第九十三話:草原の覇者
「しかし、不思議だな」
星の草原を歩く悠達。
星空と草原をもはや見慣れつつあったクララ達が、その言葉に首をかしげる。
悠もまた、この光景には慣れてきていたはず。雑談の中、綺麗で不思議な光景も見慣れると少し飽きてくる──なんて愚痴をこぼしたばかりの悠が何気なく呟いた言葉の意図が、わからなかったからだ。
「不思議、とは何がだ?」
わからないのならば聞けばいい、と直球で質問をぶつけたのは、カティアである。
悠もそう聞かれて主語を省いていた事に気がついて、ああと短く納得の声を上げる。
「いや──この草原なんだけどさ。……めっちゃ強そうな魔物が多いのに、ずいぶん温厚というか、あんまり戦闘にならないんだなって気になってさ」
そう言って、悠が指差すのは草原に生息する魔物達だ。
黒いライオンの様な生物に、毛の生えていない大きな四足歩行の生物──ひと目見てわかる強そうな魔物達。草原に生息する魔物は差異はあれど、そのいずれもが地球の大型肉食獣程度の体躯と、威圧的なフォルムを備えていた。
実際──彼等の生物としての格は、見たままに高い。
例えば群れで移動する黒いライオンの様な生物。これは、能力抜きでも一頭で地球のライオンの群れを蹴散らすほどの身体的スペックを持っている。だがこの程度の戦闘力はこの草原では珍しくもなく、いずれもが地球の生物ではもはや比較にもならないほどの強さを誇る”猛獣”だ。
しかも、彼等は非常に攻撃的だ。先程挙げた『毛の生えていない大型の生物』などは、草食獣だがそのすさまじい食欲から餌場に強い執着心を持ち、縄張り争いを積極的に行っている。
にも関わらず悠達が襲われないのは──一重に、彼等が賢い(・・)からだ
「それなら、私達を警戒してるのでしょう。魔物の中には、魔力で相手の戦力を計る動物がいるって聞くわ」
そう。襲わないのではなく、襲えないのだ。知能に優れ、相手との戦力差を理解する力があるからこそ、悠達に挑んだところで損をすることがわかりきっているから。
それも、決定的で致命的な損を、だ。
「……なのか?」
シエルの答えに、悠は曖昧な返事をする。
どう見ても強そうな魔物達──実際強いそれらに、自分たちは怯えられる側なのだと、そう言っているのだ。
曖昧な返事にも、シエルは真面目に頷いた。シエル自身、強力だとひと目でわかる魔物に怯えられている現状が、信じられなかったからだ。
これはシエルが悠達パーティに加入したのが比較的最近だからだ。少なくとも、悠達に合流する以前の自分ならあの中の一頭を相手にするのも──よほどの好条件が重ならなければ不可能だったろう。それほどまでに短期間で、急激に強くなった実感があるからこその『判断』だった。
「なんか実感湧かねえな。結構強いんだな、その、俺達」
言い換えるならそれは、自分達がその強力な魔物よりも遥かに強いという証左だ。
悠とて、ほんの少し前──こちらの世界に来るまではそれこそライオン一頭とだって勝負にならなかったろう。そんな自分がいつの間にか『モンスター』にさえ恐れられる程強くなっているとは、実感も湧かなくて当然というものである。
だが同時に、それほどの速度で歩みを進める自分たちが、少しだけ誇らしくなった。
「なんにせよ、無駄な戦闘で時間が取られねえのはありがたいな。……見た所、あの中じゃ食えるのはあの『シワシワの奴』だけだし」
「あの毛の生えていない醜悪な魔物のことか? ……うん! やはり挑まれない限り無駄な戦闘は避けるに越したことはないな!」
悠のセンサーが反応する魔物──特徴で指し示されたそれを見て、カティアは悠の言葉に納得したかのような口ぶりで、安堵をにじませる。
