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第八話:エルク・ハント

 悠がクララと出会って三日が経った日のこと。

 昼のうちには早々に食料を集め終え、とあることを終えた悠は、焚き木を前にクララと並んで座っていた。


「すごい! ユウは本当に飲み込みが早いよ!」

「お、そうかな。そう言ってもらえると嬉しいが」


 嬉々としたクララの声に、照れるぜと言わんばかりに頭をかく悠。

 二人の前には、クララが木の棒で描いた文字がある。


「こんなにすぐに魔法を覚えちゃうなんて凄いよ。ユウは天才かも!」


 興奮混じりに、クララは手を叩く。

 今、クララと悠がしているのは、ごく簡単な魔法の訓練だった。

 その中でも、最初に悠が覚えたいと言ったのが──


「いやあそれほどでも。けど、確かにクララの言葉がちゃんとわかるようになってきたな」


 出会ってすぐ、クララが見せた翻訳の魔法であった。

 ヒトの居る場所に降りることが目的となった悠にとって、言葉や文字は出来る限り覚えるべきものだったし──会話をする際、クララだけに負担を強いるのは嫌だったからだ。


「うん、私もユウの言葉がわかってきたかも。こっちにない言葉とかはわからないけど、表現とか──細かい部分がわかってきたよ」


 結果として、お互いの言葉はより精細なニュアンスで伝わるようになってきた。

 また、そもそもクララが心を開いている為、彼女自身も明るくなっている。

 悠はそれが嬉しくて──クララの笑顔の眩しさに、つい気恥ずかしくなった。

 なんでもない雑談が、今では魔法の勉強を兼ねている。ただでさえ楽しいそれが、今では山での数少ない娯楽の一つだ。


「でもさ、治癒にも魔力が必要だってのに、翻訳の魔法なんて使って平気なのか? 節約したほうがいいんじゃないか?」

「大丈夫だよ。『翻訳』は魂の一番外側、外に出しちゃう様な言葉の部分をちょっとズラしてるだけだから、魔力の消費は有ってないようなものなんだ。だから、簡単でしょ?」


 クララは自分の足を魔法の力で治癒しているらしい。悠は完全に折れた脚が二週間程度で治ると言うのは、確かに魔法の力だと思った。

 説明自体はひどくスピリチュアルな分野の話で、理解ができなかったが──脚の治癒に影響がないのならば、問題は無いと頷く。翻訳の魔法が簡単なのは事実だったからだ。


「それに魔力はとても満ち足りてるよ。本来なら『治癒』の魔法ってとても魔力を使うんだけど……ユウが美味しい食べ物をとってきてくれてるから」


 だが、治癒の魔法の方は少し違う。

 悠が魔法の事を聞いて一番感心したのは、この分野だった。

 この世界では、治癒の魔法というのは非常に高等な魔法であるらしい。治癒魔法を専門に勉強した二十代三十代の魔法使いが、ようやく──数針縫う程度に留まる小さく──浅い切り傷を治すことができる……という程度には。

