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第七十一話:不帰の楽園

 いつだって、悠達の門出には強い風があった──

 と。事実ではあるがそう表現するとなんだか運命的な物があるように感じられるが、実際には極圏に出向く際には船を使う必要があり、海辺からの門出になるのでそう珍しいことではない。

 ではあるのだが──


「うおお……この季節だとちょっと寒いな……?」

「な、なんか風も少し強いね?」


 今日、悠達が門出に使うのは港ではなく──モイラスとも少し離れた、岬に居た。

 吹きすさぶ風は強く、極圏『不帰の楽園』に合わせた服装は冷えてきた季節の冷たい風をほどよく通している。なので、とにかく寒かった。


「はっはっは、その格好だと寒いのも無理はないねえ。僕は厚着だから平気だけどさ」

「ひじょうにむかつきますね。それをぬげといいたいところです」

「言ってるじゃないか……まあ大目に見てくれよ。僕もやることがあるんだから、体を壊すわけにはいかないんだよ」


 薄着の悠達の恨めしい視線を受けてなお飄々としているのは大司教ディミトリアスである。

 悠達の見送りにと忙しい公務の隙間を縫ってきたらしいが、これでは煽りに来ているのではないかと悠はふと考えた。


「僕は君達を信じているが……今生の別れになる可能性もゼロではないからね。見送りくらいには来たいんだよ」


 そんな思考が読まれていたのか、恨めしげな視線から読み解いたのか。

 ディミトリアスは陽気な表情に僅かな影を作る。

 そうされると、流石に悠も何も言えない。


「結局の所はまた会うことになると思うけどねー! なあに、輝きの台地を踏破した君達はまさしく『伝説』だ。新しい伝説が出来るだけだよ」

「はは、煽てるなって。……油断はしないからさ、また土産話でも蓄えてくるよ」

「楽しみにしてるよ。……そら、そろそろ乗り込まなければね」


 拳を突き出すと、ディミトリアスも悠に習って拳をぶつけた。

 ディミトリアスの言を受けて後ろを見ると、そこには見て分かる程度の速度で動く巨大な浮島がある。


「……いやあ、改めて見るとすげえもんだな。ホントに島が浮いてるって感じだ」

「そうとしかひょうげんのしようがないですね」


 悠の表現にツッコミを入れるアリシアだが──それもまた、事実だ。

 現代人的な感性を持つ悠には、そう表現する他ない。


 ──岬の先に見えるのは、巨大な大地。それが、ゆっくりと動いているのだ。

 ドーナツの様な海に囲まれた島。上から全景を見ると、不帰の楽園はその様に見える。ただし──岬からの大陸側には海はなく、道の様に地面があった。

 なるほど、確かに人の手を感じずにはいられない。ちょうど岬から島の中心まで『道』が重なるようになっている様を見て、悠はそこに神の細工を見た。

 島をまるごとひとつ飛行船にしたような──悠の居た世界では誰一人できないような所業だ。

 その光景はあまりにも非現実的で、かつ人工的だった。


「もう一度確認しよう。この岬から『不帰の楽園』に乗り込むことが出来るのは約四十分ほど。急いで行けば、沿岸部の食物の可食性を確かめて戻ってくるくらいは出来るだろう」


