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ラウンドシフト 俺四捨五入で死ぬの!?  作者: 池金啓太
ラウンドシフト「死の運命を越えた者は」

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32/33

032:運命は変わる

「では、お前との旅もこれで終わりだ。時間を進めるぞ」


「ま、待ってくれアカさん!」


 時間を進め、別れようとしたアカの体を掴んで入弦は引き留める。アカは目を丸くして一体どうしたのだろうかと首をかしげていた。


「なんだ、どうした?もしかして別れが惜しいか?何なら時折話し相手くらいにはなってやるぞ?」


「違う、そうじゃない……目の前の……吉野を助けるにはどうしたらいい!?」


 吉野を助ける。その言葉の意味を少し考えてアカは首をかしげてからため息をついた。


「なんだ、何故そんなことをする?お前は自分の命が助かればいいのだろう?今までの世界だってそうしてきただろうが」


「違う!別に吉野が死んでいいとかそう言うことは思ってないんだよ!頼む!教えてくれ!どうしたら吉野を助けられる!?」


「……同じことだ。お前が作り出したこの運命を変えるなら、同じように他の世界に行く必要がある。今回お前が作り出した運命の流れを覆すには、さらに遠くの世界、さらに多くの世界に行く必要があるだろうがな」


 入弦は自分が生きていて、なおかつ限りなく今いる世界に近い世界で活動した。その結果三つという比較的少ない世界で結果を残すことで死の運命を変えた。


 だが、直近の三つの世界でその結果を残したことで作り出された運命を変えるならば、さらに遠くの世界で、さらに多くの世界でその結果を覆さなければならない。


「もともとお前が生きている世界そのものが珍しいのだ。可能な限り近くにあって、なおかつ生きている世界を巡ったお前ならわかるだろう?この世界とは何もかもが違っていたと」


 近い世界といっても、確かに入弦の住むこの世界と似ている世界は少なかった。むしろほぼないといってもいい。

 

 荒野の世界と、洋上の世界が近いといえるかもしれないが、それでも歴史そのものからして異なっていた。そこからさらに遠くの世界ともなれば、一体どのようなものが待ち受けているのかわかったものではない。


「そりゃそうだけど、なら、もっと多くの世界で、俺も死なない、吉野も死なない、そういう行動をとれば、俺も吉野も死なないような、そんな運命を作れるんだな?」


「ふむ……今回の実験結果で、他の世界に影響を及ぼせば意図的に運命を改変できるという結果は得られた。おそらく可能だろうな」


「なら、頼む!もう一度、同じことをやらせてくれ!今度は、俺と吉野を助ける為に!」


 肩を掴んで必死の形相をする入弦に、アカは困ったような表情をしていた。そして小さくため息をついて首を横に振る。


「わからんな。何故そのようなことをする?なぜそこまで苦労する必要がある?」


「……必要?そんなのあいつが命懸けで俺を助けた、それだけだ、それ以外にない」


 どの世界でも、入弦と吉野は一緒だった。そしてどの世界でも、吉野は入弦を助けた。そしてこの世界でも、吉野は入弦を助けようとしている。


 そんな様子を三度も見た。そしてこれから四回目が行われようとしている。そんなことを平然とする吉野を放っておけというのは、他の誰でもなく入弦自身が許せなかった。


「あいつは、どの世界でも俺を助けた、命がけで助けた。だから今俺はこうしていられるんだ……これ以上、あいつを死なせてたまるかよ……!」


 それは一方的ではない、相互関係によって成り立つ対等な友人だからこそ感じるものだった。


 助けられてばかりではない。互いに助けるからこそ、友人なのだ。腐れ縁で、ずっと一緒にいた。片方が欠けるなどとあってはならない。入弦はもう絶対に目の前にいる吉野を死なせないと、死なせない方法を探ると、そう決めていた。


 どうしようもないのならあきらめがついただろう。だが目の前の吉野は、まだ死んでいない。まだ何とかなるのだ。ならばなんとかしなければならない。


「まったく。お前がそんな性格だとは思っていなかったぞ」


「なら」


「待て。勘違いしているようだがなぜ私がお前に協力せねばならん?私はお前に実験の協力を頼んだ。そしてお前はそれを了承した。それは、今回の実験がお前にも私にも利益があったからだ。私は実験結果が欲しかった。お前は死にたくなかった。だが今回はどうだ?今回のことでお前に協力したとして、私にどんな利益がある?」


