第八十三話:星の孤独
「なー、今日ってここ……あー、アークに来てから何日だっけ?」
「む、急に言われると困るな。ええと……くそ、読めん。クララは分かるか?」
「んーっ……『神殿』に来てから二ヶ月と少しだから、ちょうど三ヶ月くらいかな。どうしたの?」
ふと、悠がそんな話題を投げかけたのは、クララが言うに『不帰の楽園』──いや、アークに来てからちょうど三ヶ月が経過するくらいのことだった。
悠達は今、石造りの神殿を根城に生活をしていた。
考えてもみれば当たり前で、なにせここは非常に快適だ。いつでもほどよい室温に保たれているし、雨風の心配もいらず、外敵の脅威すら無い。
外の──元は『アルパ』の縄張りだった──泉から水をくんでくれば、浄水器の槽に入れておくだけで飲みたい時に水が飲める。ついでにトイレなんかも──と。
一言で言えば、彼らは今何がサバイバルかという生活を続けている。
暇になれば外縁部まででかけて海辺でリゾート気分というのもいいし、最近ではアルパの脅威が無くなったおかげで神殿の周辺にも様々な魔物が集まってきているため、食べるものものよりどりみどり。普通の人間には食べ物が狩りという時点で詰みかねないが、今の悠達の敵になる魔物など──地上のどこにも存在しない。
強いて言うなら退屈こそが最大の敵という状況で、悠達は悠々自適の生活をしていた。
マオルの技術というのは本当に素晴らしい。この二ヶ月ほど、悠達は思う存分に羽根を伸ばし続けている。
「思えば、結構忙しなかったよなー。極圏に行ったら二、三週間で次! って感じだったし。俺こっちに来てからこんな風に休むの久々かもしれん」
「ちょっと長すぎる気もしないではないがな。まあ、どの道しばらくはここで過ごすのは変わらなかったんだし『次』に向けて身体を休めておくのはいいと思うが」
しかし──それでも、悠達はなんの理由もなく身体を休めているわけではない。
悠達は今はもう既に次の旅路への最中にあるといっていい。
どんな冒険があるかわからない以上、万全に動ける状態を保っておくことは必要だ。
「まあ運動もしてるしいいのかな。おお、そうだ。また剣教えてくれよ、カティア」
「ん、いいぞ。早速出るか?」
それでも、燻っているものがあるのは事実だった。
時折──というより頻繁に、悠はカティアに剣術を習っている。条件は『硬質化』以外の能力を用いないことのみだ。この条件で、悠はカティアに勝ったことはない。
いずれ一本を取りたいとは思うが──
「みなさん! みなさん!」
さあ出よう──という、今まさにドアを開こうとしているタイミングで、アリシアが部屋に飛び込んでくる。
一体何事かと悠達が考えを巡らせるよりも早く、アリシアはどこかを指さして腕を振るう。
「『見えて』きましたよっ! シエルさんはもう、行ってます!」
アリシアが慌てる理由を考える必要も、聞く必要も最早なかった。
主語を用いない主張に、全員が弾かれたように走り出した。
『神殿』の中でも恐らくは遠くを見回すために高く造られた場所を目指し、駆ける。
塔へ辿り着いた悠達は、呆れ返るほどの螺旋階段を急いで駆け上り、最上層へと辿り着いた。
「遅かったじゃない。もう見えるわよ」
その窓には、既にシエルが腰掛けていた。
悠達を迎える声とともに窓枠を降りると、客人を招き入れるように窓の外を指し示す。
そこに所狭しと顔を突っ込んだ悠達は、ついに『それ』を目の当たりにする。
「わああ……!」
「あれが……」
「『ネーデ』ですか……っ」
塔よりも更に上、遥か上空には『アーク』よりも更に巨大な大地が、暗闇にその姿を浮かべていた。
クララが胸の前で、きゅっと手を握る。
そこに一体何があるのだろう。まだ見えぬ大陸の上に思いを向ければ、不安になるのはクララだけではなかった。
だが──
「なーに、大丈夫さ。何があっても、俺らならきっと上手く行く。……多分な?」
「そこはもうちょっと格好良く締めて欲しかったなあ……」
「でも、げんきは出たでしょう?」
怖くはない。何度もそんな不安を、蹴散らしてきたのだから。
星空に浮かぶ巨大な大陸には、何が待っているのだろう。
期待と不安を織り交ぜて、悠達はその大きな姿を見つめ続けていた。
──星の海の孤独。その中でも、皆と一緒ならば寂しくないことを、知っているから。




