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第七十話:出発を前に

 とある高級宿の開かずの間と呼ばれる──と、いっても最近では悠達の出入りも見られるようになった──一室。非常に窮屈な状態で、五人の男女が集まっていた。

 一泊の値段が高いこの宿の中でも良い部屋のここは、本来なら五人くらい人が集まったところで問題にならない程度の広さはある。

 だと言うのに、今は一人ひとりがパーソナルスペースを確保するのもやっとの状態だ。

 それにはもちろん理由があり──


「やっぱ荷物だいぶ多くなっちまったなー……」

「あははー……だって、六ヶ月だもんね。これでも切り詰めた方なんでしょ?」


 単純に、荷物が多い。これに尽きた。

 六ヶ月に一度数十分──たったそれだけの渡航チャンスにかけるため、十分な荷物の選別を行う。

 いや行った結果が、部屋を埋め尽くすような荷物の山だった。


「というか、なぜいっしつにあつまっているのですか。せまいです」


 いくら広いとは言っても、一室ごとは二人部屋だ。荷物が増えればそれだけ足の踏み場も減ってくるというもの。そこに五人も集まれば、当然の結果と言えた。

 眉間にシワを寄せて抗議するのはアリシアだ。


「まあまあ、いいじゃないか。この狭苦しさも極圏に出るまでだよ」

「そうよ。荷物の確認も人数が多いほうがいいでしょう?」

「むー。それはそうですが」


 横になれていないことが不満なのか、アリシアは口では言いつつもあまり納得はいっていないようだった。

 だが言う通り、狭苦しいのも今のうちだろう。少々騒がしくて良質な睡眠が取れるとは言い難い状態だが、別に睡眠が必要な体調でもない──と思うのは、睡眠を好むアリシア自身意外なことだった。

 極圏『不帰の楽園』に出発するまで、あと二日。

 悠達は、宿で荷物の最後の確認をしている。


「日持ちしないような野菜は明日買って終わりかな。なんか食いたいものとかあるか? 野菜が食えるのは最初のうちだけだぞ」

「生物を持っていっても良いの? 荷物の量としてはコスパが悪くないかしら」

「ん、だからちょっとだけを嗜好品みたいな扱いでな。期間が長いから焼け石に水ったらそうだが、栄養的にも取れるもんはとっときたいし──」

「……えいよう?」

「ああ、そういえばシエルはまだ聞いていなかったか」


 時折雑談が交じるので、その効率はあまり良いとは言えなかったが、誰もがこれでいいと感じていた。

 丁寧でさえあれば、ゆっくりとすぎる時間が心地よかったからだ。

 極圏へ行けば、慌ただしい日々が待っている。だからこそ、この時間を楽しんでいた。


「さて、そんじゃ装備の方見てくかな」

「そういえば完成したのだったな! 私にも見せてくれ」


 しかし、探索の方も、嫌いというわけではない。

 目に映ることの全てを楽しんでいるのが、今の悠達だ。


「俺もとりあえずは付けられるって事しか試してないんだよな、っと……」

「おお! 中々良いデザインだな」


 悠が包を開くと、そこから出てきたのは漆黒のガントレットだった。

 まるで金属の様な光沢。だが、表面を触れば感じるのは落ち着いた冷たさだ。揺らぐことのない平穏の冷たさは、素材となった骨と爪──死の冷たさ。

 レザー部分に手を通してみれば、不思議なまでの通気性の良さが不快感を打ち消している。

 常に風の魔力を纏っているがゆえのものだ。


「すげえ、思ったよりムレない」

「ええ……一番にそこなの?」


 気が抜けた感想に呆れの声を上げるのはシエルだ。

 いつの間にか荷物をまたいで、最前列でかぶりついていたらしい。

 やはり武器や防具の話になると、職業として戦闘を行っていた者たちには気になるらしい。


「しっかし、軽いなー。付けてないみたいな軽さなんだけど、大丈夫なのかこれ」

「あれほどの巨体で空を舞っていた魔物の素材だ、軽さの方は折り紙つきだろう」

「強い魔力も感じるわ。これなら防御力の──特に属性攻撃に対しての防御も期待できるでしょう。ちょっと、魔力を込めてみてくれる?」

「ええー……俺ちゃんとソッチの技術の練習してないんだよ。……こんな感じか?」

「いつもやっているじゃないか──うん、いいぞ」


 真剣ながらも淀みなく、尽きない会話はそのまま彼らの興奮を表していた。

 それを見て、アリシアは頬を膨らませ、クララはアリシアを見て苦い笑いを浮かべる。

 

