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最強少女のおすそわけ  作者: 雫月
第一章 王子と迷子の冒険編
19/29

第一章エピローグ 第19話 優しい陽の光に包まれて



「……へーっくしゅ!……あ~なんてこった。雪が降ってきちまったぞ?どうりで寒いわけだ……。」


「まったく、これしきのことで音をあげるとは。軟弱なやつじゃのう。これだから南国育ちは……」


「仕方ないだろ。こっちは雪なんてめったに降らないんだから。」


 日が傾きかけた雪の午後。デュロシス王国から少し離れた森の中で二人の話し声が聞こえてきた。

 驚くほどの厚着をしているのに寒さで体を震わせているのは、20代半ばくらいの青年。防寒用の帽子からはサラッとした青い髪が見えており、温厚そうな顔立ちは寒そうにひきつっていた。


「あ~あ。久々の出張だったからゆっくり旅しながら行こうって言ったけど……間違いだったな。」


「自分で言っておいて何を今さら。ならば今から転送魔法で移動すればよかろう?」


「いや!せっかくここまで来たんだ。最後まで行こうじゃないかっくしょん!」


「どっちなんじゃ。まったく……。」


 青年の隣を歩くもう一人の人物が呆れてため息をついた。声を聞く限り若そうな女性と思われるが、フードを深くかぶっていて顔がよく見えない。厚着の青年とは対照的に魔道士用の法衣と薄手の白いローブだけという冬には似合わない服装をしている。


