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最強少女のおすそわけ  作者: 雫月
第二章 魔法学園の日常編
21/29

プロローグ 第21話 新【カーバンクル】 ★

挿絵(By みてみん)



「……どう?サイズは大丈夫かしら?」


「……うん。いいみたい。」


「そう!良かったわー。あたしの制服残してて。じゃあお古で悪いけど、ユグちゃんにあげるわね?」


 落ち着いた白色を中心とした広い部屋の中に、二人の声が聞こえる。ひとりは明るい口調で、もうひとりは静かな口調で話していた。


「……ありがとう。セティール。」


「違うでしょ?『お姉ちゃん』って呼びなさい?」


「……お姉ちゃん。」


「うん。よろしい!」


 白を基調とした魔道士の法衣に似た作りの制服に身を包んだユグリシアを眺め、セティールは満足そうに笑う。


 よく晴れた朝。やわらかな陽の光が部屋の窓から降り注ぐ。


 春を迎えたガルトリー公国は、数日前の冬模様からすっかり姿を変えていた。膝元まで積もっていた雪は解け、街を歩く人々の足どりは軽い。


「……いや~いい天気だね~。」


 ガルトリー城の二階にある長い廊下には、シエルがヒマそうに立っていた。彼は窓から見える街の様子を眺めながら、あくびをひとつ。


「シエルー?もういいわよー!」


「お、終わったか。どれどれ~?」


 すると廊下の突き当たりにある部屋からシエルを呼ぶ声が聞こえ、彼は駆け足で部屋に向かった。


「……入るよー?……おーユグ!よく似合ってるじゃん!」


「……そう?ありがとう。」


 シエルが部屋の中へ入ると、煌めく声をあげた。それに対するユグリシアの反応はいつもと変わらず静かだ。


 ここはシエルの姉セティールの自室。よくある王族の部屋と比べればかなり質素なものだが、本人はこの方が落ち着くのだとか。


「編入手続きも済ませたし、明日の始業式になんとか間に合ったわねー。」


 セティールが腰に手をあて、軽く息をつく。


 風邪から快復したシエルの提案で、行く宛のないユグリシアはガルトリー城にしばらく身を置くことになった。

 セティールもシエルと同じ事を考えていたようで、提案に快く了承してくれた。


 それから一週間ほど。セティールは公務の合間を縫ってユグリシアがここに住む段取りをしてくれていたのだ。


「ありがとう姉さん。忙しいのに無理言ってごめんね?」


「変な気を遣わないの。これくらいへっちゃらホイホイだわ。」


「へっちゃらホイホイ……?」


 たまに飛び出してくるセティール語録にはシエルですら首をかしげる。そんな弟の顔を見ながらセティールは悪戯な笑顔を向けた。


「それより、あなたこそ課題が間に合って良かったわねー?」


「あはは……。サイネス先生のおかげです……。」


 冬休みの課題を昨日なんとか終わらすことができたシエルは、姉に痛いところを突かれ苦笑いで応える。


 以前にシエルたち【カーバンクル】の初クエスト報酬として、担任教師のサイネスから課題を半分にしてもらっていた。

 そのおかげでシエルは、新学期早々に保護者呼び出しを食らわずにすんで命拾いしたようだ。


「……ところで今日はギルドに行くんでしょ?昼ごはんはどうするの?」


「帰りにロワナさんとこ寄って行くから大丈夫だよ。姉さんも一緒にどう?」


「あたしも行きたいんだけどねー。これから外交があるからダメなのよー。」


