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第八十二話:時の彼方の旅路

 遅めの昼食を終え、悠達は再び行進を続けている。

 エネルギーを補給したばかりであるためか、皆の足取りは軽い。


「ホントに歩いて大丈夫なの? せめて杖でもついた方が──」

「少々痛むが、気力体力ともに余っているくらいなんだ。心配はいらないよ、クララ」


 その中には、カティアの姿もある。言う通り、その顔には疲れも苦痛も見当たらない。


「無理しない、って自分で言ってたからなんも言わんけど……タフだなあ」

「そりゃあ私も普通は歩けなかったと思うがね、治療もしてもらったし、本当に問題がないんだ。ちょっと自分でも驚くくらいだが……」


 悠達に困惑させている実感はあったが、驚いているのは自分も同じ。そう語るカティアの言葉に嘘は見当たらない。

 それは一重に、クララの治療と悠の料理、二つの回復効果が組み合わさっているからこそのことだった。

 加えて言うならば、二人のレベルが上がっていることと、食材の格。クララは治療を使っても二三日で治る怪我ではないと言ったが、好条件が揃った治癒効果は予想を遥かに超えて凄まじかったのだ。この分では二日ほどで完治してしまうだろう。

 怪我人のカティアが元気よく歩いている。それが、この行動速度の理由だ。

 それは幸運だったと言えるだろう。当初のように、目的地に行ってから第二拠点まで帰るといったことは不可能だろうが、中央部からの離脱は速いほうが楽だからだ。


「……あれ、ねえ! あれじゃないの!?」


 だからこそ、それを見つけるのは必然だった。

 ジャングルの中にあって、なお目立つ石造りの建物。シエルが指差す方にあったのは、石柱以上に明確な文明の足跡だった!


「お……おおお~ッ! な、なんだアレ! すっげー!」


 ひと目見て分かる、今までにない『目的地』の造形。一枚の石から作り出したかのような継ぎ目のない壁は、ジャングルの中にあってひたすら異質な存在だった。


「遺跡……と言うには新しく見えるが……」

「凄い魔力なのに、蔦の一本も絡んでない。……なんでだろう」


 継ぎ目のない岩で造られた神殿。それを形容するのならばそうなるだろうか。

 カティアの言う通り、あまりにも劣化が見られない建築物は、遺跡という表現は不適切にさえ思えた。

 慌てて駆け寄る悠達。疲れも、痛みももはや関係ないといった勢いだ。

 少し近づくと、生え散らかした植物の隙間に、石畳の道が見える──

 随分とあっさりと見つかったが、なるほど。これはそういう風に出来ているのだと、カティアは得心した。

 そこら中に目印がある以上、ここにたどり着くのは難しいことではない。歩きやすいよう敷き詰められた石畳の存在からも分かるように『ここまで来やすく』なっているのだから。

