第18話 素直な気持ちをおすそわけ
「……さーてと。で、どうする?」
「そうだなー。ユグリシア、なにかいい考えある?」
「……このパンで、たたく?」
「パンはもういい!どんだけ叩きてぇんだお前は!」
力が暴走してしまったリケアを救うため立ち上がったシエルとリッツ、そしてユグリシア。しかし打開策はなにも浮かばずに頭を悩ませていた。
「うーん。本当どうしようか……?戦うわけにもいかないよね?」
「そうだな。力づくで叩きのめしたら後が怖ぇだろうからな。」
「……それは言えてるね。」
事が事だけにリケアは怒らないとは思うが、その姿を想像したシエルとリッツは身震いする。
「……とりあえず、呼びかけてみる?」
「あ、それいいかも!」
「そうするか。アイツの目を覚まさせなきゃ話が進まねぇしな。」
リケアは相変わらずユグリシアの捕縛魔法を振りほどこうとしている。しかしそれは彼女の意思ではなく、暴走した力がそうさせているのだ。
リケアが意識を取り戻せば、力の抑制に繋がるかもしれいという結論に至った三人。まずはシエルとユグリシアが呼びかけを試みた。
「リケアー!いい子だから目を覚ましてー!ほーら、美味しそうなパンがあるよー!」
「……おいでー。」
シエルが大きな声で手を叩き、ユグリシアがそれに合わせて持っているパンをリケアの顔に近づける。
するとリケアの鼻が匂いをかぐようにピクッと動いた。しかしすぐに顔をそむけてしまう。
「……ダメみたい。」
「え!そんなバカな!絶対飛び付くと思ったのに~!」
「お前ら真面目にやってっか?」
呆れるリッツをよそにシエルは頭を抱えて悔しがっている。ユグリシアはともかく、シエルは割りと本気だったようだ。
「なんだよ。じゃあリッツやってみてよ。」
「へっ、しゃあねぇな。よく見てろよお前ら。」
ふてくされる顔のシエルに対し、リッツは自信たっぷりに笑ってみせる。そして肩で風を切りながらリケアに寄っていった。
「バカヤロー。ちょっと強くなったからって調子にのんなよリケア。あんまイキってるとボコるぞ……いてぇ!!」
リケアの顔の間近で思いっきりガンをたれるリッツだったが、言い終える前に顔面に頭突きをくらわされてしまう。
「リッツ。それは呼びかけじゃなくて挑発だよ。」
「……リッツおもしろい。」
予想通りの結果に、今度はシエルがスンッと呆れた顔をみせる。ユグリシアは楽しそうにリッツを見ているようだが、やはり無表情なので真意は分からない。
「んなー!全然ダメだ!おい兄貴!他に何かこう、コツとかねぇのか!?」
「誰が兄貴だ。」
地面に突っ伏してしたリッツは勢いよく起き上がり、フェリネスに詰め寄った。
「……覚醒した力を抑えるには強い精神力が必要とされているんだ。だがリケアの心はひどく乱れている。その原因を突き止めなければならないな……。」
そう話すフェリネスの表情は焦りと不安の色が見てとれる。たとえ原因がわかったとしても解決する手段がない現状に、兄としてこれ以上のもどかしさはないだろう。
「……心、か……。そういえばユグリシアがさっきリケアの心が泣いてるって言ってたね。」
「そういや言ってたな。お前アイツの心ん中が見えたり聞こえたりできんのか?」
「……うん。少しだけ。体にさわったら心とお話もできるよ。」
リッツの問いかけにユグリシアは静かに頷く。それくらいの事は彼女なら普通にできるだろうな、といった感じでシエルとリッツは平然と会話を続けた。
「へーそうなんだ。でもさ、意識がないから心と会話なんて無理かな……?」
「……やってみないとわかんない。」
「よし!んじゃ試しに『いつまでも寝てんじゃねぇよバカ』ってアイツに言ってきてくれよ。」
「……わかった。」
明らかに怒られそうな伝言を受けたユグリシアはゆっくりとリケアに歩み寄る。
リケア自身は動けないものの、彼女の体から溢れる黒い光が迸りユグリシアを攻撃した。
「……うわっ。ユグリシア大丈夫かな?」
「アイツは強ぇからあれくらい平気だろ。」
