第三話 ユリシーとヴルプル
「もしもし、佳代子ちゃんですか? 源蔵です。」
「もしもし、佳代子です。源蔵ちゃん、元気にしているかしら?」
「うん、元気だよ。ただね、この前、キングスライムに食われちまったんだぜ。あれは大変な一件だったよ」
「そうなの。色々とあるのね。――頑張ってね」
「うん! 佳代子ちゃんがいれば、俺は何だって出来るよ。――それじゃあ、またね」
「はい」
※ ※ ※
ユリシーさんの見た目は茶髪のロングヘアーで紫色の大きな帽子を被っている18歳くらいに見える女性だ。実家は木こりだと言っていたっけな。
「お待たせしました」
「いえいえ。ありがとうございます。わざわざ来ていただいて」
「魔女に詳しい魔法使いが私しかこの街には居ないものですから、しょうがないですよ。それに私も嫌ではありませんから」
「そうですか。そう言ってもらえると嬉しいです」
「では行きましょうか」
「はい」
実はサンガはユリシーと共にヴルプルに会いに行く前に、一人単身でヴルプルの森へ行っていたのだ。しかし、その時には、森の周辺に結界が張り巡らされていた。なんとか結界を破って森を進み一軒の家を見つけて、ノックをしたが、一切の返事がなかった。何かおかしいが何も事情に詳しくないため、一度戻って魔女に詳しい人と一緒に行って、もう一度確かめたかったのだ。
一行はユリシーの居た街、トロメールから東に行って、そこにある森の前まで来た。
サンガは一足先に、ユリシーの前を行く。
サンガは森の中へ入っていくが、ユリシーは森の間際で何か透明なものに弾かれるようにして、森の中へ入れない。
「あれ、おかしいですね。どうしてサンガさんは結界を抜けられるんでしょう? 結界は魔女と自然生物以外を除外する魔法なんですが……。うーん。とりあえず、私もそちらへ行きますね」
ユリシーは懐から杖を取り出してこう唱えた。
「ザウ・アート・ピュア・ザイセルフ」
結界が白く光る。
数秒後、結界はユリシーの前だけ青白く光り、口を開けるようにして一部分だけ開いた。
「どうやら許可が降りたようですね。魔女は御在宅のようです」
「そうか、それは良かった。来ておいて居なかったら、面倒ですからね」
二人は揃って森の奥へ進んだ。魔女の住む家まで。
コンコン。
「すいません! 御在宅ですか?」
扉をノックするサンガ。しかし、すぐには出てこないようだ。
「あれー。おかしいですね。――実はこの前来た時も居なかったんですよ。本当に居るんですか? 魔女って」
バンッ!
「――お前さんかい!! 全く困ったもんだよ、結界を壊しやがって! 治すのに骨折ったわい」
「わっ。いきなり出てきた」
「そこの赤いの。名前はなんという? お前さんは困ったもんだけれど、しかしシルシが見えるよ。お前さん、神様と繋がっているね?」
「えっ、サンガさん、やっぱり神様と繋がっているんですか?」
「え? まあ、そうなりますね」
「ふん。まあいいわい。――なにか用事があって来たんだろう? 中へ入りな」
二人は魔女の家へ入る。そこはログハウスのようなところであった。
「おじゃましまーす」
「おじゃまいたします」
食卓らしきテーブルと椅子に案内される。二人は腰かけて、ヴルプルの出すお茶をいただいた。
「さっ、本題に入ろうかしらね。――あんた達は一体何しにうちのところへ来たのだい?」
ヴルプルさんは70歳くらいに見える。
サンガは語る。
「実はお聞きしたいことがありまして。――魔女の中で治療が必要な魔女はいらっしゃいますか?」
「治療かい。そうさねえ。居ることには居るかもしれないが、生憎と今は通信網が途絶えてしまっていて、仔細がわからないのよ。通信網を治すために手伝ってくれないかい? そうしたら、その答えを教えてあげよう」
「わかりました。協力しましょう。して、どうして通信網は壊れたんですか? どこが壊れているんですか?」
「摩耗さね。通信網に使う魔具の中心に据えてある魔鉱石が焼き切れているんだよ。――ま、私にかかればちょちょいのちょいだけどね。ただ、魔力が足りないだけさ。本来、魔鉱石には時間をかけて魔力を注いでいくものなのさ」
ヴルプルの話を聞いてユリシーが声を上げる。
「へえ、そうなんですね。興味深いです。加工された魔鉱石は見たことあります。魔力回路が書かれているんですよね。今回はその魔力回路の焼き切れている部分を治すということですね?」
「ああ、そうさね。あんた、手伝ってくれるかい? 見るからに魔法使いだね。魔法の基礎知識があるようだ。頼むよ」
「はい、頑張ります」
「あー。なんとかなりそうですね。自分は見学でもしていればいいですか?」
「ふん。赤いのはそこらへんにつっ立ってな」
(なんか扱いひどくない? そんなに結界を壊したこと、悪かったのかな……)
ずずず。サンガはお茶をすする。端ではヴルプルとユリシーが魔鉱石の魔力回路の修理に勤しんでいる。
「ここの回路にこのイブリギンダインのかけらを接着させて回路を作るんだ。イブリギンダインを溶かすには二人分の魔力が必要さね。火の魔法で手伝っておくれ、お嬢ちゃん」
「はい、わかりました。何級の魔法ですか?」
「第二級くらいさね」
「かしこまりました」
サンガは聞いていた。第二級だって? そんなに難しそうには聞こえないじゃないか。なんでばあさんは一人でできないんだろう?
