011:蛮行は既に
「おぉいい天気だ。ようやく晴れたな」
晴れたといっても相変わらずの灰色の空に、入弦は辟易してしまう。青い空が恋しいものだと思いながら入弦はバイクを洞窟から外に出していく。
竜巻は収まり、辺りの空は雲一つなくなっている。相変わらず灰色の空が見えているが、少なくともこの後天候がまた大荒れになるということはないと思ってよさそうだった。
「ここからは一気に下れそうだな。ただ、スピードには注意しないとな」
「一気に下ってぶつかって、なんてことになったら目も当てられねえからな。ま、のんびりと」
「見つけたぞ」
入弦たちがバイク等の準備をしていると、不意に声がかかる。聞き慣れない声に、入弦と吉野はその声の方向を向く。
そこにはバイクにまたがり、入弦たちを睨む一人の男がいた。
顔立ちは日本人のそれなのだが、周介たちと同様、筋骨隆々な出で立ちをしている。
「こんなところまで逃げて、都に行って次は一体何をするつもりだ」
「……誰?」
どうやら知り合いのような感じなのだが、入弦は全く記憶にない。吉野なら知っているだろうかと思いながらも入弦はつい口に出してしまっていた。
その言葉に、さすがの吉野も呆れてしまっているような、それでいて驚いているような表情をしていた。
「キョーちゃん、さすがにそれは酷いんじゃねえの?一応同郷の奴だよあれ」
「……あんな奴いたっけ?」
「はっは!さすがキョーちゃん!おい松谷、キョーちゃんはお前のことなんか知らねえってよ!」
松谷というのかと、入弦は自分の記憶を探るのだが、やはり記憶にはなかった。
おそらくこの世界でのみ入弦たちと関係を持っていた人間なのだろうと判断した。
完全に忘れられていると思ったのか、それともおちょくられていると思ったのか、松谷と呼ばれた男は拳を握り締めながら歯を食いしばって憤怒の表情を浮かべている。
「貴様は……!貴様という奴は……!あれだけのことをしておきながら……!あまつさえ……!覚えてすらいないというのか!その価値すらないというのか!」
「えー……めっちゃ怒ってんじゃん……俺なんかやったっけ?」
「あれじゃねえの?俺らが村を滅ぼした時のことを言ってるんじゃねえの?一応あいつの家族とかもやっちゃったしさ」
「……ん?」
吉野の言葉に入弦は疑問符を飛ばす。今ものすごく気になることを吉野は言ったのだ。
「村って、俺らの村?」
「そうそう。俺らが村を出る時に滅ぼしたじゃん?その時にあいつの親とかも一緒にやっちゃったしさ……あの時ちゃんと松谷にも止め刺したと思ってたんだけど……俺ぁやっぱり詰めが甘くてダメだな」
その発言に、入弦は今までの会話の内容を思い出していた。
『俺らの?もう誰もいないところに戻ってどうするんだよ。それに、あそこじゃもう住めねえよ』
確かそういっていた。誰もいなくなったと。他にまともな街があるかもわからないといった後に、吉野はさらにこう告げた。
『それでも……もう何もなくなっただろうがよ。ボロボロになった家がいくつかあるだけでよ……そっちにいるより、新しい場所に住んだほうがいい』
何もなくなった。そして入弦はこの世界に山賊がいるという情報から、てっきり村は山賊などに滅ぼされたと思っていた。
だがよくよく考えれば、入弦や吉野のような筋骨隆々な人間がいるような村を襲撃して滅ぼせるような山賊がいるだろうか。
そして何より、先ほどの吉野の言葉と、目の前にいる松谷という男の怒り様を見れば、おのずと答えは出る。
故郷を滅ぼしたのって俺らだったんかーい!!という突っ込みを心の中で叫びながら、入弦たちの村を滅ぼしたのは、吉野と入弦で、松谷はその生き残り。所謂復讐のためにやってきたのだと理解する。
そして、入弦が死ぬというその運命における死を運んでくるのがいったい誰なのか。もともといた世界では、車という形で襲い掛かってきた。そしてこの世界ではだれが運んでくるのか。その答えが目の前にあった。
「そうか!お前か!」
「今更思い出したというのか!俺は、俺はお前たち二人を、殺すためだけに!復讐を遂げるためだけに生きてきたというのに……!お前は……!お前という奴は……!」
今の発言は別に思い出したわけではなく、入弦自身に襲い掛かる死の運命を回避するためにどうすればいいのかを理解したうえでの発言だったのだが、うまく勘違いしてくれているようだった。
だが話を聞く限り、一族郎党皆殺しにした相手が、自分を覚えてすらいなかったということであればそれは怒るのも無理もない話だ。
しかもそれが同郷の相手であればなおのことである。おちょくられていると、馬鹿にされていると思っても不思議はない。
実際忘れているわけではなく、そもそも知らないので入弦からすれば「そんなことを言われても」という話なのだが、向こうからすればたまったものではないだろう。
この世界でなるべく敵を作らないように立ち回ってきたつもりだったが、そもそも初期段階においてすでに敵が作られているという事実に入弦は愕然としてしまっていた。
家族を皆殺されれば、村をすべて滅ぼされればそれは復讐しても仕方がない話だと、入弦は納得してしまう。