リッツの言葉通り黒い光はユグリシアに当たってはいるが、彼女はダメージを全く受けていない様子だ。
ユグリシアはそのままリケアの肩に手をあて、目を閉じた。
「…………」
程なくして、リケアの動きが止まった。ユグリシアの声がリケアの心の中に届いたのだろう。
お互いに動かないまま数分が経過した時、ユグリシアが目を開けた。
「……ん?なんか俺たちを呼んでるみたい。」
「成功したのか?行ってみようぜ。」
少し離れた場所から様子を見守っていたシエルとリッツだったが、ユグリシアが手招きしているのが見えおそるおそる歩いていく。
ユグリシアの声が届いたおかげかは分からないが、黒い光は今のところ襲ってはこなくなっていた。
「……どうだった?」
「俺の伝言は伝えてくれたか?」
「……うん。『うるさい。リッツのアホ』って言ってた。」
「コ、コイツ……!ホントは起きてんじゃねぇのか?」
「まあまあ!……それで、他には?」
「……少しだけ、お話してくれたよ。」
どうやら会話は成功したようだ。シエルとリッツは「おぉ~」と称賛の声をあげる。このままいけばリケアが目を覚ますかもしれない。希望が見えたように思えたが、ユグリシアは僅かだが浮かない表情をしていた。そしてその顔は隣にいるフェリネスへ向けられる。
「な、なんだ……?」
フェリネスは思わず唾を飲み込む。彼の心の準備が整うのを待ってあげたのか、ユグリシアは一呼吸あけてから口を開いた。
「……リケア、お兄さんの悪口いっぱい言ってたよ?」
「えっ!?」
まさかの言葉にフェリネスはよろめき、倒れそうになるのをやっとの思いでこらえた。
「ん~?フェリネスさん?」
「おいおい兄貴ぃ。なにやらかしたんだよ?」
「ま、待て!私は何もしていないぞ!」
シエルとリッツが揃ってにじり寄ると、フェリネスは慌てて首を横に振る。
「……もしかして、何かしてしまったのか……?」
「……昔すごく悲しいことがあったんでしょ?フェリ兄のせいだって言ってた。」
「……!そうか……。やはりあの時の事を……。」
「お?心当たりあるみてぇだな。」
「謝っといた方がいいよ?知ってると思うけど、リケア拗ねると面倒なん……だはっ!?」
今度はシエルの顔面に頭突きが飛んできた。リケアの悪口に対しては普通の会話でも反応するようだ。シエルは鼻を押さえてうずくまり「ほらね!?」と半泣き状態で叫んだ。
「リケアの心、悲しいのと、怒ってるのとが一緒になってた。すごく混乱してるみたい。」
「んじゃあれか?その悲しい出来事ってのが原因でこうなっちまったワケか。」
「リケアがここまで心を乱すなんて、よっぽどの事があったんだろうね……。」
「…………」
心配そうに話すシエルとリッツに対しフェリネスは言葉を返せなかった。深い部分を説明してもいいのかどうか迷っているようだ。
「……じゃあ、少しだけ見てみる?」
そんなフェリネスの気持ちを察したのか、ユグリシアはおもむろにシエルとリッツの手をそっと握ってきた。
「……目を閉じてみて?」
「うお!?なんだこれ!?」
「なにこれ!?……もしかしてリケアの昔の記憶……?」
言われるまま目を閉じた二人は驚いた声をあげる。彼らの頭の中に突然リケアが見た記憶の映像が流れてきたのだ。
「…………」
「…………」
シエルとリッツは静かに映像を見ていた。断片的ではあるが、リケアと家族との間に何があったのかがおおよそ判明したようだ。
「……どう?わかった?」
「うん……。ありがとうユグリシア。」
ユグリシアが手を離すと映像は消え、シエルとリッツは深いため息とともに目を開けた。
「アイツと出会ってまだ数年だが、そんな事があったなんて知らなかったぜ。……ま、人に言えるような話でもねぇか。」
「でも、俺たちに見せてもよかったのかな……?」
「……うん。シエルとリッツには見てもらいたかったんだって。リケアがそう言ってた。」
「あ?そうなのか?」
「リケア……。そっか。ずっと言えずに我慢してたんだね。」
