第五十五話:武器の話
雲ひとつない快晴。少し強いくらいの風──そして、潮を含んだ爽やかな香り。
これ以上ないくらいの晴天に、期待と同じくらい胸を膨らませるよう、悠は空気を吸い込んだ。
「いい天気だなー!」
「気持ちいいね! なんだか、いい事ありそうー」
思わず口に出してしまうくらいの天気は、まさに出航日和と言えた。
──時は経過し『輝きの台地』へ向かう日がやってきたのだ。まるで旅路を祝福するような空の色に、悠達は上機嫌だ。
だが、上機嫌なのは悠達だけではない。同じ日に極圏へ向けて旅立つ冒険者達もまた同じだ。
今回は、そんな気持ちを共有する冒険者達は多い。港に集まった殆どの冒険者は皆『輝きの台地』に向かう者──合同極圏探索の参加者だからだ。
参加の手続きの時に酒場に居た冒険者も多く、このイベントがそれだけ大きなものだと予感させている。
ちなみにそんな冒険者達もこの天気には機嫌が良いのか、悠達の存在もあまり気にしていないようだ。
「まだ出航の大分前なのにこれか。混み合うことが予想される。私達は早めに乗り込んでおこう」
「そうだな。あ、でも出航の時は甲板に出たいな」
「いいですね。あれもまたたびのだいごみです」
あの日のように絡まれることもなく、悠達の上機嫌は続く。
一部の者はその和気藹々とした空気に顔を顰めていたが、他にも悠達のように楽しげにしている者は多い。
どうやら半ばお祭りのようだというのもあながち間違いではないらしい。苦言を呈する者がいないのが、その証拠だろう。
船に乗り込むと独特の揺れが足元から伝わってくるが、幸い悠達の中にはこれを苦手とする者は居ないようだ。
割り当てられた部屋に到着すると、各々が身を休め始める。
アリシアなどは、出航の時に起こしてくれとすぐに寝てしまった。
「相変わらずだなー。どこでもすぐ寝られるって本当に羨ましいわ」
「私も山では眠れないことの大変さを知ったからな……確かに羨ましいものだ」
「カティアって、任務の時はどうしてたの? 虫が苦手だと大変なんじゃ……」
「ああ、騎士団で任務に当たる時は陣を敷いて結界を貼っていたからな。魔物の感知や弱い魔物に対しての障壁が主な目的なのだが、ついでに虫も入ってこられなくなるんだ。室内と同じでたまに残っているヤツがいるのだが……」
とはいえ安らいでいるという意味では悠達も同じだ。
その様子を見る冒険者がいればまた顔を顰めたかもしれないが、幸いこの部屋に他の冒険者は割り当てられていない。
あちこちへ脱線する会話を楽しんでいると、自然と会話はこれからのことになる。
「ところで──それが、ユウの新しい武器か。一度しっかり見せてもらいたいのだが」
「おお! いいぞ! 俺も誰かに見せたかったんだー」
まずはその話題として選ばれたのは、悠が背に背負う包み──新たな武器である『グランキオーンの剣』であった。
悠達とて四六時中行動しているわけではなく、悠がコレを手にしたのは自由行動の最中であった。
加工屋にちゃんと料金を払って受け取ってきたのがこの剣だが、カティアやクララは興奮する悠から『スゴい』ということを伝えられた他、鞘に入った状態を見ただけだ。
確り見たいというカティアの要望に、悠は待っていましたとばかりに包みを開く。
出てきたのは、シンプルな柄と金属の鞘。その中に、例のモノがある。
どんなモノか、クララも興味があったらしく、気がつけばアリシアまで起きている。なんだかんだ言って、皆『古代種』から作られる武器の形は気になっていたようだ。
自分のワクワクを共有できることに悠は満足気に鼻を鳴らすと、もったいぶるようにゆっくりと剣を鞘から引き抜く。
「おお……」
「……すごい」
「これは、うつくしいですね……」
鞘の中に収まっていたのは──思わず少女達を魅了するような、赤い輝きだった。
グランキオーンの爪を磨くことで生み出された一振りの剣──一言で言ってしまえば、それは『ルビーの刀』であった。
宝石の原石を磨くのと同じく、きめ細やかに磨かれた刀身は深い真紅に輝いている。光を通せばそこには血に濡れるような妖艶な煌めきが生まれていた。
「少し、触らせてもらっても?」
「大丈夫らしい。腐食したりって心配はいらないそうだ」
吸い寄せられるように、カティアはその剣を手にする。
しなやかで、弾力性に冨んだ薄い刃──わずかに反った刀身、その機能性は刀を知らないカティアでも肌で感じ取ることが出来た。
「素材を活かしていたら、自然とこの形になったらしい。すげえよな」
「凄いなんてものではない。あの加工屋、よほど腕が立つみたいだな」
悠もまた、それには驚いていた。
剣にしてみたい。そう言った加工屋に任せて出来たのが、これだ。
自然とこの形になったと言われるまでは、悠は日本刀もこの世界に漂着しているのではないかと疑ったほどだった。
美術品でも扱うかのように、グランキオーンの刀を返すカティア。
悠はそれを受け取ると、またゆっくりと鞘に収めた。
「コレを手にしてると、ディアルクの槍を持ってる時みたいな感覚があるんだ。多分、なにか新しい力が使えるんだと思う」
「……ディアルクと、同じ。やっぱり、古代種っていうのが関係してるのかな?」
「そのかのうせいは高いでしょう。あるいは、のうりょくにめざめないまものも、ぶきなどをもっているとちがうのかもしれませんが……」
「素材だけじゃ反応しないし、やっぱ武器なりに加工しないとダメなのかねえ」
すると、まるで不思議な体験を終えた後のように、悠達は饒舌になる。
事実、その美しさに興奮しているというのはあった。それほどまでに、ルビー色の刀身は現世離れしていたのだ。
「……と、そろそろ出航の時刻だな。外に出ておくか?」
「忘れてた! 行こう行こう!」
目当ての時刻が近づいている事を知らせると、悠は勢いよく立ち上がる。
段々と夢見心地が抜けてくると、輝きの台地への思いが馳せられる。
「輝きの台地、どんなとこなのかなあ」
「たかいばしょと聞くので、けしきは少しだけたのしみです」
「山登りみたいなのを想像してたけど、さてどうくるかな」
甲板を出ると正面には海があって、この船の向かうずっと先には『輝きの台地』があるはず。
出航のラッパが鳴り響くと、船は目的地を目指して陸を離れ始める。
この瞬間が特別というのは、珍しいことではないのだろう。見れば、甲板には他にも多くの冒険者が姿を見せていた。
「しばらくはモイラスともお別れだな」
「ああ。よっしゃ、気合入れるぞォ!」
大陸を離れると、鬨を上げる悠達。
きっと彼らは冒険者だから。同じようにする者は、多かった。
極圏探索隊における二回目の活動が、今ここに幕を開けた!