現金な態度にクララと悠がくすりと鼻を鳴らした。
が、平時の旅ならばともかく、今はなるべく早く先に進むという目的がある。
はじめから警戒されている状態で逃げる獲物を狩るとなれば、それなりの準備と体力が必要になるだろう。言う通り、無駄な戦闘は避けるに越したことはない。
「そんじゃあ折角向こうから避けてくれてることだし、先を急ぎますか!」
ひょっとしたら、ディミトリアスが想定外の速度で到着できるかもしれない──そうなれば、もしかしたら話し合いで事が解決するという道も、あるかもしれない。
一握りの期待と、冷静さを同時に抱きながら、悠は足を速める。
気の抜けたアリシアの「おー」という掛け声が、絶妙に力を抜いてくれるのだった。
◆
同じ景色をしばらく歩き──想定よりも長い距離を歩いた悠達は、そろそろ野営の準備を始めようとしていた。
今日の野営地に選んだのは、小高い丘だった。逆に警戒される立場にある悠達にとって、周囲を見渡すことが出来るというのは唯一恐ろしい奇襲に対するアドバンテージになる、というのが選考の基準だ。
テントを張り、火の準備を進め──もはや、悠だけではなくクララ達もその準備は慣れたものだ。火口さえあれば、メタルマッチのお蔭で特殊な技術もなく火を付けることが出来る。
派手に散る火花の美しさに、今日の火の当番のシエルがほうとため息を漏らしているのを見て、悠は一息ついたと腰に手を当てる。
「今日の寝床は概ね準備OKだな」
言う通り、寝ようと思えば今日はもう寝る準備が整っていた。
おかげで、一日歩き通した今でも精神的な余裕があった。
となると──やはり、一日の締めくくりが問題だ。
「まだタコがあるからメシは食えるが……なんか新しいヤツが獲りたい気持ちもあるな。どうすっか」
人里離れた地に置いて、食事というのは一日の締めくくりであり、数少ない娯楽の一つ。
美味い食事は士気にも繋がり、次の日の活力となる。なので、余裕があるうちに未知なる美味を追求したい、と悠は考える。
なのだが──
「っていっても、あんまり魔物も近づいてきてくれないんだよね」
「そうなんだよなあ。特にこの辺りは何もいないし、さっきのちょっとキモいのも見なくなっちまったし、獲物を探すっていう労力が明日に響くと行けないからよー」
悠達に危害を加えようとする魔物がいないのだ。
これは、今までの旅でも珍しいことだったと言える。
今までは、基本的に魔物と出逢えば戦うというのが常だった。だが今日は一度も戦闘が発生していない。
まさか魔物の方から避けられることになるとは、と悠は顎に手を沿わす。
こんなことならさっきのキモいのに『誘引』を使っておけばよかったか。そう一人ごちる悠に、カティアはそうならなくてよかったと思う。
毛のない表皮、皺だらけで肉感のある色は、まさしく醜悪な悪魔と言った具合。カティア的には、タコ以上に食指が動かなかった。
「んー、やっぱ余ってる食材を使っちまった方がいいかな。茹でてあるから薄く引けばそれだけでも食えるだろうし……」
結局、今ある食材でなんとかする方に考えをシフトしていく悠。
だが──平穏無事、とはいかないのが旅の世の常。
「む……ユウ」
「わかってる」
あからさまに向けられる殺気に、悠達は武器を手に取った。
走った殺気に向かえば、そこにいたのは一頭の馬の様な生物。
漆黒に輝く美しい毛並みと、黒い風の様になびくたてがみ。何よりも印象的なのは──その額には槍のように立派な角が、二本。
悠はその姿に見覚えがあった。地球において伝説にその姿を残す、神聖の象徴ユニコーン……と、対を成す邪悪の象徴。
その名は──
「ば、バイコーン?」
バイコーン。
