第六十五話:魅惑のコンビ
「つ……疲れた……ッ!」
大怪鳥を倒し、二の句もなく疲れを口にしたのは──珍しく、カティアであった。
アリシアに抱きとめられるという意外な方法で地面に無事帰還したカティアだったが、それは裏を返せばマトモに着地が出来ないほど疲労していたということでもあり。
両翼を失って、地面に打ち付けられた大怪鳥の強さを物語る事象だった。
「いやー……今回はどうすっかと思ったな。最後の竜巻とか、アレかなりやばかったろ」
「そうね。でも、まずはそこから出てきたら?」
ちなみに悠はというと、運良く脚からの着地が出来たため、気持ちがいいまでに地面に突き刺さっていた。
なんともしまらないリーダーに、微妙な空気が流れた。
が、確かにこれではしまらないのも事実。悠はなんとか地面から這い出して、今度こそ体力が尽きてへたりこんだ。
「……まさか、こんな化物がいるとはな」
「ええ、こうげきりょくとすばやさにおいては、あのグランキオーン以上ですね」
アリシアの分析を聞くと、それが合図であったかのように悠達は事切れた大怪鳥を見た。
……攻撃力と素早さにおいては。強調するようにアリシアがそう表現したように、翼を失った大怪鳥はそのまま地面に叩きつけられて、絶命した。
空を自由に駆けていた猛禽の最後としては、意外なまでに皮肉なものである。
「いわば後衛タイプ、だったんだろうな。風の魔力で高速移動を可能にした、大火力の一撃必殺狙いだ。まったく、神経を使うことこの上ない」
この世界では地球での戦いよりも切った張ったのダメージの与え合いが多いためか、カティアは心底面倒臭そうに悪態を吐く。
確かに、こんなのはしばらくゴメンだ、と悠も思う。
慣れてきたものの、悠も死は怖い。常にそれを突きつけられながらの戦いは、言う通り神経を削るものだった。
「でも、勝てて良かったよ……私、信じてたけど『アイシクル』を外した時はもうダメかと思ってぇ……」
それは、後方で一撃必殺を『狙っていた』クララも同じだったようだ。自分の一撃に仲間の生死が関わっている──その手を仲間達まで広げていた分、その心労は人一倍だったかもしれない。
「それより──すげえな、シエル! 無理してまで助けてくれたんだろ? ホント、助かったよ」
「わ、私は別に……やれることを、やっただけよ」
生死を分けたといえば、シエルもそうだ。
悠が風の壁に吹き飛ばされた時、シエルの手助けがなければ、悠は怪鳥の突進をまともに食らっていただろう。
そうなった場合予想されるのは、嘴に貫かれて死ぬか──あるいは、硬質化の防御力が足りていたとしても台地の外までふっとばされるかだ。
流石にこれ以上の高さから、岩場に叩きつけられた際にどうなるかは、悠も想像したくなかった。
「けんそんするものではありません。わたしは、何もできなかったので」
「私としては命の恩人だがな。着地を助けてくれて、助かったよ」
「むー……そのていどなら、しましたが……」
それは、立場的にカティアも同じだった。
力を使い果たしたカティアも、着地をアリシアがカバーしていなければ大怪我をしていただろう。
なんだか納得がいかないようなアリシアだったが、助けた本人に言われては、卑下もできない。
「働きたりねーなら、俺と一緒に料理の準備でもするか?」
「お、ということは……」
「ああ! 食おうぜ、この鳥! あと米だよ米!」
しかし──悠がそう告げると、疲れと不満の一同に、笑顔が咲く。
待ってました、と言わんばかりの一体感に、今度のシエルは困惑を見せる。
「それはぜひとも、おともしましょう!」
「わー! もうヘトヘトだから、楽しみだよ!」
「え? え? そんなに? そんなになの?」
その言葉だけでも活力を取り戻したかのように見えるカティア達。
確かに、シエルも悠の料理は食べたことはある──が、その真髄は、未体験だ。
何故ならば、シエルを仲間に加えて以降の獲物は、それほど強いものではなかったから。
だがコレほどの魔力を持っていた大怪鳥、王道の鶏肉ということもありその味は間違いないだろう。
「ま……まあ、楽しみにしておくわ」
アリシアに言わせてみれば『覚悟がない』──曖昧な返事で、シエルはちょこんと座り込んだ。
腕まくりをするアリシアは普段の眠そうな態度などどこに行ったと言わんばかりのやる気を見せている。
楽しみに水を差すこともないか。
困惑するシエルだったが、楽しそうな悠達を見ていると、まだ仲間を信じていた頃の自分を思い出して──
頭を振るい、シエルはただ待つことにした。また、仲間というものを信じることにしたから。
◆
「さあ出来たぞー! 今回はシンプルに一品で勝負だ!」
「待ってましたー! 一品かあ、どんなのだろうなー」
「おおおお!? なるほど、シンプルではあるが……食欲をそそる見た目だな!」
「わたしもいろいろてつだいましたよ。そこをおわすれなく……」
そして待つことしばらく。
たっぷりと時間をかけて、自信満々に悠とアリシアが持ってきたのは──初めて見る、としか言いようのない料理だった。
だが、たしかにカティアの言う通り美味そうではあった。
まず目に入るのは照りってりの鶏肉。恐らく煮込まれたであろう暖かな湯気からは、クセが少ないものから更に臭みを消された魚醤の甘じょっぱい香りが漂ってきて、思わず唾液が出てくる。