 体力を戻す『回復』ならば簡単らしいが、『治癒』──それも今クララがしている骨折の治癒を早める程の魔法は、高等技術の粋に入る。クララはそれを自慢げに話していた。

 要するに、治癒の魔法使いというのは現実の外科医と然程変わりないという事だろう。

 悠は治癒の魔法をそのようなものだと位置づけした。地球と変わらず貴重で、しかし今まさに失われるであろう命を即座に救うほどの力はないという事だ。

 違うのは、どこでも、即座に、道具を必要とせず治療を行える点だ。

 悠は感心した。治癒の魔法には大きな魔力を要するらしいが、さもありなんだ。

 それを解決しているのが──食物だ。


「この世界のあらゆる食べ物には、マナっていうモノが含まれててね、それは食べると魔力の素になるんだ」


 だから、健全な食事を行うことができれば魔力の回復が早い。

 得意げに語るクララに、悠も素直に感嘆の息を漏らした。

 ──同時に、思う。栄養状態などは地球の日常と比べるべくもないはずなのに、異世界に来てからというもの日増しに活力が満ちていくのはこれのせいか、と。

 日々の重労働で鍛えられているというのはもちろんだが、悠は此方の世界に来た時よりも『強く』なっていた。それが魔力を補給した故のことだとすると、頷ける。


「……? なんか納得してる顔してるね?」

「ん、わかる? いやそれがさ……」


 何か食べる度に強くなってるのはそのせいなのか。そう、続けようとする。

 だが悠が言葉の続きを発することはなかった。

 ……打ち解けて、クララは天真爛漫な笑顔を見せるようになった。その笑顔は快活で、見ていると元気が出るようなものだ。悠は、クララの笑顔を本当に気に入っている。

 ──そんな可愛らしい笑顔が一瞬で凍りついていく様を見てしまったからだ。

 代わりにあったのは、最初に会った時さえしていなかったような、恐怖に満たされた顔。

 その瞳は自分の後ろへと向けられている。

 すぐさま、悠は背後を振り向いた。そこにいたのは──大型の、獣。

 まだ明るい山の中にあって、なお光り輝く角を生やした、シカのような生物であった。

 ……ある種、神秘的とも言える筋肉質なフォルム。悠はそれに目を奪われ、時が停止したかのような感覚に陥った。


「ディアルク……!」


 悠に再び時が流れ始めたのは、クララがその獣の名前を叫んでからだった。

 獣の名に興味が無い訳ではなかったが、しかし悠にそれを吟味する時間は与えられない。


「この山の主って呼ばれてる、狂暴な獣だよ! 猟師さん達が、何人もやられてた……っ!」


 狂暴──クララが、今の悠にとっては絶望的な言葉を続けたからだ。

 再び振り返るそこにあったのは、ディアルクと呼んだ獣を指して震えるクララであった。

 山の怖さを、悠はよく知っている。だがそれはもちろん、知識としてのものだ。『経験』としてのものではない。大型の獣は、山の危険の中でも特に留意すべき存在の一つだ。悠も、その存在には常に一定の恐怖を保ってきた。

 なるべく大型動物の刺激になるような行動を避けつつ、時折対策法を思い返す。あるいは、地球ならばそれで十分だったかもしれない。だが──それでは、足りなかった。


「ブゥオォォォォォォォォッ!」


 肩高二メートル近くにもなるそれは──明らかな激怒を感じさせる咆哮を轟かせる。

 ただ居ることが不快である。山の主と呼ばれるほどの暴君にとっては、それだけで十分悠達を殺す理由は足りていたのだ。

 圧倒的な質量の、光る角を持った獣。現実に居ないような強烈さを持つ存在が、理不尽な殺意を叩きつけてくる。


「……ッ!」


 勝てるわけがない。ならばどうするか。逃げるしか無い。臨戦態勢を整えた獰猛な獣を前にすれば、逃げるだけ無駄かもしれないが何もしないよりはマシだ。

 ……悠が最初に逃げる、という選択肢を浮かべたのは、混乱していた証だ。

 それが無理だと言うことは、考えなくてもわかる。脚を怪我したクララを抱えて『走ることに特化した』といっていい構造を持つ動物から逃げ切れるはずが無いからだ。


 だったらどうする。自分の浮かんだ考えの前に悠は、一瞬だけ躊躇した。

 確認するようにクララを見る。クララは完全に怯えきっていた。同時に諦めが見える。

 『山の主』を前に、立ち上がることさえできない自分がどうなるか、理解しているのだ。

 ……それだけを確認すると、悠は手斧を持って、弾かれたように走り出した。

 クララから離れるように、自分だけ危機から逃げ去るように?