 二人はしばらく歩きながら賑やかに話をしていたが、女性の方がふと空を見上げ足を止めた。


「もうじき夜になるのう。今日はここいらで宿をとるか。……ん?そういえばここはどの辺じゃったか?」


「もうフェンリルロードに入ったんだよ。デュロシス王国の近くだな。それにしても相変わらず地理に疎いなお前は。」


「うるさいの!」


 青年の冷やかしに女性は食ってかかるも、青年は慣れた様子で爽やかに笑いながら彼女をなだめる。


 雪雲のおかげで、日没よりも早く辺りが暗くなった。すると青年は率先して魔法で明かりを作り、女性の前を歩き出した。細かい気配りができる好青年のようだ。


「……フフッ、格好つけおって……。」


 青年を子供の頃から知っている女性は、彼の成長した背中を見てフードの奥から微笑む口元を覗かせる。


「……お?なんじゃこれは……?」


 歩きだそうとした女性は、足下に積もった雪がほのかに光っていることに気がついた。何かが雪の中に埋まっているようだ。


「……これは……!ヴェルーン晶石の欠片か。何故このような場所に落ちとるんじゃ……?」


 女性が雪の中から拾い上げたのは、淡く光る小さな宝石の欠片。

 ヴェルーン晶石は幻の秘宝であり、小粒サイズの欠片でさえ価値は計り知れない。女性が言うように、こんな道端に落ちている事はまずあり得ないのだとか。


 怪訝(けげん)な顔で欠片を見つめている女性。そこへ一際白い雪が一粒、欠片に触れた。すると欠片が白い光を放ち、女性の頭の中に記憶の映像が広がった。




《────よし!完成したぞ!》


《こらアルティス!人がせっかく訪ねてきたというのに出迎えくらいせんか!》


《スレイブ……?どうしたんだ急に?》


《馬鹿者!お主がワシを呼んだんじゃろうが!》


《あ……?……あ!そうだそうだ!おれが呼んだんだったな!いやーすまんすまん!》


《まったく!大事な用があると言うから急いで来てみたらコレか!ワシが馬鹿みたいではないか!》


《まーそう怒るな。久しぶりに会ったんだ。茶でも飲みながらゆっくり話そう。》


《生憎とワシは忙しい身でな。またすぐに行かねばならん。すまんが用件だけ手短に話せ。》


《そうか、それは残念だな。まあギルドの方が繁盛しているようでなによりだ。》


《わかったから早う話さんか!》


《……実はな、こいつを見てほしいんだ!》


《ん?なんじゃこれは?ペンダントか?》


《明日が娘の誕生日なんだ!このプレゼント可愛いだろ!?絶対似合うと思うんだが、どう思う!?》


《バカたれ!ワシゃ帰るぞ!!────》




「……デュロシスか……。これはまたなんとも懐かしい。そういえばもうすぐあやつらの命日じゃったな……。」


 空を見上げ笑みをこぼす女性──スレイブはそう呟き、小さく息を吐く。彼女の白い息と一緒に欠片の光は静かに消えた。


「……スレイブ?どうかしたのか?」


「いやなに。ちと昔を思い出していただけじゃ。」


 前を歩いていた青年は、スレイブが立ち止まっていることに気づいて戻ってきた。しかし彼女は気にするなと言わんばかりに青年の背中を力強く叩く。


 二人が森の中を進んでいると、その先に明かりが見え始めた。街が近くなってきたようだ。


「……それでさっきの話の続きなんだけどさ。せっかくデュロシスまで来たんだ。明日にでもカルプシス大神殿を見に行ってみないか?」


「呑気なやつじゃな。別に構わんが、お主はギルド連盟の副理事なんじゃからあまりはしゃぐなよ?」


「堅いこと言うなって。これも仕事のうちさ。」


「……まあよかろう。ところでワシもちと用事ができたんじゃ。明日ついでに付き合え。」


 スレイブの言葉に、青年は意外そうな表情で振り返った。


「へえ、お前からお誘いとは珍しいな。どこに行くんだ?」


「なに、神殿のすぐ近くじゃよ。友人の墓参りにな。」


「友人?……ああ、前に言ってた昔の古い友達だな。確か今はその子供たちが魔法書庫を管理しているんだったか?」


「そうじゃな。あやつらにも久しぶりに会っておくかのう。」


「決まりだな。それじゃ今日の酒は俺が奢るよ。どうだ?」


