第五話 サンメスの猛者
「もしもし源蔵ちゃん? 今回は源蔵ちゃんが今いるところについて説明するよ」
「ほう。俺は今サンメスにいるんですが、ここはどこの領地なんですか?」
「サンメスは帝国領じゃな。その大陸の一番左側に帝国があるのじゃ。帝国領の国には名前の頭に『サン』が付くと思うぞ。そして帝国の反対側、東の果てには和の国があるのじゃ。オートフェールの天は日本の天と繋がっておるじゃろう? 日本の天からオートフェールへと転生する者もたくさんおるのじゃ。その大半は前世の記憶を忘れるんじゃがな。たまに覚えておる者もおって、日本にあったものを再現して物を作ったりするんじゃ。日本から転生するものの行き先は和の国に限らん。帝国にも転生するものがおる。この人らはウノや鉄道を作ったんじゃ。逆に和の国のものたちは将棋や温泉を作った。こんなところかのう」
「日本からの転生者ですか。興味深いですね。今度会ったら挨拶でもしときますわ。一緒に風呂でも入れるかな?」
呑気な源蔵であった。
※ ※ ※
サンガとユリシーは無事にサンメスの街へと到着し、行商人と別れた。別れるとき、行商人には六日間もお世話になったと言って金貨二枚を渡した。行商人は軽く泣いて喜んだ。「馬車に人を乗せてあげるのなんて普通のことなのに」と言った。それでもサンガは何かしらの形で感謝の気持ちを伝えたかったのだった。
サンガとユリシーは宿屋と飯屋を探すために一旦、街の中央の広場へと行くことにした。
広場には綺麗な水の噴水があった。子供たちが噴水から水を飲んでいた。
「ここは水に恵まれているんですね。私達も一口、いただいて行きませんか?」
「うん、そうだな。長旅で疲れたし、冷たい水でも飲んで癒されるとしますか」
二人は噴水から手で水を掬い取って飲んだ。
「ぷはぁー。うめえ」
「うん。おいしいお水ですね」
二人が憩っているところに急に――
――ざっばーん!
一人の少女が噴水に突っ込んだ。
「うにゃー! 何するのじゃ!」
「へっ。ガキにはいい目覚めになったんじゃないか? さっきから言ってるだろ。お前は俺には勝てないってな」
「うるしゃい! 今日という今日には、決着をつけてやるのだ」
少女は斧を構えた。翻って、少女を噴水に投げ込んだ男の方は槍を構えた。
「ここに来てから十五回目の決闘になるか? 俺の七勝六引き分け一負けだな。今度もやはり俺の勝ちか? ハハッ」
「その減らず口もそこまでなのだ。わたしのこの斧でやっつけてやるのだ」
「はっ。――来いや」
噴水の周りに居た子供たちは「またかー」と言って、足早に去っていった。
広場にはサンガとユリシーと、その少女と男しか居ない。
――――途端、少女が斧で素早く斬りかかる。
男の方は爽やかな顔で槍で受け流す。
「はっ。やっぱりそんなもんか?」
「うるさい。ここからなのだ」
二人の剣戟もとい戦いは加熱していった。
「すごい、とても早くて見えないです」
「うーん……」
サンガの超人の目にはバリバリ見えていた。
ガキン、ガキン。
斧と槍がぶつかりあう。
バッ、バッ、バッ!
