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第六十八話:空の極圏

「……なるほどねえ、頂上には大いなる実りと、それを独占する暴君がいた……か。その洞窟で見つかったという遺体の人たちも、さぞかし無念だったろうね」


 それからしばらくして。

 魔物の素材の紹介と雑談を終えた悠達は、本来の目的を果たそうとしていた。

 『輝きの台地』で確認したものの報告である。

 ある意味では雑談もまた目的であると言えるものの、極圏探索隊としてザオ教からサポートを受けている以上、あくまでも『本題』はこちらなのだ。

 一転して落ち着いたトーンで話すディミトリアスは、なるほど先の陽気な青年を見ていなければ、この世界のトップだと言われても疑う余地のない威厳を纏っている。 


「ああ、状況から見ても『主』の魔物のせいで身動きが取れなくなったのは間違いないと思う」

「だが君たちがそれを倒した……か。いやいや、本当に目覚ましい成果だ。特にこの『白銀米』は、間違いなく人類の歴史に足跡を残すだろう」


 悠から提出された穂に実る白銀米をくるくると弄びながら、ディミトリアスはアルカイックスマイルを浮かべる。

 だが、じわじわと、それが崩れてくる。

 ディミトリアスの表情はやがて熱を帯びて赤くなり、笑みには隠しきれない喜びがにじみ出てくる。


「本当によくやってくれた! こう言うと悪いが、正直に言えば『輝きの台地』の完全な踏破は想像だにしていなかったよ。だが君たちは見事それを成し遂げてみせた──素晴らしい『進歩』だ!」


 興奮を抑えきれない──悠達の偉業を褒め称えるディミトリアスが口にするのは、英雄を称える少年のように純粋な言葉だった。

 悠達の前では陽気な青年でも、ディミトリアスは行動実績共に優れた、大司教にふさわしい貴人だ。

 そんな彼に手放しで称賛されるというのは、最高の名誉である。

 この国の要人がどの様なものか知らない悠でさえ、胸が熱くなるほどに。


「おめでとう! 君たちは、伝説を現実のものにしてみせた。未知を既知に変えた、歴史を一歩進めたんだよ!」


 しかし──だからこそ、それも続けば熱になる。


「ちょ、ちょいと小恥ずかしいな。なにもそんな大げさな──」


 嬉しい以上にベタ褒めされることで、なんだか気恥ずかしくなってくる。

 ディミトリアスを止めようとすると、ディミトリアスは戒めを振りほどくように頭を横に振った。


「いや、決して大げさな事ではないんだ。頂上の遺体の様に輝きの台地の最上層に辿り着いたものは今までも居たかもしれないが、少なくとも記録という世界において、君たちは新雪を踏んだ。いつだか話したけれど僕は『先へ進む』人間の可能性というものをとても好ましく思っている。輝きの台地にまつわる歴史には、君たちの名は人類が続く限り『最初の一歩』として語り継がれるだろう。あるいは、この白銀米も食の歴史に大きな革命を齎すかもしれないね」


 落ち着いた声だからこそ、その声は重く悠の中に染み渡ってきた。

 ディミトリアスの言葉が、純然たる事実だということは悠とて理解していた。

 この先誰が輝きの台地を攻略しても、それは二番目でしかない。その事実の重さを、理解できない悠ではなかった。


「本当に素晴らしいよ。目覚ましい進歩だ! 僕は、君たちを尊敬している!」


 いっそ芝居がかっているまでの言葉だが、それは本心から出た真の言葉だった。

 幸いにして悠もクララもカティアも、人を見る目には中々優れている。アリシアは「悪い例」をたくさん見てきたが故に、『わるいひと』はわかるし──シエルもまた、苦い経験で人の言葉の嘘を見抜くのは得意になった。


 そんな彼らだからこそ、ディミトリアスが悠達を尊敬しているというのが本当だと、わかっていた。

 誰もが救いを求めるような、立派な人物──それほどの人物にそう言われるのは、やはり悪い気はしなかった。


「……おっと、つい熱くなってしまったね。とにかく、もう少し君たちは偉ぶってもいいと思うんだがね……って話さ。とはいえあまり続けたい話でもないようだから、次の話に行こうか」