 暑さや、番人たる竜の存在がなければ、誰がここへ辿り着いていてもおかしくはないはずだ。

 だが恐らく──それを成し遂げた者は居ないのだろう。

 造られた時と同じ姿をしている。そう悟らせる神殿の姿は、だからこそ人の訪れた気配を感じさせなかった。


「……と、とにかくはいってみませんか。ここでこうしていても、しかたがないでしょう」


 その立ち姿に圧倒される悠達だったが、アリシアの一声でようやく悠はフリーズした頭を再起動させた。

 ──しかし。


「そ、そうだな……って、あれ。どこから入るんだ、これ?」


 道の続く先にあるべきモノが、ない。

 石畳の建築物には、門もなければドアもついていなかったのだ。

 まさかこれほどの大きさで、何らかの状態で劣化を防ぎつつ、勿体ぶったジャングルの中心に建っているモノがハリボテということもあるまいに。

 どこから入るのだろうか──と。ペタペタと石の道の先を触っていると、そこに白い陶器のような指が触れる。

 すると──悠の眼前が、青く光る。

 見れば綺麗な直線が、垂直に伸びていた。光は走り、ヒトの背よりも少し高いくらいの長方形を形作る。

 ……まさか、と悠が自分の考えを否定すると同時に、そのまさかが現れた。


「いっ……入り口だーッ!?」

「う、ウソっ!? なんなのこれ、どんな文明の技術っ!?」


 真っ先に食いついたのは、根っからの冒険者二人だ。

 しかしすぐにシエルがはっとなり、遅れて悠もはしゃぎすぎる自分に気づく。

 間近で見ていたのは白い指の持ち主である、クララだ。


「あ、はは……開いちゃったね……」


 困ったような、誤魔化すような……なんとも味わい深い表情であった。

 二人、とりわけシエルは普段のクールなイメージが有るためか、小恥ずかしそうにしていた。悠はなんとなくそれを感じ取ったが、指摘しなかったのは仲間意識からだろうか。


「『白の砂漠』の集落の倉庫と同じ認証式……だろうか。それにしても驚いたな」

「多分そう。まさかなー……って思ったけど、本当にそうだから私もちょっとビックリ」

「ですが、これで入れるようになりましたね。ほら、行きましょう、ユウさん、シエルさん」


 立ち直った悠とシエルを伴って、全員で神殿へと足を踏み入れる。

 すると、音もなく背後の光が消えた。


「うお、閉まってる!?」

「む……出られるのか? いや、それよりも」

「窓もないのに明るいわね……」


 扉が閉まっていたのだ。脱出の心配が頭をよぎるが、それよりもまず悠達は神殿の中が明るいことに気がついた。

 外観の通り、窓はない。照明のたぐいも無いというのに、神殿内部は程よく明るいのだ。


「不思議……空気も、ひんやりしてるね」

「あ、本当だ。……マジでどうなってんだ」


 更に言えば、涼しい。その温度は、薄着でも寒くなく、もう一枚くらい着込んでも暑くない、非常に快適なものだった。

 外の暑さを考えれば、どう考えてもおかしいだろう。自動ドアにエアコンといってしまえばそれまでではある。だが、この世界には科学の技術というものは、存在していないのだ。

 これらの全てを魔法技術で管理している。それはあまりにも途方のない文明の力だった。


「……誰か、誰かいませんかっ!」


 そしてそれらは、今までに感じたことのないほど、人の存在を期待させた。

 必死に、呼びかけるようにして声を響かせるクララ。屋敷のロビーを思わせる内装に靴の音を響かせながら、さまよい歩いていく。


「あっ……おい!」

「……私達も、クララを追おう。何があるかわからないからな」


 もしかしたら人がいるかも知れない。そうとさえ思えるほど、ここは全てが整っていた。

 だがこの神殿に悠が感じた不変は、そんなものではなく──

 まるで時からさえも忘れ去られたような孤独。この寒々しい光景は、そんな表現を思い起こさせた。


 ◆



「やっぱり、人の姿はなかったわね」

「薄々そんな気もしてたけどな……」

「気をおとさないでください。まだこの部屋に何か手がかりがあるかもしれません」

「……うん、大丈夫だよ。ありがとう、アリシアちゃん」


 しばらく探索した後、悠達は再び玄関の部屋に集まっていた。

 そこには大きな扉があり、明らかに他の部屋とは違った様子を見せている。

 にもかかわらず悠達がこの扉の探索を後回しにしたのは、『なにか』がアリそうだという確信があったからだった。

 ──神殿内部は、人が住めるような部屋が幾つもあったのだ。

 恐らくは宿泊施設か、少なくとも宿泊機能を兼ね備えた施設なのだろうというのが、現在この建物で唯一わかっていることである。

 幾つもの個室があり、用を足すトイレ、恐らくは調理をする場など、生活に必要な部屋が揃っているのだ。

 だが、人の姿はまったくなかった。人が住むべき部屋に人が居ない、という事実は、重かった。

 そうして最後に回したのが、この扉であった。神殿内の部屋がどれも人が使う事を想定したドアや入り口などをしていたのに対して、この扉だけは妙に大きく儀式めいた様式を感じる、というのが悠達の考えだ。

