006:外見は完全に蛮族
「見えたぜ!村だ!ようやくついた!」
バイクの駆動音と舗装されていない荒野を進むタイヤの摩擦音が響く中、吉野の声が入弦の耳に届く。
二人の視線の先には人の集落と思われる建物が見えていた。その数は今のところ正確に数えられてはいないが、少なくない人間がそこにいるということはすぐに理解できた。
入弦がこの世界にやってきて、入弦の意識がこの世界にやってきてから約三日、ようやく人のいると思われる場所に到達していた。
山や崖、そういった場所を経由したことで、単純な平たんな道を行くよりもずっと時間がかかってしまっている。それに距離がよくわからなかった。そもそもの日本であれば十分以上に目的地に到達しているはずだが、いつまでたっても京都に到達できる気がしない。
「っていうか燃料とか食糧別けてもらうのに金あるのか?」
「ねえけど、何とかなるだろ!」
「ないのかよ!なら仕方ない。力仕事とかして分けてもらおうぜ!お前力仕事に自信あるだろ!?」
「そりゃあるけどよ」
「なんか恩売っておけばいい情報も手に入るかもしれないし!もらうのは燃料と食糧だけ!肉体労働としちゃそれで十分だろ」
「……それもそうだな!よし、そうするか!でも俺口悪いからよ!交渉とかは頼むぞ!」
「口だけじゃなくて人相も悪いだろうが!悪人面が染みついてるくせに!」
「あ!お前言ったな!お前も人のこと言えないだろうが!」
「俺みたいなベビーフェイスを見て悪人なんて思うかよ!お前のモヒカンとかもろ悪人だからな!」
何時死が襲い掛かるかわからない状況において、唯一入弦にとっての救いがあるとすれば、こうして一緒に行動しているのが長年一緒にいた吉野だということだろう。
どういうわけか、どういう理屈か、この三日間一緒にいてわかったのは、このモヒカンのムキムキな男は間違いなく『吉野安則』だということだ。
不意に出てくる軽口も、言い返すときの言葉のセンスも、そして口の悪さと雑さ、それらすべてが彼が吉野であると理解させる。
魂が同じだから、同じ人間だから、理屈はいくつか思いつくが、経験が変われば人間も変わるはず。だが目の前にいる吉野はどういうわけか吉野のままだ。
ここがまだ入弦のいた世界から割と近い世界だからという理由もあったかもしれない。だがこの些細な同じ軽口が、入弦にとってはありがたかった。
「ようやくついたぁ……さすがにちょっと疲れたな」
「バイクに乗りっぱなしだったからな、こればっかりは仕方ねえよ。えーっと?それじゃ、交渉は任せたぞ」
バイクで登場した入弦と吉野に、村の人間は少し不審に思っているのか視線を向けている者が多い。
建物はすべて石で作られていた。レンガのようなものだがそれが一体どのようなものなのか入弦には理解できなかった。
大きな通りに井戸があり、その井戸を中心として建物がいくつかある。村人は畑仕事に出ているのか、見られるのは小さな子供か女性が多い。あとは老人が何人かといったところだ。
外見的には日本人的な顔立ちに見える。やはりここは日本のままなのだろうかと思いながら入弦はこの村を観察していた。
よそ者を嫌う風習などがなければよいのだがと思いながら入弦は周りにいる人の中で、井戸の近くにいた女性に声をかける。
「すいません、俺たちは旅のものですが、この村のまとめ役の方はいらっしゃいますか?できれば燃料と食糧を分けていただきたいのですが」
まさか自分が旅のものですがなどという自己紹介をすることになるとは思っていなかった入弦は内心笑いかけるが、今はまじめな場面だと表情は真剣に、だが穏やかな笑顔を見せて警戒心を解こうとしていた。
「は、はぁ……奥の二階建ての家が村長の家です。ですが……その……」
女性の視線は入弦の近くにいる吉野に向けられている。堂々と存在するピンク色のモヒカンが気がかりで仕方がないのか、不安そうにしている。
「あぁ、あいつはファッションセンスがちょっと奇抜なだけなので気にしないでください。どうもありがとうございます」
そう言って入弦と吉野はバイクを手で押しながら奥の方にある二階建ての建物の方へと移動していた。
女性の言う通り、村の奥の方には二階建ての建物があり、その家の前には棒のようなものを持った男性が立っていた。
警備の人間か、自警団のようなものか、周囲を警戒しながら入弦たちの姿を見てわずかに姿勢を低くしていた。
「止まれ、お前たちは……なんだ?」
筋骨隆々の人間、しかも片方がピンクのモヒカンともなれば警戒するのも無理のない話だった。
『なんだ』という抽象的極まる疑問も仕方がないといえるだろう、何せ本当になんなのかわからないのだから。
「初めまして、俺たちは西の都を目指して旅している者です。村長にご挨拶と、可能であればこいつの燃料と、食料などを分けていただきたく」
「……うちの村にそんな余裕は」
「もちろんただとは言いません。俺らは力に自信がありますので、力仕事であれば手伝えます。その見返りとして……ということを村長にもお話したいんです」