 小言がうるさい宰相がいないためか、セティールは肩をすくめながら少し大きめな声で文句を言う。国王は今日も朝から多忙のようだ。


「そっかー。じゃあまた今度だね。」


「あたしのことは気にしなくていいから早く行きなさい。みんなによろしくね?」


「わかった。伝えとくよ。」


「ユグちゃんも色々大変かもしれないけど、頑張ってね?」


「……うん。ありがとう、お姉ちゃん。」


「じゃあ行こうか、ユグ!」


「……あいあいさー。」


 笑顔で見送るセティールに、二人は手を振りながら部屋を出ようとする。

 そこへ体格のいい大男が、入れ違いに部屋へ入ってきた。


「お?なんだシエル。これからデートか?」


「そんなんじゃないったら。じゃあねセルイレフ。」


「……じゃあね。」


 人懐っこい笑顔を浮かべる大男、セルイレフは面白そうにシエルをからかうが、本人はそれを軽く受け流してユグリシアと一緒に元気よく走り去って行った。


「……相変わらずせわしないねぇ。ウチの王子様はよ?」


 二人の後ろ姿を眺めるセルイレフは髭が生えた顎に手をあて、うんうんと頷く。


「あーらセルイレフ。あなたこそ相変わらず正装が似合わないわねー?」


「うーるせぇよ。」


 その横からセティールが大男をジロジロ見ながら、からかう口調で笑う。

 彼が身につけているのは普段から着ている騎士団の制服ではなく、王公貴族が晩餐会などで着る高級感溢れるいわば礼服のようなもの。


 パッと見は自然に着こなしているように見えるが、セルイレフという男を考えればやはり似合わないという言葉が正解だろう。


「騎士団長会議って今日だったっけ。これから聖王都に行くところ?」


「あぁ。まったくよぉ、あそこは堅苦しくていけねぇや。」


 聖王都の王宮に赴くには正装でなければならないのだが、それを嫌うセルイレフは「別に普段着でもいいじゃねぇか」と窮屈そうに肩を回す。


 ガルトリー公国の騎士団を率いる彼は、普段から騎士団の制服を着崩しているため、年に数回しか着ないこの服が気に入らない様子だ。

 彼と同じように豪華な衣装を好まないセティールも、それには賛同した。


「本当よねー?……あ、もしかして議題ってこの前の魔法書庫の件?」


「だろうな。表にゃ出てねぇが、シエルたちも関わってたって話じゃねぇか?」


「そうなのよ。あたしも詳しくは聞いてないけど、なかなか派手な冒険してるみたいで羨ましいわー。」


「なに年寄りくせぇ事言ってんだよ。それより会議の結果次第じゃ俺たちも出張んなきゃならねぇかもしれねぇ。そん時ゃしっかり頼むぜ?」


「……プッ!」


 似合わない格好のまま真面目な話をするセルイレフに対して、セティールは思わず吹き出してしまう。


「おい。」


「……ごめんごめん。分かってるって。そっちも色々大変そうだけど、頼むわね。」


「ったく……。ま、大変っつってもおめぇほどじゃねぇから心配いらねぇよ。んじゃな。」


 歯を見せてニッと笑うセルイレフは皮肉まじりの冗談を言うと部屋を後にした。


「……ふぅ。」


 一人残ったセティールは扉の反対側にある大きな窓を開けてバルコニーに出る。


(……せっかくシエルが楽しそうにしてるのに、水を差すのは野暮よね……。何も気にしないで自由にやってほしいもんだわ。)


 バルコニーから下を見下ろすと、城門へ向かって走っているシエルとユグリシアの姿が見え、セティールは表情をほころばせる。


(……まぁ、元からのんびりしてるから大丈夫よね……。)