 クララが手をかざせば、それも開いた。地面に収納されるように、石の擦れる音とともに扉が下がっていく。


「螺旋階段……か」

「下はふかいですね。あなもひろい」


 その扉の奥にあったのは、下へと降りる階段。

 顔を見合わせてから頷いて、悠達は階段を下っていく。

 一段を踏みしめるごとに、空洞に乾いた音が駆け巡る。石の段に靴の音が、ばかにうるさい気がした。

 しかし何事もなく悠達は階段を下り終えた。

 大分長く降りたその最下の空間には短い回廊があり、どこかへつながっているようだ。

 敢えてそう造られたのか、薄暗い空間を歩く。

 ──もしもこの薄暗さが意図されたものならば、きっとこれを見せるために違いない。

 回廊がつないでいた空間を見て、悠はそう思わざるを得なかった。

 回廊の先にあったものは──石で囲まれた巨大な空間。

 その中心に浮かび上がる、金色の結晶だった。縦長の八面体から溢れる眩いばかりの光は、巨大な空間を明るく照らしており、その荘厳さを無言で誇っているようであった。


「ま……マナクリスタルか!? バカな、大きすぎる!」


 最初に驚愕の声を上げたのはカティアだった。その他は、圧倒されるか、放心するか──それだけのものが、そこにはあったのだ。


「マナクリスタルって、なんだ?」

「……長い時間をかけて抽出される魔力の塊……って言ったらいいのかしら。宝石の一種よ。極圏の魔力が強い箇所で出土する事が多いわ。でもこれは、大きすぎる」

「本来ならば精々が小指の先ほどの大きさなんだ。……だが、その程度の大きさでさえ、山一つを粉々にする力があるとか……」

「ま……マジか? って言ったらコレ、どうなんだよ……十メートルはあるぞ……?」

「ついでに言うと値段……というか希少価値もすごいわね。小指程度の大きさでも、小さな国を一から作れるくらいになるらしいわ。まあ、個人で所有できるモノじゃないわね……」


