第十七話 爆誕する娘
一行は幌馬車で戻り再びレンタヒルにやって来ていた。
「ふう。着いた着いた」
ジークが伸びをする。
「じゃあ、夜になるまで各自自由に。集合はあそこの宿屋で。それじゃ解散!」
サンガが叫んだ。
「あいあい、なのだ」
「ねっ、アイちゃん。一緒に街を周らない?」
「いいですよ、ユリシーさん」
「ほっほっ。わしはアイスクリームでも食べに行ってくるわい」
「翁、お金は大丈夫なんですか?」
「おお、持っとるわい」
「あたしはちょっくら貸しのある奴のところへ行ってくるよ」
各々はレンタヒルの街に消えていった。
アローマは古物商のところへやって来た。
「ちょっとそこのお兄さんや。換金を頼めないかのう」
そう言ってかばんから大量の古銭を置く。
ジャリッ。
「ん? じいさん、これはどこの国のお金だい? 状態は非常に良いが全く分からないぞ。うん? どれどれ」
お兄さんはまじまじと見る。
古銭にはランクルールの文字があった。それと何がしかの人物像があった。
「この人は誰ですか?」
「その時の王、イメール・ヴィ・ランクルールじゃ」
「何々? ちょっと待っててくれ」
そう言ってお兄さんは分厚い辞書のような本を持ってくる。
「イメール。イメール……」
ぱらぱら。
「――あった。イメール・ヴィ・ランクルール。……。おい、じいさん。こりゃあ70年前くらいのサンクルールの王様じゃねえか。まだ帝国領になる前の国の名前がランクルールとな。……コイツぁ、コレクターに高く売れるぞ?」
「ほっほ。高く買い取ってくれるかのう?」
「ああ、いいぜ」
そしてアローマは現代の通貨を手に入れるのであった。
「もう一杯なのだ!」
「俺ももう一杯」
ティローラとジークは酒屋に来ていた。
「今日はどっちがより多くの酒を平らげられるかで勝負なのだ」
「おう。付き合ってやるぜ。まあ、俺の勝ちに決まってるだろうけどな」
「ふっ、ジークよ。ドワーフの血を甘くみないことだなっ」
ティローラはしたり顔でそう言った。
数時間後、ジークは酒を吐いた。
「ジーク。『お可哀想に』なのだ」
「うっ、おえっ。――おまえなあ、酒豪にもほどがあんぜ? 今度からは絶対に付き合ってやらん!」
「ふっ。ジークから久しぶりの勝ち星なのだ」
「ケッ」
すね始めるジークであった。
一方、アメラは金を貸していた男の家へやって来ていた。
「おい、サトコー! 面出しな!」
ちょっとしてから、男が転げるようにして出てくる。
「あっ、アメラ様。どうも御無沙汰しております。今日は何用で?」
「あんたに貸したこの前の金、返してもらうよ。さっ。さっさと出しな!」
「ええっと。それがですねえ。今はちょっと」
「さっさと出しな。消し炭にするよ?」
「ひぇ。わかりました。少々お待ちください」
そう言って男は中へ引っ込んだ。
そうして持ってきたのは透明だけれど虹色に輝く宝石だった。
アメラは問う。
「何だいこれは? あたしゃ、金を持ってこいと言ったんだけどねえ」
「は、はい。――これはフコルフスキーのダイヤモンドです。開運にもいいし、高く売れますよ」
「へえー。ちょっと貸しておくれ」
「はい、どうぞ」
「――マナ・スル―」
そう唱えるとダイヤモンドは蛍光色を発した。
「ほう。魔力伝導率もなかなかいいね。見た目も綺麗だし、気に入った。金の代わりにこれを貰っていくことにするよ。じゃ」
「ええ、ごきげんよう」
アメラは嬉しそうにダイヤモンドを眺めながら歩いて行く。
男はほっとしたように吐息を吐くのであった。
閑話休題。サンガは街を観光していた。
一本右に路地があった。そこから男の子が走ってくる。サンガも男の子もお互いに気づいていなかったので、ぶつかってしまう。
ドン。
しっかりと受け止めるサンガ。
「君、大丈夫かい?」
「全然大丈夫じゃないです。このままだとボク、殺されちゃう! どうか助けてください! 追われてるんですッ」
「そうか。話は後で聞こう。まずは避難だ。あそこの店まで走ろう」
サンガは男の子の手を引っ張って一番近い店へ入った。
「よ、ようこそー……?」
「ふう」
「はあ、はあ。お兄さん、足早すぎです。転ぶかと思いましたよ」
サンガと男の子がやってきたのは、女の子の服を専門に売る店だった。
「このままやり過ごせるかな?」
サンガが聞く。
「いや。ここもじきに調べが入ってくるでしょう。どうにかしてごまかさないと。どうすれば……」
「――お客様―? お二人で何をしに? ……。あぁ! 彼女さんに何か洋服をプレゼントするんですね? いいですよ、洋服選び、手伝いましょう!」
ピコーン。
サンガは閃いた。
「いえ、違うんですよ店員さん。実はこの子に着せる服を探していてですね」
「えっ。この子、男の子ですよね? ……そういう趣味ですか?」
「えっ、聞いてないよボク?」
「まあまあ。いいじゃないか。――店員さん、この子に一番似合う服をお願いします」
「ええ、まあよろしいですが、女装趣味の方の服をお選びするのは初めてなもので……」
店員さんは頬をぽりぽり。
しかし店員さんの審美眼は正しかった。かわいい男の娘ができあがった。
「まあ、かわいいですわ!」
店員さんはなぜか喜んでいた。
「ううっ。なんでボクがこんな恰好をしなければ……。ねえ、お兄さん。この髪のまんまだと、さすがにバレるよね? どうしよう」
「そうだな、ちょっと待っててくれ」
男の子は試着室の中へ隠れた。
プルプルプル。
(もしもし神様? ちょっと女装している13歳くらいの男の子が居てですねえ。何かカツラとか用意できませんか?)
