021:意思伝達は大事
入弦はもう何度目かになる将軍を集めた会議に召集されていた。
各員が報告を済ませていく中で、入弦は将軍全員の意識が自分の方に集まっているのに気づいていた。
「以上が報告になります」
「ん……では次、我が弟子よ」
「は……すでに各将軍たちはお聞き及びと思いますが、今までの各所での戦闘における反乱軍の目的が、我が帝国本星への奇襲作戦の一端である可能性を示唆させていただきました。反乱軍は総力を挙げ、これを完遂しようとするでしょう。つきましては、その奇襲作戦を逆手に取り、反乱軍を一挙に撃滅する作戦を提案させていただきます」
吉野が作ってくれた作戦書をデータ上に提示する。入弦は残念ながら文字が読めないために逸れの中身を把握することはできないが、図示することによってその大まかの作戦内容は理解していた。
現在帝国本星周辺に展開している四つの要塞とその周りにある防衛線。それらの配置を若干変えながら、相手を意図的に誘引するという策だ。
さらに、本来であれば要塞とその外周に存在している防衛線の位置を変える。
要塞のさらに内側に、通常よりも分厚い防衛線を築くことによって、万が一この作戦が失敗した場合にも本星を守ることができるようにしている。
この作戦を行うためには方々から戦力を集めなければならないが、問題はそれを反乱軍に気づかれてはいけないというところだ。
「つきましては、各将軍たちにもご協力していただきたく思います。要塞と本星の間に展開する新規防衛線の構築のため、各所の戦力の供給をお願いしたいと考えております」
既に吉野は根回しを終えている。方々の将軍たちもこの作戦のことは承知しているはずだ。
入弦は各将軍たちがどう動くかを確認しながら、各員の返答を待っていた。
「私はこの作戦を支持する。いくつか追加で……そう、反乱軍が集結する前に偶然遭遇したという体で、反乱軍の戦力を各所で削る案を提案させていただきたいが、それ以外は問題はないと考えます」
「素晴らしい案だと私も思います!いくつかの策を巡らせれば反乱軍に対して壊滅的な打撃を与えることもできるかと!」
「これが成功すれば、それこそ反乱軍との戦闘にケリがつきますな」
賛成しているのは、今まで入弦のことを目の上のたん瘤と思っていた将軍たちだった。いったいどのような根回しをしたのか、吉野の手腕の恐ろしさに入弦は目を細めるが、その中で反対するものが一人いた。それは入弦のことを支持してくれていたガス・モーバー将軍だった。
「私は反対です。危険が多すぎる。本星のすぐそばの宙域で戦闘を行うというのは、場合によっては帝国そのものが敗北する可能性まで出てきます」
「モーバー将軍、そのために我々の方からも戦力を収集するのではないですか。何より、先も提案させていただきましたが、反乱軍が完全に終結する前にこちらで多少削ればその可能性も少なくなる。違いますかな?」
「その通り。それに本星の防衛に関しては通常の要塞などとは比べ物にならない。何より、さらに分厚い防衛線を敷くのです。一カ所に集め、包囲殲滅戦ということも可能では?」
「しかし、それを行うだけのリスクは」
「若い将軍がこれだけの奮闘をするのに対し危惧してしまうのはわかりますが、もう少し大人になられてはいかがですか?年寄りの冷や水と思われても仕方がありませんよ?」
方々の将軍たちからそんなことを言われ、笑われながらモーバー将軍は歯ぎしりをしていた。
鰐のような外見が、その怖さを助長している。モーバー将軍が反対するということはこの作戦に致命的な欠陥があるということか。周りの将軍たちは入弦を蹴落としたいからこそ、この作戦を推奨するのか。
入弦はどの意見が正しいのかわからず、迷っていた。
「陛下、陛下はどのようなお考えで?」
将軍の一人が皇帝に話を振る。作戦書に目を通していた皇帝は入弦の方をまっすぐに見つめる。
「……我が弟子よ、ここに書かれていることは、全て、本当に必要なことなのか?」
その言葉は、入弦を試しているのか、それとも本心からの問いか。どちらにせよ、入弦は正しいかなど答えようがない。
何せ作戦書など読んでいないのだ。というか読めないのだ。吉野が用意してくれたからこそそれを信じた。ならば、この問いに対しても吉野を信じて突っ込むべきだろう。
「はい。そうする以外にはないと、確信しております」
これが良い方向に進んでくれと、入弦は内心冷や汗をかいていた。最悪の場合死ぬことになるなんてことにならなければ良いのだ。自分さえ生きていればそれでいい。それを鑑みれば、作戦書に何が書いてあるのかを知りたいところだったが、さすがにすべてを朗読させるわけにもいかない。
「……個人的には……私は反対したいところではある」
「陛下!」
「陛下それはあまりにも!」
将軍たちが皇帝に声をかける中、モーバー将軍は小さく息をついていた。表情からそれを察することはできないが、なにか、その目には安堵したようなものを感じる。
「だが、奇襲作戦を向こうが考えているということに関しては、作戦書にある通り。すでに帝国の補給、及び航路は知られてしまっていると言っていいだろう……我が弟子よ、猶予はどの程度あると考えるか?」
「……正直なところを申し上げれば、わからないとお答えするしかありません。今回この場にてこの話をご提示させていただいたのは、早急に防衛陣地を築かなければならないと判断したからです。まだこちらの航路を完璧に把握していない状態で相手が動こうとすれば、もう間に合わないタイミングでもあります」
「……反乱軍が完璧に準備を整えるか否か。そこにかかっていると」