「ふむ。それはなかなか魅力的じゃな。」


 今日は一日中歩いていて腹がへったし、喉も渇いた。青年の提案にスレイブは思わず生唾を飲み込む。


 街の明かりがより近づくにつれ、賑やかな話し声や笑い声が聞こえてきた。やがて森を抜け、先に大きな城壁が見えたところで青年がふと足を止める。


「……あれ?なんか向こうの方で煙が上がってないか?火事かな……?」


「神殿の方角じゃな。街は騒ぎになっておらんようじゃから、もう火は消し止められたか……。後で確認しておく必要があるのう。」


「そうだな。じゃ、とりあえずは晩飯にしよう!行こうぜスレイブ!」


 先ほどの寒そうな言動はどこへやら、青年は「腹へったー!」と叫びながら城門へ勢いよく走り出した。


「こ、こら待たんか!……まったく!シエルといい、あやつといい、王子というのは自由気ままじゃな……。」


 前言撤回。まだまだ子供じゃのうと、スレイブは大きなため息をもらしながら、ゆっくりとした足どりで青年の後をついていった。




───────────────




「……あ!いた!リケアだ!!ほらトール!しっかり歩いてよ!」


「イテテテ!わかったからそんなに引っ張んなってミオ姉!オレ足痛めてんだっての!」


 同じ頃。ここはカルプシス大神殿を挟んだ森の反対側の平野。

 【ラグナロク】の襲撃から始まった今回の騒動が終わり、シエルたちはひとまず体を休めていた。そこに響いたのは、聞き慣れたふたつの大きな声。


「あーっ!ミオ姉!トール兄!」


 その声に即座に反応したのはリケアだった。泣き疲れて座っていた彼女は、跳ねるように飛び起きた。

 神殿側から歩いてくる二人の服には痛々しい血の跡が残っている。しかし相変わらずの口喧嘩をしているのを見る限り元気そうだ。


「……あらあら。やっと話し合えたみたいね?」


「ナッキ姉!!」


 その二人の後ろにいたのは、安心したように微笑むナッキの姿。リケアは嬉しさと驚きが混ざった声で駆け寄り、勢いよく三人に抱きついた。


「ナッキ姉ぇ~!」


「ナッキ……。みんな無事で良かった。」


「まったくもう。二人揃って不器用なんだから。お父様とお母様にそっくりね。」


「フフッ、そうかもしれんな……。」


 リケアの後に続いてフェリネスも安堵の表情で三人を迎えた。


「……うぅ……!みんなぁ……!心配して……ズズーッ!してたんだよ~!無事でよがっだあぁぁ!」


 安心して力が抜けたのか、リケアは泣きながらその場にへたりこむ。


「えーっ!?ちょっ、リケア!?大丈夫だから泣かないで!?」


「オ、オレたちなら全然平気だから!ほらオレなんて走れちゃうくらいだぜ!?」


「……あんた、どの口が言ってんの?」


 予想以上の反応に驚いたミオネイルとトールディは、慌ててリケアをなだめている。


「あらあら。しょうがないわねぇ。」


 涙と鼻水で顔がくしゃくしゃになっているリケアに、ナッキは優しい表情を向けハンカチをそっと手渡した。


「ほら、涙を拭きなさいリケア?」


「……うん。ありがと……。」


 リケアはハンカチを受け取ると、ズビーッと凄い音をたてて鼻をかむ。それを見たシエルとリッツは「そっちかよ!」と、大声をあげて盛大に笑う。


「……ところでフェリネス?リケアがずいぶん痛そうな格好してるけど、ちゃんと守ってあげたのかしら……?」


 すると突然ナッキが笑顔のまま杖を振り回し、フェリネスの頭を叩こうとした。


「あぶなっ!ま、待てナッキ!誤解だ!」


 フェリネスはギリギリのところで両手で杖を掴み、なんとかそれを防いだ。


「……ふふっ、冗談よ。それにしてもまさか『エバンスチェーン』まで解放できたなんて。驚いちゃったわ?」


 ナッキはすぐに杖を引き、微笑みながらおどけてみせる。しかしフェリネスのひきつった顔を見る限り、冗談ではなかったようにも思える。


「……ま、まぁ色々あったわけだが……。リケアに関しては彼らのおかげだよ。今回は私も力不足を痛感させられたな。それよりお前たちも手酷くやられたようだが、よく無事だったな?」