そして、その下にあるのが──白銀米、とでも呼ぼうか、極圏『輝きの台地』の頂上にて輝きを放っていた、不思議な植物を炊いたものだった。
悠がそう名付けた通りの白銀の輝きは、目もくらむほど。で、ありながら回しかけられたタレが琥珀色のコントラストを生み出しており、実に美しい。
「こ、これは確かに美味しそうね」
「だろー? 名付けて大怪鳥のチャーシュー丼! ささ、食ってみてくれよ」
出てきたのは、なるほど。クララ達が楽しみにするのもわかるくらい予想ができない、全く未知の料理だった。
悠として惜しむらくは『丼』がなかったため、地球だったらチャーシューライスとでも名付けられてしまいそうな外見だろうか。
やっぱり丼は丼で食べたいと思いつつも、ここは我慢することにする。
ちなみに名前については、鶏なのに『焼豚』というのはいかがなものかとも思った悠だが、一時期鳥チャーシューなるものが流行ったし、この世界には『チャーシュー』という言葉も無いためかまうまい──と考え、悠は細かく考えることをやめた。
悠に促されたクララ達は、全員で手を合わせて『いただきます』と唱和する。
シエルも急いでそれに習うと、悠がするように皿を手にとった。
「これ、下の米は言ってみりゃパンみたいなもんでさ、上の具と一緒に食べるんだ」
悠は愛用の箸でそうしながら、実演して見せる。
なるほど、持ち上げれば米と肉の層がまた蠱惑的だ。
丼を食べるには残念ながら、クララ達は箸が使えないのでスプーンで同じようにしていく。
……しっかりと煮込まれた鳥の皮は、スプーンでさえちぎれるほどにトロットロだ。
脂分とゼラチン質の為せる技だろうか。それがまた、期待を高める。
今まで悠達に習ってきたシエルは、ここでようやく自分の意志で──いや、自分の意志でさえなく、気づかぬ内にそれを口に運んでいた。
……誰よりも速かったその動きに、アリシアはまた覚悟が足らないと思った。
「んっ……んん~……っ!!」
それは──紛れもなく、シエル=フランセルという少女にとって人生最大の衝撃だった。
トロットロの皮は口の中で溶け、一気に脂の旨味を広げていく。
タレの味は濃厚だ。甘く、しょっぱく、香辛料は香り高く、時折魚介の旨味が顔を覗かせる。
しかしそれ以上に衝撃的なのが、それらを纏め上げる『ごはん』の存在だった。
ともすればくどい脂を、主張が強い各種香辛料を、ギリギリのしょっぱさを、その全てを白銀米の豊かな甘みがまとめ上げ、一ランク上の味わいへと押し上げている。
「うんんっ! なんという! いっしょくたに食べてしまえばあじがわからないかと思いきや、そうじょうこうかであじがふくらんでいく……!?」
「このコメというのは見事だな! これ単体なら美味いは美味いが印象は薄いと言った所、肉と一緒になることで何倍も味を豊かにしているぞ!」
「とろっとろのほろっほろに、ねっとり優しい食感……! おいひいぃ~っ」
例えるならばそれは指揮者。いや、それもまた少し違う。
まるで肉のほうが米に合わせるために生まれてきた様な味わいだ。
鳥チャーシュー、と名付けられた煮込みは恐らくそれ単体でも至福を奏でる味わいだろう。しかし、米と一緒になったいま、それは主役のまま引き立て役と化した。
そう、例えるのならばそれは友、相棒だ。
「……こんな、こんなに美味しいなんて……私もまだ、知らないことばかりね」
皿を抱えたまま、シエルは動きを止めていた。たまに思い出しては『ドン』を口に運び、恍惚とする。
そうしている内、まるで魂まで浄化されるような感覚に包まれる。
……悠の料理による回復効果だが、それはシエルに生まれ変わったような心地を与えていた。
「ほう、まんぜんとしょくじを口にはこばない、よいそしつですね」
「お前はどこに向かってるんだよ……いやまあ、味わってくれるのは俺としても嬉しい」
ヘンなスイッチが入ったアリシアに苦笑しつつ、悠はその料理──『チャーシュー丼』を箸で持ち上げる。
思えば野外で食事を食べるのだって、ちょっとした特別だ。
しかし、空を背景にして箸に乗せた米と肉のコントラストを見ると──そこだけ、地球に戻った気さえしてきた。
「まさか、またコメが食えるなんてな。……うめえ、美味いなあ」
しみじみと、それを口に運ぶ。
厳密に言えば、それは米ではないだろう。植物の成り立ちから違うし、そもそもが異世界の植物だ。
だがその味は間違いなく望郷の念を思い起こさせた。
逆に、ちょっとばかり上に乗っている肉が上等すぎるのが、故郷との断絶を感じさせるほどに。
「でも、美味いなあ、本当美味い」
あるいはそれは自分の料理を自画自賛しているようにさえ見えたかもしれないが──故郷を思う悠の表情はひたすらに穏やかで。
クララ達は、悠の見ているどこかに思いを馳せる。
そんなクララ達に気がついて、悠は笑った。
それでも自分が生きているのは此方の世界だ。この空と一口は、どこかの誰かが少しだけ与えてくれた気まぐれのものなのだろう。
「ごちそうさまでした」
最後の一口を口に運んで、悠は別れの挨拶を口にする。
多分、同じものを作って同じようにしても、この気持は一度きりのものだろうから。
今日も、悠はこの世界で食べて(いきて)いく。