「さ、今日も頑張りますか!」


 気合いを入れるセティールを後押しするように、心地よい風が彼女の髪を優しく撫でた。




───────────────




「……いらっしゃいませニャ!【天使の夜明け】にようこそ……あ!シエルだニャ!」


「おはようニャム!」


「……おはよう。」


「ニャニャ!ユグリシアさんもおはようございますだニャ!」


 朝から賑わいをみせる冒険者ギルド【天使の夜明け】。シエルとユグリシアは受付をしているニャムと挨拶を交わす。


 この10日間でシエルと一緒に何度もギルドに訪れており、ユグリシアはニャムともすっかり顔馴染みになっていた。


「リッツはもう来てる?」


「はいですニャ。あちらのラウンジでお待ちになってますニャ。」


 ニャムの案内で二人がロビーの横に併設されている休憩ラウンジに移動すると、同じく制服姿のリッツが席に座っていた。


「よう。元気してたか?」


「おはようリッツ。相変わらず早いね?」


「お前と違って課題はとっくに終わらせてたからな?」


「ユグの制服を合わせてたんだよ。それに俺は間に合ったんだからセーフセーフ。」


 10日ぶりの挨拶もそこそこに、ユグリシアを見たリッツは意外そうな顔を彼女に向ける。


「ようユグ。なかなか似合ってんじゃねぇか。」


「……あげないよ?」


「いらねぇよバカ。」


 ユグリシアの独特の返しにも、リッツは相変わらずのブレないツッコミを入れた。

 そんないつも通りのやりとりをしている中、シエルはギルド内を見回す。


「……ところでリケアは?」


「いや、まだ来てねぇな。アイツこそ間に合わねぇんじゃねぇか?」


 新しい力をコントロールできるようにするために、実家で訓練をしているリケア。

 当初の予定は1ヶ月かかると言われており、数日前に一度連絡を入れて以降は音沙汰がない。

 やはり間に合わなかったのだろうと、シエルとリッツが残念そうにため息をついた。


「……ちょっと?どっかの王子と一緒にしないでくれる?」


「いやだから俺間に合ったし!……って、リケア!?」


 突然背後から聞き慣れた声が聞こえる。反射的にシエルが振り返ると、そこには制服を着たリケアがにこやかな顔で立っていた。


「おいおい何言ってんだよ。お前もギリギリじゃねぇかリケア?」


「間に合ったんだからセーフセーフ、なーんてね。」


 驚くシエルの横からは、リッツが椅子を傾けながら拳をリケアに向かって突き出す。

 リケアはおどけながら自分の拳をトンッと当て返した。


「……リケア。久しぶり。」


「ユグー!久しぶり!」


 そして最後に声をかけてきたユグリシアをリケアはギュッと力強く抱きしめた。


「えーすごく似合ってるよユグ!すごく可愛い!」


「……ありがとう、リケア。」


「おい。俺と反応が違ぇじゃねぇか?」


「……リッツは、これでいいの。」


「そうかいそうかい。」


 四人がお揃いの制服で集まり、テーブルを囲んで談話をはじめる。


 今日は天気もよく、ギルドを訪れる人も多い。

 そのほとんどが冒険者で、シエルたちを微笑ましく見ている者や魔法学園の制服を物珍しそうに見ている者など様々だ。


「……お?全員揃っておるな。」


 その中にひとり、フードを深く被った背の高い女性がシエルたちを見つけ、口元に笑みを覗かせ近づいていく。


「……それにしてもよく間に合ったね?訓練は全部終わったんだ?」


「もちろん。私にかかれば余裕だよ。余裕。」


 自慢気に話すリケアだったが、その後ろからフードを被った女性がリケアの頭に手を乗せて異を唱えてきた。


「何を言うとるんじゃ。今朝までかかっておったくせに。ワシの転送魔法がなければ間に合うとらんぞ?」


「……え!?あ、ちょっ!スレイブさん!それは言わないで……!」


 不意に事実を言われ、リケアは慌てふためく。


「あ!スレイブ!」


「……げっ!スレイブ!」


 女性がフードを外すと、猛々しくも美しい紅色の長い髪がふわりと露になる。

 その声に振り向くシエルは嬉しそうな顔を、そしてリッツは嫌そうな顔を、現れた女性──スレイブにそれぞれ向けた。


「ワッハッハ!元気にしておったか二人とも!」


 スレイブはそんな二人の頭を強く撫でながら、快活溢れる笑顔を見せる。

 その豪快な笑い声は建物全体を震わすほど大きく響き渡り、ギルド内にいた他の冒険者たちが全員心臓が止まるかと思うほど驚かされた。

 だがシエルたちはその声に驚くことはなく、慣れた様子で平然と会話を続ける。


「久しぶりだねー。帰ってきてたんだ?」


「あちこち出張させられての。リケアを連れて今朝方帰ってきたところじゃ。……まったく、ワシゃ馬ではないぞ。」


「そりゃそうだよな。」