ユニコーンよりは幾ばくかマイナーな存在だろうか。そもそも似ているというだけの全く違う生物だが、その威圧感に悠は息を飲む。
邪悪な空気を纏う馬は、筋肉質な体躯に不吉の黒い風を靡かせて、悠達へ明らかな敵意を叩きつけている。
「……襲ってこないな」
しかし、襲ってこないのは──やはり、悠達への警戒があるからだった。
だが敵意がないかといえばそうではない。『誘引』を発動していないのにも関わらず、バイコーンは悠達から目を離すことはなかったし、時折威嚇するように嘶いている。
これは──バイコーンの生態、というよりも気性が関係していた。
このバイコーンはプライドが高く、そして縄張り意識が強い生物だ。この周辺に魔物が存在しないのは、この凶悪な魔物が辺り一帯を縄張りと定め、広大な縄張りに立ち入った者を片っ端から襲うのが理由となっていた。
自然と魔物達は追われ、縄張りに寄り付かなくなる──そう、彼もまた、魔物に『避けられる側』の存在なのだ。
「もしかして、わたしたちはあのまもののなわばりにふみいっているのでしょうか」
「だとすればなんか、悪い気はするな……」
縄張りという概念にアリシアが気づき、悠が同調する。
もしも自分たちが彼の縄張りを侵しているのならば、侵入者は自分たちの方だ。いくら魔物相手とはいえ、無粋な事をしているのではと悪い事をしている気分になる。
が──
「ゆっくり、一歩下がってみよう」
悠が合図をして、皆を一歩下がらせる。
すると、バイコーンもまた一歩歩みを進めた。
逃がすつもりはない、と語っているようである。
「……やるしかないみたいね」
そう、この魔物のプライドは、どこまでも攻撃的なのだ。
馬という生物に非常に近い姿をしているこの魔物は、その姿に違わず草食である。故に、他者の肉はその生命の維持に必要としていない。
だが、殺す。広大に設定した自分の縄張りを侵したその事実が、死に値すると激昂するのが、このバイコーンに似た魔物の邪悪な気性だった。
「ああ、向こうが引くつもりがねえっていうなら、しょうがねえさ。……幸い、美味そうだぜ」
当然、悠はこの魔物の生態は知らない──だが、直感的にその邪智暴虐のあり方を感じ取っていた。
陳腐な表現だが、魂レベルで合わない。そう感じていたのだ。
悠達が臨戦態勢を取った事を膨れ上がる魔力から感じ取り、バイコーンも凶悪な嘶きを上げる。
それは王に歯向かう愚か者への怒りだ。高い知能が、草原の覇者に、自然的ではない傲慢さを与えていた。
「火蓋を切ったのはお前だぜ……馬刺しにしてやるッ!」
草食動物の縄張りを侵したのならば自分たちが出ていくべき──自然的な思想を尊重した悠だからこそ、その傲慢さには腹が立ったのかもしれない。
紅刀に魔力を込めた、悠の一閃が、戦いの幕を切った。
◆
「うお……速ェ!」
横薙ぎに視界を切り放つ、広大かつ高速の斬撃『氷閃』は、悠の持つ技の中でも比較的使いやすく強力な部類の技だ。当たり安い割に強固な外殻や鱗を持つなど、防御力に優れた魔物でなければまず勝負が決するであろう威力までを兼ね備えた、必殺たりうる技である。
しかし、バイコーンは戦いの幕開けとなったそれを軽やかに飛び越え、そして凄まじい速度で地面に着地して見せた。
悠が速いと表現したのは、その一連の動きだ。飛び上がる速度はわかる──しかし、バイコーンが『落ちる』速度が、跳躍以上に早かった。まるで、動画の早送りの様に。
通常、初速が同じならば──空気抵抗を考慮しない場合──重量に関わらず物体が自由落下する速度は一定だ。何らかの勢いがつかない限り、跳躍の頂点から『落ちた』バイコーンの落下は、一瞬で高速になるはずがない。
