第一話 爺、逝く
「なあ、ジーク。『国破れて山河在り』って知ってるか?」
「なんだそりゃあ。サンガってそりゃ、お前のことか?」
「ちげえよ。……まあいいや。なんでもない」
「へっ、そうかい。俺もなんでもいいや」
ゴトン。ゴトン。
「なあ、ジーク。……いつになったら着くんだろうな?」
「知らねえ。もうすぐじゃねえのか?」
「ずいぶんと適当だな。まあ、旅なんてそんなもんか」
二人はごちた。
※ ※ ※
「おじいちゃん! 起きて! 目を開けて!」
「おじいちゃん、死んじゃやだよう!」
あぁ、孫たちの声が聞こえる。わしはもうすぐ死ぬのかのう? それもよい。またばあさんに会えるかもしれない。ごめんよ、孫たち。わしは先に向こうに行っているからな。
源蔵の身体は死に、その魂は天国へと登った。
そこは白い景色だった。不思議と体も軽い。
「ここはどこじゃ? 天国かのう?」
「――源蔵ちゃんや。――源蔵ちゃんや」
「うん? どこかから声が聞こえるぞ」
すると、途端に頭上から黄金色の光が下りてきた。
それは神様の姿だった。
「源蔵ちゃんや。天国へようこそ。しばらくここでお主の妻と一緒に羽を休めるとよい」
「おお、佳代子ちゃんもここにいるのですか」
「ああ、いるよ。ほら、すぐそこに」
神様が指差したところには一軒の家があった。
源蔵は神様にお礼を言って、早速その家へ上がり込んだ。
「おーい。佳代子ちゃん、居るかーい?」
返事がない。どうかしたのだろうか。
家の中を見回してみることにした源蔵。
そこに一つの布団を見つけた。
もっこりしている。
「寝ているのかな?」
源蔵は布団を揺すった。
「うーん……。」
「もしもーし。佳代子ちゃんですかー?」
ずばっ。
布団が勢いよくめくられた。
そこから出てきた顔は正しく、源蔵の妻である佳代子のものであった。
「おお、佳代子ちゃん! 生きとったか」
「あら、源蔵ちゃん。あなたもここに来たのね。これからはまた一緒ね」
「そうなんじゃ、神様に言われて、ここにしばらく住むように言われたんじゃ」
「うふふ。また新婚生活のような日々を送ろうかしらね?」
「そうじゃな」
二人は年甲斐もなく笑った。
それから二人はしばらく共に過ごした。そうすると、不思議なことに、体は段々と若返っていった。今ではニ十歳のときの体に回帰している。心もまた、体につられて若返っていた。
そんな時、神様がまたやってきた。
「やあやあ、源蔵ちゃんや。元気にしていたかい。ここでの生活はどうじゃ?」
「ええ、結構なもんですよ。全くありがとうございます」
「ふふふ、喜んでもらえて何よりじゃ。――さて、そこで相談なのじゃが、源蔵ちゃん、わしと一緒に来てくれないかい」
「ええ、いいですとも」
二人、もとい、一人と一柱は白い景色の国の北へ向かった。
そこには小さな宮殿があった。
「ここじゃ、ここじゃ。さっ、入れ入れ」
「どうも」
宮殿の一番奥の部屋の中、そこには本棚に囲まれた、書類がたくさん乗っかっている机があった。執務机か。
「さて、本題じゃが、ここと繋がっている世界が実はもう一つあるんじゃ。そこへ源蔵ちゃんに行ってもらって、すべての人が幸せに暮らせるようにお助けをしてもらいたいのじゃ。何、そんなに難しいことじゃない。いつでもわしとテレパシーできるようにするし、ステータスも全部とりあえずカンストにしといてあげるから」
「えっと、何を言ってるのかよくわかりません。ステータスとかカンストとか、何がなんだか。とりあえず、面倒なのは嫌なので、お断りしますね」
「待って待って、そう言わずに。……そうじゃな、何か一つ、土産を持ってってもいいから。願い事を叶えてあげるよ?」
「嫌です。私はここで佳代子ちゃんとずっと一緒に居たいです。また赤ん坊からやり直すなんて嫌ですよ」
