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第六十一話:極圏の夜に

「ふいー……こんなもんだろ。日が落ちる前に調達できてラッキーだったなー……」


 完全に日も落ち、焚き火の優しい光のみが辺りを照らすようになった頃。

 いつもよりもたっぷりと調理に時間をかけた悠は、流石に疲れた様子を隠すこともせず、料理の完成を宣言した。

 通常通りの進行ならば、もうとっくに眠っているような時間である。しかし、しばらくはこの辺りで休む予定だ。

 朝早く出発する必要もないことを考えると、むしろ悠にとっては日本に居た頃の生活習慣に近い気がした。


「アリシア、どうだ? ちょっとは良くなったか?」

「ん……まだつらいですが、さきほどよりは……」


 用意した料理を持ち運びつつ、悠はアリシアに調子を問う。

 これは素直に答えたとおり、まだ具合が悪そうなものの、大分マシにはなっているようだ。


「しかし、意外だな。『台地の呪い』が、まさか待っていれば回復するようなものだとは」

「高山病になった場合はホントは下るのが一番だけど、時間をかけてその高さに慣らしても大丈夫なんだよな。状況を見るに、やっぱ高山病で問題なさそうだ……と。ほい、カティアの分」

「おお、ありがとう」


 高山病──『台地の呪い』についての簡単な補足をしつつ、悠は作った料理を配膳する。

 更に乗っているのは、うなぎの白焼の様なものが一点と、濃厚そうなスープが一杯だ。


「はは……前に聞かれたが、こんなに早く蛇を食べる機会が来るとはな。……しかし、こうして料理になってしまえば、なんとも上品で美しいな」

「蛇って結構美味いんだよな。ちゃんと食品が流通してるような場所じゃあんまり食べる機会も必要もないかもしれないけど……と」


 今日の晩ごはん──その正体は、岩場に生息する蛇だった。

 カティアに聞いたが詳しい種類はわからないそうだ。が、悠の能力によって食べられることはわかっている。

 蛇はサバイバルを行うなら、割とどこでも見かける動物といっていいだろう。こんな場所にも生息しているのは、悠にとってはラッキーと言ったところである。

 見た目こそ抵抗感を覚える者も多く、本当に毒を持っている種類は取り扱いも重要だが、栄養にも溢れていて方法さえ知っていれば比較的簡単に入手できる『肉』の一つだ。


 料理を配膳すると、悠は二人分の食事を持ってアリシアの横に座る。未だ寝転がるアリシアを優しく起こすと、アリシアは困惑を見せる。


「……ええと、その。どうしてそばに?」

「いや一人で食えるかなって。まだ結構辛いだろ?」

「こ、子どもあつかいはよしてください」

「いやそういうのじゃないから。病人相手だったらカティア相手でもクララ相手でもそうするよ。ほら、食えるか?」

「子どもあつかいでないのなら、よしとしますが……うう」


 まだ具合の悪いアリシアの食事を補助するべく、悠は普段はあまり取らないスキンシップを積極的に取ってくる。

 これで結構、悠はシャイだ女の子にドキドキする健全な青少年の一面もしっかりとあり、手が触れたりすると意味もなく謝ったりする。