「ガルフィドが助けてくれたのよ。彼が聖王都に緊急通信で連絡してくれて、その後わたしたちの回復治療までしてくれて……。おかげで命拾いしたわ。」


 自分が一番重傷だったのだと、ナッキが自虐的に笑いながら話す。それを聞くフェリネスは複雑な表情を浮かべていた。


「そうか……。あいつにも礼を言わないとな。ここには来ていないのか?」


「ええ。今は【クイーンガーディアン】の皆さんと一緒に神殿の後処理をしてくれているわ。」


 それを聞いたフェリネスは深いため息をついた。予想通りといった彼の表情は少し険しくなっている。


「やはり奴らが来たか。少し面倒な事になりそうだな。」


「そうね。()()()も含めて、かしら?」


 含みのある言い方をしながら、ナッキが振り向きざまに背後へ杖を鋭く突き出す。すると誰もいないはずの場所から黒い穴が出現し、中から出てきた手が杖を止めた。


「……おーおー。盛り上がってんねー。」


「!!レグノ……!」


 黒い穴から聞き覚えのある気だるそうな声が聞こえ、その場に緊張が走る。穴は大きく広がり、その声の主であるレグノがそこからゆっくりと姿を現した。


「お、なんだ生きてたのかよ。良かったな。」


「ええ。あなたがとどめを刺さなかったおかげでね。お礼を言った方がいいかしら?」


「いらねーよ。さっき言ったろ?オレの気まぐれで遊んだだけだって。ま、拾った命を大事にするこったな。」


 再び対峙する両者。ナッキの表情はにこやかだが、目は笑っていない。皮肉を込めた彼女の言葉にも、レグノは意に介さなかった。


「それよかファルのヤツ見なかったか?ユグなんとかってのを追っかけてったハズなんだがよ。」


 レグノはキョロキョロと周りを見渡し、面倒くさそうに頭をかく。その姿からは戦闘の意思はないように見えるが、フェリネスたち【オーディン】は警戒を強める。


「……ファルちゃんなら、わたしがぶっ飛ばしちゃった。ごめんね?」


 そんな中、ユグリシアが静かに挙手をして事実を申告してきた。そのあまりに堂々としたカミングアウトっぷりに、レグノを含め全員が呆気にとられる。


「ブッ飛ばした?マジかよスゲーな。……んじゃメンドくせーけど拾ってきてやるか。」


 言葉とは裏腹にレグノは驚いている様子はなく、淡々としている。そのままファルイーヴァを探しに行こうとした時、遠くから彼を呼ぶ声がした。


「……あーいたいたー。おーいレグノ~。」


「ファル……?ハハハッ、おいおいなんだよそのザマはよ。」


 少し重い足どりで現れたのはファルイーヴァだった。彼女の服は所々破れ、髪はボサボサになっている。その姿を見たレグノは思わず声をあげて笑った。


「ニャハハ。ユグリシアに隣の国まで飛ばされちゃってさー。せっかくヴェルーン晶石の欠片手に入れたのに途中で落っことしちゃったみたいなんだよねー。」


「それでずっと探してたってのか?バッカおめー欠片ぐらい放っとけよ。」


「ぶーっ。なんだよー。レグノが喜ぶと思って頑張って探したのにー。」


 ふてくされた顔で拗ねるファルイーヴァをなだめるレグノは、彼女の頭をポンポンと軽く叩いた。


「いンだよ別に。もっと他のやつ探しゃいいだけのこった。……それよりほれ、今日はもう帰っぞ?」


「えー!やだよ!もっと遊びたい!」


「んなコト言ったっておめーボロボロじゃねーか。」


「こんなの平気だい!痛くないもんね!」


 ユグリシアが与えたダメージが大きかったのか、ファルイーヴァの顔や手足からは血が流れており、それを自分の服で強引に拭き取る。

 まるで子供のようにダダをこねる彼女に、ユグリシアが声をかけてきた。


「……ファルちゃん。また今度遊んであげるね?」


 レグノに押さえられながらジタバタしていたファルイーヴァだったが、その一言で彼女の動きがピタッと止まった。


「ニャハー!!聞いたレグノ!?ファルちゃんだって!」


「おー良かったな。」


 いきなりご機嫌になったファルイーヴァは嬉しそうにレグノの肩を掴み激しく揺さぶる。


「ユグリシアがそう言うならいいよ!また遊ぼうね!……ほら、レグノ帰るよ!」


「うるせーな。わかったよ。」


 あれだけダダをこねていたのにユグリシアの一言であっさり帰ろうとするファルイーヴァ。無理やり腕を引っ張られるレグノは何とも鬱陶しそうな表情をしている。


「……あらあら。なんだかお急ぎのようだけど、もう帰っちゃうのかしら?」


 そこに聞こえてきたのは、二人を引き止めるナッキの声。どういう意図があるのか、彼女のにこやかな表情からは読み取れない。しかしレグノにはお見通しだったようだ。


「足止めのつもりだろーがムダだぜ?()()()()()()がこっち来てんのは『聴こえ』てたからな。今日はもうそんな気分じゃねーんだよ。」


 レグノは神殿の方を一瞥(いちべつ)し、興醒めした声と表情をナッキに向ける。


「あらそう?残念ねぇ。それじゃあ、また会えるのを楽しみにしているわ?」


「おー怖ぇー……」


 優しく微笑むナッキに対しレグノはわざとらしく肩をすくめる。

 再び黒い穴を作りだし、中へと入っていく彼らを【オーディン】は追おうとはしなかった。傷は回復しているが、体力と魔力を消費してしまっているため、深追いするのは危険と判断したようだ。