「そうかそうか。じゃあその体のまんま転送してあげるよ」
「むむむ。――でも、佳代子ちゃんと離れるのは嫌です」
「そうかそうか。じゃあ、いつでも佳代子ちゃんとテレパシーで連絡できるようにしてあげるよ」
「むむむ。――でも、一人は嫌です」
「そうかそうか。じゃあ、色んな人と巡り合える運を付けてあげるよ」
「むむむ。――私に、そこまでして、その世界の雑事をやれと言うのですか?」
「そうなんじゃ。他に頼める人が居なくてのう」
「そうですか……。でも、やっぱり俺は、色んな人と出会えると言ったって、男くさい旅は嫌ですよ」
「そうかそうか。じゃあかわいい子と出会える運命力を与えよう」
「むむむ。神様、そこまでしますか。――ここまで神様に頼まれたら、断るのもなんだか変になってきましたね」
「ふっふっふ。早速行ってくれるかね?」
「しょうがないですね。すぐに帰れるんでしょうか?」
「それは源蔵ちゃんの仕事ぶり次第じゃ」
なんだかブラックな予感。
「ブラックな仕事は嫌ですよ」
「大丈夫じゃよ。ホワイトじゃよ、ホワイト。このわしの着ている衣のようにな。――よし。じゃあ、源蔵ちゃんの装備を整えようか」
「何を用意してくれるんですか?」
「うむ、わしの用意できる一番最高のものじゃ。して、源蔵ちゃんは何色の装備が好きかのう?」
「強いて言うなら、赤色ですかね」
「わかった。任せなさい」
神様は両手を合わせて力んだ。光が手と手の間から溢れ出して来た。そのまま両手を離していって、空に形をなぞるようにして、赤い鎧を造った。
「防具だけじゃなく、武具も必要じゃな」
そう言って、神様はまた同じようにして光の中から武具を造り出した。
「ほら、できたぞよ。名前を付けるかい?」
「うーん、そうですねえ。なんていう名前にしましょうか?」
源蔵は悩んだ。頭に浮かんできたのは紅葉だった。
「そうですね、この赤い鎧の方は『もみじ』にしようかな。もう一方の、この白い剣はなんていう名前にしましょうか」
「案がないなら、わしが付けてもよいぞ」
源蔵はまた悩んだ。白い色……。思いつくのは天国。
「そうだ! 天国剣なんてどうでしょう?」
「うーん。正直、かっこわるいぞ」
ガクッ。
源蔵はうな垂れた。
「よし、わしが名前を付けてやろう。題して『エターナルブレード』じゃ」
「エターナルブレード。横文字むずい……」
「さっ、命名もここらへんにして、早く次行こう。――で、源蔵ちゃんの行く世界なのだが、わしの管理する世界でもある。名前をオートフェールと言う。そこはある帝国が世界を席巻する世界じゃ。席巻と言っても支配と言ったかたいものではなくて、一つの家のようなものじゃ。そして大事なのが、その世界には『魔法』が存在するのじゃ。魔法を行使する者、魔女が六人居て、彼女らが世界の魔法的均衡を保っているのじゃ。それで、現在は一人の魔女が力を失いかけている。まずはそれを治してやってからじゃな。頼むぞ、源蔵ちゃん。――じゃあ、オートフェールへ転送するぞ。防具と武具を装備するのじゃ」
「はあ。わかりました」
源蔵はよくわからないまま、装備を装備した。
「では、ゆくぞ」
「はい。佳代子ちゃんに行ってくるって伝えておいてください」
ズオン。
執務机の前に丸い陣が現われた。
「さあ、そこの円陣の上に乗るんじゃ」
言われるがまま、源蔵は円陣の上に乗った。すると、体が透け始めた。
「いってらっしゃいじゃ、源蔵ちゃん。いつでもテレパシーで呼んでくれてよいぞ。応えるかどうかは知らんが」
「あっ、テレパシーのやり方って、どうやるんですか?」
「おう、それはな、こうじゃ――」
左手の人差し指と中指を二本立てて、左耳に付けた。
「なるほどね。わかりました。ありがとうございます」
体が完全に透けてなくなる前に源蔵は言った。
「では、いってきます!」