 ……そんなわけがない。


「こっちだ! 付いて来やがれッ!」


 真逆。クララから注意を逸らすべく、危険を連れ去った。

 『誘引』。対象の生物に、自分を魅力的な『食物』に見せかける力。

 山で暴虐を尽くす『主』、躊躇のない暴君に対するその能力は、あまりにも効果的だった。


「ヴォオォォォッ!」


 逃げ去る様に見える悠を追い、ディアルクが駆ける。魅力的な食物を喰らうという、当然の権利を行使すべく。それを見て、悠は冷たい汗を流しながら、口角をつり上げた。

 ……そう、クララを置いて、自分だけ逃げることなど出来るわけがなかった。

 獣に怯えながら、立ち向かう事を躊躇しながら、それでも悠はクララを見捨てることができなかった。いや、最初から見捨てるという可能性は考えてさえいなかった。

 だから、これしかなかったのだ。最初から、戦う覚悟を決めるしかなかった。

 震える脚を叩いて黙らせると、悠はディアルクと向かい合う。

 『餌』の戦意を感じ取ったからだろうか、ディアルクは苛立っているように見えた。

 自分よりも大きな生物に殺意を向けられるのは初めてだった。それでも悠は引かない。


 石斧を強く握りしめると、身体を紅い光が包んだ。メイルクラブの『硬質化』だ。

 ……思えば、異世界に来てからやってることはサバイバルだけだった。せっかく手に入れた能力も、日常を便利にするためにしか使っていない。

 だったら、偶には活躍の場を与えるのもいいと思った。それが可愛い女の子を助けるためなら──折角の能力も、満足だろう。


「行くぞ……!」


 ディアルクよりも自分に向けて、呟いた。すると、不思議と怯えが収まってくる──

 この世界に来て、悠にとって初めての『戦い』が幕を開けた。

 ◆


 先手を仕掛けたのは、やはりディアルクの方だった。一挙手一投足を見逃さずに付け入る隙を探す必要がある悠に対し、ディアルクにはこの山の王であるという『自覚』がある。

 山の生態系の頂点に立つが故、彼に空腹はない。いま彼がこの場に立っているのは、縄張りに存在する不届き者を掃除するためと、美味そうな間食を得るため──娯楽の延長線に居るディアルクに、緊張はない。

 唇を震わせ唾を散らし、息を吐き出しながら、強く地を蹴り穿つ。

 そうすることで、その巨体からは想像できないほどの速度を生み出した。

 質量に、速度を加えたのだ。それはこの世界においても最もシンプルな『力』だった。

 一トン近くある巨体が、時速百キロに迫る速度で駆ける圧迫感に、悠が息を詰まらせる。

 それだけではない、ディアルクの頭部には、二本の鋭利な角が生えているのだ。直剣の様に歪み無く、鋭いそれは膨大な運動エネルギーを収束するための『武器』である。

 マトモに受ければ、即死だ。悪路を物ともせず駆けるディアルクを見て、悠は此方の世界に来ることになった理由を思い出した。


 だが悠は、ここに来たばかりの彼とは違う。


「危……!」


 まっすぐに駆けるディアルクの動きを見切り、悠は身を躱した。

 その巨体故に遅くさえ見える突進を、適切な行動で避けたのだ。


「(……ぶねぇ! 見た目以上に、速い! 気をつけないとな……!)」


 闘牛士の様に、悠は過ぎ去っていった山の主へ振り返る。

 一方で、ディアルクもまた困惑していた。あるはずの手応えがなく、獲物が突き刺されているであろう角には何もなかったからだ。

 その事実に気づいてから、悠より一拍遅く振り返るディアルク。

 ……無傷で立っている悠を見て、ディアルクの怒りは再燃する。

 彼にも、彼なりの矜持があるのだろう。鋭く嘶き、ディアルクは再び駆け出した。

 今度は、遊びの無い本気の突進だ。それを視て、悠は目を見開いた。


「見える……!」


 それは、当たり前だろう──と、そう思うかもしれない。

 幾ら速くても、肩高二メートルにもなる巨体だ。駆けるそれを見失わないのは、そう難しいことではない。

 だから、悠はこう言うべきだったのだ。


 見切った、と。


 悠の動体視力は、異世界に来た時よりも大きく上がっていた。

 ──例えば高速道路で飛ばす車を真正面から見据える様な、そんな状況で正しく速度を認識できるだろうか。不可能とは言わないが、それは簡単なことではない。

 まして、避けることを成功の前提に含れば、それは困難と言っても過言ではないはずだ。


「っとォ!」


 加えて、ここは山の中。足場は悪く、角度のある地面は歩行さえ万全を許さない。

 悪条件は幾つも重なっている──そんな中で、ディアルクの突進を躱す。二度目は、軽やかとさえ言えるほどだった。


「……は、やれるじゃないか」


 悠は、冷たい汗が流れるのを感じた。どうやら自分は予想以上に強くなっていたらしい。初めての実戦で、悠は自分が以前の自分とは違う事を実感する。

 ……だが、それでも余裕がないのは、現状を把握できている証拠だった。

 過ぎ去った巨体を前に、斧を握りしめる。その姿は──遠い。手など、届かないほどに。

 そう。悠をめがけて突進したディアルクは、自身の意思とは関係なく、悠から大きく距離をとる。突進の勢いを殺すまで時間がかかるからだ。

 しかしそれが、反撃に転じる隙をなくしていた。


「くっそ、ズリぃな……」


 思わず理不尽を口に出す悠。自分の正当な能力を把握出来たが故の精神的な余裕だった。

 しかし悠に油断はない。ヴィエールという異世界に住まう動物が、特殊な能力を持っていることを、自らの力で知っていたからだ。山の主とさえ言われる、輝く角を持つ異形。それが、何の力も持っていないわけが無いと、確信していた。