「お? なんか風が吹いてる……」

「マジックアイテムね。貴方の力とは別に、この力が色々な攻撃を弱めてくれるはずよ」

「そりゃ便利だな。俺は攻撃を避けるよりは受け止めるって感じだしな」

「いつもお世話になってるよ、ユウ」


 前衛及び限りなく前衛に近いシエルたちだと、より感性が近いのだろう。

 さながらそれは職場トークだ。


「あー、そういや、ドロウサイダーのナイフの方はどうだ?」


 しかし避けては通れないその話題を出す時には、さすがの悠も苦笑いであった。


「ん、予想以上にいい感じで余計に複雑ね。それは刺さるだろうって思ったわ」


 シエルの口ぶりはやはりあまり気にしていない様子で──むしろ自虐的な言に悠はやはり笑うしかなかった。

 ニコッ! ……とでも言い表せそうな威勢のいい、かつ苦々しい笑顔にそれを見ているシエルのほうが笑ってしまうくらいだ。


「岩や土……後は、肉に突き刺すためだけあって、用途が多いわ。これなら色々な魔物の身体を裂けそう。本当にもらっちゃっても良かったの?」

「あー、うん……そりゃな。でも、ハナシだけ聞いてるとやっぱり凄いな。見た目もまるで金属だし、強い魔物の身体の一部ってそれだけですげぇんだな」


 やたらとドライなシエルに困惑しつつも、その性能評には感心する。

 冒険者としてのキャリアがあるからだろう、あくまでもその評価は公正だ。


「と、新しい装備の確認もこんなもんにしとくか。……クララ、日記の方でなんかわかったんだって?」

「えひっ!? あ、う、うん」


 しかしこのまま続けていけばまたエグい話が出てくる──顔を青くしていたクララを気遣い話を振ると、それは逆効果になってしまったようだ。

 話したい事があったのも事実のようで、クララは咳払いをしてから語り始める。


「まだ確定じゃないんだけど──やっぱり『不帰の楽園』はマオルの人達と関係があるかも……って」


 クララの発表に、一同がおお、と湧き立つ。

 集まった視線に顔の熱さを感じつつも、クララは続ける。


「日記の方に、いくつかだけどそれっぽい手がかりがあったんだ。殆どは恨み言だったんだけど──その中に『楽園』って単語があったの。ちょっと読んでみるね」


 ん、と咳払いをして、マオルの日記を開き、クララにしか読めない一文を音にしていく。


「『楽園とやらに向かった同胞はどうしただろうか。楽園、そんなモノがもし存在しているのならば──どちらにせよ、苦難に満ちた現実よりも、夢想に殺されたほうがマシだった』」


 言う通り、それは恨み言だった。

 ……手を伸ばさなかった希望への後悔。

 そこには確かに楽園という名があった。


「楽園……か」

「ぶんめんからすると、かのじょたちにとってもかいぎてきなそんざいだったようですね」

「うん。ありがちな単語だけど、その感じが『不帰の楽園』に似てるなって思ったの」


 アリシアの言う通り、その文面からは『楽園』という存在への疑心を感じさせる物だった。

 あるかわからない『楽園』──楽園という響きを捨ててあえて困難の道を選ぶくらいには、それは不確かで、『輝きの台地』を選ぶ以上に困難な道だったのだろう。


「確かに『不帰の楽園』でも同じことは言えるわね」

「ああ。少なくともいくらかのマオル族が『楽園』なる存在を『目指した』のは事実のようだ」


 決して低い可能性でもないと思う。悠がそう伝えると、クララ達は頷く。

 静かに、しかし熱い興奮が内から湧き上がってくる。


「へへー、なんかちょっと楽しみになってきたかもしんねえ」

「同感だ。未だ誰も戻ってきてないところに行くというのにな」

「私も……なんだか、怖くないよ」


 目標に向かって歩む意思と、冒険心。その二つで、悠達は困難への道の第一歩を踏み出してきた。

 旅に出るのに一番必要なものは、もう準備が出来ているようだ。



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