言ってんだろお前ら。そのニヤけた顔をやめろ。」


 リッツが手を振り上げると、三人はバラバラに逃げ出し、その途中でシエルが足を滑らせスッ転ぶ。

 違う意味で緊張感を感じさせない雰囲気の中、もはや引率の先生状態になってしまったリッツは、ひとり頭を悩ませる。


「ともかくだ。不測の事態はこれから先も起こるかもしれねぇ。全員気を引き締めろ。いいな?」


「……はーい。リッツ先生。」


「お、それいいねユグ。言われてみればそれっぽく見えるよ。」


「ホント。意外と教えるの上手そうだよねー。」


 リッツが渇を入れるも、全く引き締まらない返事しか返ってこない。ひとまずシエルたちは放っておき、引率の先生は、ひとり魔法を唱える準備をする。


「……あ、そうだ。もし誰かと遭遇したら、戦闘はリケアに頼むぜ?」


「……え?……あー……。うん。はい。」


「気の抜けた返事するな。」


 リッツは魔法が数回しか使用できない体質なため、覚醒したリケアに戦闘を頼らざるを得ないのが現状だ。

 しかし彼女の性格などを考慮すると、やはりなるべく戦闘は避けるべきだろう。

 リッツの探索魔法の精度、いかに敵と遭遇しないことが、今後の行く末を左右することになる。


[リデイング・サーチ(探索感知魔法)]


 リッツが集中しながら目を閉じ、静かに呪文を唱える。同時に彼の頭に痛みが走った。


「っ……!」


 その頭痛は耐えられないほどではないが、彼の集中力を削ぐには十分だった。

 しかし彼は痛みを押し込み、探索魔法をなんとか発動させた。


(……痛ってぇ……。こんなんじゃ先が思いやられるぜ……。)


 リッツがかざした手を中心に、白い光の円が三重に広がっている。一つの円がおよそ100メートルほどの範囲を探索できるため、かなりの広域を見ることができるようになった。


「おいおい、この範囲でもまだ先が見えねぇぞ。どんだけデケェ迷宮作りやがったんだよ……。」


 辟易するリッツがぼやいていたその時、突如として四つの生体反応が近くに表示された。


(魔物……!?いや違う!)