家族を失ったという心の傷は簡単には癒せない。同じように両親を亡くしているシエルは、リケアの気持ちが分かる気がした。
「だが、そうとなりゃ話は早ぇ。この問題は今すぐここで解決しとかなきゃならねぇってこった。」
「そうだね。フェリネスさんが助けてあげなきゃ。」
「……確かにそうだ。しかし……私にそれができるのか……。今まで何度もリケアに話そうとしたんだが、いざそうなると不安で言い出せなかった……。」
解決すべき問題点は見つかった。しかしフェリネスの表情は依然として重いままだ。
もちろんリケアを助けたい気持ちはある。だが果たして自分だけでリケアの心の悲しさを拭うことができるのか、という思いが過去の記憶とともに彼の頭をよぎり、決断を鈍らせていた。
「……じゃあ、やめる?二人ともこのままずっと我慢するの?」
「……!」
そんなフェリネスの心を見透かしたようにユグリシアが鋭い言葉を投げかけてきた。
「そうだよフェリネスさん!そんなの言ってみないと分かんないじゃん。俺たちも手伝うから一緒にやってみようよ!」
「そうそう。我慢しすぎると体に毒だぜ?兄貴までああなられちゃ困るもんなぁ?」
冗談交じりに笑うシエルとリッツの明るい表情に、フェリネスもつられて顔をほころばせる。
「あぁ、そうだな。両親が伝えたかった想いをリケアはまだ知らない。それを届けることができれば……!」
「……わかった。じゃあわたしの力、あなたにあげる。」
「な、なに……?」
迷いが晴れたフェリネスの顔を見たユグリシアは、白く透き通るような綺麗な両手で彼の手を優しく包み込む。するとユグリシアの両手が白く光り、ゆっくりとフェリネスの体全体を覆った。
「……はい。これでいいよ。」
「い、一体何が……」
「これでお兄さんもリケアの心とお話できるよ。やってみて?」
いきなりの出来事に、フェリネスは不思議そうな表情で自身の体を見る。白い光はすでに消えており、特に何か変化があったわけでもない。
「……本当に大丈夫なのか?」
「いいからいいから。」
困惑するフェリネスの背中をユグリシアはやや強引に押してあげた。
「……あー。リ、リケア……?」
「…………」
「……あれ?何も言ってくれないぞ……?」
フェリネスは半信半疑のままおそるおそるリケアに話しかけるも、何も反応がない。
「……ちがうよ。心の中でお話するんだよ。」
「心の中で……?」
ユグリシアのアドバイスを受けたフェリネスは、先ほど彼女がリケアと会話していた姿を思い出た。それになぞらうようにフェリネスは目を閉じリケアの肩に手をあてた。
(……リケ)
(フェリ兄のバカ!もう知らない!)
「……うおっ!?」
その瞬間、リケアの怒鳴り声がフェリネスの頭に響き渡った。驚きのあまりフェリネスはリケアから手を離してしまう。
「……どう?お話できた?」
「……なんか、めちゃくちゃ怒っていた……。」
とても話ができる状態ではないと、フェリネスは愕然としていた。たった一言で追い返されたという彼の言葉に、シエルとリッツは笑いそうになるのをこらえる。
「……リケアはお兄さんが来るのを待ってたんだよ。」
「え……?」
そう話すユグリシアはリケアを指さした。よく見るとリケアから溢れる黒い光の輝きが薄れている。ユグリシアが近づいた時は攻撃をしてきたが、フェリネスの時はそれがなかった。その事が何よりの証拠だと、ユグリシアは言葉を続けた。
「少しずつだけど、リケアの心が弱くなってきてる。力に押し負けてるんだと思うよ。」
「…………。今は弱音を吐いている場合ではないな。」
力の侵食は命の危険を意味する。あまり猶予はないと話すフェリネスは、大きく深呼吸をして再びリケアとの会話に挑んだ。
(リケア!)
(何しに来たの?私の事なんかほっといて!)
(……うぐっ!ま、待てリケア!話を聞いてくれ!)
(どっか行ってよ!鬱陶しいから話しかけないで!)
(……ぐぅ!な、なんて破壊力だ。私の心も泣いてしまいそうだ……!)