 皮肉っぽい言葉をボソッと吐くリッツに、スレイブはそのスタイル抜群の体を押し当てる。


「なんじゃリッツ。憎まれ口は変わっとらんのう?」


「おいバカ!やめろって!」


 彼女の豊満な胸がリッツの頬に容赦なく当たっているが、全くお構い無し。顔を赤くして抵抗する彼に対してスレイブは「初いヤツじゃの~」と悪戯な笑顔を向ける。


「……ニャ~。あ、あの~マスター?そろそろお仕事を……」


 と、そこへニャムがおずおずとスレイブの元へ訪れ、機嫌を伺うように話しかけてきた。

 すると彼女はギルド内をチラッとだけ見た後、笑顔でニャムにこう返す。


「ニャムよ。ワシは今話中じゃ。また後にせい。」


「ニャ……!?わ、分かりましたニャ~……」


 キッパリ断られたニャムは耳と尻尾がへにゃりとしおれる。

 そう言われることは分かっていたらしく、彼はおとなしく引き下がっていった。


「ギルドマスターが仕事サボんなよ。」


「長旅でワシは疲れたのじゃ!お主たちともっと話がしたいのじゃ!」


 リッツは強引に体を引き離しスレイブを睨む。

 すると彼女はシエルとリケアに抱きついて駄々をこねだした。


「うるせぇなもう。いい大人がする態度じゃねぇぞ。」


「そりゃまあ、スレイブだからねー。」


 椅子に座り込み、両頬をプクッと膨らますスレイブ。

 年齢は不詳だが、見た目が30代半ばくらいの彼女は、まるで子供のように拗ねている。

 テコでも動きそうにないそんな彼女を、シエルとリッツは呆れ顔で見ていた。


「……シエル。この綺麗なお姉さんはだれ?」


 そこへシエルの袖を軽く引っ張りながら、ユグリシアが質問してきた。

 それを聞いたスレイブがすかさずユグリシアに急接近する。


「ほほう?お主なかなか良い事を言うのう。」


「自分で言ってりゃ世話ねぇぜ……いてぇ!!」


 すぐ後ろからヤジを飛ばすリッツの頭に、拳骨が一発降り落とされた。


「あ~そうだった。ユグは初めてだよね。ごめんごめん。」


 シエルたちとスレイブは昔から知る仲であり、初対面のユグリシアはひとり置いてきぼりになっていた。

 謝るシエルは、少し不満そうに見えなくもないユグリシアをスレイブの前に出す。


「えーと、彼女はこの冒険者ギルドのギルドマスターの……」


「スレイブじゃ。よろしくの。」


「……はじめまして。わたしはユグリシア。」


 改めて自己紹介をする両者。無表情なユグリシアに対して、スレイブは身を屈めて彼女の顔を覗き込む。


「……なるほどのう。お主がウワサの娘、というわけか。」


「……?」


 スレイブは目を細め、含みのある言葉とともに不敵な笑みを浮かべた。




───────────────




「……うわ美味い!なにこれ!?」


「ほんとだ。スゴく美味しい~!」


「この茶葉の香り、たまんねぇな。」


「……おいしい。」


 絶賛する四つの声が部屋に響く。

 応接用の長いソファーにはシエルたちが横並びに座っており、淹れたての暖かいお茶をまったりと飲んでいた。


「そうじゃろう?クリスタリア産の厳選した茶葉を使っておる。やはり南国の茶は香りが格別じゃな。」


 テーブルを挟んで反対側に座るスレイブは満足そうに笑みをこぼした。


 シエルたちが案内されたのは、冒険者ギルド内の奥にあるスレイブの執務室。

 荒々しく豪快な性格とは裏腹に、部屋の中は整理整頓が行き届いていた。……と、思われていたが、ほとんどはギルドの職員が掃除をしてくれていたおかげなのだとか。


 そんなスレイブが「表は騒がしい」からとここへ移動し、彼女が出張先で見つけた土産をふるまっていたところだ。


「……え、じゃあスレイブもデュロシスまで来てたんだ?入れ違いだったんだねー。」


「出張帰りで立ち寄ったのじゃ。まさかお主らもおったとは思わなんだぞ。」


 10日ほどとはいえ、久しぶりに会うシエルたちは冬休み中の話で盛り上がっていたが、話題はスレイブの方へ切り替わっていた。


 本来なら彼女は一週間前にここへ帰ってくるはずだったのだが、フェリネスたちに会うためにデュロシスへ留まっていたのだとか。


「それでついでにリケアの訓練を手伝ってやったのか?忙しいんじゃなかったのかよ?」


「仕方なかろう。リケアが時間がないとなにやら慌てておったのだからな。」


「あはは……。私もついお言葉に甘えちゃって……。でも、おかげで助かりました。」


 照れながらお礼を言うリケア。その頭を優しく撫でるスレイブは、まるで子供を愛でる母親のような柔らかい表情を向けていた。


「良いのじゃ。お主らきょうだいとは子供の頃からの縁じゃからな。手を貸すのは当然じゃろう。」


「え!?そんなに前から知ってたの?」


「そうだよ。スレイブさんは私のお父さんとお母さんの友達だからね。」