「じゃあねユグリシア!バイバーイ!」


 レグノの後に続くファルイーヴァは、去り際にユグリシアに向かって元気よく手を振った。


「……ユグリシア。なんかものすごい約束しちゃったけど、大丈夫か……?」


「……まあその時はその時、ということで。」


 呑気に手を振り返すユグリシアにシエルが心配そうに声をかける。それもどこ吹く風か、ユグリシアの返事もまた呑気なものだった。


 やがて【ラグナロク】の姿は見えなくなり、黒い穴は音もなく消えた。

 深々と降る雪と同調するように辺りは静けさを取り戻した。




───────────────




「……急げ!迅速に火を消すんだ!これ以上の被害は出さしてはならないぞ!」

「魔法での消火は加減に気をつけろ!文献の保護が最優先だ!」


 一方、【ラグナロク】の襲撃で被害に遭ったカルプシス大神殿内では、白い騎士甲冑を身につけた騎士たちが慌ただしく走り回っていた。この魔法書庫にも火の手があがっており、騎士たちが懸命に消火活動を行っている。

 その中に黒い甲冑をつけた者たちが数名、バケツを手に持ったまま呆然とした様子で騎士たちを眺めていた。


「……す、すげえ……。あっという間に火が消されてく……。さすが【クイーンガーディアン】、迫力が違うなぁ。」

「【ホーリーレイズ】の中で最強の部隊なんだろ?精鋭揃いってのは頷けるよ。」


 傍観している黒甲冑の男たちが感嘆の声をあげる。

 彼らはここデュロシス王国直属の軍隊の兵士たちだ。神殿のガルフィド神官長から緊急通信を受けて駆けつけてきたのだが、彼らよりも早く聖騎士団【ホーリーレイズ】が神殿に到着していた。


 初めのうちは兵士たちも消火活動を手伝っていたが、【ホーリーレイズ】のずば抜けた統率力と機敏な動きに兵士たちは完全に置いていかれ、する事がなくなってしまっている状況だ。


「神殿内および書庫内の鎮火を確認!」

「了解!こちらも負傷者なしを確認した!」


 そうこうしているうちに、神殿内の火災は【ホーリーレイズ】によって瞬く間に消し止められた。軍隊の兵士たちは彼らに称賛の拍手を送っている。


「さすがだよなぁ……。でもさ、()()ってどうなんだ……?」

「あ、おれも気になってた。まさかとは思うけど……」


 消火活動が一段落したところで、兵士たちは呑気に雑談をはじめる。その中で注目を集め、話題になっている人物が魔法書庫の中央で腕を組み仁王立ちで立っていた。


「……フレイア隊長!報告します!神殿内及び魔法書庫内の鎮火が完了しました!」


「ご苦労。被害は大きそうだな。ではこれから現場調査を行うとしようか。」


「はっ!」


 騎士のひとりがその隊長と呼ばれる女性に駆け寄り、手短に報告を済ませた。彼女は表情を動かすことなく、赤く長い髪をなびかせ騎士たちに次の指示を的確に出していく。


 女王制の聖王都において、女性がリーダーを務めることは珍しくない。それは世界中でも知られていることなので、兵士たちもその話題には触れていない。彼らが話しているのは別の疑問。


「……まさかあれが【クイーンガーディアン】の隊長……?ありゃどう見ても子供だよな?」

「貴族の子供がコネで入ったとかいうクチじゃないのか?」


 兵士たちが怪訝な顔をするのも無理はない。フレイアという名の女性の容姿が、誰が見ても10歳ほどの姿をしているからだ。

 特徴的な長く赤い髪は左右に可愛く結われていて、身長や体格なども合わせると、やはり子供にしか見えない。


 するとフレイアは声を潜めて話す兵士たちへ鋭い視線を向けた。その容姿に似合わない異様なまでの威圧感と、相手を射殺すような鋭い瞳に兵士たちは咄嗟に姿勢を正す。


「……さて、ここの軍隊を指揮する隊長殿はおられるかな?」


「はっ……!わたくしでございます!」


 フレイアに呼び出された軍隊の隊長が書庫の奥から慌てた様子で走ってきた。彼は50代くらいの年齢と思われる男性で、きらびやかな装飾が入った甲冑を身につけている。ただ、小太りな体型や短い距離を走っただけで息を切らす様からは、明らかに運動不足なのが伺える。