連続で繰り出されるリケアの罵声攻撃に、フェリネスは早くも挫けそうになる。だがここで諦めてしまったらリケアを救うチャンスが失われてしまう。フェリネスは歯をくいしばり正面から立ち向かう。
「……なに話してんだろうね?」
「わかんねぇけど、兄貴の方だけやたらビクついてんな。」
リケアとフェリネスを見守るシエルとリッツは、呑気にお茶をすすっていた。彼らには二人がただ静かに向き合っているようにしか見えていない。加えて会話も聞こえないので、壮絶な戦いが行われているとは知るよしもなかった。
(……ハァ、ハァ……!強情だな、リケアも……。)
(……そっちこそしつこい!だいたいフェリ兄は私にベッタリくっつきすぎなの!気持ち悪いからやめてよね!)
(ぐっ!リケア!行儀の悪い言葉を言うんじゃない!)
(このバカ兄!魔導書の角に頭ぶつけてろ!)
(……ぐあぁっ!!)
一方、リケアとフェリネスの攻防はもはやただの口喧嘩になっていた。
そんな中、重い一撃をくらったフェリネスは体をビクッとのけ反らせ、そのまま膝から崩れ落ちた。
「あ、戻ってきた。」
「何言われたか知らねぇが疲れた顔してんな。」
ぐったりとした様子のフェリネスにシエルとリッツは労いの声をかけてあげる。その横ではユグリシアがパンを差し出していた。
「……どうだった?」
「……心が弱まっていたんじゃなかったのか?全然元気だったぞ……」
フェリネスは受け取ったパンを一口かじりお茶を一気に飲み干した。どうやらパンが意外と美味しかったらしく、「あ、美味いな」と呟きながらもう一口かじる。
「フェリネスさんが話しかけてくれたからじゃない?照れ隠しだよきっと。」
「そ、そういうものなのか……?」
それにしては散々な言われようだったなと、フェリネスは首をかしげる。
「んで?何か手応えあったのか?」
「…………。そういえば……」
会話、もとい口喧嘩をしていた中でフェリネスはリケアから変化があることを感じていた。
「相変わらず悪態をついてきてはいるが、声に明るさが戻ってきているように思えたな……。」
それはごく僅かな変化ではあったが、それに気づけたのはフェリネスがリケアを想っているからこそなのだろう。
「我慢して溜まってたもの全部吐き出したって感じだね。それでスッキリしたのかも。」
「気づいてねぇと思うけどよ兄貴、アンタもなんか楽しそうな顔してるぜ?」
「……私が……?」
フェリネスの顔を見ながら笑うシエルとリッツ。リケアが元気そうだという言葉に彼らも嬉しそうにしている。
「……リケアもお兄さんも、ずっと言いたいことを我慢してきたでしょ?だから『素直な気持ちを言える力』を、二人に分けてあげたの。」
相変わらずの無表情で話すユグリシア。顔にこそ出ていないが、彼女もどこか嬉しそうな雰囲気が伺える。
「素直な気持ち……か……。」
シエルたちを見ていると、忘れかけていた遠い記憶が甦る。子供の頃を思い出し、フェリネスは人知れずほくそ笑む。
「……しっかし頑固だよなアイツも。これじゃいつまで経っても終わらねぇぜ。」
「……あ、そうだリッツ。『アレ』使ってみる?」
前進はしているものの、リケアを黙らす決定打がない。そんな状況を打破すべく、シエルがある提案を持ち出した。
「しゃあねぇな。ここで奥義を使っとくか。兄貴!ちょっと耳貸せ!」
ニヤリと笑うリッツは強引にフェリネスの耳を引っ張り、何やら耳打ちをした。
「……な、なに?本当にそんな事で……」
「いいから言ってみなって!絶対効くからよ!」
疑心な顔のフェリネスを「ほら早く早く!」とシエルが背中を押す。そして再びリケアの肩に手をあて、リッツに言われた言葉をリケアに伝える。
(……ん、んん!よしわかったリケア。学食のスペシャルランチとデザート全種、私の奢りでどうだ……?)
(うるさ…………えっ!?)