というかこの世界における自分や吉野はなぜこうもバイオレンスな方向に思考が向いているのだろうかと、入弦は内心頭を抱えていた。
「父の、母の、妹の!そして、村の全ての者たちの仇を!今ここで討つ!」
バイクから降り、独特の構えをした松谷は今にも襲い掛からんばかりの気迫を見せていた。
「どうするよキョーちゃん、あいつやる気満々だぜ?」
「面倒くさいな……このまま逃げたいところだけど……たぶん逃げられるような状況じゃないしな」
ここは山の頂上に近い部分だ。一気に駆け下りるにしても、バイクでも人の足でも速度を出すには危険すぎる。
ここが、自分の死の運命における分水嶺であると入弦は理解していた。あの男を倒さない限り、おそらく自分が生き残ることはできないと。
「油断しないで行くぞ。二対一だ」
「俺一人でも十分だぜ?あいつに負けたことねえしよ」
「バカ言うな。あぁいう破れかぶれの奴は怖いぞ。それにあいつだってこれまで何もしてなかったわけじゃないだろ。前のままだと思わないほうがいい」
「ヒュー!キョーちゃんは怖いねぇ。欠片の油断もありゃしねえ。よっしゃ、俺も油断ゼロで行くぜ。それじゃあ二対一といこうか?」
「……卑怯だと思う心すらなくしたか」
「卑怯?なんだいそりゃ?殺し合いに卑怯もくそもあるかよ。それとも道場の時みたいに泣きつくか?」
「……貴様……!」
こいつの煽り能力の高さは一体何なのだろうかと入弦は横で構えている吉野を横目に、先ほどまでの入弦の言葉も完全に相手を煽ったような感じになっているのだろうと、深呼吸してからゆっくりと構えようとする。
体はその動きを覚えているはずだ。この世界に来て、特にあの村を出てから入弦は夜の間に何回か体の動きを確認していた。
殴る、蹴るといった攻撃の動作だ。思ったよりもスムーズに動いてくれる体に、入弦はこの体が長年鍛えられたものであるということを確信していた。
もちろん、動かしている本人が違うため最善の動きができるとは思わない。
だがこの体の状態でもできることはあるのだ。
「行くぞゴラァ!」
吉野は掛け声とともに襲い掛かる。低い姿勢から接近し、構えたままの松谷に向けて攻撃を仕掛ける。
拳、蹴り、全ての動きが連動している動きだが、松谷はそれらを見事に捌いている。だが相手の動きをすぐに理解したのか、吉野は動きを直線的なものから少し変えた。
フェイントを織り交ぜながらの、まるで蛇のような軌道の拳を松谷の体に叩き込んでいく。逆に松谷の攻撃を、同じく独特な、流れるような動きで受け流しさらにカウンターを叩き込んでいた。
「確かに腕は上げたみたいだけどよ!動きが直線的すぎるのは変わらねえな!」
「黙れ!その減らず口、今塞いでやる!」
吉野との間合いをさらに詰め、拳の間合いに入った瞬間、拳がいくつかその体に向かう。今までになかった動きに、吉野は若干顔をしかめながら、それでもしっかりとその拳を防御する。
「危ねぇ……!油断してたらやばかったかもな。けど俺は今油断ゼロだ。お前がどんな攻撃してきたって直撃させるつもりはねえよ!」
再び吉野の攻勢が続く。実力自体は吉野の方が僅かに上であることは入弦から見ても明らかだった。松谷も反撃しているが、それらすべて吉野の防御の前に無意味と化している。逆に吉野の攻撃は既に何発も相手に直撃している。体にダメージを蓄積させ、その意識が吉野に集中しているとき、入弦は動いた。
と言っても体を動かしたわけではない。動かしたのはバイクだ。
松谷がもってきたバイクを動かし、入弦は松谷めがけて突撃を仕掛けていた。
「吉野!突きとばせ!」
「っ!あいよぉ!」
拳を受けながら、吉野は入弦の思惑を察し、松谷を突き飛ばす。防御しようと意味のない、ただ押しただけの攻撃ともいえないものだ。当然、そんなただ押すだけという、不意打ちに近い行動を防ぐことはできず、松谷は態勢を若干崩しながら後退する。
そして、その後退した場所に、入弦の動かしたバイクが猛烈な勢いで突っ込んだ。
完全な不意打ちに、松谷は必死に防御をしようとしたが、残念ながら回避しきることはできず、バイクはその体に直撃する。
鈍い音が周囲に響いた。骨が砕けたか、あるいは体のどこかを痛めたか、どちらにせよ重大なダメージを与えたことに違いはなかった。
入弦はバイクの直撃と同時にバイクから飛び降り軽やかに地面に着地する。
「今だ!一気に畳みかける!」
「キョーちゃんやることえぐすぎない!?」
吉野さえも引いている状態で、入弦と吉野はバイクの一撃を受け、体を痛めた松谷に襲い掛かる。
情けも容赦もない。卑怯と言われればまさにその通りで、否定などまったくできないような状態ではあったが、二人は容赦しなかった。
松谷はとっさに立ち上がり反撃しようとするものの、バイクの一撃のせいで体を痛めたせいかその動きからは鋭さが無くなり、動き一つ一つが鈍くなっていた。
まともに戦っていれば、吉野が油断していれば、松谷が冷静であったなら結果は違っていたのだろう。
だが入弦が油断を許さず、相手を煽り、まともに戦うことがなかったことによって結果が変わった。
腕を折り、足を潰し、相手を動けなくするのに時間はかからなかった。