槍の三連撃が繰り出される。
少女は身を伏せるようにしてそれを避ける。そして反撃とばかりに大地を強く蹴って男の方へ跳んだ。
サンガは考えていた。
(うーん。俺たちはこの戦い、見ている必要ないよなあ。早いところユリシーさんを連れて広場から抜け出して、宿屋に飯屋を見つけるべきか? 宿屋に行ったら久しぶりのベッドかなあ? 飯屋に行ったら久しぶりのごちそうかなあ? ジュルリ)
なんて考えているうちに、男の懐に入った少女が反撃で蹴りをくらってサンガのところまで吹っ飛んできた。
ドッ。
ザッパーン。
油断していたサンガは少女の衝撃を吸収する役割を果たし、無事に二人とも噴水に落ちた。
「うー! また水なのだあ」
「う、あたた。――濡れちまったよ」
(久しぶりに少しイラッと来たぜ)
「おい、赤髪のあんた。俺まで濡れちまったじゃないか。どうしてくれる。それに女相手に容赦ないんじゃないか?」
「へっ。悪かったな、あんちゃん。だが、呑気にそこに突っ立っている方も悪いと思うぜ。それにな、その女はドワーフとエルフのハーフで、そこらへんの軟弱な男よりも力があるんだぜ。容赦ないなんてことはない。――とりあえず、これで俺の七勝七引き分け一負けだな。――あんちゃん、濡らしちまった詫びに一食奢らせてくれや。俺たちと一緒に白龍亭まで行こうか?」
「白龍亭?」
「あぁ。この街の宿屋兼飯屋だ。俺たちはそこに泊まっててな。これがまた結構美味いのよ」
「よし行こう。さあ行こう。――ユリシーさんも、構いませんよね?」
「ええ……」
四人は噴水の前に集合した。
「自己紹介が遅れたな。俺は槍使いのレド・ジーク・クルヴァン。よろしく。レドでもジークでも好きに呼んでくれ」
赤髪短髪で黒い軽鎧に身を包んだ男がそう言った。
「わたしの名前はティローラ・アラネスなのだ。よろしくなのだ」
ドワーフとエルフのハーフらしき少女が言った。よく見れば耳が少し長い。あと髪はピンク色をしている。
「よろしく。俺はサンガだ」
「私はユリシーです」
四人は白龍亭に向かって歩き出した。
ガチャ。ギィ。
白龍亭の扉をくぐり、四人はフロアへ入った。そこにはたくさんのテーブル、食卓が並んで多くの人で賑わっていた。
ジークがカウンターで食事を注文した。そして四人は左端のテーブルに案内された。
「あぁ、そうだ。お前さん方、旅の者なら早めに宿を取っといたほうがいいぞ」
「それもそうだな。ありがとう。ちょっと行ってくるよ。――ユリシーさんは食事が来たら先に食べていていいよ」
「はい」
サンガはカウンターまで小走りして宿の予約をしようとした。
「――ごめんなさいねえ。今日はもうあと一部屋しか残っていないのよ……」
あと一部屋……。さすがにユリシーさんと一緒の部屋はイケナイよなあ。俺には佳代子ちゃんがいるし、浮気になったら嫌だ。ちょっと聞いてこよう。
「すいません、また来ます」
そう言って、サンガはカウンターから離れ、またジーク達のもとへ行った。
「――――ということで、あと一部屋しか残っていなくってな。どうしたもんか?」
サンガの悩みにジークが答える。
「なら俺たちの部屋に来るか? ティローラの部屋にユリシーが、俺の部屋にサンガ、これでどうだ?」
「うん。宿代も浮くし、いい考えじゃないか? ユリシーさん、どう思う?」
「私はそれでも構いません。よろしくお願いしますね」
「ならこれで決まりだ」
「やったのだ。わたしの部屋に女の子が増えたのだ。楽しいのだ」
夜の悩みは消えた。これで気兼ねなく食事にありつける。
(やったね)
サンガは食べるのが好きだった。
「――で、やっぱりドワーフの血を引いてるってことは、お前さん、髭が生えたり脇毛が生えたりするのか?」
「――だから髭は生えないと言っているのだ。何回言えばわかるのだ。それに脇とかセクハラなのだ。ジークのばーか、ばーか」
ポイッ。
ティローラが食べ終わった肉の後に残る骨をジークに向かって投げた。
ジークは事もなげに手で跳ね除ける。
その骨が隣にいたサンガのこめかみに当たる。
(イラッ。いや我慢だ我慢。これくらいで怒ってたら大人げないかな)
ジークがユリシーに聞いた。
「それで、あんたらはどっから来たんだ?」
「南西のトロメールからです。近くの森に六時の魔女ヴルプルさんがいらっしゃいます」