 しかし、病人の看病を目的とした悠は、積極的にアリシアの動作を補助していた。

 子どもあつかいをするなと言いつつも、なぜだか緊張している自分の子供っぽさを自覚して、アリシアは半ばやけくそ気味にその看病を受け入れることとした。

 正直に言えば、まだ身体を動かすのは辛い。悠の申し出を受け入れることこそが一番かしこい選択だと自分に言い聞かせ、悠に身を委ねることにするアリシア。


「ほい、口開けて」

「あ、あー……」


 だが目の前にスープを持ってこられると、なんだかそんなのもどうでも良くなってくる。

 ここで、アリシアは初めてスープの中身に目をやった。

 つるりとした細い肉は、多分蛇のものだろう。なるほど、カティアの言う通り上品な見た目だ。カラフルな鱗に身を包み、うねっていた大蛇と同じものとは思えない。

 そして、よく見ればそのスプーンの中にはキノコが入っていた。

 スープから立ち上る湯気を控えめに吸うと、こってり濃厚ながら嫌味のない匂いを感じる。いかにも滋味溢れるといった香りに、アリシアは目をとろんとさせた。


「……はむっ」


 啜るのがなんとなく嫌で、アリシアは差し出されたスプーンをまるごと口の中に入れる。

 ……すると──口の中で、生命が弾ける。


「……! んん、ん!」


 一言で説明すれば、それは複雑に絡み合った旨味。

 白く濁った液体には蛇とキノコの他にも各種香辛料や塩で味が整えられていた。

 そのバランスの良いこと。そして、それらを纏め上げる蛇の旨味のなんと芳醇たることか。

 蛇が滋養強壮によいとされるのはこちらの世界でも有名な話で、アリシアは一口スープを口にしただけでその話が本当であることを悟った。

 牛のテールスープ? いやそれよりももっと上品だ。コンソメ? それよりもずっと力強い。

 飲んだはしから、身体に染み渡っていくような暖かさを感じる。蛇に感じていたくさそうというイメージは今一瞬で払拭された。


「……っおいしいです! へびがこれほどのものだとは……」

「蛇って結構ウマいんだよな。独特の味があるっつうか。蛇! って味だよな」


 頭痛も忘れてこくこく頷くアリシア。

 向かいでそれを見ていたカティアは、いつもの調子が戻ってきたと苦笑する。


「食べられそうになければ残しても……って思ってたけど、その様子なら白焼きの方も食べられそうだな。行ってみるか?」

「ぜひおねがいします」


 悠も、それは感じていたようだ。アリシアの食べっぷりは、料理を作っている悠としては非常に好ましいものだ。

 白焼きにザビィの根をわずかに乗せ、一口大をアリシアの口に運ぶ。

 これが中々面白く、地球の蛇といえば大体が鳥に近い食感だ。しかしこのほぐれ方は穴子やうなぎなどに見られるようなもので──


「ん……ふわぁ……」


 味もまた、格別だ。

 滋味あふれる濃厚な旨味。焼けばそれはなお凝縮し、噛み、解れるたびに魅惑的な食感と優しい口当たりを生み出す。


「つよいうまみとやわらかしょっかんがみりょくてきです……しかしザビィのねのかおりが全体を上品にまとめている……スープもですが、どちらものうこうでいながらさっぱりとしたあとあじで、ひじょうに食べやすいです……」