 四つの反応は人を表す色を示しており、こちらに向かって近づいてきている。


「気をつけろ!すぐそこに誰かいるぞ!」


「あ、見てリッツ!」


 謎の反応を『敵』と断定したリッツと、岩陰から飛び出してきた四つの人影を見つけたシエルが同時に叫んだ。


「ハッハッハ!見つけたぞ【カーバンクル】!」


 聞き覚えのある品のない笑い声がダンジョン内に響く。声の主が灯りの魔法をかけると、持っていた杖の先が光を発し、その姿がよく見えるようになった。


「うわぁ……。いきなり面倒なのが来たなー。」


「俺ら以外全員そうだろ。」


 現れたのはカツラ貴族、もといアルベルス率いるチーム【ビブロス】だった。

 露骨に嫌な顔を向けるシエルとリッツなど気に留めず、アルベルスは得意気に笑ってみせる。


「ふふふ。こんなにも早く奴らと出会えるとは……。これも聖女様のお導きか?いや、僕の日頃の行いが良すぎるのか。」


 勝手な講釈を垂れるアルベルス。そんな彼の横から否定的なため息が聞こえた。


「えー違うよ。始まってすぐ探索魔法かけたおれのおかげだって。」


 小柄な少年が悪戯な笑顔を見せる。背丈はユグリシアと同じくらいだろうか。その声や仕草からして、シエルたちより年下のように思える。


「おいルダ。一言多いぞ?僕の揚げ足を取るなといつも言っているだろう?」


「ごめんごめん。アルベルスさんの反応が面白くてつい、ね?次から気をつけるようにするよ。」


 アルベルスと同じクラスの少年──ルダは、面白がりケタケタと笑う。

 からかわれているアルベルスは「仕方のないヤツだ」と、怒るのを半ば諦めている様子を見せる。


 そして気になるのが、彼らの後ろに控える見た目が屈強そうな二人組だ。先ほどから会話に一切入ってこず、アルベルスの言うことに全力で頷いている。

 素性は不明だが、おそらくアルベルスの取り巻きなのだろう。


「……で、どうするのアルベルスさん?さっそく模擬戦やる?」


「当たり前だ。我がチームの標的は奴らだと言ったろ?奴らさえ倒せたらそれでいいのだ!」


「ぷっ、あの時のことまだ根に持ってたんだ?」


「ルダ。今笑ったか……?」


「いやいや。アルベルスさんを笑うわけないよ。気が立ってるのは分かるけど、もう少し肩の力抜いたら?」


「むむ……。それもそうだな。」


 飄々とした態度のルダは、言葉巧みにアルベルスの感情を、上手くコントロールしている。なかなかに曲者のようだ。

 そんな彼らを横目に、【カーバンクル】はすでに円陣を組み、作戦会議を開いていた。


「う~ん、あっちはやる気満々だな……。リッツどうする?」


「どうするも何も離脱の一択しかねぇだろ。なんとかスキをついてここを離れるぜ。」


 シエルの問いに、リッツは迷わず離脱案を提示した。

 もし戦いが長引けば、後から来るチームに先を越される可能性もあるからだ。


「私も賛成!……って言いたいけど、それってルール違反とかにならない?」


 するとリケアが手を挙げ、待ったをかける。

 戦闘を回避するという手段は、クエストを成功させることにおいて重要なことだ。

 しかし、ルールが定められている模擬戦では、果たしてそれが通るのか。

 リケアの意見はもっともなのだが、リッツはこれを一蹴する。


「かまうもんかよ。他にもチームいるんだし、なんなら魔物だっているんだ。こんな序盤から戦ってられっかっての。」


 万が一【ユニコーン】と戦闘になることを想定すると、やはり無駄な戦闘は避けるべきだ。リッツは持論を強く推した。


「……でも、もしルール違反なら失格になっちゃうかも。」


「なるほど。ユグの言う通りだ。何か他の手を考えよう。」


「あーもううるせぇな!戦略的撤退とか言っときゃいいだろ!」


 ユグリシアとシエルもリケア側の意見のようだ。

 劣勢になったリッツが意地になっていると、しびれを切らしたアルベルスが杖で地面を叩く。


「リッツ・フォージング!何をコソコソと話しているんだ!優勝すると啖呵を切っておきながら逃げ恥をさらすわけじゃないだろうな!?」


 人を見下す耳障りな声に、リッツがピクッと反応した。


「……やっぱヤメだ。今すぐあの野郎をぶっ倒すぜ。今すぐにだ!」


 振り返るリッツはアルベルスを鋭く睨む。その変わり身の早さに、シエルたちは「やっぱり」と口を揃えた。


『……おー、なんだお前たち。さっそく模擬戦やるのか?』


 すると、聞き慣れた穏やかな声が洞窟内に聞こえ、シエルたちは辺りを見回す。


「え、この声……サイネス先生?」


 声の出どころは洞窟の天井からだった。そこに止まっていた一羽の小さなコウモリが、サイネスの声を発している。


『ハハハ、驚いたか?こいつは私が操縦しているんだぞー。』


 茶目っ気たっぷりに話すサイネス。しかしコウモリの表情が全く動いておらず、可愛らしさが半減している。


 実はこのコウモリこそが、移動式魔法転写装置と呼ばれるマジックアイテムだった。