 しかし熱が入っているのがわかるからこそ、それが伝播するというものだ。

 ディミトリアス自身もそれでようやく小恥ずかしさを覚えたのか、咳払いをしてから姿勢を正す。


「さて、では気を取り直して……輝きの台地を踏破したという事で、君たちは今名実ともに冒険者の中で最も優れている一団のひとつと言っていいだろう。これは客観的な視点に基づく事実なので、そういうものなんだと受け取ってもらいたい。これは前置きなのでね」


 そうして切り出された次の話題はやはり悠達を褒めるような言葉から入ったが、補足の言葉通り、悠達は静かに頷いた。


「そこでだ。君達の実力を見込んで、次の目的地を僕の方から提案させてもらいたい。もちろん、最終的にそれを採用するかは君達次第だ。だが先に言わせてもらうのなら、事前の調査から君達では可能なのではないか、と思っている」


 珍しく、それはディミトリアスにしては穏やかな口調であった。

 満足気に細められた二つの瞳は、悠達を試しているのだと分かる。

 言葉通り、彼としては悠達ならばこれから与える課題をクリアできるものと考えているからだろう。


「……珍しくまどろっこしいな。どこに行かせたいんだ?」


 そんな『挑戦』に対して、悠は舞台に立つ。

 ディミトリアスは頼もしくなった少年の姿に口角を上げて──上を、指さした。

 釣られて、悠達は指の先を見た。当然、そこにあったのは天井だったが──まずはシエルが、一拍遅れてカティアが気づく。


「まさか……」

「空、ですか」


 カティアの確認に、悠達は視線を落とす。

 ──ディミトリアスの顔は、愉快そうに笑みを称えていた。


「正解。さて、察しのいいことだから勿体ぶるのは止めにしよう。僕からの行き先の提案──それは『不帰の楽園』だ」


 穏やかなディミトリアスの声のみが部屋に響く。

 だが、豪奢な執務室には、静謐の湖に石を投げ込んだかのように波紋が広がっていく。

 重圧──というと悠が思い浮かべたのは野生の強者との対峙だったが、執務室を満たしていったのは、確かにそれだった。

 一種の居た堪れなさに、悠は仲間の顔を一人ひとり確認していく。

 アリシアは、首を傾げている。クララは、自分と同じ顔をしていた。

 ならば、察しの良かった二人はというと──カティアは、無表情に冷たい汗を浮かべ、そして。


「私は、賛成できません」


 シエルが、睨みつけるようにディミトリアスを見ていた。


「そんなにヤバいのか……?」


 付き合いは短くとも、ここにいるものは皆悠の仲間だ。だからこそ、表情一つでディミトリアスの告げた場所がどの様なものかが、何となく分かる。

 悠の疑問に、シエルは静かに頷いた。


「……空と言われれば、私達冒険者はいくつか行き先を思い浮かべるけれど、不帰の楽園はその中で最も危険な場所よ。その名前の通り、そこに行って帰ってきたものはいないのだから」


 ディミトリアスを否定するような言葉を発するか、少しだけ迷ってから紡がれたシエルの答えに、悠はディミトリアスへと勢いよく振り向いた。

 いざとなれば命をかける悠でも、死ぬのは人並みに怖い。そんな危険な場所に行くタイミングが今なのか? その視線には、悠の抗議が含まれていた。

 だが、ディミトリアスもまた、悠は仲間だと思っている。意味もなく危険な場所に行くことを提案する男では無いこと、知っている。


「当然、根拠も理由もあるよ。一つずつ、述べていこうか」


 そんな自分の思惑が、伝わっていたことが嬉しいのだろう。

 底の深さを感じさせる笑みを人懐こいものに変えると、ディミトリアスは指を立てて説明を始める。


「まずだけど、理由からだね。シエルくんの言った通り、空に関連する極圏は少なくない。最も危険な場所というのも、ある意味ではそうだろう。厳密には違うが、帰還者なしというのも嘘ではないからね。それでも僕がここを推したのは、二つの理由があるからだ。一つは帰還者が居ない事による情報の少なさ、二つめは、至極単純。この『不帰の楽園』の調査の重要度が高いからだよ」


 説明の最中に増えた指を押さえるように手を組み直して、ディミトリアスは続ける。


「ではそれが何故かと話すには、この『不帰の楽園』の性質について触れておかなければならない。雲の大陸、浮遊大陸などなど、空の極圏には共通した特徴がある。いや、それは『土地』であれば当たり前で特徴とは言えないのだけれど──『動かない』ことだ。誤差を除いてね。……だが、この『不帰の楽園』は動くんだよ。空を回遊する島なんだ」