「本当だな。これはちょっとした衝撃だ。食べ物は見かけによらないものだな」

「俺の住んでた方じゃ、ゲテモノほど美味いってよく言うからな。それは極端だと思うけど、ちゃんと素材を活かした料理をすれば、結構うまいものってあるもんだぜ」


 蛇に対しては抵抗感を口にしていたカティアも、これには舌鼓を打つ。

 ゲテモノという言葉自体悠は好きではなかったが、そういったものに抵抗を持つ人が多いのは事実。これが際どい料理に挑む足がかりになればいいな、と思う。

 ……本音をいえば、悠は虫にだって挑戦したかった。流石にそれはハードルが高いだろうし、カティアがまず無理だろうが。


 思いを胸に秘め、悠はアリシアに食事を与えていく。

 一口ごとに幸せそうな顔をして、目を輝かせて──よく見るとアリシアは非常に表情豊かだった。


「んぐ……あの、どうかしました、か?」


 気がつけば、悠は自分自身でもわからないほど自然に、穏やかな笑みを浮かべていた。


「あー、いや。アリシアが嬉しそうに食べてくれるのが、嬉しくてさ。体調の方、良くなったか?」

「……む、人のかおをじろじろ見るとは中々いいしゅみですね。……ですが、はい。食事のおかげか、体力がもどってきた気がします」


 そんな悠の表情が見ていられなくて、アリシアは逃げるように顔を逸した。

 カティアの位置からは顔が真っ赤になっているのが丸見えだったが、焚き火のせいという事にしてやるカティア。


「気に障ったなら謝るよ。でも、良くなったんなら、よかった。しっかり休んで、ちゃんと元気になろうな」


 しかし追い打ちのように、悠は優しい声色で、そう告げた。


「~っ、な、なら、さっさとねることにします! もうねむいので!」


 その声が、アリシアにとってはとても暖かかった。

 優しく包み込むような声。先程から食事を食べさせてもらってたという事実。

 その暖かさが──覚えていない父を思い出させた。

 どこまでも事務的な研究員しか知らないアリシアにとっては、そのぬくもりは妙にむず痒かったのだ。


「おいおい、無茶するなよ。ほら、テントまで運んでやっから、な」

「……はい」


 だが、悪い気はしない。むしろ、心地よい。

 つんけんしていた態度を収めて、アリシアは悠に身体を預けた。力強い手から伝わってくるぬくもりに身を委ねると、アリシアは『午睡』の力とは無関係の眠りに落ちていく。

 それは、彼女にとって本当に久しぶりのことだった。


「すぐ寝ちまったな。やっぱ疲れてたんだろうなあ」

「……まあ、なんだ。キミはもう少し……いや、なんでもない」

「?」


 アリシアをテントに寝かせた悠が戻ると、カティアはなんとも言えない苦々しい表情をしていた。

 その表情の意味を問う暇もなく、カティアが立ち上がる。


「私もそろそろ眠い。一足先に眠ることにするよ、おやすみ、ユウ」

「ん、ああ。おやすみ」


 一体何を言いかけたのか。

 それは気になるところだったが、寝ると宣言した以上引き止めて聞くほどでもない。


「ふあー……ってか俺も眠いな。クララ達の様子を見たら寝るかー」


 自分自身も今日はよく動いたことを思い出して、悠も立ち上がった。

 先程はちょうど治療が山場だったので、まだクララは食事を取っていない。

 ついでに差し入れにしようと、悠は温めた食事を持って小さなテントに向かう。


「よっ、飯持ってきたけど、食えるか?」

「あ……ユウ。うん、食べるー……ようやく一段落だよお……」


 テントの中では、ぐったりしたクララと、ばつがわるそうなシエルが微妙な空気を醸し出していた。

 が、悠が食事を持ってきたことを確認すると、クララは縋るように飛びついた。


「ふわわわわわ~……じんわりおいしい……」

「口に合って良かったよ。結構好評だったぞ、このスープ」


 暖かく滋味に溢れるスープを飲むと、魔力の回復が行われた事もあってクララも幾分か元気を取り戻したようである。

 この分だと、大分無理をしたようだ──と思いつつも、悠はクララを咎めることはしなかった。

 きっと、そうしないと今ここでシエルが居心地悪そうにしていることもなかったのだろうから。命を救ったクララを、どうして責められようか。


「えーっと、シエル。でいいか?」

「……構わないわ」


 それよりも──悠は、小さく縮こまっているシエルの名を呼んだ。

 まだ初対面の人を名前で呼ぶのは慣れないと思いつつ、悠はスープを差し出す。


「あんたの分も作ってきたからさ、よければ食ってくれ。スープなら食べやすいだろ?」


