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第七十六話:深緑の大地

 太陽が遮られた薄暗い森の中。

 風に揺られる木々のざわめきを聞きながら、悠達は新緑の中を歩いている。

 陽の光が遮られた森の中は薄暗く、外縁部の沿岸よりも照り付くような『熱さ』は抑えめだ。


「あつい……」

「ですね……気がめいります……」


 それでも、クララとアリシアは溶けた氷のような声で暑さを訴えかけていた。

 気温で言えば低いのだが、湿度が保たれている熱帯の森のような気候は、この世界の人々にはキツいらしい。

 じめじめとした熱気が纏わりつく気候は沿岸部の熱さよりなお『暑い』。

 『大陸』の気候は、非常に過ごしやすい。一年を通して暖かく、地球で言えば春のような気候が続くのだ。

 湿度に苦しむこともなく、暑さにあえぐことはなく、寒さに震えることもない、そんな理想的な気候の元に暮らすこの世界の人々は寒暖差に弱いらしい。

 文句や泣き言こそないものの、その暑さはシエルやカティアでさえ辛いものだ。


「キツそうだなあ。もうちょいしたら休憩時間にするから、あとちょっと気張れ~」


 軽い調子で言うと、悠の背後からうへえ、とでも言うような疲れの吐息が聞こえてきた。

 苦笑しながら、悠はふと辺りを見回す。

 外縁部から島の中心を目指して歩いてきた現在、周囲の風景は変化してきている。

 薄暗い森の中は歩みを進めるほどによりその緑を濃く強くして来ており、本来なら明るくなっていくはずの時間帯においてもなお歩くほどに薄暗くなっていく。

 木々は風景の変化とともに背を伸ばしていくようでもあり、しかしざわめくような魔物の声は減ってきている。

 それはまるで時間に反して夜が訪れていくような錯覚を与えた。

 感覚の不協和音は、悠の不安を煽る。まさしく楽園のような外縁部とは違い、ここはまさしく『極圏』たる──独特の、寂しさに満ちていた。

 中央部へと向かうにつれ、暗く深く、そして静かに。しかして異様な圧迫感が増してくる。

 なんとはなしに、この異界の先に待っているものは何かとんでもないものなのではないかと、悠は予感を覚えた。


 それでも悠達は薄ら暗い異界を進む。

 ……悠達が今、中央部へ向けて歩みを進めているのは、この『不帰の楽園』に来た目的を果たすためだ。

 すなわち、極圏の調査。生活基盤を整えた今、ついに本来の目的である調査を進めていこうというわけなのである。

 もしもここで暮らしていくだけならば、外縁部にいればバカンス気分で生活することも出来ただろう。だが、悠達には到達しなければならない真実があり、そのためには小さな手がかりでも広い、点と点をつないでいく必要がある。

 そのためには、多少の苦労も必要──というのが悠の、悠達()の考えだ。


「ふうー……きゅうけいをたのしみに、がんばるしかないですね……」

「その意気その意気。ちょっとしたお楽しみも考えてるから、頑張れよ~」


 体力的には身体が小さい分劣るアリシアも、なんとか食らいついているのだ。弱音を吐かずに付いてきてくれる皆に感謝しつつ、悠は余裕を持っている分さらに頑張る。


「しかし……ユウは、暑さに強いな……私やシエルでさえ結構キツいのだが、大したものだ」

「こないだ話したけど、俺のところじゃ夏はこのくらいあったからな。部活つって学生のときにスポーツに打ち込む文化があったんだけど、何故か夏にこそ練習や大会が集まってんだよなー。だから、キツいはキツいけど耐性があるのかもしんねーな」

「こんなに暑い中で訓練を……? それって訓練になるのかしら……」

「一応スタミナなんかはつくらしいけどなあ。俺は合わなくて中学で……あー、三年くらいでやめちまったよ」


 身体を動かすのは嫌いではないが、取り立てて好きというわけでもない──親に一応運動部に入っておけと言われたからとりあえず三年間はやっていた。そんな過去を話しながら、悠は辺りを見回しながら歩く。