「回遊する島! それって、カティアが前に話してた?」

「ああ、そうだ。だが……いや、今はディミトリアス様のお話を聞こうか」


 回遊する島。いつだか聞いた存在に柏手を打つクララを見て、ディミトリアスはなんだ、もう話していたのかと唇を尖らせた。

 すねた様子の青年にカティアは存在を語っただけだと冷静に言い放つ。


「じゃあ続けるけど、この『回遊』っていうのが問題でね。寸分たがわずに行われているんだよ。一定の周期で同じ場所を。約六ヶ月の周期でこの島はとある岬を訪れるんだ。そして、大陸を離れ、再び同じ期間でやってくる。……考えられるかい? これほどまでに整然とした『自然』を」


 楽しげに続けられたディミトリアスの説明──いいや、それはもうプレゼンテーションに片足を入れたものだろう。

 ディミトリアスのプレゼンテーションは、的確に悠の少年心を突いていく。


「何らかの手段で、ヒトの手が入っていると考えるのが適切だと僕は考える。だとするのならば、巨大な島を動かしているモノは? 未知の魔法か、あるいは技術か! 誰が何の目的で!? それが解き明かされたのならば、人間の歴史は大きく『進歩』するとは思わないか!」


 ディミトリアスの演説は、これ以上無いほどに悠の心を揺さぶった。

 気の合う二人だからこそだろう、ディミトリアスの純粋な探究心は、悠の中の少年に響く。

 ……しかし今回は名前からして『不帰の楽園』だ。自分ひとりの話ではないということもあり、悠は慎重である。


「確かにその理由については納得したけど、生還者ゼロって話を聞くとな」

「生還者がいない……というと、少し語弊があるな。確かに不帰の楽園が離岸した後に戻ってきたものは居ないのだが……あー、これは秘密なんだが──実は、ザオ教はこの島の軽い調査を行っているんだ。もちろん、報告を受け取っている以上無事帰還もしている」

「それは、初耳ですね」


 しかし『生還者がいない』という点については正しくはない。ディミトリアスの言葉を聞いて少し安堵する悠……と、裏腹に、腕を組んで暗に『怒っている』とポーズを取ったのはカティアだ。

 それもそのはず、騎士が極圏に渡航することは禁止されていて、カティアはその特例なのだ。公的に認められている彼女だが、規律を重んじる心はある。組織ぐるみで公に出来ない活動をしているのは──アリシアを考えれば今更だが──好ましくはない。


「う……一応言い訳をすると、調査と言ってもホンの外縁部だけ、『不帰の楽園』が岬のそばを通る数時間の間だけの話でね。この間はあくまで『海上の調査』って事にしてるんだよ……グレーには変わりないけれど」


 ディミトリアスの言い分はカティアにとっては更にマイナス点となりうるものだったが、ここでそれを追求しても仕方がない。

 納得はできないが、そういう事になっているという理屈はわかる。

 わざとらしくため息を吐き出すと、それで不問という事になった。

 それ以上の追求を受けないようにとディミトリアスは慌てて話を進める。


「そんなわけで……ホンの僅かだけど、調査はされていて無事に帰還もしているというわけだ。そうして知り得た情報によると、不帰の楽園外縁部の魔物の強さはバラつきこそあるものの『輝きの台地』中層付近のレベルと近いという結論がなされた……というわけさ」

「それで、かがやきのだいちをとうはしたわたしたちに、ということですか」

「鋭いね。そう、輝きの台地中層付近……とは言うけど、それってかなりのレベルなんだ。一戦ならばまだしも、イグラパルド級の魔物がゴロゴロ出てくるというのは手練の冒険者でも厳しい。しかも中心部に近づくと生息する魔物も強力になるという報告がされてる。こうなるともう、どうしようもなくてね。だが飽くまで確認されているのはそこまでだ。輝きの台地を踏破した君達ならば、少なくとも外縁部で生き抜くのはそう難しいことではない……と、僕は考えている」


 それに、とディミトリアスは続ける。


「付け加えて──確かに不帰の楽園の魔物は強力なんだが、この6ヶ月周期という期間が曲者でね。長い期間を過ごすには当然大量の物資が必要なんだが、強力な魔物を気にしながら、島が離岸するまでの数十分で必要な量を運び込むのは不可能と言っていい。そうなれば、必然的に様々なものを現地で調達する必要がある。その最たる例が食料だ。未知の生態系で魔物と戦いながらこれを得るのは、非常に難しいだろう」