 悠自身、自分の料理の体力・魔力を回復させる効果が高いことは薄々気づいている。

 シエルの分も用意したのは、回復効果を期待してのものだ。

 しかし──


「……いらない」


 シエルは、スープを受け取ることを拒否した。

 その理由にも、悠はなんとなく心当たりがある。


「施しは、できるだけ受けたくないの。こうやってなんとか生かしてもらってるだけでも、十分すぎるのに」


 そう──どうも、シエルはプライドが高いようなのだ。

 いや、プライドが高いと言うよりは、色々と喧嘩を売った手前というのがあるのだろう。

 最初は治療さえ拒否しかけていたようだし、一人で活動していたこともあって貸し借りを嫌う気持ちが強いのだろう。


 しかし、意地を通すことにおいて、悠は強敵だ。


「んなこと言うなよ。施しってか治療の一環だよ。食わなきゃ治るもんも治んねーぞ。迷惑だ何だってんなら、かえってそっちのほうが迷惑になるぞ?」

「そ……そういう事言うの?」


 普段はある程度気の回る悠だが、だからこそかこういう空気で押し通す時には、相手の弱いところを遠慮なく突く。

 半ば無意識ではあるが、相手としてはずばずばと痛いところを突いてくる、といった妙な理不尽さがあるのだ。

 それに──今回の場合は、それが食を巡ってというのも質が悪い。


 このまま押し問答が続くと思われたが、そのしゅんかんにシエルの腹が小鳥がさえずるような音を立てる。

 ……そう、食事をいらないで通すには、悠の料理は暴力的なまでの香りを放っていたのだ。


「ほらー腹減ってんじゃん」

「~ッ!」


 クララもこれには同情する。

 お腹の音を聞かれるのは、女の子としてはやっぱりちょっと恥ずかしい。それを突っ込まれれば恥ずかしさは倍増だ。


「わ、わかった、食べるったら……」


 結局、長期戦に持ち込むこともなく勝負は終わった。

 いや、こうなることが決まっていたのなら、それは勝負とも言えなかったのかもしれない。

 満足気にスープを渡す悠からそれを受け取ると、やはり良い香りが鼻をくすぐる。

 ……端的に言って非常に美味しそうだと思ったシエルだが、こうなると中身が気になる。

 こんな山の上で、これほどの料理が作れるものなのか?


「参考までに聞くけれど、これ、なんのスープ?」

「え? 蛇」

「へ、蛇!? 蛇ね……」


 その答えを聞くと、それは意外とあっさりと受け渡された。

 しかも、ヘヴィなものが軽い調子でだ。


「やっぱ苦手だったり? でも健康にいいっぽいぞ」

「……知ってるわ。食べたこと、あるから」


 しかし会話が一歩前に進むと、今度驚いたのは悠だった。

 この世界でもサバイバルの一環として魔物食を食べることはある──が、それを悠達と同じくらいの少女がするのは、意外だったのだ。


「まだ私がパーティを組んでた時に──極圏に置き去りにされたことがあるのよ。その時にね」


 シエルは、自嘲的に苦々しい記憶を語る。

 止むに止まれず口をつけた苦渋の味、とでも言うべきだろうか。

 掛ける言葉が見つからず、悠とクララは顔を見合わせる。

 極圏に一人置き去りにされる。その行動の意味を考えると、何も言えない。


「その時に食べ物も一緒に持ち逃げされたものだから、魔物を食べるしかなかったの。強い魔物は美味しいって聞いてたけれど、その時は砂でも噛んでるみたいだったわ。……気にしないで。私に人を見る目がなかっただけだから」


 それは、彼女が一人で行動している理由なのだろう。

 過去に思いを巡らせつつ、シエルはスープを一口啜る。


「……美味しい。蛇って、美味しかったのね。……ありがとう」


 その味は言いようがなく豊かで、優しかった。

 穏やかに微笑むシエルは落ち着いている様子だ。傷のことを考慮しても酒場で絡んできた少女と同じには見えなくて、悠は思わず問いかける。


「えーっと、その、なんだ。なんだって、酒場じゃあんなふうにしてきたんだ? ……わざわざ憎まれ役をやることもねーだろ」

「……なんでと言われると困るけど、そうね。私のような冒険者を出さないのが目的になるのかしら。私の仲間だった人たちが私を見捨てたのは、一言で言えば未熟だったからよ。極限状態では、人は何をするかわからない。……その時は結構仲がいいと思ってたからそんなことはないと思ってたんだけどね。貴方達にも、私のようになって欲しくなかったのかも。単純に、羨ましかったというのもあるかもしれないわね」