どでかい声がフェリネスの頭の中に響き、思わず片手で頭を押さえる。それと同時にリケアの体がビクン!と大きく動いた。
「お!リケア食いついたっぽい!」
「よっしゃ狙い通り!てか面白ぇなアイツ。」
リケアがヘソを曲げたりケンカしたりした時は必ずこの技を使い、リケアは必ず引っかかる。成功率100%を誇る奥義が見事に決まり、二人はハイタッチをする。
(……あ、あれ?私、一体何を……)
(まさか本当に効くとは……。)
(フェリ兄?え、なにこれ?どういう状況??)
意識こそ戻ってはいないが、リケアの心を落ち着かせ正気を取り戻すことができたようだ。フェリネスはひとまず安堵のため息をもらした。
(何も覚えていないのか?)
(うん……。なんか、すごく悲しくて……すごく辛くて……。自分が消えてしまいそうな感覚だったのは覚えてる……。)
(力の影響で負の感情に呑み込まれかけていたんだな。危なかった……。)
(……えーと?あの女の子に攻撃されて……?そっから記憶が曖昧だなー。なんか誰かとケンカしたような気もする。)
(……ははっ、そうだな。こんなに口喧嘩をしたのは何十年ぶりかな?)
(やっぱりフェリ兄だったんだ。……あ、そういえばさっきの怪我、もう大丈夫なの?)
(怪我……?ああこれか。致命傷ではなかったから大丈夫だ。心配させてしまったようだな。)
(本当だよ……。また……私のせいで……)
(……リケア……?)
ふとリケアの声が弱々しくなる。昔の記憶を思い出したのか、すすり泣く声も微かに聞こえてきた。
(お父さんとお母さんの時みたいに……私のせいで……フェリ兄が死んじゃったらどうしようって……すごく怖かった……。)
(リケア、それは違う。父上と母上は……)
(何が違うの!?私の病気のせいで二人とも死んじゃったんだよ!?……私もう……嫌だよ……。)
リケアの心が再び乱れはじめた。呼応するように彼女の負の感情が強まり、黒い光が濃くなっていくのをフェリネスは感じていた。
(リケア!!)
このままではリケアが危ない。フェリネスが手を離そうとした瞬間、彼の頭に白い光が広がり、誰かが会話をしている映像が映し出された。
《────おぉ!アルティスとミュレではないか!久しぶりじゃのう!》
《あら。ご無沙汰しておりますわ。》
《相変わらず豪快だなお前は。今年の騎士団試験の試験官に選ばれたそうだな。今日はウチの娘が受けるんだ。お手柔らかに頼むぞ?》
《ワッハッハ!お主も相変わらずの親バカぶりじゃの!》
《……フェリ兄、あの人は……?》
《あぁ。父上と母上の古い友人だそうだ。高名な魔道士の方らしい。》
《ふーん。》
《……む?お主が試験を受ける娘じゃな?》
《……ひゃっ!?……は、はい……。》
《なんじゃ緊張しておるのか?初いやつじゃのう。前に会ったのは赤ん坊の時じゃったか。大きくなったものじゃ。》
《ははは。リケアは人見知りが激しくてな。大目にみてやってくれ。》
《ほらリケア。いつまでもフェリネスの後ろに隠れてたら試験に遅れるわよ?》
《……よ、よよ、よろしくお願いします……。》
《うむ!励むのじゃぞ!》
《……おっと。そろそろ会場に入らないとな……────》
(……こ、これは……!?)
(……!これ、もしかしてフェリ兄の昔の記憶……?)
(あ、あぁ。リケアにも見えているのか?)
(うん。騎士団試験の時だよね?それにあの人……)
突然の出来事に驚くフェリネスだったが、見覚えのある懐かしい光景に自分の記憶なのだとすぐに気づいた。
リケアにも同じ映像が見えているようだ。久しぶりに見る両親の姿に心が少し和み、負の感情が薄れていく。
《────リケア!おいリケア!いい加減起きろって!》
《トール!落ち着いてよ!》
《落ち着いてられっかよミオ姉!リケアが試験中に倒れてからもう三日も経つんだぜ!?》
《リケア……。あんなに試験楽しみにしてたのに。どうしてこんな事になるの……?》
《……フェリネス。少しいいかしら?》
《どうしたナッキ?》
《お医者様からリケアの容態は悪くなる一方だと聞いたわ。本当なの?》
《ああ。未だ解明されていない不治の病の可能性があるそうだ……。》
《そんな……!何とかならないのかしら……。》
《父上と母上が、その事について友人の方と話をされている。我らもリケアのために今できる事を探そう……。》
《……ええ。そうしましょう……────》
(……フェリ兄、これは……?)