「気をつけろ、既に何らかの能力を使っているかもしれない!」
その動きの異質さに、カティアが注意を喚起する。
戦いに慣れているからこそ、こういった、定められた動きのリズムが崩されるというのは、厄介であった。
「いつも通り注意を引く! 動きが速いから、俺ごと巻き込むくらいのつもりで広範囲の技を頼む!」
カティアと共に前衛に躍り出た悠が、クララへと言伝を残す。
悠の指示に、慌てることもなくクララは『アイシクル』の詠唱を始める。
背後で膨らむ魔力を感じ、悠とカティアがバイコーンへと斬りかかる。
が──
「ッ! 高けぇ!」
「馬鹿な! これほどの動作で、あれほどの跳躍を……!?」
何気ない一蹴り──たったのそれだけで、バイコーンが遥か高くへと跳躍する。
距離にすれば、三十メートル程はあるだろう。悠でも『跳躍』の力無しに飛べる距離ではあるが、しっかりと膝を曲げ、思い切り力を込めなければ不可能な高さだ。
「……まて、いや、やはり! 速いッ!」
そして──その巨体が、凄まじい速度で落下してくる。その速度は流星が如く、星空に紛れ、非常に視認しづらい。
「避け……がっ!」
即座に指示を飛ばす悠と、それよりも先に動いていたカティア。
刹那の内に跳ね退くと同時にバイコーンが『着弾』すると、周囲を爆風の如き衝撃の波が襲った。
大質量による、高速の落下。まさしく、隕石であった。
「大丈夫!? ユウ!」
吹き飛ばされたカティアを抱きとめたシエルが、ゴロゴロと地面を転がるユウに叫ぶ。
「ぶっ……ペッ! だ、大丈夫だ!」
完全な回避が不可能と知り『硬質化』を発動していた悠に、傷はない。
口に入った砂の不快さに唾を吐いたが、他にダメージはない。
無傷。それは、この攻撃を仕掛けたバイコーンにとっても予想外のことであった。
バイコーンはこの能力で草原を統べた、草原の主だ。王としての奢りこそあるが、力に誇りを持つがゆえ、攻撃に手心も手抜きも加えてはいなかった。
故にバイコーンは怒った。己が絶対と信頼する”牙”を耐え凌がれた怒り。それはやはり、誇りのようなものだったのかもしれない。
「……! 気をつけろ、なんかすげー力を感じる!」
「クララとアリシアは後ろに。距離を取らないと、あれを防ぐのは難しいわ」
魔力をたぎらせるバイコーン。シエルはクララとアリシアを下げ、より防御的な姿勢を取る。
平地ではワイヤートラップも使用しづらく、攻勢には手を貸しづらい。だがサポーターの役割は攻撃の手助けだけではない。後衛の安全を確保するのもまた、シエルの仕事だ。
こうしてシエルがクララとアリシアを守ってくれるからこそ、悠とカティアが全力を出せるということもある。
「しかし参ったな。反撃への転じ難さに加え、更に増した魔力……これは、中々厄介だ」
「あの能力が何なのかわからねーのも面倒だ……来るぞッ」
とはいえ、いまだその力の攻略法はわかっていない。
愚痴る悠達をバイコーンは嘶きで一喝し、再び駆ける。
またあの踏みつけが来る──脳裏に浮かぶのは、凄まじく広い衝撃の範囲。
悠達はこれを大きく回避行動を取ることで避けようとする。が──
「くうっ!?」
「がっ……重、い……ッ!?」
バイコーンが接近した瞬間、体に鉛が巻き付いたかのような重さを感じ、その膝を折る。
亡者に引かれる様な重さの頭をなんとか上に向ければ、バイコーンが飛び立つ様が見える。
その瞬間、体は動くようになったが──このままでは、回避が間に合わない。
まずい、と悠が思ったのは──自分ではなく、むしろカティアの方だった。
直撃さえしなければ、爆風程度は『硬質化』で難なく耐えられる──が、カティアはそうはいかない。
