009:不穏な男
しばらくして入弦たちが離れた村に、一人の男が訪れていた。バイクにまたがり、荒野の日差しや風塵から顔や体を守るためにマントなどを身に着けたその外観は、どうしても人に不信感を与えることだろう。
村人も一瞬その姿に警戒心を抱いたが、その人物がバイクから降り、村人に好意的に話しかけるさまを見てわずかにではあるが警戒を解いていた。
少なくとも少し前に旅立った二人組と同じように村に良い影響を及ぼしてくれるのではないか。そんな風に考える者も少なからずいた。
だがそんな風にはいかないだろうと考える者も間違いなくいる。その人物が村長の家を探し、そして訪れる際も、いつも通り自警団の人間は警戒を怠らなかった。
「失礼、村長様にご挨拶をさせていただいても?」
「用件は何だ?この村に何か用か?」
「人を探しています。その手掛かりがあればと思い、立ち寄らせていただきました」
「人を?まぁいい。妙なことはするなよ?それと、せめて顔くらいは見せろ」
「これは失礼しました」
男の風体、特に顔までしっかりと隠していることを不審に思った自警団の人間は男に顔を見せるように要求する。
男は素直に顔を隠していた布を外し、その素顔を晒す。
どこにでもいそうな平凡な顔立ちではあった。だがその顔には大きな傷が残っている。火傷の後のようだということはすぐに分かった。
「すいません、顔の傷を見せて怯えさせるのは良くないと思ったのですが」
「なんか訳ありみたいだな。まぁいい。村長に掛け合ってくる。少し待っていろ」
自警団の人間が家の中に入ってくる間、村の様子を観察していた。特にこれと言って特徴のない農村のようにも見える。
この荒廃した世界で、細々とではあるがしっかりと人の営みを続けていることができているようにも見える。
「おい、入れ、会ってくれるそうだ」
「ありがとうございます」
男が村長の家の中に入ると、村長は椅子に座った状態で迎えてくれていた。
「初めまして旅の人。して、この村へは人を探しに来なさったとか?」
「はい。二人組の男です」
「二人組……」
二人組と聞いて村長の脳裏にはわずかに思い当たる点があった。この村にやってきて盗賊から村を守ってくれた二人組。
片方が特徴的な桃色のモヒカンをしていたのは記憶に新しい。すでにその二人は去ってしまったが、まさかその二人ではないかと村長は目の前の男を見る目をわずかに細めた。
「その二人の特徴は?何か特徴でもあれば……」
「二人とも、とても良い体格をしています。片方には体に傷が残っているはずです。そしてもう片方は、桃色の髪をしていますね」
桃色の髪。そのキーワードに村長の眉がわずかに動く。
確かにあの二人組の片方は桃色の紙をしていた。体の傷などはわからなかったが、少なくともこの目の前の人物が探しているのが先日村を訪れた二人組であることは間違いなさそうだと、村長は判断していた。
「ふむ、二人組で、片方が桃色の髪、片方には傷と……それだけ特徴的なら、さすがに思い当たる節もありそうなものですが……ところで、その二人をなぜお探しに?このようなご時世、人を探すなどよほどの理由とお見受けしますが?」
二人に害のある物に、二人の行き先を教えるわけにはいかないだろうと、以前村を助けてもらった恩のある村長は二人を少しでもかばおうとした。
もちろん、目の前の人間が害のある人間であるのならの話だ。
「えぇ、彼らとは、同郷でしてね。おっしゃる通りこのご時世、少しでも知己に会いたいと思うものなのですよ」
そう言いながら笑う男の目を見て、村長はゆっくりと目を細める。
嘘は言っていない。それはわかるが何かを隠している節があると感じていた。
この人物を先の二人に引き合わせてもよいものか否か。村長は僅かに迷っていた。
だがそんな迷いと村長の機微を感じ取ったのか、男は少し身を乗り出すような形で村長に詰め寄る。
「ご存じなのですね?その二人を」
「……えぇ、先日ここにいらっしゃいましてね。我々の村を守ってくださった二人組に相違ないかと」
「……守った?この村を?」
「はい。盗賊に襲われるところを、そのお二人が撃退いたしました。雄々しい戦い方だったと、村のものからも大変感謝されておりましたよ」
この村を山賊から守った。その単語に男は強い違和感を感じたようだったが、山賊を倒す程度なら問題なくできるだろうと判断し、その違和感は一度置いておくことにする。
今重要なのはその行先だ。どの方角に向かったかだけでもわかれば話は変わってくる。
「それで、この村にいなかったということは、すでに旅立ったのでしょう?二人は一体どこへ?」
「…………申し訳ありません。私どももそこまでは聞いてはいません。ただ、東の方へ向かうということは言っていました。どこに向かうとまでは……」
村長は一つ嘘をついた。行先は西の都。それは知っていたがこの男とあの二人を引き合わせてはいけないということを、長年の勘から察していたのである。
「…………なるほど。わかりました。それだけ聞ければ十分です。ありがとうございます。失礼しました」
二人の行き先を聞いた男は身を翻して表に止めてあったバイクに乗り込む。
「……西……京の都か?」
男は村長の嘘に気付いていた。もとより男が東から来たのが運が悪かった。遠ざけようと嘘をついたのであればその反対。西ということになる。
それ以上の当てもない男はバイクを駆り、西の都を目指すことにする。奇しくもそのルートは入弦たちが通った道と同じ道を通ろうとしていた。