 この極圏のような暑さの中で娯楽のために身体を動かす……という文化はよくわからなかったが、悠のような人物が何人もいることを想像し、シエルは頭を振るった。

 流石に悠が暑さに強いのは中学生の頃に夏の気候の中部活の練習をしていたから、というだけではない。この世界で育んだ力があるからこそだが、悠自身がわかってない以上、クララ達もそんなことは知る由もない。


「ん、あれは──」


 さておき。悠が目を皿のようにして辺りを見回しているのは、調査のためだけではない。

 未知の味覚──それこそが悠の原動力にして出発点だ。こうして極圏の調査をしている最中でも、いや最中だからこそ、それだけは忘れない。

 『食勘センサー』の反応に釣られてか、悠がふと上を見上げると、そこにはなにやらきらきらと光る何かが揺れている。

 薄暗い森の中に浮かぶようにして揺れているそれは、まるで夜空の星のようだった。


「ちょっと取ってくるわー」


 が、感傷的な風景では腹は膨れない。言葉を行動で示すかのごとく、悠は身を屈め『反発』の力を発動する。

 地形に対する力を増幅する能力は、僅かに身をかがめただけの悠を十数メートル上まで跳ね飛ばす。

 木々の高い枝に並ぶと、悠は適当な枝を見繕って手を伸ばした。


「ほおー……淡く光ってる。にしても星型とはまたベタな」


 地上から見えていた星のような実の正体は、まさしく星だった。

 立体的な星型の実を幾つか摘むと、悠は『硬質化』を発動しつつ地上へと飛び降りる。

 ひらりと舞い戻る──わけにもいかず、質量感のあるどすんという音を響かせると、悠は若干の足の痺れに「い」と歯をむき出した。


「おかえり~。何を取ったの──って、またちょっと変わった果物だね。なんていうか……まんま星みたいな?」

「だなあ……いやあ、俺の世界でも切ると星型になるっていう果物はあったんだけど、ここまで露骨な星型は見たことねえや」


 樹上から帰ってきた悠を迎えたクララが、成果物を見ながら曖昧に笑う。

 下から見上げたときに星のように見えた果実がまんま星だった──とは中々の笑い話だと思ったからだ。


「おお、くだものですか……そういえばさきほどからくだものばかりしゅうしゅうしていますが、これがれいのおたのしみですか?」


 ひょっこりと顔を出したアリシアが、悠の手の上の果物を見て、首をかしげる。


「そうそう。もちろんひと手間加えるから、楽しみにしててくれ」


 問いかけに、悠は肯定する。敢えて果物を『どう』するかを答えなかったのは、お楽しみ──モチベーションの一つに加えるためだ。


 ──そう、探索の道すがら、悠は果物を積極的に集めていた。

 収集とさえ言える程度の成果は、比較的体力に余裕があるカティアやシエルの手にも積まれている。


「それにしても、この辺りは果物が豊富なのね。中央部に近づくにつれ、見るようになった気がするわ」

「ああ、豊富な魔力源がある可能性があるな。この浮島が古代文明の技術に依るものというのも、あながち与太話でもないかもしれん」


 外縁部やその付近と比べ、中央部へ進むほど多くの果実などが姿を現すようになっていたのだ。

 魔力とはこの世界における万物に共通する栄養素のような役割も果たしている。魔物に依らず、植物もまた豊富な魔力を蓄える地では活発に活動しているのだ。


「そうだね。やっぱり何か、人為的な力を感じる気はするよ」


 そしてそれは、全員がなんとなく感じていることだった。

 魔力が影響を及ぼして形成されている極圏としては、中央部ほど強力な魔物が出現したり、過酷な環境があったりというのは珍しい話ではない。

 それでも特に『不帰の楽園』ではその傾向が強いようにも思えるのだ。

 不帰の楽園の面積は、極圏の中でもかなり狭いほうだ。しかしそれにしては、外縁部と中央部で差がありすぎるのだ。

 強い魔力が影響を及ぼして過酷な環境が形成されるのならば、外縁部だってもう少し住みづらい環境であっていいはずなのだ。


 にもかかわらず、外縁部はリゾート地と見紛うほどに住みやすい。とても、極圏とは言えないほどに。

 まるで──意図的に外縁部とそれ以外で『区切った』かのような、明確な差が存在するのだ。

 もちろん、これだけでそう決めつけるのは早計というものである。魔力、そして魔法がどれほどのことを出来るか悠は知らない──が、気候を操るなんて言うのは、地球でさえ実現できていない超技術だ。もしも本当に島の環境を区切る(・・・)ことが出来るというのならば、それは人智を越えている。