悠は地面に縫い付けられるような足を気合で動かして、カティアの前に立ちふさがった。
「ばっ……ユウ!」
両手を交差させて顔の前へと構えた悠は『棘皮』の力を最大まで引き上げる。
直後、地面へ突き刺さる黒い流星。
地表が捲れ、轟音とともに礫を混ぜた衝撃が襲いかかる。
防御を突き破って体を叩く礫に耐えつつ、悠は地面へとしっかりと『根』をおろし、吹き飛ばされずにいた。
『硬質化』ではなく『棘皮』を選んだのは、これが目的だ。地面に棘を突き刺すことで、体を固定した。
「ぐぐ、ぐ……耐えたぞクソっ……」
「なんて無茶を……!」
当然──襲い来る力に立ち向かった分、その抵抗は、ダメージは高い。
が、悠に庇われたカティアは、頬に一筋の傷を残すのみだ。
倒れそうになる体に張り手で気付けをして、悠は踏みとどまった。
地表へと降り立ったバイコーンは、直撃ではないとはいえ至近距離で衝撃を受けた悠に、追撃が出来ずにいた。
確実に仕留めた。そう思ったはずの獲物が、立っていたからだ。その得体の知れない強靭さに、困惑していたのだ。
「ふんぬっ!」
もう一度、気合を込めて、今度はしゃんと背筋を正した。
少しだけふらついたが、立っていられないほどではない。
声と動作に、バイコーンは明らかに警戒心を高めているようだった。
「ユウ、助かった。が、こんな無茶はもう……!」
「わ、わかってるって。それより、あいつの能力がわかった……と、思う」
情けなさと嬉しさ、そして怒りを混ぜたカティアの叫び。
今にも泣き出しそうに震えた声にたじろぎつつも、悠は誤魔化すようにバイコーンの力に言及した。
自分をかばってくれたものが、戦局を進めようと重要な情報を提示する。真面目なカティアには、その言葉を遮ることは出来ない。
すん、と鼻を鳴らすと、カティアの瞳には再び剣の光が戻った。
こうなるとわかっていて、能力がわかったと誤魔化した自分は悪いヤツだなと思った悠だが、力の正体がつかめたのは事実だ。
「多分だけど、アイツの力は重力──重さを操る力だ。軽くして飛んで、重くなって落ちてくる。俺らが動きづらくなったのも、体かこの空間自体を重くしてたんだと思う」
果たして悠が推測したバイコーンの力は──重力。
重力と一口に言っても、厳密にはそれは現象としての重力とは違うものだろう。が、その作用は悠にとってその言葉が一番表しやすかった。
「重さを操る……? それだけ聞けばさほど強くはなさそうだが──確かに、使い方によっては強力になるのか」
「え、めっちゃ強そうなイメージないか? ……まあそれはいいや。ともかく速さと攻撃の重さ、相手の邪魔まで出来る結構強力な能力だと思うぜ」
重力使いといえば強キャラ、という物語の知識がある悠と、そういった創作物には縁のないカティアでは、その捉え方も対照的だ。
が、その強さは存分に伝わったようである。
速さと重さという、物理的なエネルギーの隙の無さ、そして相手の行動を阻害する、能力としての強さ。
自分を強く、相手を弱くするという単純ながら強力な力に、カティアは舌打ちをした。
「どうする……? 私達の方が重くされてしまうと、攻撃も防御も困難だぞ」
「いや、それについては多分大丈夫だと思ってる。さっき攻撃の前には体が軽くなったろ? ……おそらく、同時にいろいろなことは出来ねーんだ、多分」
だが、悠が解き明かしたのは、その能力だけではなかった。
バイコーンが飛び上がると同時に体が軽くなったことから、その能力の弱点までも看破していたのだ。
普段であれば、それは弱点とは呼べないほどのものだ。並の魔物や冒険者ではスタンプを避けるのも難しいし、衝撃波やそれに交じる砂礫に打ち据えられれば、悲惨な傷を負って見るも無惨なことになるだろう。