(ほう。女装とな。よいじゃろう。サンガくんのかばんの中に転送してあげるよ。ちょっとしてから見てみてね)
(はい)
プツッ。
ちょっとしてからサンガはかばんの中身を見た。そこには灰色の髪のカツラが入っていた。
コンコン。
「ねえ、君。これをかぶってくれ」
「えっ? ああ、カツラですか。――よく持ってましたね」
そう言いつつも、背に腹は代えられないのか、少年は従順に言うことを聞いた。
スチャ。
「うん。よく似合ってるよ」
(あっ、アローマの言っていた灰色の髪の女の子ってもしかして……)
ガチャ。
眼鏡をかけた女性が入ってきた。
ズカズカ。
「――すみません、この辺りで男の子を見ませんでしたか? ちょっと容疑のある王子さまでしてね」
「いえ、私は彼女に服を見繕っていただけで、そのような男の子は見ていませんよ」
「そうですか。……。うーん」
女性は少年の顔をじろじろと見る。
「――どことなく顔の輪郭が似てますねえ。……。ちょっと失礼」
女性は髪の毛を優しく引っ張った。
ピーン。
地毛の如く、灰色の髪の毛はくっ付いていた。
「ふむ。どうやら他人のそら似のようですね。――失礼しました。では私は先を急ぐので」
そう言って女性は店を出て行った。
「ふー」
二人は溜め息をついた。
プルルル。
(神様、どういうことですか? カツラが取れないんですけど?)
(ああ、特注品じゃよ。カツラを取りたいときは「サン・イル・アマア」と唱えるんじゃ)
(そうですか、ありがとうございます)
プツッ。
「そのカツラね。魔法がかかってるようだよ。取るときは『サン・イル・アマア』と唱えればいいらしい」
「らしい? お兄さんの持ち物じゃないんですか」
「あーえっと。俺の持ち物だよ。気にしないでくれ。そのカツラ、服と一緒にプレゼントしてあげるから、君の事情を教えてくれ」
「わかりました。ありがたく頂きますね」
それから二人は早めに宿屋にやってきた。
部屋の中へ入る二人。
「ふう。これでやっと一安心できます。サン・イル・アマア」
「――ところで君の名前は? 君はどうして追われているんだい?」
「僕の名前はネルコ・モンド・ラ・テルメール。テルメールの第二王子です。なぜ追われているのかというと、実は事故で結婚相手のレンタヒルの姫を死なせてしまったんですが、事故ではなく殺人ではないかと容疑をふっかけられているんです。もう堪らなくなって逃げてきました」
「事故なら事故と、そう言えばいいだけの話じゃないのか?」
「それがそうも行かないんですよ。僕が居ない方が嬉しいという陣営もありますからね。僕を消すためには殺人の線で行った方が都合が良いんでしょう」
「よくわからんが、この国では容疑を晴らすことはできないという理解で良いか?」
「ええ、その通りです。……なので僕は隣国のテルメールまで戻らなければならない」
「へえー。大変だね。列車で行けば?」
「列車はダメですよ! 見張りが居たらどうするんですか。鉄の檻と化しますよ。だから僕は馬車で行く方がいいと思ってるんです」
「ふーん。馬車ねえ。――俺と、俺たちと一緒に行くかい?」
「えっ、いいんですか? ぜひお願いいたします」
こうしてネルコも同行することとなった。
次の日の朝、食堂で会する一同。サンガはネルコを紹介した。もちろん王子であることは伏せて。
「――ということで、この子をテルメールまで送ることになった。なんでも景色をゆっくり眺めたいからということで、列車ではなく馬車での移動をお望みだ。そこんところ、よろしく」
「どうもみなさん。ワタクシ、ブランと申します。隣国のテルメールまで旅行することにしました。どうか道中はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくなのだ!」
「よろしくお願いしますね」
アイとユリシーが言う。
アメラは手にはめたダイヤモンドの指輪に夢中だったから一言。
「あー。よろしくー」
「ほっほ。よろしく頼むぞい」
「よろしくな。――また女か。肩身が狭くなるぜ……」
みんなはそれぞれ反応を示し、ブランを受け入れた。
一行はレンタヒルから幌馬車を再び借りて、隣国のテルメールへと向こうのだった。
「しかしじいさんの言う通りになったな。灰色の髪の娘。じいさんの予知はすげえな」
「ほっほっほ」
まだ一行はサンガを除いて、ブランがネルコであることを知らなかった。