 数十分──悠は単語を反芻するように視線を上にやる。

 物資。なるほど、それは確かに解決の難しい問題だ。

 浮遊する大陸──陸から離れた場所に大量の荷物を運び込む技術がない以上、どうしても物資の運搬は人間が行う必要がある。この世界の人間ならばある程度の重量は問題なくても、荷物があまりに巨大になっては持つことそのものが難しくなる。そこに魔物が攻撃を仕掛けてくれば、運んだ物資を使う暇もないだろう。


「だが、君達──特にユウ。君の知識と、食物を調達する『スキル』を使えば、そのハードルはぐっと下がる。戦闘力の方も、君たち以上のパーティを探すほうが難しいだろう。以上が現段階でも君達なら十分に生還しうると考えた根拠であり、君達しか成しえないと判断した理由だ」


 だからこそ、悠達なのだ。ディミトリアスはそう言葉を締めくくった。

 大量の物資を持ち込むことが出来ない以上、現地で『生きる』ことこそが最大の難関となる。

 適任だ──というほど自惚れているつもりはなくとも、確かに自分達は比較的向いている。悠は、そう息を鳴らした。


「と……少々熱が入ってしまったけれど、最終的に話を受けるかどうかは君達に一任するよ。いつかは調査に協力してほしいが、先に他の極圏で力をつけるという話ならば大歓迎だしね」


 そんな仕草が気になったのか、ディミトリアスは改めて最初に提示した条件を再度口にする。

 確かに、不安はあった。前例が無い、というのは、現在ゼロパーセントだという事実は悠の目にも重く映る。

 しかし同時に、ディミトリアスが例として出した輝きの台地の名が心に熱を灯していた。

 輝きの台地の中層程度の魔物しか居ない外縁部ならば、食料さえなんとかなれば生活することはおそらく可能だろうと、そう思ったのだ。


「もしも食料がなかった場合、すぐに撤退することってできそうか?」

「それは可能だよ。『楽園』が離岸するまでは時間があるんだ。というより、それが出来なければ調査だって出来ていないさ。付け加えると、楽園の名の通り、自然に溢れた場所のようだけれどね」


 食いしん坊だから、というわけではない。生き抜く上で最も重要なことを聞けば、真剣な眼差しが答えを返してくる。

 その答えは、悠に手応えを感じさせるに十分なものだった。

 正直にいえば──この時点で、勝算はあった。だがだからこそ、気になることがある。


「……なるほど、わかった。だけど、ならなんで、一人も帰ってこないなんてことになるんだ? 珍しい概念だってのはわかってるつもりだけど”魔物食”は俺たちだけの専売特許ってわけでもないだろ。いよいよとなれば、なんだって食べてみるはずだ。だのに生還者が一人も居ないってのは──食い物に問題があるか、わかってるだけじゃない何かがあるってことに他ならないだろ」


 それは単純に、ならば何故誰一人生きて帰ってこないのか? という事だ。

 稀有な存在ではあるものの、シエルのように輝きの台地の中層を越えられる者は居ないわけではない。

 魔物を倒せるのならば悠の言う通り、味はともかく飢えが極限までになれば身近な肉──魔物を食べてみる冒険者だっているはずだ。

 そうなれば六ヶ月、なんとか生きて帰ってくるものが居てもおかしくはない。

 それでも生還者が居ないのは──やはり、何かしらの問題があるからこそだろう。


「……そうだね、尤もな疑問だ。それについては──憶測になるから黙っていたんだが、聞きたいかい?」


 しかしディミトリアスは苦い草を口の中で噛みしめるかのような笑みを浮かべる。

 聞かれたくないこと、というよりは馬鹿馬鹿しい考えを言いよどむように、だ。

 事実、ディミトリアスは危険な要素を隠していたというわけではない。だがそれはそれで逆に気になるというもので、悠達は一様に首を縦に振る。


「実は……生還者がゼロとは言ったが、確認できている死者もゼロなんだよ。……調査の際、遺体も、白骨さえ確認できていないんだ」

「……どういう事です?」


 ディミトリアスの『ヨタ話』に食いついたのは、意外なことに悠ではなくシエルであった。


「言ったとおり、死者の痕跡が発見できていないんだよ。こちらでも離岸する『不帰の楽園』に乗っていた冒険者がいることは確認している。だがその痕跡が全く確認できていないんだ。生活の中心となるここで、なんらかの痕跡が見当たらないのはおかしいだろう?  そこで──とある『与太話』の存在が理由をつける」