 だが感心ばかりもしていられない。

 暗に、無理そうならば戻ってこいとディミトリアスが語るのは、それだけこの極圏の難易度を重く受け止めているからだ。


「今でこそ不帰の楽園は緩やかに動いているが、岬を離れると速度を上げる。そうなると、もう帰っては来られないぞ。パッと見て無理を感じたら、帰ってくるんだ、いいね」

「わかってる。俺だって死ぬのは人並みに怖いからな」


 何度も無茶をしてきたからだろう、悠の言葉に女性陣の反応は様々だった。

 それも織り込み済みでディミトリアスは笑みを浮かべた。


「うん、じゃあ行ってくるといい。すぐ帰ってくることになる可能性もあるが」

「そうなったらかっこうわるいですね」

「はは……ちょっと気まずいよな。……じゃ、そろそろ行くか?」


 振り返って仲間たちにそう聞けば、同時に頷きが帰ってくる。

 ……そこに、死出の旅になるかもしれないという心配はない。

 事実、悠も気負っては居なかった。


「よっし、じゃあ出発するぞ!」


 おお、と拳を突き上げて、悠達は早歩きで岬を駆け上る。

 ──この岬だが、不帰の楽園という巨大な存在との橋渡しをするという事で俗称がついている。

 その名も、天国への階段。簡潔な名前だが、だからこそこの岬がどこに伸びているかが分かるというものだろう。


「無事を祈るよ!」


 『天国への階段』を登る悠達に、ディミトリアスは最後の声をかける。

 悠はそれに駆けながらも振り向いて手を振ると、そのまま走っていった。

 ──仲間たちと一緒ならば、きっと彼らは『天国』という名の印象を本来あるべきポジティブな『楽園』へと変えるだろう。

 仲間と一緒ならば、きっとどこでも、切り開いていく力があるのだ。

 悠達の背が見えなくなるまで、その背中を見送ったディミトリアスは、柔和な笑顔に冷たい風を浴びつつ呟く。


「さて──彼らも頑張ってるんだ。僕も少し気合を入れなきゃな」


 動く島を見つめながら呟いた言葉は、強い風にさらわれて消えていった。


 ◆


「おおおー! ここが! 不帰の楽園かあ!」


 そしてしばらく走って──『不帰の楽園』外縁部に辿り着いた悠達。

 視界に広がる光景に、悠は両手を広げんばかりに叫んだ。

 眼の前いっぱいに広がる光景。

 それはまさに楽園と表現できるものだったからだ。

 青々と生い茂った緑。その反対側には透き通った青い海が。見れば果物も実っていて──それは楽園と言われて思いつく姿そのままだった。

 浮かれては行けないとばかりに付近の果物などに毒物感知の感覚を研ぎ澄ませてみても、毒物の気配は感じられない。

 ……率直に言えば、ここに見える果物などは全てが食べられた。となると、言葉の意味どおりに楽園といって憚らない、夢の様な光景だ。

 しかし──テンションを上げる悠とは反対に、クララ達は早速ここが『極圏』たる理由の一端を感じていた。


「き、キレイな場所だけど……」

「あつい、です……」


 そう。ここ、不帰の楽園はまさしく『南国』。

 その暑さは、この世界の人間に取っては強烈なものだったのだ。


「確かに蒸し暑いな……こんなのは初めてかもしれない……」

「もっと暑い極圏にも何度か行ったけど、ここも中々のものね……」


 クララとアリシアは肩を落とすくらい、カティアとシエルも口調こそ乱れてはいないものの、気だるさを感じさせている。

 それもそのはず、季節によって暑い寒いはあるが、大陸の気温は一年を通してそこまで大きな変化が無いのだ。

 平均的な気温は日本の春ほどだろうか、とても過ごしやすい。


「え? 確かに暑いけど……俺の故郷も夏にはこのくらいになるんだけどな」

「ほんとに? なんだかユウの凄さの理由がちょっとわかった気がするよう……」


 対して。現在悠達がいるこの『不帰の楽園』の気温は三十℃を少し下回るくらいだ。

 加えて言うのならば湿度も高めで、日本の夏に近い気候と言えるだろう。

 そういえば湿度は高めだ。蒸し暑いと言われて気づくと、悠はより故郷の──日本の夏を思い出した。


「うーん、けど確かに慣れてないとこの暑さはキツいか。なるべく早めに色々やんないとなあ」


 暑さ対策だとたかがしれているが──それでも、やれることはいくつかある。

 しばらくはここで暮らすことになるのだ、その間に調査もしなければならない以上、時間はいくら合っても足りないくらいだろう。


「……うん、早速動こうと思うけど、行けるか?」


 なので、なるべく早めに動き出すに越したことはない。

 慣れているとは言ってもこの暑さは悠にとっても楽というわけではなく、過ごしやすい気候で生きてきたクララ達が動けるのかは心配だったが──


「大丈夫だよ。これくらいなら、頑張れば動ける!」

「私達もそれなりには強くなったからな。幸い『白の砂漠』の様に魔力由来の気候らしいし、魔力を纏えば対魔力である程度なら緩和できる」

「ん、そうか。じゃあ──って魔力の使い方覚えるとそんな事もできるのか? ……俺も覚えようかな」

「必要がないなら魔力の消費は抑えるに越したことはないけどね。ユウみたく素で耐えられるのならば、その状態が一番燃費がいいわ」

「しょうじきうらやましいですね……まりょくをつかわなきゃやってられないです」


 文句など交えつつも、クララ達は活力をアピールする。

 ただ問題が無いことは十二分に伝わったと言えよう。


「それじゃ気を取り直して探索開始と行こうか! とりあえずはディミトリアスの言ってた水場が使えるか試してみようぜ!」

「賛成! こんなんじゃ喉が乾いちゃうからね」

「汗をかきすぎれば命にも関わることだし、水の確保は最優先だな。既にインナーがじっとりと濡れていて気持ちが悪いよ」


 この調子の良さを維持するためにも、水の確保は避けて通れない問題だ。

 悠達はザオ教の調査団が書き記した近辺の見取り図を頼りに、水場を目指して歩き始めた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 待ってた。不帰の楽園編楽しみです
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