「それ……は……」


 実験に協力するそのメリットが互いにあるからこそ、互いに協力した。だが、今回の実験、もとい誰かの運命を変えるということには入弦にしかメリットがない。


「じ、実験するなら、データは多い方がいいだろ?」


「確かにその通りだ。だが同じ人間がやったのでは実験のデータとしてはあまり良くはない。やるなら別の人間でやる。つまり、他の世界のお前でやったほうがいい。わざわざお前にやらせる理由がないのだ」


 ある結果を得るための実験であれば、その対象、条件などをいくつも用意し、多角的な結果を得るのが最も客観的な事象確認でもある。


 この場合、世界をすでに幾つも超え、自分の運命を変えた入弦がやるよりも、まだ生きている他の入弦に協力を要請したほうがよい結果が得られるだろう。


 だがそれではだめだ。また同じことが繰り返される。また、吉野が入弦を助けるだろう。別の世界でも、吉野はそうするだろう。入弦にはその確信があった。


「わかるか?お前に力を貸したところで今度は私の利益がないのだ。それを覆すだけの何かを差し出すというのなら話は別だが」


「……差し……出す…………」


 入弦には、このアカという少女に、おそらく神に等しい何者かに差し出せるものなどないに等しい。


 金も知識も何もかもこの少女には必要のないものだろう。であれば何を差し出せばいいのだろうかと考えた時、入弦に即座に思いつくものはなかった。


 だがここでアカとの交渉が打ち切られれば、間違いなく吉野は死ぬ。それはだめだと、入弦は必死に考える。何度も何度も、自分にあって差し出せるものを考える。そんな中、思いつくのは一つしかなかった。


「なら、アカさん。俺をあんたの下で働かせてくれないか?」


「……は?働く?」


「実験とか、そういうことやってるってことは、なんか仕事してるんだろ?俺がそれを手伝う。今回の、吉野を助けるための実験が、俺に対する給料ってことでいい。それでどうだ?」


「……この世界で生きたいのではなかったのか?私の部下になるということは、この世界から出ていくということだぞ?」


 この世界で生きたいからこそ入弦は足掻いた。だが一つ思いつくことがあった。


 それは物語などで見たことのある契約方式だ。それが通用するかどうかは定かではない。確証も何もなく、それを口にしていた。


 だが、それ以外に入弦が差し出せるものなど思いつかなかった。そして存在しなかった。


「この世界で俺が死ぬ間際、俺を……その、何とかそっち側……アカさん側に引き上げることはできないか?死んだ後の俺の時間を、あんたにやる。それでどうだ?」


 入弦の言葉に、アカは目を丸くしていた。


 単純に驚き、僅かではあるが言葉を失っているように見える。


「つまり、お前は自らの死後を捧げると。その代わりに、この男を救う手助けをしろと」


「そうだ。できないか?」


 入弦自身、どのようにしてやるのかとか、それがどういう意味を持っているのかとか、細かいことはわからないことだらけだ。実際にそれができるかどうかもわからないが、アカの口ぶりからして不可能ではないのだろうということだけはわかる。


 こんな雑な条件とメリット程度しか提供できない。それ以外にこの少女が得られるメリットなどないと、入弦はわかっていた。


「……ふふ……なるほど。死後の契約か。悪魔の取引のようであまり好きではないが……良い。どうやらこの男、お前にとってよほど大事な存在なのだろうな?」


「別にそんなんじゃねえよ。ただ……」


 入弦は自分の前にいる吉野の背中を見て、目を細める。今までずっと一緒にいた幼馴染だ。入弦の頭の中にはその記憶がはっきりと、そして幼い日の記憶はぼんやりと、それでも共にいた記憶が残っている。


 長い間、共に過ごした。記憶にすら残らないようなくだらないことから、楽しかったことも苦しかったこともむかついたことも悲しかったことも、数えきれないほど。


 そして、他の世界でもそうだった。他の世界でも、吉野は常に入弦といた。ならば、入弦がすることは決まっていた。


「こいつは俺を助けた。この後もこいつはそうするんだろ?なら俺だってこいつを助ける。俺だって命くらいかけてやる!意地でも死んでやるか!死なせるもんかよ!」


 それは決意のようなものだ。今まで自分を助けた吉野の姿を、入弦は覚えている。だからこそ死なせるわけにはいかない。死なせたくないと、本気でそう思った。


 他の世界でも、吉野はそうした。この世界でもそうするのだという。ならば答えは決まっていた。どのような手段を用いても、自分も吉野も死なせない。それが入弦の答えだった。