 そう勿体ぶるディミトリアスは何やら楽しんでいる様子だ。

 結局は話したかったんじゃないかと思いながら、悠はなんだかんだ続きが気になっている自分に気がついて、なぜだか負けた気分になった。

 しかし与太話とは一体なんなのだろう。もともと都市伝説の様なものを好む節がある悠は、いつの間にやらディミトリアスの話に聞き入っていた。


「誰一人として帰ってこない理由──それは、この『不帰の楽園』が向かう先に『本当の楽園』があるからなんじゃあないか……ってね」


 試すような視線を投げかけて、ディミトリアスはくすりと鼻を鳴らす。


「もちろん、より強い魔物が生息するとみられる中心部やその近辺で倒れているからこそ遺体が発見できないというのもあると思う。だが、生還者がいないような場所に挑む冒険者だからこそ、無理と見れば引き返す判断力を持つ者も多いはずだ。そうすると、やはり実際に生活の跡が見られる外縁部付近で遺体も、埋葬の跡すら見られないというのはおかしいと思う。そこで語られるのが『本当の楽園』の存在なんだよ」


 本当の楽園。何気なく、悠は繰り返すようにつぶやく。

 島の向かう先にあるであろう場所。ただでさえ詳しい実態のわからない『極圏』だというのに、更にその先に伝説の場所が存在する──なんていうのは、確かに与太話の域を出ないだろう。


「あるいは、帰らぬ者の無事をそれでも願う人達の空想なのかもしれないね……だが、考えてみればありえない話でもないとは思わないかい?」


 しかし──それでも、悠にはそれがあながちない話でもないのではないかと、そう思えた。

 完全に、決まった期間で回遊する島。

 規模が小さいのもあるだろうが、太陽系の惑星の動き以上に精密な周期を守りながら決まった位置を周る島に、ヒトの手を感じるのは当然のことだ。

 ならばそのあり方が何に一番近いか。悠が最初に思い浮かべたのは、時計だった。

 だが、決まった期間に決まった地点でしか確認できない島というのは、時間を計るのにしてはあまりにも大仰で、無駄が多い。

 だとするならば──


「定期便……」


 ここを出て、どこかから戻ってくる島。

 その姿に重ねたのが、ある地点と地点を結ぶ船だった。


「素晴らしい! そう、現状では飽くまでも与太話に過ぎない話ではあるが──その島はヒトをどこかへ運ぶ船だという説も出ているんだ」


 手を叩かんばかりに身を乗り出して、ディミトリアスは興奮に染まった声を戻しきれず、それでも努めて冷静に補足した。


「っと……つい熱くなってしまったけど、決してこの話で楽観視はしないでほしい。強力な魔物が生息することには変わらないし、何もなければ六ヶ月ほどをサバイバル生活、というのは変わらないんだからね」

「いや、それはわかってる……でも」


 ディミトリアスの注意に同意しつつも、悠は考えを巡らせていた。

 『不帰の楽園』は定期便である。島一つをまるごとというのは時計に比べればしっくり来るとはいえ、それでも荒唐無稽な考えには変わりない。

 だがもしも、これが本当に意図的に作られた存在だというのならば──これほどの規模のものを、おそらくは自動で、遠大な距離を巡回させるというのはどれほどの力を持つ文明によるものなのか。

 この世界でそれほどの技術、すなわち魔術の力を持つ文明。その影に、悠は自分たちが追い求めているものの後ろ姿を感じずにはいられない。

 すなわち──マオル族の、痕跡を。

 もしそうならば、クララのためにもその影を掴んでみたいと思う。もし違うならば、それはそれで未知の文明の在りし日の姿を垣間見ることができるのかもしれない。

 そこに行けば、きっとまだこの世界で誰も知らない何かが待っている。もう、悠は自分の冒険心を抑えることはできなかった。


「もしもそれが、本当なら──それを、確かめてみたい、とは思う。その、皆はどうだ? 俺に、命を預けられると思うか?」


 遠慮がちに、呟くようにその意思は表明された。

 伏せた顔は興奮に紅潮している。しかしそれでも、決意が窺う様に発せられたのは、自分の感情で皆を巻き込んで良いのかわからなかったからだ。

 聞いた話が全てということはないだろうが、それでも悠は手応えを感じていた。

 行ける、と。ただしそれは、仲間がいればと言う前提があってこそのものだ。

 危険であることには変わりがない。今までの探索は初心者向けの場所であったり、最悪の場合にも周囲のサポートが受けられる場所だったりと、出発の前には命の危険が少ないと判断した上での旅だった。