「多少被害が出てしまったが、貴殿らの協力のおかげで神聖な魔法書庫を失わずに済んだ。まずは礼を言わせてもらおう。」


「……は、はは!【クイーンガーディアン】の皆さまにおかれましても、多大なるご支援誠に感謝いたします!」


 隊長は謝意を述べながら聖王国式の儀礼を行った。年の功ともいえるのか、上級の者に対する姿勢は心得ているようだ。

 しかしそれを見ていたフレイアは表情を変えることなく、小さなため息をひとつ。


「しかし残念だな。貴殿らが()()()()()()()()()いてくれれば、このような失態にはならなかっただろうに。」


「……え?」


 フレイアから出た予想外な言葉に、隊長は思わず声がひっくり返った。

 聖王都に対して魔法書庫を守ったというポイントを稼いだつもりだったのに、なぜ責められなければならないのか。これでは聖王都からの恩恵が受けられなくなってしまう。無礼にあたらない程度で隊長はたまらず口を挟む。


「……お、お言葉ですが、魔法書庫の守護を任されているのは【オーディン】であって、我々はデュロシス王国直属の軍隊であります。」


「存じているとも。それで、何が言いたいのかな?」


「ですから、今回の事件に我らに落ち度はありません。罰せられるのは【オーディン】の奴らかと……」


 もしかしたら彼女の親は王候貴族かもしれない。だとすれば意見するのはおこがましいことだが、隊長は自分たちが職務を全うしたという正当性を主張した。


「なるほど。直接的に言えばその通りだ。」


「そ、そうでしょう!?少人数のくせに騎士団を名乗り、あまつさえ冒険者風情すら退けられんとは!まったく話になりませんな!」


 フレイアが出した答えは、自分の意見が認められたように聞こえた。勝手に解釈した隊長は、とたんに饒舌(じょうぜつ)になり高笑いをする。

 やはり所詮は子供。簡単に言いくるめられたとタカをくくっていた彼だが、突然呼吸ができなくなり言葉を失った。


「……うっ……!?な、なんだ……!?体、が……」


 気がつけば体の自由すら利かず、全身が燃えるように熱い。息苦しさの中で隊長が見たものは、鋭く光る紅い瞳。


「貴殿は何か勘違いをしているようだ。この魔法書庫がどのような場所か、理解しているのか……?」


 静かに問いかけるフレイアは腕を組んだまま隊長を睨み付けていた。彼女から溢れ出る威圧感に血の気が引く思いの隊長は、恐怖に身を震わせながら声を絞り出す。


「……せ、聖女ガルト様が、後世のために遺された……れ、歴史の保管場所で、ございます……」


「及第点ギリギリの回答だな。ここは聖女様が遺された歴史の遺産、すなわち『聖遺産』だ。本来なら国を挙げて守るべき聖地なのだぞ?」


「……お、仰る通りです……」


「女王陛下が魔法書庫の管理、守護を他国であるデュロシスに任せてきたのは歴代の【オーディン】が得てきた信頼から成るものだ。彼らに対してもあまり軽はずみな口を出さない方がいいな。」