(リケアが倒れてしまった時だな。あの病は今となってもまだ解明されていないんだ。他にも様々な症状があるが、どれも治る見込みのない謎の病……。)
(……そうなんだ……。それがお父さんとお母さんにも伝染しちゃったんだね……。)
(…………。違うんだリケア。あの病は突発的に発症するもので、伝染はしない。)
(え!?どういうこと!?)
フェリネスの言葉に驚くリケア。彼女の質問に答えるように映像が次の場面へと切り替わった。
《────『浄化転移魔法』……!?お父様、それは一体……》
《リケアの病をおれとミュレの体に転移させる魔法だそうだ。これでリケアを助けられる。》
《はあ!?何言ってんだよ!?》
《そうだよ!そんな事したら父さんも母さんも……!》
《トール。ミオ。落ち着いて聞きなさい。リケアを助ける方法はこの方法しかないのよ。分かってちょうだい?》
《そう落ち込むな!なにも死ぬと決まったわけじゃないんだ。……とはいえ、万が一仕事に支障をきたしてもいかん。……フェリネス。》
《……はい。》
《【オーディン】の団長は今日からお前だ。副団長はナッキが引き継ぐ。いいな?》
《え……わたしが、ですか?》
《そうだ。お前はこの国で初めて『天聖』の称号を授かったんだ。名誉な事じゃないか。おれは他に適任はいないと思っている。》
《……わかりました……。謹んでお受けいたします。》
《お前たちの目覚ましい成長のおかげで【オーディン】は今やあの【ホーリーレイズ】と並び称される程になった。おれたちは誇らしく思うぞ!》
《みんなよく頑張ったわね。リケアの事、この先もみんなで支えてあげてね?》
《ちょっと二人ともやめてよ。もう別れちゃうような言い方じゃない。》
《そうだぜ!縁起でもねェ。》
《ははは!二人の言う通りだ!こりゃスマンな!》
《ふふ、ごめんなさい。……あ、そうだわ。リケアが起きたら何かお祝いしてあげなくちゃ。》
《おおそうだな!それじゃ家族みんなで旅行にでも行くか!》
《素敵じゃないあなた。それで、どこに行くつもりなの?》
《ガルトリーという国だ。聖王都のすぐ隣にある小さな国なんだが、それは美しいところでな。お前たちにも見てもらいものだ……────》
(……そんな……。お父さんとお母さんが……?)
(……移植は成功したが、その日の夜に……。二人ともまるで眠っているかのようだった……。)
(…………)
映像で語られる真実に、リケアは言葉を出せずにいた。そして映像は次の場面へと切り替わる。
《────どうじゃ?体に何か異変はあるかの?》
《今のところ大丈夫みたいだが……。これが不治の病なのか?》
《油断は禁物じゃ。いつ牙を剥くかワシにもわからんからな。》
《ともあれ、無事に儀式魔法も成功しましたね。ありがとうございます。》
《……今さらではあるが、二人とも本当にこれで良かったのじゃな?》
《あぁ。リケアが助かる方法がこれしかないと言うのなら、迷う理由がないさ。》
《そうね。親にとって、我が子に先立たれるほど不幸な事はないですもの。》
《……はぁ……。なんということじゃ。ワシの研究が不完全なばかりに、お主らにも負担をかけてしまうとは……。》
《そんな悲しい顔なさらないで?これも聖女様のお導きなのですから。》
《そうとも!お前の魔法には助けられてばかりだ。良き友人として、改めて礼を言うぞ。》
《ば、馬鹿者!揃ってワシを泣かせるでないわ!》
《……父上……母上……。》
《さて、聞いての通りだフェリネス。もしおれたちの身に何かあった時は、お前がリケアを守ってやるんだぞ。》
《ですが父上……》
《フェリネス。これをあなたに渡しておくわ。》
《……学校案内のパンフレット?……レズィアム魔法学園……。》
《前からリケアが学校へ行きたいと言っていたでしょ?そこは聖王都の由緒ある学校よ。魔法に関する多くを学べるし、あの子の夢を叶えるためにも行かせてあげてちょうだい?》
《それだけじゃない。学校に行けば友達とも出会えるだろう。おれはな、リケアに心を許せる友達をつくってもらいたいとも思っているんだ。》
《友達……。》
《おれもミュレも今までに多くの友人に支えられてきた。大切な友達との絆は、時に家族よりも強くなることだってある。》
《…………》
《リケアは誰よりも優しい子だ。もし仮におれたちが死んだら、あいつは自分を責めるだろう。その時に支え助けられるのは家族と友達だ。その事をよく覚えておくんだぞ。》
《はい……!》
《さて!リケアの可愛い寝顔でも見に行くか!》
《ええ。わたしもお付き合いしますわ……────》
記憶の映像は両親の暖かな笑顔を最後に、スゥッと静かに消えていった。
(……あ……あぁ……!)