 ギルドマスターとして世界中を飛び回る彼女に、知り合いや友人が多いのは知っていたシエルだが、そこまで古くからの親交があったことに驚きの声をあげる。


「ま、こうして立派に成長したのじゃ。お主の両親も喜んでおるじゃろうて。」


「私もそう思う。スレイブさんも嬉しくてギャン泣きしてたもんねー?」


「ば、馬鹿者!それを言うでない!」


「へへー。おあいこですよー。」


 逆にリケアにつつかれ、今度はスレイブが顔を赤らめる。

 と、そんな二人を見ていたリッツが、ふと思い出したように疑問を口にした。


「……あん?ちょっと待てよ?てこたぁ昔リケアを助けた高名な魔道士って……」


「ワシ以外におらんじゃろう!」


 勢いよく立ち上がり、スレイブは自慢気な顔で威張り散らす。

 しかしそれを見るシエルとリッツの反応は薄く、残念そうにため息をついた。


「あー、そっかー。スレイブかぁ……。」


「なんだお前かよー。」


「な!?なーぜそんなにガッカリしておる!?そこは褒めるところじゃろうが!」


 スレイブはテーブルの上に片足を乗せ激しく抗議するが、シエルとリッツは「冗談だよ」とお茶を啜りながら軽く受け流す。


「……まったく、お主らは悪戯な方へばかり磨きをかけおって……」


 呆れ顔でソファーにドカッと座り直すスレイブ。豪快に足を組み、改めてシエルたちを見つめる。


「……じゃが、この前は中々な活躍をしたそうじゃな?フェリネスが良いチームだと言うておったぞ。」


 そう話す彼女の視線は、静かにお茶を飲むユグリシアに向けられた。


「ユグリシア、じゃったな?……ふむ。ワシの目から見ても確かに強い魔力を秘めておるのが感じられるのう。あのファルイーヴァを退けるとは、大した娘じゃ。」


「……それほどでも。」


 ユグリシアを見据えるスレイブの瞳は、一転して鋭かった。

 彼女なりにユグリシアを試しているのだろうか、スレイブの睨みにも近い視線を受けても、ユグリシアは無表情のまま平然と言葉を返す。


「ワハハ!可愛い娘じゃな。……お?シエルよ。どこでナンパしてきおったんじゃ?」


 どうやらスレイブはユグリシアが気に入ったようだ。

 彼女は表情をコロッと変え、豪快な笑い声とともにシエルへちょっかいをかける。


「そんなんじゃないったら。それよりユグの事なんだけど……」


「おーそうじゃったな。リケアからおおよその話は聞いておる。少し待っておれ。」


 「どっこいしょ」と立ち上がるスレイブに「オッサンかよ」と後ろからツッコミが入るが、彼女は無視して部屋を出ようとした。


「あ、マスター。お仕事の書類をお持ちしましたニャ。」


 そこへタイミングよく現れたのはニャムだった。

 大量の書類を抱えて部屋に入ろうとしていた彼に、手間が省けたと喜ぶスレイブが歩み寄る。


「おおニャムよ。良いところにおった。すまんがシエルたちの手続きをしてやってくれんか?」


「ニャ~……それはもちろんやりますケド……。それよりマスターのお仕事が……」


「ワシゃ忙しい。そんなモンは後回しじゃ。」


「ニャ~……。」


 またもや笑顔で断られ、ニャムの耳がへにゃりとしおれる。

 とりあえずスレイブが使用している机に書類を置き、ニャムはシエルたちを受付カウンターへと案内した。


「……あれが忙しいヤツの態度か?」


「マスターが出張から帰ってきた時はいつもああですニャ。困ったものですニャ。」


 部屋を出る際に後ろを振り返ると、スレイブがお茶を飲みながらくつろいでいた。

 リッツのもっともな疑問に、ニャムは苦笑いするしかなかった。




「……ささ!気を取り直して!ご用件を伺いますニャ!」


 時刻は昼頃を迎えており、ギルド内は大勢の人でより一層賑わいを増していた。


 再び受付カウンターに戻ってきた四人の若者たち。

 【カーバンクル】のリーダーのシエルは、カウンターに身を乗りだし、担当のニャムに向かってギルドを訪れた本来の目的をこう告げる。


「俺たちのチームに新しい仲間が入ったから、メンバー登録をしたいんだ!」


「ニャニャ!セティール様からも承ってますニャ。ユグリシアさん、こちらへどうぞですニャ。」


「……うん。よろしく。」


 ユグリシアはこくりと頷く。

 学校が始まる前日に、四人が集まったのはこのためだった。


 数日前、【カーバンクル】に入りたいとユグリシア自身が突然申し出てきた。これにはさすがのシエルも驚き、しばらく呆然としていた。


 その理由を尋ねると、「楽しそうだから」という単純明快な答えが返ってきた。

 当然シエルに断る理由などなく、すぐに魔法通信でリッツとリケアにも連絡を入れ快諾を得たのだった。


「……ユグリシアさんの身分証明が不明ですが、セティール様の特別認証許可をいただきましたので大丈夫ですニャ。ではユグリシアさん、魔導書に手をかざしてくださいニャ。」