 南西のレガイアロード領の職人が作った一級品で、見た目は本物と変わらないほどだ。

 性能も実に精密で、魔力を感知して自動飛行もできるのだとか。


『……さて、話は聞こえていたぞ。一応確認しておくが、ルール上は戦略的撤退は認められるんだが……どうするね?』


「へっ!逃げるなんて一言も言ってねぇよ!はじめっからアイツらをボコボコにするって決めてたんだ!なぁみんな!?」


「わかったわかった。」


 指をポキポキ鳴らし、やる気を見せるリッツに、シエルたちは「どの口が言ってるんだ」という思いで、苦笑いを返す。


『よし、決まりだな。……おっと、一つ言っておくぞ【ビブロス】の諸君。私はこいつらの担任ではあるが、ちゃんと公平に判定はするから安心してくれよ?』


「フッ、心配いりませんよ先生。誰が見てもハッキリと分かるくらいの大差で勝ちますから。」


 余裕の笑みを浮かべるアルベルスは、両手に杖と魔導書を構え持つ。【カーバンクル】側も、リッツを先頭に応じる。


『では、【カーバンクル】VS【ビブロス】模擬戦開始!』


 合図を受け、先に動いたのはリッツだった。


「先手必勝だ!ヤツの頭を狙えリケア!」


「え!えぇ!?」


 攻撃を仕掛けると思いきや、リッツは素早くリケアの手を引いて、アルベルスのカツラを攻撃するよう指示する。

 虚をつかれたのはリケアの方で、突然引っ張り出された彼女は悲鳴に似た声をあげた。


「そんな急に言われても……え、え~と……」


「あーもう!何してんだリケア!」


「こっちのセリフだよ!」


 後ろへ下がろうとするリケアと、それを押し返すリッツ。

 二人がごちゃついている間に、【カーバンクル】は先制の機を失った。


「……やれやれ。あのナッキ先生の妹だというからどれ程かと思えば……。所詮はEランクか。」


 様子を伺っていたアルベルスは、拍子抜けした表情でため息を吐く。


「味気ないが、僕の華麗な魔法で終わりにするか……」


「待ってアルベルスさん。おれがやるよ。」


 隙だらけのリッツたちに、攻撃魔法を放とうとしたアルベルス。しかしそれをルダが止め、何か悪巧みを考えた表情で杖をかざした。


「……リケア、気をつけて。」


「え……?うわっ……!」


 ルダの動きを見たユグリシアが警告する。だがリケアが身構えるよりも早く、彼女の足元から突風が吹き上げ、スカートが大きくめくれ上がった。


「~~~~っ!?」


 声にならない叫び声を出すリケアは、スカートを押さえてしゃがみこむ。


「わお。白かー。」


「ルダ、何をしているんだ。遊んでいる場合か?」


「へへん。これでおあいこだね。」


 リケアの下着をバッチリ目撃したルダは、無邪気に笑っていた。

 どうやら彼は、アルベルスが以前に恥をかいた仕返しにと、悪戯目的で風魔法を放っただけのようだ。


「……リケア?だ、大丈夫……?」


 シエルたちがリケアに駆け寄る。見たところ彼女は傷を負ってはいない。

 心配そうに声をかけるシエルだが、リケアは反応せず、俯いたままだ。


「あー……。なるほどなるほど……。」


 と、小さく言葉を出すリケアはゆっくりと立ち上がった。その瞬間、シエルとリッツの顔色が変わる。


「あ!マズイ!これ本気でキレたやつだ!」


「やっべぇ!止めるぞ!」


 同時に叫ぶ二人は、怒りが爆発したリケアを、前と後ろから抑え込もうとする。


「んがーっ!離せぇ!全員灰にしてやるんだー!!」


 しかし、必死の抵抗もむなしく、二人はいとも簡単に振りのけられた。


「ふっ!んぐおぉぉぉ!」


 リケアは近くにあった自身の倍はある大きな岩石を、力任せに持ち上げようとする。


「うわーユグ!リケアを止めてー!」


 シエルはリケアの腕に体ごとしがみつきながら、ユグリシアに助けを求める。

 が、当の本人は少し困った顔で、三人の激しい攻防戦を眺めていた。


「……いいけど、ちょっと力使っちゃうよ?」


「んー!それはちょっと困るな!リッツどうしよう!?」


「んなーくそ!しょうがねぇ!」


 岩石が浮き上がったその時、リッツがリケアの顔に手をあて、素早く呪文を唱えた。


[サイレンスバーディア(中級睡眠魔法)!]


 リッツの手から白い煙が放たれると、瞬く間にリケアを包み込む。


「はーなー……せー……」


 煙の中でリケアの声が次第に小さくなっていく。数秒後、煙が晴れると立ったまま眠っているリケアの姿が確認できた。


「……はぁ……。なんとかなったね……。」


「こんだけ至近距離でくらわせたんだ。効いてくれねぇと困る。」


 額の汗を拭いながら、シエルはリケアを横たわらせる。

 さっきまでの怒り顔が嘘のように、リケアはなんとも安らかな寝顔を見せる。


「人の気も知らねぇでよ……。」


 迷惑そうな表情で、リッツは深いため息を吐いた。


「ハッハッハ!何をしているんだまったく。キミたちで勝手に戦力を減らすとはな。……まあ、この僕を前にもともと勝機などありはしない。さあ!僕の魔法で終わりにしてあげよう!」