 カティアとシエルが言うには、それはマナクリスタルという存在らしい。

 比較に出されるものが山やら国やらというと悠には想像さえ出来ないモノだったが、ならば逆に納得もできるというものだ。


「じゃあ、これが……」

「この極圏を『運営』する動力……なのかしら」


 空を飛ぶ島という非現実的な『世界』。それを作り上げ、維持していく。それだけの力があるというのも、納得だ。

 この巨大さならきっと、思いつく限りのことは不可能ではないのだろう。

 きっとその存在は、人間の尺度では測れないのだろう。悠には、それだけしかわからなかった。

 ……巨大な『マナクリスタル』にあっけにとられる悠達。

 だが、クララだけは違うものを見ていた。

 それは、マナクリスタルのずっと奥の壁にかけられた、プレートだった。

 何らかの文字が刻まれた──唯一の、手がかり。

 プレートを発見したクララは、一目散に走り出す。

 悠達はそれを見ていたが、クリスタルを素通りしてまで向かう何かがある……と気がつくと、急いでその背を追う。


「な、何があったんだ……?」


 張り付かんばかりに壁にかけられたプレートを観察するクララに、戸惑いながらも呼びかける。

 するとクララは、顔も向けずに、言った。


「あー、く。自動航行って、書いてある」


 方舟(アーク)。自動航行。

 刻まれた文字を悠達に告げると、誰もが天を仰いだ。


「マジかよ……」


 夢物語の推測が当たっていた。それがこの様なモノだった場合、人はどの様な反応を見せるのか──悠は、それを身をもって体感した。


 ◆



「えっとね……多分、古すぎてかな? 読めないところもあるんだけど、いい?」

「俺らじゃまったくわかんねーからな、頼む」


 あれから少しして、ようやく我に返ったクララを取り囲むようにして、悠達は無機質な石の床に腰を下ろしていた。

 壁にかけられていたプレートには、やはりマオル族の文字が刻んであった──悠達が今のところ分っているのは、それだけだ。

 しかしそれだって、マオル族を追う上では今までで最大の手がかりと言える。

 古代文明の謎を追い、完璧というのも生易しい遺跡を見つけた。それだけでも十分なのだが、悠達にはそこに残された文字さえすぐに読めるクララがいるのだ。

 間違いなくこの瞬間は、歴史のターニングポイントになったと言えるだろう。その興奮に目を輝かせるのは、なにも悠やシエルだけではない。


「えっと、まずなんだけど──この極圏というか島の名前は正式名称を『アーク』。伝説の通り、その役割は『定期船』ってニュアンスの言葉で、合ってるみたい」


 そんな期待を一身に背負い、クララはすらすらと語り始める。注目と期待を浴びるのも、もう慣れているようだ。楽しくさえ感じられるのは成長のおかげと──手に入れた情報が、今まで以上に明るく手応えのあるものだったからだろう。


「おおおー! マジで定期船だったのか! スケールでけぇ!」

「アークが出来たのは、マオル族が大陸をおわれるよりもっとずっと昔。マオル族の更にご先祖様に当たる人達が、もしものためにと残した『箱庭』でもあるみたい」


 遠い昔に思いを馳せながら、クララは語り続ける。

 このアークは一人の賢者によって造られたこと。

 本来は生物種の保護や、理想の楽園を意識して作り上げられたこと。

 石柱は気象を管理するシステムの一部であり、ここである程度その操作が可能ということ。

 この神殿はやはり方舟に乗る人達の宿泊施設としての役割もある。そして何より巨大なマナクリスタルとそれを司る技術が集められているということ。

 クララが語る内容は、この『アーク』のおかしな所や疑問点などを解決していく。

 それらを聞いて去来した感情は、感服と呆れだった。


「全部カミサマの仕業かと思うくらいだったけど……まさか一人でやってるとは思わなかったなー……」

「とほうもないですね。……もう少しマシなまものをつれてきてくれていたら、らくだったのに」

「だよね。でも本来は魔物を温厚にさせる機能なんかもあったみたいだよ。……あの竜が勝手に住み着いて、ダメにしちゃったらしいけど……」

「またアイツか! 本当に厄介な存在だな……」

「ちなみにだけど、名前はアルパって言うみたい。古代種っていうのも、間違ってなかったみたいだよ」

「アルパ、ねえ」


 恐竜の見た目をしているのだから当たり前といえば当たり前だが、悠が『アルパ』に抱いた印象はやはり恐竜であるとか原始的ということだった。

 『最初の者』というのはいささか誇張があるように思えたが、なるほど。古きものという意味ならば、わからないでもない。

 しかし、過ぎたことはもうどうでもいい──というのは過去の記録を紐解いている今では不適切な気もするが、それでもやはり重要なのはこれからのことだ。

 クララも意図して引っ張った、今悠達が最も気になること。


「それで──今は定期船の役割をしている、アークの行き先が、ここに記されてる」


 それは、このアークの行き先だ。

 クララの指差す方へ、悠達は身を乗り出した。……当然、分かるはずなど無い。

 だが、クララがその名を読めば、文字と音が一致する。


「行き先は、ネーデ。この古代のマオルの人達が──楽園って呼んでいる場所」


 ネーデ。そのカタチの名前を、誰もがつぶやいていた。


「昔々のマオルの人達が、何かがあった時の避難所として作っておいた場所、それがネーデ。大地が割れても、海が起き上がっても大丈夫な──最後の楽園」


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