「よかろう。であれば、先払いだ。お前の死後をいただくその契約をする。お前は人から私と同じような存在になる。ただ、私の部下ではなく、同僚という形になるだろうがな」


「同僚、でいいのか?」


「もともと横のつながりに上下などない。ただ、その存在になるとき、今の名は捨てろ。別の世界などに行った時に都合が悪い」


「わかった。新しい名前があればいいんだな?」


「なんなら、こいつに呼ばれていた仇名でも構わんぞ?キョーちゃんとか呼ばれていただろう?」


「それはダメだ。それで呼んでいいのはこいつだけだ」


 今まで、入弦のことをそう呼ぶものは吉野だけだった。これからも、それを変えるつもりはない。


 それだけは、変えるつもりはなかった。


「まぁ何でも構わん。今決めろ。お前の死後の新しい名を」


 名前を決めろと言われても、いきなり思いつくものでもないが、自分の名前などを使って考えるしかないだろうと考えていた。


 京入弦。自分の名前を使った時、一つ思いつく。


「じゃあ、ユミクロ。入弦の、弦を分解して弓玄でユミクロ。なんか服屋みたいな名前だけど」


「よかろう。ではユミクロ、お前の死後を、契約としていただこう」


 アカが入弦の体に触れると、入弦の体に何やら刻印のようなものが刻まれていく。それがいったい何をしているのか入弦は理解できなかったが、自分の頭の中に、何か情報が刻まれていくのも同時に理解していた。


 世界の在り方、自らの存在の在り方、アカという存在が何者であるのか。そして自分がこれからどうなるのか。


 それらを知った瞬間、いろいろと後悔もしたが、それよりもまず、入弦は自分の存在が変わったことそのものに驚いていた。


 自分という存在が、先ほどまで人間であったはずの感覚が大きく変わっている。人間とは別の存在になるということがこういう感覚なのかと、入弦は困惑もしていた。


 情報が多すぎて整理しきれていないところに、アカは満足そうにうなずいていた。


「これでよい。ではイヅルよ。お前が死後、使徒となることと引き換えに、私はお前に協力しよう。お前が死なず、なおかつこの男を救うだけの運命を作り出せればいいのだろう?」


「そうだ。頼むよ、アカさん」


「さん付けなどいらん。お前は私の同僚となるのだ。アカでよい。ではいくか?今回は三つどころではすまん。おそらく……二十から三十程度の世界を変えなければいかんだろうな。それも先ほどまでよりもずっと遠い世界に行くことになる」


「そんなにか……気が遠くなりそうだな」


「一度決めた運命を覆すのは容易ではない。さぁ気張るがいい。また、運命を変えて見せろ」


 アカがそう言いながら入弦の額に触れる。


 ゆっくりと、意識が沈んでいくのを入弦は感じていた。


 目の前が暗くなっていく。見えるのは目の前にいるアカの美しい髪と、その髪の切れ目から覗く金色の瞳。


 体の感覚が手足のしびれと共に曖昧になっていく。手先から、指先から、徐々に体の中心めがけて痺れは強く、冷水の中に浸っていくかのように強い刺激を伴って、麻痺していく。


 やがて体の感覚はなくなっていき、意識だけがぬるま湯の中に浮かんでいるような感覚に陥っていた。


 心地よい、微睡の中にいるかのような感覚に、入弦は意識を失いかける。


 目も耳も何も感じていない。だが、だというのに入弦の意識は光を感じていた。


 どこかに通じている光だ。その光をたどるように、意識が引っ張られていく。水の中を流れていくかのように、吸い寄せられるように、その方向へと向かっていく。


 世界を超えている感覚に身を任せながら、入弦はその光へと向かっていた。


 光に導かれ、入弦は世界を超える。異なる世界の自分と、自分を助ける吉野を助けるため、自分の命をつなぐために、自分の友人を助ける為に。交わることのなかった、別の世界へと旅立つ。


 入弦は再び世界を超える。運命を変える為に、変えた運命を再び変える為に。


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