第五十二話:影のモノ
「ずいぶんとかいこみましたね。このじゅうりょうはじゃまになるのではないですか?」
落ちかけた夕日を背に、げんなりとした声が名を呼ぶことなく、責めるように悠を呼ぶ。
膨らんだかばんの頭からは何やら金属製の器具が顔をのぞかせていて、なるほどこの様なものが幾つも入っているのならばさぞかしとその中身を想像させる。
「あはは……確かにちょっと重いかも……でも、必要なんだよね?」
そうだろうか、と確認するようにかばんを持ち上げるカティアをよそに、クララが困ったように笑う。
最後に理解を示しつつも、先にアリシアへ同調する言葉が入る辺り、やはり少し重いのだろうか?
悠は、肩にかかる重みを背負い直す。
「ちょっと重いかもしれないけど、安全のためだからな。クララはわかってると思うけど、滑落って本当に怖いんだぞ。今回買ったのもほとんどそれの対策だよ。命を守る道具って思えば、逆に重いくらいが頼りがいがあると思わないか?」
「うう、それを言われちゃうと弱いよう」
「……いちりあるとは思いますが、なんだか言いくるめられた気がします」
だが逆に、重いからこそということもある。
現代では同じ用途でももっと軽く、確実な道具がいくらでもあるだろう。
しかしここではこれが限界なのだ。万が一に備えて万全を期す。
ないものねだりをしても仕方がない。命を守る道具に妥協は禁物──というのが、悠の持論である。
とはいえもちろん『あり得る』とわかってしまっている以上ないものが欲しくなってしまう気持ちはあるのだが。
「まあまあ、何かあったとき、あっちにしておけば! って後悔はイヤだろ。なんだったら後悔さえ出来ないかもしれないんだ、命を預ける道具だけはしっかりしとかなきゃな」
「……それはそう、ですね」
悠の気持ちは、アリシア達にも伝わったようだ。
そう言われるとそんな気がしてくる──というのは、この場合一つの信頼の形とも言えるだろう。
ともあれ、これで必要な道具は揃ったわけで。
後は二三の準備と武器の受け取りが終われば極圏『輝きの台地』に向かうことができる。
全てが終わったわけではないが、煩わしい部分の大半が終わった悠達の表情は軽かった。
だが──
「ん、どうしたんだカティア。なんか険しい顔してるな」
ただ一人、談笑の中でカティアは鋭く目を研ぎ澄ましていた。
悠に名を呼ばれると、初めて居ることに気がついたとでも言うかのように、目を丸くする。
「ユウ。……そうだな、少し気になることがあるのだが──ユウは、何も感じないか?」
気になることがあったと彼女が言うのならば、よほどそれに集中していたのだろう。
だが、何も感じないかと聞かれても、悠にはなんのことやらわからない。
「何も、って言われてもなあ。何かあったのか」
「……恐らく、尾行られている。数は三人」
声を潜めるカティアの真剣な表情に、悠は気を引き締める。
カティアが「そう」だと言ったら「そう」なのだろう。
彼女らが悠を信頼するように、悠もまた彼女らを信頼している。
「マジか。なんで……ってのは、ああ、思いあたりがある」
「誰が目当てでもおかしくはないな。少し、揺さぶってみたい、いいか?」
「……だそうだけど、大丈夫か?」
いつの間にかそばに寄って声を拾っていたクララとアリシアに確認をすると、悠は大通りを外れた裏通りへと身を沈める。
ここを抜ければ、宿への近道になる。だが悠達が普段使わない近道を選んだのは、道を急いでのことではない。背後の気配から逃げ去るのが目的でもない。
普段使わない近道、それを選んだのは人の目から姿を消すためだ。
『彼ら』が、そうしやすいように──
少しだけ人通りのない暗がりを歩いて、悠達は一斉に後ろを振り返った。
薄暗く人目に付かない──しかし、隠れる場所のない路地。一直線に伸びた視界の先には、三人の男女が立っていた。
今こうして追跡者が現れるまで、悠は尾行している者の存在に気づくことはなかった。
ヒトにつけられるという未知の体験。それは、野生の動物の気配とは全く違うものだった。
「……本当につけられてたのか、全くわからんかった。カティアってなんかそういう気配がわかる達人だったり……?」
「これでも神殿騎士の中ではそこそこ腕が立つ方でね。──それで、君達の目的はなにかな」
思わず叩いた軽口に返す調子は柔らかい──が、追跡者に向けられたカティアの瞳は、獣のような重圧を放っていた。