「……う、あ……。そ、それは……」


 芯の通った力強い声は大気をも震わす。その姿は子供ではない『何か』、という言葉でしか表現できない。

 歴史の重さというのを軽んじていると語るフレイアに対し、もはや隊長に弁解の余地などなかった。謝罪して取り繕うにも体が動かない。

 熱さで意識が朦朧(もうろう)とする中、フレイアは更に冷酷な言葉を言い放つ。


「今回の報告を女王陛下の御前でどう説明するおつもりかな?先ほどのような言い訳では、貴殿の()()()()だけでは済まなくなるぞ……?」


「ひ、ひいぃぃ!!も!申し訳ございませんんん!!」


 フレイアの重圧に耐えきれなくなった隊長は、悲鳴じみた声をあげながらその場に倒れ込んだ。白目をむき口からは泡をふいている。完全に気絶してしまったようだ。


「よろしい。その事を全身に刻み込んでおくことだな。デュロシス国王には我から進言しておこう。」


 情けない姿で倒れている隊長を見下ろしながら、フレイアは何事もなかったかのような表情で自分の部下たちの方へ向き直る。


「さて、講義はここまでだ。諸君、仕事に戻るとしよう。」


「隊長、すでに関連の報告が複数届いております。」


「よし、現場検証を踏まえて情報を整理していくぞ。」


「はっ!……ところで、軍隊の方たちはどういたしましょう?手持ちぶさたのようですが……」


「外の掃除でもさせておけ。己のすべき職務すら理解していない者たちに、良い仕事など期待できんからな。」


 先ほどの出来事で、軍隊の兵士たちは全員揃って腰を抜かしてしまっていた。それを横目で見るフレイアは憐れむようなため息をつき、届いた報告書を部下とともに確認しはじめる。


「……火災は全部で9箇所で発生した模様ですが、そのうち8箇所が神殿内。書庫内の火災は一部だけのようです。」


「フェリネス殿の結界が幾重にも張られており延焼を防げた、か。今回失われた書物は全て『マジッククラウド』に保存済みのため復元は可能と……。」


「はい。ガルフィド神官長様にもご確認いただきました。」


「……そうか。では聖王都の研究チームの派遣を手配しよう。神殿の修復も速やかに行わなければならないからな。」


「はっ、ただちに。」


 すると神殿全体の被害を確認するために走り回っていたガルフィドが、調査を終えて魔法書庫に戻ってきた。


「……ハァ、ハァ……。つ、疲れたッス~……」


 彼はよろけながら、ナッキが淹れてくれていたお茶をポットごと一気に飲み干した。冬にも関わらず汗だくになり、厳かな神官法衣はヨレヨレになっている。

 

 それもそのはず。神殿の責任者であるガルフィドは、併設されている魔法ギルドの職員と神殿関係者の避難、聖王都と軍隊への緊急連絡、そしてナッキたちの救命活動。事後調査は後から到着したフレイアの部下たちが協力してくれたが、それ以外は全て彼一人でやってくれていたのだ。


「……ガルフィド神官長殿。お疲れのところ申し訳ないが、一刻も早い復元のために貴殿の力が必要となる。聖王都も協力を惜しまないつもりだ。どうかご辛抱いただきたい。」


「……え、あ!いやいや!おれは平気ッス。こちらこそ、突然の事とはいえ神殿に被害を出してしまい申し訳なかったっス……。」


 フレイアに声をかけられガルフィドは姿勢を正す。しかしその面持ちは沈痛なものだった。今回の事で責任を感じているようだ。


「神官長殿。どうか顔を上げてくれ。貴殿は危険を(かえり)みず奔走してくれた。危機的な状況下の中戦ってくれた【オーディン】共々、良い働きをしてくれたことに感謝している。」


「……へ?い、いえ、めっそうもないッス……?」


 少しだけだがフレイアと面識があったガルフィドは、彼女の怖さを知っているため正直いうと苦手意識があった。そのためフレイアから労いの言葉を聞いた彼は、その意外さに驚きの表情を見せる。


 ひとまず修復の目処が立ったところで、フレイアの表情が一瞬だけ安堵したように緩んだ。しかしすぐに険しいものに戻り、彼女はひとつ深呼吸をする。すると場の空気が一気に張り詰めた。


「……さぁ、本題はここからだ。今回の事件を巻き起こした大馬鹿者の行方はどうなっている?」


「先行部隊の捜索によると、神殿付近の平野で【ラグナロク】のファルイーヴァを発見したとのことです。現在【オーディン】と大規模な戦闘を確認。逃走する可能性を考慮し、残存魔力を追跡する準備を整え、待機中です。」