「へえー。六時の魔女か。しかしトロメールの方は聞いたことないな。田舎か?」
「田舎は田舎ですけど、田舎の中では都会の方です」
「はは、そうかい。――俺はサンクルールから来た。こっちのティローラはここサンメス出身だ。故郷か、懐かしいな。小さいころはよく果ての山脈に登って修行したもんだ」
(ほう。あの強さは山登りからくるのか)
サンガは感心した。
ティローラが答える。
「最初にコイツを見た時は怪しく思ったのだ。赤髪に、黒い軽鎧に、緑の槍を持っていたからな。どっから来た者かと思ったものじゃ」
「はっ。どっからだっていいじゃねえかよ。お前も大概じゃねえか。ちんちくりんな容姿で斧を背負ってるからな」
「むきー! やんのかオラァ?」
「まあまあ、ティローラさん、落ち着いて」
(なんで俺が冷却材にならんといけないんじゃい)
サンガは呻いた。
そうこうして時間は過ぎていった。
※ ※ ※
男子部屋。サンガとジークは語り合う。
「ジークさん? 昼間の戦いは凄かったと思うよ。素早い動きだったね」
「さんなんて付けなくていいぜ。ありがとうよ。俺も修行して長いからな」
「ジーク、君はいくつから戦いの練習をしていたんだい?」
「七つのころからだ。今二十七になるから、足かけ二十年になるな」
「二十年か。そいつはすごいな。世界を目指したりはしないのか?」
「そいつだ。――俺たちは今世界を目指している。近々、帝国領のサンマリアで武闘大会が開かれる。俺とティローラはそれに出ようと思っているんだ」
「武闘大会か。面白そうだな。神様からの頼みがなかったら俺も出たいところだ」
「――神様の頼みィ? なんだそれ」
「魔女の治療さ。それと神の箴言が書かれた石碑の完成だよ」
「ほー。そりゃ大変そうだな」
「大変でも、それが俺の使命だからな」
「男だな」
「あぁ、もちろん。男だとも。――ジーク、君には何か使命は無いのか?」
「使命ねえ。そんな大それたもんはないが、世界一になるという夢はある。……ふわあ。――そろそろ眠くなってきたぜ。寝るとしようぜ」
「ああ、そうだな。――なれるといいな、世界一に」
男子は部屋の灯りを消して一つのベッドで寝た。
「さすがに男二人だと、ベッド狭いな。ははは」
「そんなもん、慣れだよ慣れ。野宿よりはマシだぜ」
夜は更けていく……。
※ ※ ※
女子部屋。ユリシーとティローラは語り合う。
「ユリシーはいいな。胸が大きくて。わたしなんかこうだぞ、こう。ぺったんこ。悲しいのだ」
「きっと大丈夫ですよ。二十四歳までは身体は成長するっていいますから。ティローラさんは今、何歳なんですか?」
「十八歳なのだ」
「まあ。十歳くらいかと思ってました。でもきっと大丈夫ですよ。まだ六年あるじゃないですか!」
「気休めはいいのだー。うう、どうせわたしは一生ぺったんこなのだ……」
「好きな人ができれば大きくなるんじゃないですか?」
「そういうもんかのう? そういえば、ユリシー。お主はサンガのことが好きなのかの?」
「えっ! そんな。――どうなんでしょう。でも嫌いではないです。サンガさん、良い人ですから」
「ふふっ。そうかそうか」
ティローラというのは幼女なのか老女なのか分からない口調で喋る女の子だった。
「生憎と、一つしか寝床はない。まあ、女同士、減るもんでもなし。一緒に寝ることにしよう」
「はい。寝相が悪かったらその時はすみませんね」
「大丈夫じゃ。きっとわたしの方が寝相悪いからの」
女子も女子で、一緒に寝るのであった。
夜は更けていく。
※ ※ ※
(もしもし、神様です。今私はあなたの心に直接語りかけています。聞こえていますか、源蔵さん)
(あー、今寝るところだったんですけど。一体なんなんですか?)
(それがシュペンヘリアルダイトの石片の居場所が三つ分かったのじゃ。どうやら魔女が見つけておいてくれてな。三時の魔女、九時の魔女、十二時の魔女が持っているようじゃ。一番寄りやすいのは近くに都市、サンマリアがある九時の魔女だと思うぞ。治療が必要なアメラは三時の魔女。九時の魔女はアドメアという名前じゃ。どちらを先に行くかは、源蔵ちゃんに任せるぞい)
(なるほー。了解でーす。じゃ、おやすみ)
(おやすみなさいよ)