 騒動を眺めていたアルベルスは、勝ち誇ったように高笑いする。そこへまたしても横から茶化す声が聞こえた。


「アルベルスさん。魔導書が逆さまだよ。女子のパンツ見て動揺してるの?」


「あ!?……う、うるさいぞルダ!」


 華麗に勝負を決めようとしていたアルベルスだが、図星を言い当てられ赤面する。


「……へっ、さっきから聞いてりゃ何を勘違いしてんだテメェは?勝った気でいるなら大間違いだぜ。」


 ふいにスッと立ち上がるリッツは、半身にアルベルスを見据え、不敵な笑みを浮かべた。


「なに……?どういうことだ?」


 含みのある言葉に、アルベルスの表情から笑顔が消える。


「あのままリケアが暴れてたら大ケガじゃすまなかったところだ。命拾いしたことに感謝しな?」


「命拾いしたのは俺たちも同じだと思うんだけど……」


「うるせぇ。」


 シエルの言うことは実に正論だが、リッツはそれを受け流した。


「しょうがねぇ。俺が相手してやっか。」


 悠然と歩くリッツは、アルベルスの前へと立つ。


「え!?待てよリッツ!一人で戦う気か!?」


「今戦えんのは俺しかいねぇだろうが。いいからリケア連れて下がってろ。」


 止めに入るシエルを片手で後ろへ押しやると、リッツは両拳を強く握りしめて構えをとった。


「……素手、だと?それは冗談のつもりか?」


「ハンデだよ。てめぇなんざ素手で十分だぜ。」


 その言葉を聞いたアルベルスは、体をのけ反らせて大声で笑いだす。


「ハハハハッ!実に愚かだなリッツ・フォージング!武器を持つならまだしも素手で魔道士に勝てるワケがないだろう!」


 アルベルスに追従し、後ろの二人組もリッツを小馬鹿にしたような含み笑いをする。


 彼が素手で戦うことを笑われるのには理由があった。

 日々の暮らしも魔法が主となるこの世の中で、魔法を使わず戦うことは邪道と見られるのが常識だ。

 中には武器の扱いを得意とする者もいるが、それは高位ランクの一握り、限られた強者だけしかいない。


「……噂以上にふざけた奴のようだ。この僕にそんな態度をとったことを後悔させてやる!」


 それ故に、戦闘において丸腰で戦うという行為は、最大級の侮辱に値する。

 一転してアルベルスは怒りの表情になり、大振りに杖をリッツへ差し向け、呪文を唱える。


〝地よ 雄大な鼓動を響かせ……〟


「遅ぇよ。そんなんじゃ虫も殺せねぇぞ?」


 詠唱に割って入るリッツは、素早い動きであっという間に距離を詰め、アルベルスの懐に飛び込む。

 すかさず殴打を腹に打つも、当たる直前で薄く光る膜に拳が弾かれた。


「……チッ、固ぇな。」


「当たり前だ。僕の防御魔法がお前の軟弱な攻撃に破られるハズがないだろう。」


 事前にかけておいた防御魔法のおかげで、アルベルスの体にダメージはない。

 鼻で笑うアルベルスは杖を横に払う。リッツはそれをかわし、後ろへ距離をあけた。


「さぁどうする?自慢の拳がへし折れる前に敗けを認めた方が身のためだぞ?」


 勝利を確信したアルベルスが再び杖を構える。と、ふいにリッツがニヤリと笑い、アルベルスの服の袖を指差した。


「へっ、てめぇこそ制服が灰にならねぇように気をつけな?」


「ハッ、なにを馬鹿なことを……」


 突然アルベルスを惑わすようなことを喋りだしたリッツ。

 しかし、何かの罠だと警戒するアルベルスは「そんな子供騙しは通用しない」と、取り合わなかった。


「……ん?なんだこの匂いは?」


 先ほどから焦げ付く匂いがアルベルスの鼻をつく。彼はリッツに意識を置きながら、自分の袖をチラッと覗いた。


「え!?うわ!燃えてるっ!?」


 すっとんきょうな声をあげるアルベルスは、杖と魔導書を放り投げ、慌てて袖についた火を払い消す。


「何だこれは!?一体何をした!?」


「さーて?何でしょうか?」


 訳もわからず狼狽するアルベルスをよそに、リッツは再び攻撃を仕掛ける。


「くっ!」


 顔面にまっすぐ向かってくる拳を、アルベルスは拾い直した杖でなんとか防いだ。


「うわ!?また燃えたぁ!?」


 次の瞬間、木製の杖が突如燃えだした。アルベルスは甲高い悲鳴をあげ、自身の水筒を取り出し杖に水をかける。


「くそっ!どうなって……」


 混乱するアルベルス強ばった表情のままリッツに目を向ける。


「……て、手に炎が!?ま、まさか!それは魔法かっ!?」


「ようやく気づいたか。呑気なヤローだぜ。」


 リッツの両腕が炎に包まれていた。正確には炎を纏っていると言うべきだろうか。

 アルベルスの知識には無い初めて見る魔法に、彼は呆気にとられていた。


「お、おい!卑怯だぞ!リッツ・フォージング!」


「卑怯なモンかよ。俺はちゃんと素手で戦ってんだろうが。魔法を使わなねぇなんて一言も言ってねぇけどな!」


 アルベルスが文句を連ねるが、リッツの理屈に返す言葉がなく、顔を真っ赤にしている。

 リッツが両手をパンパンと払い叩くと、腕の炎が自然に消えた。そしてアルベルスに向かって手招きをして挑発する。


「くそっ!調子にのるなよ!」

[ウォータースクライド(水弾魔法)!]