「……わかった。」


 登録用の魔導書が開かれ、そこにユグリシアが手をかざす。

 すると魔導書に描かれた魔法陣から光が発せられ、ユグリシアの手を包み込んだ。


「冒険者登録をするにあたって一つ注意事項がありますニャ。お聞きにニャってると思いますが、セティール様が出された特別認証許可の条件として、ユグリシアさんはEランクからの登録になっちゃいますニャ。」


「……うん。お姉ちゃんから聞いてる。それでいいよ。」


「分かりましたニャ。では登録の手続きをいたしますニャ。」


「……うん。ありがとう。」


 登録できるまで少し待つようニャムから言われ、四人はその場で待つことにする。

 雑談を交えながらも、シエルだけが嬉しそうにそわそわしていた。


「……ニャニャ!お待たせしましたニャ!冒険者チーム【カーバンクル】にユグリシアさんの加入を登録いたしましたニャ!」


「ぃやったあ!改めてよろしく!ユグ!」


「ヨロシク頼むぜ?」


「よろしくね、ユグ!」


「……うん。みんなよろしく。」


 シエルたちに歓迎されて、ユグリシアは少しだけ嬉しそうな口調で応えた。


 冒険者となる者は、その証として『魔法のアクセサリー』を装備する決まりとなっている。

 様々なタイプがあるが、ユグリシアはシエルたちと同じ腕輪タイプを選んだ。


「じゃあさ!昼ごはん食ったらすぐ寮に行こうよ!その後街の中案内してあげなくちゃ!」


「気が早ぇなぁ。ま、付き合ってやっか。」


「いいねー!行こう行こう!」


 皆とお揃いの腕輪が淡い緑色の光を放つ。

 自分の腕輪をもう少し眺めたかったユグリシアだが、喜びを爆発させているシエルに手を引かれる。


「……まったく元気なヤツらじゃのう。楽しそうにやっておるようでなによりじゃ。」


 慌ただしくも元気に駆け出す新【カーバンクル】。

 それを見送るニャムの後ろからスレイブの声がした。何か食べているのか、口をモゴモゴさせている。


「っニャー!?マスターそれ、デュロシス特産のとろけるスイーツだニャ!マスターだけズルいですニャ!」


「慌てるでない。ちゃんと全員分買ってきておる。」


 毛を逆立て怒るニャムに、スレイブは可愛らしい包み箱を手渡した。

 するとニャムはコロッと機嫌を直し、嬉しそうに尻尾を立てて箱に顔を擦り寄せる。


「わーいやったニャ!じゃあそれ食べたらお仕事してくれますかニャ?」


「無論じゃ。甘味なスイーツは何よりの回復薬。仕事なぞすぐに終わらせてやるから安心せい!」


 自信たっぷりに笑うスレイブを見たニャムは、安堵の表情でホッと胸を撫で下ろした。


「ニャ~良かったですニャ。マスターのお仕事が一週間分も溜まっていたからどうなるかと思ったですニャ。」


 にこやかに話すニャムの言葉に、スイーツを一口食べたスレイブがその衝撃に凍りつく。


「……ニャムよ。今なんと言った……?」


「ですから、一週間分お仕事が溜まっているんですニャ。」


「なん……じゃと……!?」


「だって、マスターが予定日に帰ってこニャかったから……」


「もっと早う言わんかー!」


「さっきからニャん回も言ってたですニャ~!」


 スレイブのドでかい叫び声は建物を揺らし、執務室の机に置いてある大量の書類がバサリと崩れ落ちた……。



どうも。雫月です。

いよいよ第二章が開幕しました。

今度は以前からチラチラ名前が出ていた魔法学園が舞台となります。

果たしてどんな騒動が待っていることやら。

どうぞご期待ください。


では、次回をお楽しみに。

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