 果たして、悠の推測は当たっていた。

 ディアルクには、山の主と呼ばれるに至る『力』がある。

 二度突進を躱されたディアルクは、怒っていた。身体の小さな──何度も撃退した事のある生物が、自分と『闘って』いたからだ。


「ルルルイイイィィィッ!」


 三度目はない。そう告げるように嘶くと、ディアルクは飛び上がり、地を踏みしめる。

 すると──


「悠、気をつけてっ! チャージが来る!」


 離れた位置で、息を呑んで戦いを見守っていたクララが、喉を張り裂くばかりに叫んだ。

 チャージ。その言葉の意味を頭から引き出そうとするが、直ぐにその必要は無くなった。

 ……ディアルクの脚が、角よりも強く光り始めたからだ。

 本来、その力に──いや、この世界の魔物が持つ力に名前はない。

 だが人間に大きな被害を与えたディアルクの持つ力に名前が付けられるのは、注意喚起等の観点から言っても当然だった。

 名前という警告の効果は、甚大であった。

 名を聞いたこともない生物を初めて見た悠が、そのチカラの姿に気付く程度には。

 チャージ。その意味は充填、そして──突進。

 ディアルクの脚が一際強く発光すると──剣を持つ山の主は、光と化した。


「──ッ!」


 背骨が、氷に替わる。悠は凝縮された恐怖を冷たさとして感じていた。

 力を開放したディアルクが駆ける速度は、先程までの比ではなかったからだ。

 巨体でありながら燕のような速さで駆けるディアルク。

 その速度は先程の二倍、いや三倍はあった。

 見てからはまず避けられない。ヒトが僅かに横に飛ぶよりも速い、前への進攻。それはまさしく『必殺技』だ。

 だが、悠は──かろうじて、これを避けた。見る前に、既に跳んでいたからだ。


「──っはァ! 死ぬかと、思った……!」


 それでも、ギリギリだった。

 頭の回転速度、身体能力、クララの言葉。いずれかがなければ死んでいた。

 先程までの突進はともかく、チャージを食らえば硬質化の力も役には立たないだろう。

 通り過ぎていったディアルクを見やると、ゆらりと巨体が振り返るのが見えた。

 ぞくり、また寒気が襲う。


「(どうする……! 反撃手段はねえ、そもそも次が避けられるかも分からねえ……!)」


 考えろ、考えろと自らに言い聞かせながら、悠は強く歯を噛み締めた。

 だが、良い案など浮かぶはずもない。

 ……それでも、その行動をする辺り、悠には──天性のセンスがあった。

 ほぼ無意識の内に、悠は大木を背にしていた。それは、逃げたい心の現れでもあった。

 だが背に当たる感触を確認し、見上げた悠が想うのは、それとは真逆のことだ。


「……これなら」


 一抱え、ではきかない大木。ディアルクをこれに激突させれば。

 止まれない、という事はすぐに方向転換をすることは出来ないということだ。

 速く、重いゆえに直線的な攻撃を利用する。角が突き刺されば反撃のチャンスが得られるはずだ、あるいは激突死も狙えるかもしれない。悠が考えついたのは、こんな策だった。

 それにはまず、ディアルクが向かってきてくれることが条件だったが──


「心配、いらねえよなあ」


 もはや威嚇の鳴き声さえもあげないディアルクは、既に脚に光を集めていた。 

 悠は深く、深い集中状態に入る。狙いが逸れぬよう、ディアルクが狙うのはここでなければならない。臆してディアルクの突進よりも早く動いてしまえば、ディアルクの突進は木から逸れていってしまうだろう。遅すぎれば、何が起こるかは言うまでもない。……それに、三度目はないと思っていた。一度避けるのもギリギリだったからだ。