 その答えは重かったが、それでもシエルなりの過去との付き合い方はあるようで、悠は短くそうかと返した。


「結果は、この通りだけど。貴方達が居なかったら、私は間違いなく死んでいた。改めて、お礼を言うわ。……ありがとう。良ければ、貴方達の名前を聞かせてくれる?」

「悠だ。ユウ=カズサ」

「クララ。よろしくね、シエルさん」


 だが、礼を言うシエルはなにか憑き物が落ちたような顔をしていた。

 時折傷の痛みに顔をしかめるものの、元気を取り戻してきたという事もあって、悠とクララは笑顔で申し出に答える。


「ええ、よろしく。……話したら、少し疲れたわ。もう、寝てもいいかしら」

「そうした方がいい。人生うまい飯と適度な睡眠があれば、なんとかなるもんだ」

「ふふ、極圏(ここ)じゃそれを用意するのが、一番難しいのだけど」


 軽口を交わすと、シエルはすぐに寝息を立て始めた。

 気丈に振る舞ってはいるが、未だに傷は重いままで、ここまでやってきた疲労もあるのだろう。

 悠とクララは静かにシエルのテントを出る。


「今日は色々あったなー……クララも、お疲れ様」

「本当だね。私なんかより、ユウの方が疲れたでしょ?」

「どっちがってことはないだろうよ。シエルが生きてるのは、クララが居たからこそなんだぜ」


 外に出てみるとそこは満点の星空で、二人はそれぞれのテントに戻ることもせず、なんとはなしに岩へと腰掛けた。

 少しの間、穏やかな沈黙が流れる。

 だが星がまたたくと、クララはため息のように呟く。


「最初に私とユウが出会った時、ユウもこんな気分だったのかな?」

「うん? どういう意味だ?」


 空の輝きに思いを馳せるように、クララは過去を想起する。


「なんとなくなんだけどね。シエルは自分の事を見捨てろって言ってたでしょ? あんなに毅然とはしていられなかったけど、私もユウに同じこと言ってたなーって。……でも、ユウは私を見捨てなかった」

「そりゃまあ……あの時は、フツーそうするだろ?」

「そう、それ。普通じゃないよって、あの時は思ってたんだ。自分の命だって危険なのに、誰かを助けるなんて出来ないよって」


 しみじみと語るクララが顔を覗き込むと、悠は昔の自分を思い出すのと同時に──今のこの状況が、少し気恥ずかしかった。

 それでも目を離さずにいると、クララは笑って、また星を見る。


「でもこうやって私じゃなきゃダメなんだって状況にあったら、私もその時のユウの気持ちが、ちょっとだけわかった気がするんだ。……ちょっとだけ、追いつけたって、そう思ったの」


 空に手を伸ばし、クララはそう言った。

 星の落ちた目はきらきらと輝いていて、宝石のように美しい。

 ふとした拍子に、悠はクララがとてもかわいらしい女の子であることを思い出した。


「……追いつけたも何もねー、クララは凄いよ。クララにしか出来ないことだって幾つもあるし、ぶっちゃけ──俺が同じ立場に居ても、マオル族の謎とか調べなかったと思う」


 けれど、悠はもう恥ずかしがらずに、自分の思いを伝えた。


「居なくなった種族の最後の一人だって、自分がそうだったら俺は『そうかもしれない』で終わらせてたと思う。美味くて珍しいものが食べられりゃ満足だったと思う。でも、それが悪いこととは思えない。それだって、クララの考えだって、確りとした『自分』ってやつなんだ。俺は、そういうのを持ってる人は、スゲーって思う」


 真っ直ぐにクララを見る目は、真面目で。

 思わずクララは引き込まれそうになった。それは、月よりも強く輝いて見えたから。

 けれど、そんな真面目で居られる時間は、それほど長くなかった。やっぱり真正面から見つめ合うと、恥ずかしい。

 

「ふふ、ありがとう、ユウ。私、ユウとあえて、良かったよ」


 しかし、その時はそれだけでは終わらなかった。

 目をそらす間もなく告げられる感謝の言葉に、悠の顔は真っ赤になった。


「お、う。その、まあ、俺もだ。……ちょい、水汲んできてから寝るわ。それじゃ、また明日!」

「うん、また明日」


 逃げ去るように別れと再会の挨拶を告げると、悠は宣言どおりに近くの水場へ水を汲みに行く。

 そうは言いつつも、きっと寝るまでは時間がかかるだろうと思う悠だった。


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