何かを思い出したリケアは声を震わす。すると突然フェリネスの頭の中に眩いくらいの白い光が広がった。
(……うっ!リ、リケア!?)
あまりの眩しさに、フェリネスはリケアから手を離す。
「憶えてるよフェリ兄……。私、この温もりを憶えてる……!」
リケアの声が頭ではなく耳に聞こえる。目を開いたフェリネスが見たのは、涙を流しながらも嬉しそうに笑う妹の姿があった。
リケアを覆う禍々しい黒い光は、透き通るような白い光へと変化しており、優しく彼女を包み込んでいる。
「……あぁ、そうだな……。私もよく憶えているよ。」
リケアの意識が戻ったのを見計らったように、体を縛っていた捕縛魔法が音もなく消えていった。よろめくリケアをフェリネスが優しく抱き止める。
「いつも感じていた心の温かさ……。私が眠ってた時も感じたよ!やっぱりお父さんとお母さんだったんだよ!」
「……あぁ、そうか。そういうことだったのか……」
「フェリ兄……?」
リケアの頬に水滴が伝う。それは自分の涙ではなく、フェリネスの涙だった。
「悲しい時や辛い時はそこから目を背けてしまう。当然のことだ。それはリケアだけではなく、私も同じだったんだ……。」
「フェリ兄……」
涙ながらに話すフェリネスは少し恥ずかしそうに涙を拭く。初めて見せる兄の泣き顔に、リケアは驚く表情をしている。
「私たちは父上と母上が残してくれたものさえも見ていなかった。それを彼女が気づかせてくれたんだ。」
「……彼女……?……あ……!」
リケアの目には、白銀色の長い髪の少女の、少しだけ優しい表情が写っていた。
「ユグリシア……!」
「……おかえり、リケア。」
「うん……うん!……ありがとう……!」
リケアはユグリシアのもとへ駆け寄り、彼女の胸に飛び込んだ。
「よぉ。やっと目ぇ覚ましたか寝ぼすけ。」
「おはようリケア。気分はどう?」
「み、みんな……!!」
聞き慣れた声にリケアは顔を上げる。すぐ隣にシエルとリッツがいつもと変わらない笑顔でリケアを迎えてくれた。
「やれやれ。世話がやけんなお前は。」
「いいじゃんいいじゃん!リケアが無事だったんだし。ユグリシアが力を『おすそわけ』してあげたおかげだね。」
それはユグリシアが初めて聞く言葉だった。泣きじゃくるリケアの頭を撫でながら、ユグリシアはきょとんとした顔をシエルに向けた。
「……?おすそわけ……?」
「あれ、知らない?自分が持ってるものなんかを、他の人に分けてあげることだよ。」
その言葉にユグリシアはふと何かを思い出し、「あ。」と小さく声を出す。彼女の頭に浮かんだのは、シエルたちと出会った夜の出来事。
「……街のパン屋さんが、シエルたちにパンを分けてくれたのと同じこと?」
「あーそうそう!あのパン屋のおっちゃん気前よくてさー。でも、それってとってもスゴいことなんだよ?あげる方ももらう方も皆が嬉しくなれるんだ。」
「……そうなんだ……。」
シエルの説明に抑揚のない声で返事をするユグリシア。しかし表情は相反しており、なにやら感動しているらしく目がキラキラと輝いていた。それを見るシエルは満足そうに笑みをこぼす。
「……んで?二人ともちゃんと言いてぇ事言えたのかぁ?」
リケアが少し落ち着いたところで、リッツが意地悪そうに笑いながらそう話しかけてきた。
「……へっ?……あ、えっと~……」
この場には見知った顔しかないとはいえ、今の状況が急に恥ずかしくなったリケアは顔を真っ赤にしながらフェリネスの後ろに隠れた。
「大丈夫だよリケア。ゆっくり話したらいいから。」
「そうだぜ?兄貴に一発かましてきてやれよ。」
