005:荒野は続くよ
「この後!?この後は近くの村に行って補給だ!あらかじめ話しておいただろ!そろそろ食料も燃料もつきそうだからな!」
こんな荒廃した世界で燃料と思わしきものなど手に入るのだろうかと入弦は不安で仕方がなかったが、何より今はこの世界のことを知ることが優先だ。
二人が乗っているバイクはハンドル部分が妙に長くなっている、パワー重視のクルーザータイプのものになっている。
道らしき道もない荒野を進むにはこれくらい大型でなければ扱うことはできないのだろう。
入弦はこういったバイクに乗ったことはなかったが、実際に動かしてみると自然と体が動き、問題なく動かすことができていた。
どうやら体がしっかりと動かし方を覚えてくれていたようで、荒野のような荒れた大地でも問題なく走ることができていた。
「村っていったって燃料なんてあるのかよ!っていうかこの辺り人なんて住んでるのか!?」
「随分前の地図だったけど、あのあたりはでかい街があったみたいだし、近くに村くらいあるだろ!ちゃんと商人に話聞いて裏は取ってあるっての!今気にするべきは別のところだよ!この辺りじゃ盗賊とかも出るらしいからな!」
盗賊。普段生活しているうえでゲームや漫画などでなければきくことのなかった単語である。
この世界にはどうやら当たり前に盗賊などがいるらしいのだが、それにしたってどういう世界観なのか一向に理解できない。
これだけの荒野が広がっているのも、そしてここがどこで、年代的にはどれくらいなのかもわからない。
唯一わかるのはバイクがある程度には科学文明が発達しているというところだろうか。
「にしても荒野ばっかりじゃねえか!他の風景はないのかよ!」
「昔からどこもこんな感じだろ!今更飽きたとか言うなよ!気が滅入るぜ!」
「なんでこんな風景になっちまったんだろうな!?」
「さぁな!爺様の話じゃ昔の戦争が影響してるとかなんとか!?なんだっけ……なんかでかい兵器を使った戦争があったらしいぞ!」
「なんだそれ!ロボットとか使ったってことか!?」
「細かいことは知らねえって!でも世界中でなんかすごい戦争があったらしい!人もずいぶん減ったけど、昔はもっとたくさんいたんだと!」
吉野の話をまとめると、おそらくこの世界は途中までは入弦がいた世界と同じような文明的進化を遂げていたのだろう。
だが周介の世界と異なる点は、先ほど吉野が言っていた大きな戦争。この灰色の空もその名残なのだということが何となく予想できる。
世界全体的にこんな状態になっているのか、それともこの場所だけがそうなっているのかは不明だが、少なくとも人間はまだ滅んではいないようである。
「ちなみによ!次の村に行ったあとはどうするんだ!?」
「でかい街で仕事を探してえな!この辺りじゃ仕事なんてないしよ!なんて言ったっけかな?西の方にキョーちゃんに似た名前の街があるんだと!」
「……ひょっとして京都か!?」
「そうそう!そんな感じ!そこを目指すかな!」
もともと入弦は関東に住んでいた。どれだけ進んでいる同中なのかは不明だが、少なくとも京都と呼ばれる街があるのは間違いない。
というか、それを考えると今入弦たちがいるこの場所は日本ということになる。
日本らしさの欠片もないこの荒野に、入弦は多少動揺を隠せなかった。
つまり今入弦たちは職を探すために移動しているのだ。地元ではもう仕事がないということもあって出稼ぎに出るといったところだろうか。
あまり良い世界ということはできない。だがこの世界の人間は逞しく生きているようにも見える。
村や町というその中には統治している人間がいるだろうが、おそらくは政府と呼ばれるような組織もなければ、警察というものもないのだろう。
村長や町長、自警団などはいるかもしれないが、それ以上の組織は期待できそうもない。
逆に言えばそれだけ自由な行動ができるということでもある。
だが同時にそれらの庇護を得られないという意味でもある。自分の身は自分で守るということが必要になってくるということだ。
だからこそこの世界での入弦や吉野の体はこんなにも筋骨隆々なのかもしれないと、ようやくこの体の意味を理解しつつあった。
「今俺らってどこら辺にいるんだろうな!?」
「さぁな!でもこの間通った……えっとなんだっけ?でかい山のところ!」
「富士山か?」
「そうそこそこ!そこは過ぎてるからあとちょっとじゃないか?」
日本の地形がどの程度代わっているかはさておき、富士山を超えているということは既に中部地方に入っている。いったいどこに自分の死が待ち受けているのかわからないが、警戒するに越したことはないだろうと入弦は意気込んでいた。
地名はまだ残っている。だが吉野が戦争の実態を知らないということは、戦争が終わってからかなりの、最低でも三十年近くが経過していることは間違いない。
どの程度の規模の戦争だったのかは不明だが、富士山を超えたあたりの土地がこれほどの荒野と更地になってしまっているのだ。並大抵のことではない。
一体何が起きたのか、それを確認するのも必要なことだろうと考えながら入弦たちはバイクにまたがり移動を続けていた。