 しかし『不帰の楽園』は違う。今まで帰ってきたものは誰も居ない場所──その事実は重くのしかかる。

 つまり、巻き込んで良いのか。

 悠の声を小さく窄めたのは、遠慮と心配だった。

 だが──


「私は──大丈夫だよ。決して楽観するってわけじゃないけど、皆が皆にできることをやれば、出来ないことはあんまりないって、そう思う」


 クララはまっすぐと悠の顔を見て、そういった。


「同感だ。それに、あー……こんな事を『大司教様』の前で言うのは憚られるが……君に命を救ってもらったときに、この生命は君のために使うと決めていたからな。騎士だからこそ、ね」


 逆に、カティアは赤らめた顔をそらしながら、宣言した。


「わたしはいがいとらっかんししていますよ。きけばユウさんはいえも作れるといいますし、い・しょく・じゅうがそろっていれば大体なんでもできるでしょう」


 すました様子のアリシアはこともなさげに。


「付き合いは短いけど、私もある意味ではカティアと同じ。それにこのメンバーで駄目なら、多分どんなパーティでも帰ってこれないと思うもの」


 そして、比較的現実主義者なシエルまでもが、同調する。

 望んでいた、しかし予想していなかった光景だった。

 こみ上げてくるものをぐ、と抑える。

 いい仲間に出会ったものだ。……地球に居た頃は友人はともかく『仲間』と呼べる存在が居たか。どこかで孤独を感じていた事を思い出した悠は、溢れそうな気持ちを少しでも零さないように目を瞑った。


「皆……いや。嬉しいよ」


 本当に良いのか、と聞こうとして、悠はその問いかけをも飲み込んだ。

 今悠に向けられる眼差しは、確固としたもので、問うことは逆に自分が彼女たちを信じていないことになると思ったからだ。


「よし……じゃあ、宣言するぞ。極圏探索隊、三回目の目的地は──『不帰の楽園』だ! 最低六ヶ月、面白おかしく過ごして名前負けにしてやろうぜ!」


 そう、天高く拳を突き上げれば、すっかり慣れた様子で少女たちもそれに習う。

 こういうノリが久々なのか、シエルだけは少し恥ずかしそうにしていたが──元々、騒がしいのは好きな様子で、どこか満足そうな顔だったことを補足しておこう。


「……羨ましいねえ、君達のチームを、心底羨ましく思うよ」


 それをどこか遠い位置から見守るディミトリアスが、しみじみと呟いた。


「僕も君らみたいに旅ができたらな」

「そうなると面白いだろうな。いつか実現できると俺も嬉しいんだけど」

「フフ、ありがとう。とはいえ僕も責任ある立場には誇りを持っているし、遠い『いつか』の話になりそうだがねえ」


 お互いに、顔を見合わせて笑う。

 ディミトリアスが一緒にいれば、きっと旅はもっと面白おかしいものになっただろう。

 だがそうはならなかったし、そう出来るだけの力を持つ彼には、そうしない確固たる責任感があるようだった。

 ならばこれで良いのかもしれない──と、悠は思う。自分と同じ様に、彼にも自分の持てるものを注ぎ込むに足る夢や思想があるのだろう。


「だが、こちらから正式に依頼したこととして『不帰の楽園』の攻略には今まで以上のサポートを約束しよう! 出発は今から約三週間後、詳しい日時は追って連絡しよう!」


 少しだけしんみりとしたのもつかの間、小さな息を吐いた後、ディミトリアスは『陽気なお兄さん』に戻っていた。

 悠もそれを見て、気合を入れ直す。自由に動けないのならば、今まで通り自分達が旅の成果を面白おかしく伝えればいい。

 きっと今までで一番たいへんな旅になるだろう。

 しかし不思議と気楽に構えることが出来ているのは、きっと仲間たちのおかげなのだと悠は笑った。



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