リケアの言動で話し合いがまだなのが丸わかりだが、シエルとリッツは優しく言葉をかけてあげた。ユグリシアは何も言わずリケアに向かってコクリと頷く。そして三人はリケアとフェリネスから距離をあける。
「……あはは……。改めてってなると、なんか恥ずかしいね……。」
互いに向き合う二人。緊張しながらも、リケアが話を切り出した。
「……いい友達を持ったなリケア。学校は、楽しいか?」
「え?……うん。まぁ、ね。フェリ兄からそんな言葉聞くなんて、変な感じがする。」
学校へ行くことを頑なに反対していたフェリネス。その反対を押し切り家を飛び出したリケア。両親が亡くなって以降、二人の間で止まっていた時間が少しずつ動き出す。
「……ずっと反対していたからな。それは私がリケアの力を恐れるあまり、家の中にお前を押さえつけてしまっていたんだ。」
「それって、私が友達を傷つけちゃうかもって思ったから……?」
「……あぁ。無理にでも連れ戻そうとも考えていたくらいだ。……だがそれは間違いだったとユグリシアが教えてくれたよ……。リケアを信じてやれなかった私の失態だ。」
思い返せば、亡き両親に代わりリケアを守らねばと気負いすぎてしまっていた。自分のしてきたことは間違っていたと、フェリネスは憂いの表情で話す。
「違うよフェリ兄。今じゃなかったらみんなに会えてなかったもん。シエル、リッツ、そしてユグリシア。みんな最っ高の友達だよ!」
「……リケア……」
落胆するフェリネスの手をリケアは力強く握った。笑顔を見せる彼女の目からは大粒の涙が流れる。
「それにね……。私も……ユグリシアのおかげで気づけたんだ……。う……、お父さんとお母さんが残してくれた温かい気持ち……。二人が亡くなる直前まで……私を抱きしめてくれてたんだよね……?」
「……あぁ……。リケアは何も悪くない、自分を責めるなと、最期まで側にいてくれていたよ。」
「……うぅ……!フェリ兄……フェリ兄だって……何も悪くないよ!間違ってもいない!ずっと、ずっと私を守ってきてくれたんだもん……!」
「……そう、なのかな。」
「そうだよ……。なのに私は……自分の辛さを全部フェリ兄に押し付けちゃってた……」
いくら拭っても涙が溢れる。悔いる気持ちはあるが、今は両親やきょうだい、そして友達がみんな背中を押してくれている。それに応えるべく、リケアは想いを込めて、素直な気持ちを精一杯声に出した。
「大キライなんて言ってごめんなさい……!私を……守ってくれて……ありがとう……。」
「いいんだリケア。そう約束したもんな。私の方こそ、長い間辛い思いをさせてしまった。本当にすまなかったな……。」
「……ひぐっ……!う……フェリ兄いぃ……うわああぁぁん!!」
大声で泣きながらリケアはフェリネスを強く抱きしめる。それを優しく包み込むフェリネスも、静かに涙を流していた。
二人の涙は白い光に溶け込み、まるで雪のような白い結晶となってゆっくりと空へ舞い上がっていく。
「……素直な気持ち、言えたみたいだね。」
「そうだな。……ったく、顔くっしゃくしゃじゃねぇか。」
「……よかったね、リケア。」
暖かな眼差しを送るシエルたちは空を見上げる。
白い結晶は降り始めた雪と混ざり合い、目を奪われるような美しい可憐な花を、空へと彩った……。
どうも。雫月です。
大変お待たせしました。第18話目でございます。
年末年始は執筆をお休みしていたので、かなり遅い投稿になっちゃいました。ごめんなさい。
なにはともあれ、今年最初の投稿となりました。次話で第一章が完結となる予定ですので、引き続きご拝読いただければ嬉しい限りです。
次回もお楽しみに。