「なあ、ヴルプルさんや。どうしてあんた一人でできないんだい?」
「それは魔女と言うものの特質が関わっているのさ。魔女というものは百年周期で若返るんだけれど、やはり若返っても、次に若返るときまでは、年には勝てないのよ。私はもう1078歳でね。次に若返るのはだいたい三十年後さね」
「へえ」
よもやま話はよそに、二人は回路の修理作業にとりかかる。
「行くよ。――ヒート・スルー!」
「――ヒート・スルー!」
イブリギンダインがどんどんと溶けていく。溶けたイブリギンダインを誘導するように、ヴルプルが次の魔法を使った。
「エレクトリカル・バーグゥ」
イブリギンダインは環状を形成した。
「これで回路の方は完成さね。あとは魔具の中心のクリスタルを新品に変えるだけさ。クリスタルの交換も手伝ってくれるかい?」
「はい。もちろんです、魔女様」
「実はね、倉庫の中のどこに置いたか忘れちまってねえ、あはは。一緒に探してくおくれ。――おい、そこの茶飲みの赤いの! あんたも手伝うんだよ!」
「はいはい。わかってますよ。結界壊して悪かったですね」
「ふん。次は無いよ。――今度はシルシ付きのやつも入れる結界に改修しようかしらねえ」
そんなことをボヤキつつ、三人は地下の倉庫へとやって来た。
「うわ、一杯あるなあ、ばあさん。こりゃ時間かかるぞ。それで、クリスタルってどんなやつなんだ?」
「ああ、クリスタルは紫色の水晶みたいなものさね。三つのでかい棘状の結晶があるから、見れば一目でわかるはずさ」
「なるほどね。じゃ、やろうか、ユリシーさん」
「はい」
三人は倉庫の中を探し始めた。
一時間半後、山積みの本に隠れていた棚の一番下の引き出しの中にそれはあった。
「おお! これさね、これさね」
早速三人は一階の魔具のところまで戻ってきて、クリスタルを入れ替えた。
ピコーン!
ブンブンブン。
ジュースの自販機の冷蔵の音のようなものを出して、それは動き出した。
「ふう。やっと治ったねえ。これで一時の魔女、ムルプルと連絡が取れるよ」
「やりましたね!」
「ああ。結構疲れたよ」
「少し休むかい? いいお茶菓子が有るんだよ」
二人はヴルプルの言葉に甘えることにした。
「はあー。おいしいですう……」
「うーん。うまいなあ」
「あはは、喜んでもらえて何より。――久しぶりのお客さんだからね」
三人はしばらくお茶とお茶菓子を味わった。
「さてと、早速ムルプルと連絡を取ることにしようかね」
ヴルプルはそう言ってクリスタルに右手を添えて、左手を人差し指と中指を立てて左耳に付けた。
(あっ、そこは俺と神様とのテレパシーと同じ方法なのね)
「もしもし、ムルプルかい? ヴルプルだよ」
「もしもし。あーヴルプルさんかあ。お久しぶり」
「ああ、久しぶりだねえ。それで、あんたに一つ聞きたいんだが、あんたは何か治療が必要かい?」
「いや、私には治療は必要ないよ。治療といえば、わからないけど、三時の魔女アメラとの通信が切れたんだよ。何かあったのかしらねえ?」
「アメラかい。あいつは勝気なやつだからねえ、もしかしたら自分で切断したのかもしれないし、本当になにかあったのかもしれないねえ。まあ、アメラのことだから、治療が必要だったとしても、しばらくは大丈夫だろうよ」
「そうねえ。私も他の魔女と連絡を取ってみるわ。何かわかったら、また通信するわ」
「ありがとねえ。それじゃ」
「はーい。それじゃあね」
プツン。
三十分後。また通信がかかってきた。ヴルプルは何か新しい情報を得たようだ。
「――ということで、今のところ連絡が取れないのはアメラだけだとわかったよ。だからきっと、治療が必要なのは三時の魔女アメラだけだろうね。アメラはどこにいるかと言うと、今私達がいるトロメール東の森、ここから東北に行ったところにあるサンメス、そこからさらに北に行ってレンタヒルに行き、レンタヒルから南東に行ったところの森に住んでるよ。アメラには気をつけな。あいつは気が強くて排他的だからね、森を守るためには。――しかし何で連絡を途絶えたんだろうね。私みたいに通信機を壊したのかしら?」
「さぁ? 俺に聞かれてもわからんですよ」
「とりあえず、行ってみるしかなさそうですね。魔女の森に行くんです。魔女に詳しい私も一緒に行った方がいいですよね?」
「いいのかい? 長旅になりそうだよ? ユリシー、君はトロメールの街に名残はないのかい」
「いいんです。もう魔法使い連盟に使役されるだけの日々も飽きていたところですから。サンガさんと一緒にいると、なんだか楽しそうな予感がするんですよね。だから一緒に行かせてください」
「いいよユリシー。一緒に行こう」
「うう、全くばあさん泣かせだねえ」
こうしてユリシーとサンガの二人旅は始まるのだった。後に仲間が増えることも知らずに。