だが、カティアはスタンプを避けられる。悠は爆発の衝撃を耐えきることが出来る。
こうして対峙している両者が強いからこそ、それは詰みの筋に活路を残す、弱点となっていた。
「いいか、作戦は──」
「……なるほど。それでは君が──いや、任せる。信じるぞ!」
浮かんだ突破法に、二人の目が闘志に輝く。
それを見て──バイコーンは、己の失策を感じた。
得体の知れない悠に警戒するあまり、対峙する敵に希望を持たせてしまったことを、実感した。
だがここで引くわけにはいかない。王としての自負を込め、立ち上る暗黒のような魔力をたぎらせて嘶く。
──瞬間、悠が跳んだ。
『跳躍』の力だ。反射的に、バイコーンの視線が悠へと固定される。
得体の知れない何かが、得体の知れない何かをしようとしている──その不気味さに、バイコーンは『重力』の力を全力で悠へと叩きつけ、走り出した。
「お、うおおおおっ!?」
下へ流れていく視界が、突如として登る。急激に落下し始める感覚の異様さに、悠は思わず叫んだ。
自然ではありえない──尤も、通常の感覚も覚えた数秒後には死を迎えるだろうが──急速の落下。絶叫マシンを悪意に塗れさせれば、こんな感覚を味わえるのだろうか?
地面への衝突に備え、悠は全力で防御を固める。
すると──
「させないっ!」
クララが杖をかざし、風のクッションを発生させた。強烈な上昇気流は地に引かれる勢いを相殺し、わずかにその速度を下げる。
その直後、悠は地面に着弾した。
「いいいッ……でぇ!」
硬質化を、風のクッションを持ってしても、悠の体を強い衝撃が襲った。
着地の姿勢を取れなかったため、ダメージはダイレクトに来る──が、叫び声を上げられる程度には自分が元気であることを、感じていた。
──ならば、多分、自分達の勝ちだ。
一つ、力を使っている間は他のものに力を働かせることは出来ない。
それはつまり、悠の体を縛っている間は、跳躍もカティアの妨害も不可能という事。
「取ったぞ……!」
先程悠が飛ぶ前にその場を離れていたカティアの声がする。
その声に、バイコーンは驚愕した。あまりの存在感に悠へと釘付けにされていた注意──警戒の網を逃れたカティアの声は、自分の頭上から響いていたからだ。
悠が跳躍により注意をひきつけ、カティアを『重力』による束縛から逃れさせる。大まかに言えば、悠の立てた作戦とはそのようなものだった。
悠に能力を使っている間は、バイコーンは跳ぶ事ができない。飛んだとしても、先程のような無法な跳躍は不可能だろう。その隙を、カティアが突くのがこの作戦の目的だった。
果たして、それは大成功と言える。カティアが背に乗っている今、動きを縛るほどの超重力はあまり意味をなさない。バイコーン自身もその影響にさらされてしまい、その上悠を重力の枷から解き放つことになってしまうからだ。
かといって、身を軽くして跳躍することもあまり意味はない。背にカティアが乗っている状態では、攻撃の完成までにカティアがバイコーンの生命を断つだろう。
詰みであった。
それに気がついた時、バイコーンはがむしゃらに暴れ始めた。
カティアを振り落とさんと、全精力を解き放っているのだ。それは、カティアが自分の背に相応しくない者であると叫ぶかのようでもあった。
「終いだっ! 潔く散れ!」
だが、カティアもまた、一歩も退かない。
悠から託された勝機を失うわけにはいかなかったからだ。
騎士としての誇りが刻まれた、美しい剣に星の光が煌めく。
思い切り振りかぶったそれを、カティアは全力でなぎ払い──戦乙女は、バイコーンの首を落としてみせた。