「はい。陣地作成が間に合い、陣地を築いているということが仮に向こうにばれたとしても、帝国の守りをより強固にできます。知られなければこの作戦を行えます。一か所から戦力を引き抜くのではなく、全体的にほんのわずかに引き抜けば、各戦線に与える影響も軽微なもの。気づかれる可能性も低くはなるかと」
入弦の言葉に、各将軍、モーバー将軍を除いた大勢がうなずいている。
急に入弦を持ち上げ始めたのには何か訳があると感じながらも、入弦はこの作戦を通すつもりだった。
何より吉野がもってきた作戦だ。これが正しいと信じないで、他の何を信じろというのか。
「反乱軍を徹底的に排除するに、他の有効な手段はないか?各方面の将軍の意見を聞こう」
「残念ながら、優勢ではあれど戦力の拮抗している部分が多く、また第三者からの支援もある状態となれば、大打撃を与えるのは難しいかと」
「第三者の部分を叩ければよいのですが、さすがに確証もない時点でそれらを行うのは対外的に危険かと」
「現状、相手の裏をかいた作戦を行うほかありません。こちらで調査した内容によれば、カナドメ将軍の作戦書にあるように、反乱軍に妙な動きがあるのは事実です。一か所に戦力を集中し、奇襲作戦を行うというのは決してあり得ないことではありません」
戦力が拮抗している状態を作るということは、それだけその場に戦力を維持していなければできないことだ。
総合的な戦力で劣っている反乱軍が、まだ帝国と渡り合えているのは、帝国が防御に戦力を回している事と、第三者、中立組織からの支援があるからに他ならない。
もしこれで、大規模な奇襲戦を行うとなれば、当然そのバランスを崩しかねない行為だ。
方々から戦力をかき集め、一斉に襲い掛かる。それは反乱軍にとっても多大なリスクを孕んでいる。
それでもなお可能にするには、当然万全の体制を敷いてくることは想像に難くない。
逆に、これを逆手にとって相手の奇襲作戦に費やした兵力全てを殲滅できれば、戦力差は一気に帝国側に傾くこととなる。
これはまさに、帝国と反乱軍の戦争に決着をつけかねない作戦だ。
賽は既に投げられた。あとはどうするのかを判断するだけの話だ。
「最後に聞かせてほしい。我が弟子よ。お前は、帝国の為に尽くすのだな」
「……はい。その通りです」
入弦の言葉に、皇帝は短い沈黙の後、ゆっくりと大きくうなずいた。
「わかった。この作戦を承認しよう。ただ、この作戦書にはまだ粗があるようにも見受けられると他の将軍からも上がっているように、早急に作戦の見直しを行うように。各将軍は方々の戦力などを鑑み、余剰戦力を本星防衛に当てるように」
「「「「はっ!」」」
大勢の将軍たちが小さく頭を下げ、皇帝の命に従う。この日の将軍たちが集まっての報告は、それ以降大きな流れはなかった。
唯一あるとすれば、会議が終わった後、再びモーバー将軍に声をかけられたくらいのものだ。
「カナドメ将軍、貴殿は一体何を考えているのだ!あのような作戦を!」
鰐の顔で思い切り激情に駆られているかのように食って掛かられると、さすがの入弦も恐怖に竦んでしまう。
彼が悪い人物ではないということはわかっていても、鋭い牙が自分に向けられるのではないかとたじろいでしまうのだ。
「モーバー将軍、そうは言いますが、既に反乱軍は動いています。こちらもそれ相応の対処をしなければじり貧になるだけでしょう」
「防備を固める前に打ち滅ぼす方法を考えればいいだけではないか!何も誘い込むことなど!」
「どのようなルートを使ってくるかわからない以上、確実な目標地点で迎え撃つのは当然では?モーバー将軍は、相手がどのようなルートを使うのかわかるのですか?」
その問いに、モーバー将軍は言葉を詰まらせてしまう。そう、わかるはずもないのだ。
相手が帝国の航行ルートの網の隙間を縫って本星に侵攻してくるのがわかっても、具体的にそれがどこなのかはわからない。
もちろんその場で戦力の足止め、あるいは撃滅ができればそれに越したことはないのだろう。だが、それにだって限度がある。
先程の会議でも出ていたが、偶然を装って戦力を削れたとしても、一割か相手の戦力を足止めできればというところだ。
それでは反乱軍は止まらないだろう。
「だが……だがカナドメ将軍……それでは……それでは……あまりにも……」
「何を躊躇うことがありますか。確かに危険ではあるかもしれません。ですが、私はこれこそが帝国を勝利に導くものであると確信しています」
「…………貴殿は……貴殿はどうして……」
モーバー将軍の躊躇いに、入弦は一つ思いつく。味方は少しでも多いほうがいい。であれば一言二言程度でも、何か約束を取り付けておいて損はないだろう。
少なくともこの鰐顔の将軍を、入弦は嫌いにはなれなかった。
「ではモーバー将軍、一つ、一つだけお願いが」
「な、なんだ?」
「もし、私に命の危険があった時は、私を助けてください。あなたが味方になってくれると、とても心強い」
その言葉に、モーバー将軍は開いた口が塞がらないようだった。何かを言おうとしてはやめ、だが何かを言わなければいけないと思っているのか、迷いながら、それでも小さく歯を食いしばって小さくうなずいた。
「……わかった……カナドメ将軍、約束しよう。貴殿が危機に瀕した時、私が助けよう。どんなことでも言ってくれ」
「ありがとう、モーバー将軍。その言葉が聞けただけで十分です」
入弦の言葉に、モーバーはもう何も言えなくなってしまったのか、項垂れながら引き下がっていた。
今回の作戦で危険になるとして、助けになる人物は一人でも多いほうがいい。
入弦にとっては保険のようなものだ。
そんなことを考えながら、入弦は作戦の見直しなどの話を吉野にしに行くことにした。