結局その日は目的地である村に到着することはできなかった。
入弦と吉野はバイクに積んである簡易式のテントを組み立て、野宿をすることになる。
草木の一本も生えていないために薪を起こすこともできないため、二人は適当な保存食を口にしながら空腹を耐えることにしていた。
「それにしても、いつになったらつくんだか……俺らの村を出てから結構立つんだけどなぁ……」
「そういえば、どれくらい経つ?村を出発してから」
入弦たちがもともと住んでた関東からバイクでどの程度の旅を続けているのかはわからないが、バイクで旅をしているのだからそれなりに短い期間かとも思っていた。
もともと入弦が済んでいた関東から富士山を超えた程度のところまでであれば、約三百キロ程度の距離だ。バイクであればその気になれば一日で十分移動できる距離である。
「どうだろうなぁ……でももう一年以上経ってるだろ。結構あちこち移動してきたからなぁ」
どうやら最初から西を目指していたわけではなく、方々いろんなところを転々として京都の情報を得たということであるらしい。
少なくとも今までの楽な旅ではなかったのは何となく理解していた。
こうして用意された道具の数々も随分と痛んでいる。テントも毛布も、そしてこうして二人が食べている謎の乾パンのような物体も、吉野はまったく気にした様子がない。
一年の間にどれだけの経験をしたのか入弦は理解はできない。だが道具それぞれの傷がその壮絶さを物語っていた。
「いっそのこと、村に戻るのも手か?」
「俺らの?もう誰もいないところに戻ってどうするんだよ。それに、あそこじゃもう住めねえよ」
吉野の言葉に入弦は少し引っかかるところがあった。村を出てきたのはまだわかる。出稼ぎということもわかるが、誰もいないというところが引っ掛かった。
もしやという疑惑から、ここからの発言は気を付けたほうがいいと思いながらも情報を収集するべく息をのむ。
「でもよ、こうして旅してたって、西の方にでかい街があるかもわからないだろ?」
「それでも……もう何もなくなっただろうがよ。ボロボロになった家がいくつかあるだけでよ……そっちにいるより、新しい場所に住んだほうがいい」
誰もいない。ボロボロになった家しかない。そしてこの世界には盗賊がいる。そのいくつかの事実を思い返し、一つの結論に達する。
この世界の自分たちの村は盗賊などによって襲われ、既に滅んでいるのではないかと。
その生き残りの二人が、こうして新天地を求めて旅をしているのではないかと。
いやな想像だが、こんな世界ではありえそうで怖い。
モヒカンの男が新天地を求めて旅をしているという時点でかなり絵面的に問題があるが、それでも生きている以上住まいは必要だ。
「じゃあよ、どんな仕事ならできそうなんだ?」
「力仕事なら何だってできるぜ。畑を耕すのだってできるし、見回りだって警備だってできる。新しい場所でよ、新しい人生を始めようぜ」
確かにそれだけの状況になってしまえば、もともと住んでた場所にいられるはずもない。新しい人生を始めるというのも、こういった世界ならではなのかもわからない。
入弦からすればとにかく自分が死なないようにすることが優先事項であるために、大きな街に行くことは割と賛成でもあった。
大きな街では諍いも多いかもしれないが、問題を起こせばそれなりに事件へとつながる。誰かが自分を守ってくれるかもしれないという意味では、どんな存在がいても不思議ではないこの荒野に放り出されている状況よりずっとましというものだ。
広い世界の中、入弦はふと空を見上げる。
灰色の空は夜になっても星を映すことはなかった。
光りなく、月も見えない。ただそこにあるだけの暗闇だ。周りに光源となるものが一切ないためか、吉野がつけている旧式のランプが唯一のよりどころだった。
「吉野はどこ行っても何とか生きていけそうだよな……俺は自信ないよ」
「何言ってんだよ。キョーちゃんこそ何やってもいけそうだぜ。大体、もとはと言えば、俺はキョーちゃんが言わなかったら旅をしようなんて思わなかったんだぞ?」
「そうか?そんなこと言ったっけ?」
「そうだよ。ったく忘れっぽいんだからよぉ……もう寝るぜ。燃料もったいねえし」
吉野がランプを消すと、辺りは本当に何も光のない空間になっていた。月も星も見えないこの夜空の下で、真の暗闇というものを感じる入弦は空を見上げながらゆっくりと瞼を落としていく。
目を開けていても閉じていても、その目が移すのは暗闇だけだ。これだけ暗いと何もできない。何もする気が起きない。
自分が死んでしまったら、この吉野はどうするのだろうか。そんなことを一瞬頭の中に浮かべるが、その考えに意味がないことを理解して入弦はゆっくり意識を沈めていく。
バイクの移動で疲れてはいるが、鍛え抜かれている自分の体は全く問題ないようで、簡単に眠ることができた。
明日は村に到着できるといい。そんなことを思い、同時に自分に迫る死の運命がどのような形で襲い掛かるのか、少しだけ不安に思う。
だがなんとかするしかない。念話でつながっているアカにアドバイスをもらうのはせめて、人が住んでいる村についてからでも遅くはないだろうと入弦は眠ることにした。