そもそもこの世界に通貨というものが残っているかも疑問だ。肉体労働というのが一番手っ取り早いだろう。
警備の人間は少し迷い、そこで待てと一言告げてから建物の中に入っていった。
「待たせたな、村長が話をしてくださるそうだ」
「ありがとうございます。吉野、お前は待っとけ」
「なんでだよ、俺も挨拶くらいできるぞ」
「お前な、その外見でいきなり入って来られたらびっくりするだろ。バイクとか荷物見ててくれ。絶対変なことするなよ?」
「信用ねえなぁ……わかったよ」
村長がどんな人間かはさておき、筋骨隆々な男が二人、しかも片方はピンク色のモヒカンとなれば驚いてしまうことだろう。
交渉するという時に吉野がいては不都合が生じるだろうと考え、入弦は吉野をバイクの近くで待たせることにしていた。
建物の中に入ると、その中は建物の外観と同じく基本的に石で作られているようだった。靴を脱ぐ文化というものはないのか、家の中でも全員が靴を履いている。
日本でありながら日本の文化がどれくらい残っているか怪しいものだなと思いながら、入弦はまず一礼する。
そして村長らしき人物が椅子から立ち上がると、入弦のもとに歩み寄ってくる。村長というにはあまりにも痩せこけており、髪の毛もほとんどなくなっている。顔のしわなどからかなりの高齢であることがうかがえる。
「私がこの村の村長です。あなたが、旅の人かな?」
「はい、始めまして。俺は京入弦と言います。友人の吉野と一緒に西の都を目指して旅をしているところです」
「なんでも、燃料と食糧を分けてほしいとか?」
既に警備のものからあらましの話は聞いているらしい。話が早いと入弦は小さく安堵しながらも話を進めることにした。
「はい。もちろんただで譲ってもらおうとは思いません。幸い、俺たちは力仕事などができます。何かお手伝いできることがあれば、それを対価に燃料と食糧を分けていただけないかと」
筋骨隆々な外見をしている入弦と吉野。二人の姿を見ればどう見ても力仕事に向いているということはわかる。
村の住民を見たところ、普通の体格のものが多く、ここまで筋肉質な体形ものはいなかった。多少畑仕事などをして筋肉があってもその程度だ。であれば力仕事などで困っていることもあるかもしれない。分の悪い賭けではないと入弦は考えていた。
「ふむ、確かに力仕事ができる人手は欲しい。ですがあらかじめ申し上げておきますが、わが村もそこまで豊かというわけではない。差し上げられるものなどわずかでしかありませんが」
「構いません。少しでも分けていただけるなら十分です」
ここは少しでも物品が欲しい。この世界に金という存在がなさそうなことを確認しつつ、入弦は村長に頭を下げる。
しっかりと頭を下げる入弦に、村長としては入弦が危険な存在ではないと思ったからか、小さくうなずいて近くにいた人物に声をかけていた。
「この方々に何か力仕事をさせてあげなさい。この間岩がどかせなくて困っていると言っていただろう?」
「村長、よろしいのですか?」
「ん、近頃珍しい礼儀正しい若者だ。旅をしていれば必要になるものもあるだろう。力仕事の対価として、余っているもので譲れるものがあれば……とにかく案内してやりなさい」
「わかりました」
「ありがとうございます。さっそく取り掛かります」
何とか交渉はうまくいった。あとはどれくらい物品をもらえるかだが、具体的にどの程度の貯蓄があるのかにもよる。
この村の規模や周りの地形から考えてそこまで食料や燃料があるとも思えない。
というか、これだけ荒廃した世界でどれだけの作物を作ることができるかもわかったものではない。
入弦はそこまで期待はしていなかった。だがこの規模の村で得られるものとしてどの程度のものがあるかを把握するにはいい機会だ。
次の村などでも同様に交渉を行う際のいい目安になる。
建物を出ると、吉野はバイクの近くに座りながら呆けていた。座り方は完全にヤンキーのそれだ。もっともその外見からヤンキーには見えない。完全に暴徒のそれだ。
「お、キョーちゃんどうだったよ」
「力仕事の対価として、いくつか物をもらえることになったよ。こっから仕事だ」
「おっしゃ!で?なにすりゃいいんだ?」
入弦の後ろから案内役としてついてきた男が一人、二人を先導するように先を歩き始める。
「でかい岩があって困ってるとか言ってたな。どれくらいなんだろ?」
「けどよ、俺らもそれなりに修業してたからさ、何とかなるんじゃね?岩とかだって押してたり壊したりしたし」
この世界の吉野は一体どんなことをしてきたのだろうかと思いながら、その『俺ら』という単語に自分も入っていることを入弦は察していた。
どうやらこの世界の二人は修業というものを行っていたらしい。この筋肉に包まれた肉体も、何かしらの訓練の結果なのだということは想像に難くない。
一体何をどうしたらこんな体になるのか逐一確認してみたいところではあるが、今は生き延びることが最優先。いつ来るかもわからない死の運命に勝つためにできることは何でもやるべきだと入弦は意気込んでいた。