「よし。直ちに追跡部隊を編成するぞ。だが相手は【ラグナロク】だ。諸君らは決して手を出すなよ。危機回避を最優先し、報告だけ迅速に行え。先行部隊にもそう伝えろ。」


「はっ!」


 フレイアの指示で数名の騎士たちが素早く動いた。その洗練された無駄のない動きにガルフィドは口を開けたまま見とれていた。


「……しかし、今回はよくもまぁ派手に暴れたものだ。神官長殿、【ラグナロク】に何か恨みでも買ってしまったのか?」


「え!?い、いやー、おれは何も知らないッスねー……。」


 突然話を振られ、ボーッとしていたガルフィドは体をビクつかせた。

 「わたしたちが戻るまでとりあえず話の詳細は伏せておいて」──。フェリネスたちの元へ向かう際に聞かされたナッキの言葉に従い、彼は事件に関わっていない体で返事をする。


「そうか。後ほど報告書を作成しなければならないが……ゾフ団長殿の()()を考えれば、複雑だな。」


「……?」


「いや、こちらの一人言だ。気にしないでくれ。」


 我ながらぎこちない受け答えだったなと、肝を冷やしたガルフィドだが、フレイアも何か思うところがあるらしく、彼の言動を怪しむ様子はなかった。


「隊長、先行部隊より続報です。先ほどの【ラグナロク】の戦闘なのですが、相手は【オーディン】ではないとのことで……」


「なに?どういうことだ?」


「何者かは分かりませんが、白銀色の長い髪の少女がファルイーヴァと互角の戦いをしているらしいのです……。」


 部下からの報告にフレイアは眉をひそめた。ファルイーヴァの強さは彼女もよく知っている。【オーディン】が全員揃っていたとしても、ファルイーヴァひとりに対して分が悪い。加勢も視野に入れていたフレイアとしては、さすがに驚きを隠せなかった。


「誰か他に戦っていた者がいるのか。しかもファルイーヴァ相手に互角だと……?」


「……あ……」


 ピンポイントで思い当たる人物が浮かんだガルフィドは思わず口を滑らせた。


「……神官長殿?何か心当たりがおありのようだが?」


「おわっ!あ~えっと!これは、その……」


 すかさずフレイアの鋭い眼光がガルフィドを捉える。正直者で有名な神官長が奇妙な動きを見せながら狼狽していたその時、別の騎士がフレイアの元に駆け寄ってきた。


「隊長!先行部隊より新たな情報が入りました!先ほどまでの戦闘の終了を確認!【ラグナロク】は撤退し、【オーディン】は無事とのことです!」


「レグノめ、勘づいたか。部隊を半分に分けるぞ。A班は【ラグナロク】の追跡、B班はここで守護陣形を展開しろ。」


「はっ!」


 報告を受けたフレイアは話を切り上げすぐさま行動に出る。それと同時に騎士たちが素早く二手に分かれ隊列を組む。

 睨みを利かされ、その威圧感に気圧されていたガルフィドは、なんとか場を凌げられたと胸を撫で下ろしていた。


「フッ、銀髪の少女か。なかなか興味深いな。……神官長殿。申し訳ないが話はまた後ほどお伺いさせてもらうぞ?」


「……あ、あはは……。お気をつけてッス……」


 眩いほどの真っ白なマントを華麗に羽織り、フレイアはガルフィドに向かってそう告げる。弱々しく手を振る若き神官長は苦笑いで彼女を見送った。


 マントの背中に描かれているのは、気高くも美しい聖女ガルト。

 世界の守護者とも呼ばれる誉れ高き騎士団の名は【ホーリーレイズ】。その中で『エース』の座に君臨しているのが彼女──。


「では諸君、任務開始だ。」


 女王陛下親衛隊、通称【クイーンガーディアン】隊長 フレイア・ラーナフォルグは、静かな微笑を浮かべながら隊の先頭を毅然と歩いて行った。




───────────────





どうも。雫月です。

いよいよエピローグが始まりました。

前後編に渡ってお送りしますので、少し長いですが楽しんでいただけたらと思います。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

後半もお楽しみに。

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