 怒り心頭のアルベルスは呪文を唱え、杖の先から水の球を放った。


[ウィゼラー(威風)]


 同時にリッツは顔の前に腕をかざし、呪文を唱える。すると水の球は、腕に当たる直前に軌道を変え、あらぬ方向へ飛んでいってしまった。


「……なに!?弾かれた!?」


「違ぇよ。ちょっと向きを変えてやっただけだ。」


 リッツの言葉を追うように冷たいそよ風がアルベルスの肌を触る。


「風……?」


「そう。風は自由気まま。どこに吹くかわかんねぇんだ。こんなふうにな?」


 そう言いながらリッツが横に腕を振る。するとアルベルスの正面から風がビュンッと吹き上げ、またしても彼のあるものを吹き飛ばした。


「ほわあぁぁぁっ!」


「ア、アルベルスさーん!!」


 情けない声をあげるアルベルスと、それに追従するように屈強そうな二人組の絶叫が響く。


「き、貴様!また性懲りもなく……!」


 風に煽られ空中をフヨフヨと漂うカツラ。アルベルスは二人組の男を従えて必死にカツラを捕まえようとする。


「馬鹿め!この前のようにはいかないぞ!」


 逃げ回っていたカツラは壁際に追い込まれた。すぐそこにはアルベルスと二人組の男が、逃げ場を塞ぎ、カツラを囲むように立ち塞がる。


「もらった!!」


 一斉にカツラへ飛び込むアルベルスたち。しかし寸前でカツラは風に乗り、上へフワリと舞い上がる。


「……あ。」


ゴツーンッ!