「……ユウ? なにか見つけたの?」


 それが人の手である可能性など、現状ではないと等しい。

 だが──この地に人がいた可能性は、たった今、確信となって悠の前に現れた。

 突然動きを止めたかと思えば、『なにか』に向かって一直線に駆け出す悠。それを見たクララはまたフルーツでも見つけたのかと過ったが、それにしては様子がおかしいと気がつくのは一瞬だった。


「ユウ? ユウ!」


 ただならぬ様子に、仲間達も駆け出した悠を追う。

 しかし悠はすぐに歩みを止めた。それは、植物のツルが絡まった『なにか』の塊の前。


「ツル……が、石か何かに巻き付いているな」


 悠の元へと辿り着いたカティアが、悠が立つ前の塊を見て、なんでもないように言う。

 ツルの塊の奥には、石の肌が見えた。石か何かとは言うが、紛れもなく石だろう。それは間違いない。

 ただし──


「これがどうかしたのか……ユウ?」


 不自然な所がある。まずツルの塊の形が異常だ。

 悠の胸の位置あたりまで、地面から垂直に伸びているのだ。

 それに、除く石の肌も、奇妙なまでに凹凸が少ない。


 ならばこれは──

 なりふり構わず、悠はツルをむしり始める。

 少し遅れてクララ達が悠のもとへと駆けつけるころ、それは現れた。


「こ……これは……」


 息を切らしながらも、アリシアが目を見開く。

 ツルの塊の奥から現れたモノ。

 それは石だった。ただし、角があり、面があり、地面から伸びる──


「柱、だと思う」


 柱。明らかに加工された石が、悠達の前に立っていた。


「な、なぜこんな場所に? いえ、それよりも──」

「ヒトが造ったもの。だよね、ユウ」

「ああ」


 そう、それは見えざる手の証明。歴史というツルが絡みついた奥から現れたものは、かつて人がこの地に何かを残した跡だったのだ。

 平らな石の面に、クララが手を触れる。

 目を閉じて神経を集中するさまは過去に思いを馳せるようでもあった。


「……強い魔力を感じる。多分、ツルが絡みついていたのはそのせい。魔力を欲しがった植物が、この魔力に惹かれたんだと思う」


 古ぼけた石柱から感じる魔力。

 やはりそれは、石柱が人為的な存在であることを示している。


「こりゃあ当たり、だな。それがなんなのかはわからないけど、この島には間違いなく人の手が入ってるってわけだ」


 悠の言葉に、頷く面々。

 明確な進展を見せた調査に、興奮が頬に赤らみを差す。

 悠もまた、未知に湧いていた。

 魔法の普及した世界でさえ、夢物語の域を出ないなんらかの超技術の存在。

 いわば魔法のSFの様な技術が、その輪郭を表しているのだ。気分が高揚しないわけもない。

 だが──


「……よし、今日の調査はここまで! 一旦拠点に帰るぞ!」


 熱い時こそ冷静に、というのがあらゆることの鉄則だ。

 中央部ほど森は色濃く、深い闇を湛えているだろう。日の沈みを考えると、これ以上進行すれば拠点に帰ることはできなくなる。どれだけ強い魔物が生息しているかわからない以上、先の見通せない闇に身を置くことは避けるべきだ。


「ほんじゃ、川まで戻ったら休憩! お楽しみの時間と行こう!」


 悠の言葉に、クララ達は湧き立つ。明確な目標と今までの苦労に対するご褒美が設定された故の喜びだった。

 ──英気を養い『その時』に備える。

 心身ともに充実させる、その重要さがわかっている悠達は、意気揚々と帰路についた。



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