 だから悠は強く想う。これが最後のチャンスだと。

 ……まるで西部劇でガンマンが睨み合うようだと、悠は思うよりも小さく、感じていた。

 最後の合図を機に、どちらかの命が散る。しかしその例えは正しくない。始まりの合図を下すのは、当の決闘者であるディアルクに一任されていたからだ。

 そして、その合図は、下される。より優位な者が行う、アンフェアな「よーいドン」が。


 地を蹴ったディアルクが、放たれた矢のように駆けることによって。

 悠は──それを、見極めていた。跳んだのはほぼ同時。スタートをディアルクに合わせながらも、一人と一匹が跳ねたのは、ほぼ同時の事だった。

 そして、これも同時。ディアルクの角が大木に突き立てられるのと、悠が地面に舞い戻るのは、全く同時の事だった。

 期待していた激突死は望めなかったようだ。しかし、ディアルクの剣のような角は深々と大木に突き刺さっていた。それでも、悠には逡巡する暇さえ与えられない。強靭な繊維が千切れる音と共に、大木が傾いていくのを見たからだ。


「おおおッ!」


 だからこそ、迷いはない。ディアルクの横から、頭に向けて斧を振り下ろす。

 垂直跳びで二メートル以上の高さを飛ぶ──それほどまでの身体能力を得た悠の体に漲る渾身の力は、凄まじいものだった。重く鋭い一撃は、ディアルクの額に衝撃を与え、斧を持ち手の柄の部分から破壊する。

 熊だって両断するような、強烈な一撃だった。

 だが──足りない。それでもなお、幻想には届かなかった。


「ブルルルルッ!」


 ディアルクは、生きていた。それも、今の一撃など意にも止めず。

 ……悠が悪いわけではなかった。原始の技術で作られた簡素な斧が、この高次元での戦いについてこられなかっただけだ。

 石を磨き、木に差し込んでツルで補強した、人類の歴史の始まりとも言うべき『武器』。

 だがそれは異界の地においては、木の棒と然程変わりなかった。

 木が倒れるのがスローに感じる。それは、暴君の拘束が解けることを意味していた。

 手詰まりなのか。一瞬だけ、悠に諦めがよぎる。


「これを使えッ!」


 しかし、諦めることは許されなかった。

 悠を叱咤激励するかのような、何者かの叫びが響く。

 それは少女の声だった。慣れ親しんだクララのものではない、誰か別の者の声。

 悠が声の主に気がつくのはもう少し後のことだ。

 今は、それよりも──声と同時に、悠の隣へと突き刺さった剣。金属製の武器というヒトの『叡智』に、視線が注がれていた。


 考えるよりも早く、身体が動く。それは、悠の生涯で二度目の感覚だった。言うまでもなく、一度目は一回目のチャージを躱したときのことである。

 突き刺さった剣を引き抜くと同時に、悠は腹部に強い衝撃を感じて、吹き飛んだ。戒めを振り払ったディアルクの角が、悠の腹を叩いたのだ。

 首の力だけだというのに、悠の身体は二メートル近く飛ばされていた。内蔵を抓られる様な鈍い痛みがじわじわと広がっていく。『硬質化』の能力がなければ、即死だっただろう。


 ……だが、生きている。剣も、手放さずに握っていた。生きる意志を固めるように。

 事実だけを確認すると、悠は跳ね起きる様に立ち上がり、ディアルクへと駆け出す。

 今度、迎え撃つのはディアルクの側だ。劣悪な道具という枷を失い、ふさわしい道具を得、距離というハンデまでも勇気で克服した悠は、とっくにディアルクを脅かす存在と化している。この進攻を防ぐには反撃か、防御か──はたまた、逃走が必要だ。

 それらは──受け身の立場は、山の頂点に立つ暴君の『知らない』事だった。


「終わりだぁッ!」


 裂帛の気合を込めて振り下ろした剣は、ディアルクの二本の武器の間をすり抜け──その頭を、両断した。


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[良い点] 設定や内容は良さげだが。 [気になる点] 文章がひどい。 初見の単語を説明もなく出す。 [一言] プロローグとか意味不明にも程がある。主人公が死んだ、ということはかろうじて分かったがそれ以…
[一言] 本来悠としては対大型獣用の簡単な 武器を作るべきだったな!私なら熊や猪用に ボーラーを自作したが!細蔓を寄り、小動物の毛皮で 300~500gの石を包み3方に60cmの紐を付けて 大型獣が出…
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