 三人の頭が同時に壁に激突し、低く鈍い音が痛々しく響いた。


「……うし。一丁あがり。」


 リッツがパンパンと手を払い叩くと、風魔法が解除され、カツラは音もなく気絶するアルベルスの頭に落ちた。


「……あららー。こりゃしばらくは起きないかなー。」


 気絶しているアルベルスたちを、ルダはあっけらかんとした表情で眺めている。劣勢に立たされたというのに、彼からは悲観的な様子が全く感じられない。


「これであと一人か。楽勝だな……。」


 そう呟くリッツは、大きく深呼吸をひとつする。すると、それを見たシエルがリッツへ駆け寄り、彼の肩を掴んだ。


「待ってよリッツ。これ以上は魔法使わない方がいいって。」


 虚勢を張るリッツだったが、このひんやりとした洞窟内で彼の顔から汗が滴るのを、シエルは見逃さなかった。


「バーカ。こんくらい大丈夫だよ。」


 しかし、リッツは忠告を聞き入れず、心配するシエルを強引に下がらせた。


「……リッツ、気をつけた方がいいよ。」


 汗を拭い、ルダのもとへ向かおうとしたその時、背中越しからユグリシアの声が小さく聞こえた。


「……あっぶねぇ。迂闊に近づくとこだったぜ。」


 リッツの足が止まる。

 ユグリシアに言われるまで気づかなかったが、ルダから感じ取れる魔力は、アルベルスを遥かに超えていた。

 危険を感じ取ったリッツは、ルダに対して警戒心を強める。


「へっ、ちったぁ骨のあるヤツみてぇだな。お前みたいなのが何でこんなチームに入ったんだよ?」


「んー、別に理由はないよ?何となく入っただけだから。でも、面白いもん見れたからおれは満足だよ。」


 ルダの淡々とした口調は、リッツが放つ言葉の牽制など意に介していないようだった。


「先生~。降参しま~す。」


 そしてその言葉通り、ルダは白いハンカチを取り出し、コウモリに向けてヒラヒラと振った。


「……え?てことは、俺たちの勝ち……?」


『そういうことになるな。では、模擬戦の勝者は【カーバンクル】とする。』


 審判のサイネスの宣言とともに、コウモリが【カーバンクル】に向かって羽を広げる。

 なんともあっけない幕切れに、シエルは実感が沸いておらず、呆けた顔をしていた。


「……くっ……!」


 すると、突然リッツが片膝をついてその場に座り込む。先ほどより汗の量が増え、息切れが激しくなっていた。


「あ!やっぱり!いきなり無茶しすぎだって!」


「……ハァ、ハァ……。しょうがねぇだろあの状況じゃあよ。それに、こんなボンボン野郎に負ける方が問題だぜ……。」


 「意地っ張りだな」というシエルのぼやきが聞こえてきたが、リッツは何も言葉を返せなかった。それほど疲弊していることが、彼の反応を見てよくわかった。


「それじゃ、おれはもう帰ろっかな~。」


 そんな中、ルダはさっさと帰り支度を済ませていた。一人で去ろうとする彼を、シエルが呼び止める。


「ちょっと待てよ。アルルベルをこのまま放っておく気か?」


「アルベルスな。」


「そう、それ!同じクラスの仲間なのにそれはヒドイんじゃないか?」


 怪我を負ったりして動けなくなった者は、学園の教員が保護するようになっている。

 安全面に関しては心配ないとはいえ、アルベルスたちを気にかけないルダに、シエルは少し腹を立てていた。


「おい聞いてる……えっ!?」


 詰め寄るシエルの目の前で、突如としてルダの姿が消えた。驚くシエルは辺りを見回す。


「別にどうでもいいよ。それよりも……」


 ルダの声が聞こえたのは、シエルとリッツの背後からだった。風のような軽い身のこなしに、思わず二人の表情が強ばる。


「さっきから気になってたんだ、アンタのこと。このままじゃアブないかもよ?」


 振り向きざま、ルダが杖を差し向けた先には、リッツがいた。


「……な、なに……?何の話してんだてめぇ……」


 息を整えたリッツは、よろけながら立ち上がった。その姿を見るルダの目が物騒に光る。


「よくは分からないけど、アンタは今すごく大事な岐路に立ってる感じがするね。間違えた方を選ぶと、たぶん死んじゃうかも?」


「……っ!?」


 驚くと同時に、一瞬だけ激しい頭痛がリッツを襲い、彼は言葉を詰まらせる。

 冷静さを欠いた彼は、言葉の意味を聞き出すべく、すぐさまルダを捕らえようと走り出す。

 しかし風のように舞うルダに触れることなく、その腕は空を切った。


「……チッ!」


「あははっ、な~んてね。おれには関係ないことだし、気にしないでよ。じゃあね~。」


 悪戯に笑うルダの顔を見れば、彼に他意がないことが伺える。

 空中に体を浮かすルダは、睨むリッツを嘲るように、飛行しながらそのまま洞窟の奥へと姿を消してしまった。


「……な、なんだったんだアイツ?えらく物騒なこと言ってたし、なんか掴みにくいやつだったな……。」


 静まりかえった洞窟内に、シエルの感想がやけに響いた気がした。


「……もういなくなったみたい。」


「…………」


 ユグリシアの一言は、ルダの気配が消えたことを意味していた。それを聞いたリッツが、力なく壁にもたれかかる。


「リッツ!?」


「わ、悪ぃ……。俺ちょっと……」


「え!?もう選択間違えたの!?死んじゃうの!?」


「バカ。違ぇよ。疲れたから少し休ませてくれって話だよ……。」


 耳元で騒ぐシエルを、リッツは面倒くさそうに黙らせる。

 その隣では、気を利かせたユグリシアがパンをあげようとしたが、丁重に断られた。


「ビックリさせんなよー。……まぁリケアもまだ起きないし、少し休憩しようか……。」


 その場に腰をおろしたリッツは、目を閉じるとすぐに深い寝息をたてはじめた。

 その向かいで、寝かせたままのリケアと一緒に、シエルとユグリシアも静かに座る。


「……あれ?もしかしてこれ、いきなりピンチなやつ?」


「……わたしは、そう思うよ。」


「そっか。うん……。」


 松明を片手に、呟くシエル。ユグリシアは素直な意見を述べてくれたが、具体的な解決策は出てこない。


「……これからどうしよう……?」


 どこからか風が吹き、松明の火がなんとも頼りなさそうに揺れていた……。






どうも。雫月です。

大変、大変長らくお待たせしました。第29話目がようやくできました。

もう忘れていたなー、なんて方がほとんどだと思います。お待たせしてすいませんでした…。

まだまだ続きますので、どうか気長にお付き合いいただけたら嬉しいです。

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