これほどわかりやすく放たれる敵意ならば、悠にもわかる。肌を刺す針のような緊張感が、味方であることが頼もしい。
しかし、カティアもただ尾行されていたというだけでこれほどの敵意を剥き出しにしているわけではない。
問題なのは目的、その心当たりである。
悠とともに、追跡者から遮るように背へ隠した少女。
アリシア。その威圧感は、彼らの目的が仲間の身柄だったからこそだ。
声だけは穏やかに追跡者達に問うカティア。
仲間でさえひるむような威圧を前にしても、追跡者は答えない。
もしもこの者達が野盗ならば、返すのはごまかしか、威圧か、あるいは逃走といったところだろうか。
だが姿を表した追跡者達が返したのは威圧でも返答でもなく、意思の表示であった。
すなわち、戦闘態勢。
会話の意志も機会もなく、淡々と。異常なまでに規則正しく規律然とした行動は、追跡者達の目的を雄弁に語っていた。
「来るぞ! ユウ!」
「わーってる!」
一斉に飛びかかる追跡者──否、襲撃者達。
息の合った連携に、思わず歯噛みする悠。
規律によって研ぎ澄まされた連携は、普通に暮らしていれば体験する機会がないものだ。
喧嘩程度ならばともかく、戦術としての多対多を経験したことのある現代人は、そういないだろう。
悠も多分に漏れず、どれを見ればよいかわからない三つの影には混乱を誘われる。
加えて、相手は人間だ。野生の動物相手ならばもはや慣れていると言ってもいい悠でも、同じ形をした生物を前にすると現代で培った倫理観が枷のように足を引っ張る。
それでも。
悠達だって、チームとしての行動は慣れている。
男の影から飛び出した女性が、悠に向かって剣を振りかぶる。
『殺す』選択肢を無意識に封印した悠とは違い、その太刀筋には迷いはない。
重さと速度、そして魔力を乗せた金属の剣は、ヒトの頭などトマトに包丁を叩きつけるかの如くだろう。
「効かねえー!」
「……っ!?」
だが、そうはならない。
代わりに路地に轟いたのは派手な金属音だ。
『硬質化』──その防御力は、今や龍鱗を上回るほどになっていた。
機械的な襲撃者の顔に初めて表情が浮かぶ。それは、当然驚愕の一色だ。
これには少なからず当人以外も──残りの敵は勿論、クララやアリシアでさえ──驚いたらしい。
一瞬だけ、路地がモノクロームに見えた気がした。
しかしその中で唯一人、小柄な少女のみが動いていた。
襲撃者と攻撃を受け止めた悠との間に、小さな影が滑り込む。
拳を引き絞ったカティアであった。十分な力みの込められた、重い拳だ。
それが、襲撃者の無防備な腹部に撃ち込まれる。
「こふっ……!」
小さなうめき声とともに、臓腑の空気が絞り出される。
どれだけの力が圧縮されているかもわからないカティアの小さな拳は、そのまま襲撃者を殴り飛ばした。
「っ」
そこで、ようやく路地に再び時が流れ始める。
吹き飛ばされた女性には目もくれず、残りの男達が再び悠とカティアへ向かう。
左右に分散することで密集した悠達を挟み込む作戦だ。
悠とカティアに対し、一対一を狙いに行くということは、腕に覚えがあるのだろうか?
しかし、彼らは忘れている。
悠達は、前衛で戦う二人だけが戦闘員ではないことを。
膨大な魔力にいち早く気がついたのは、カティアへ向かっていた男だった。
危機を感じて立ち止まると同時、増幅する魔力の波動に気がつく。
見れば、手をかざしたクララが魔術を発動させようとしていた。たった一人が儀式を用いず、詠唱による陣さえなく発動する魔術──本来ならばそれは大した脅威にはならない。
だが、なまじ腕が立つからこそ男は気づく。放たれるのは一点集中のマジック・アロー。
今突きつけられている魔法の矢は、自分の防御を貫通するに足る破壊力を秘めていると。
機械的にさえ見える男だが、それでも自己の命を守る程度には人間らしさがあるようで、男が回避行動に移る速度は見事と言うに差し支えないものだった。
それでもまた、それ以上にカティア=フィロワという『神殿騎士』は優秀だった。
瞬くようなバック・ステップを捉える踏み込み。
地を擦るように構えられた剣が弾かれるように浮き上がる──
「……ッ」
男は、剣にありったけの魔力を注ぎ、剣を盾とした。
直後に襲うのは竜の爪を、巨大な体躯を思わせるような一撃。
男の狙いは、剣を受けつつ、その勢いを利用しての後方離脱だった。
しかしこれは予想以上の威力であった。
狙い通り、大きく突き放された男は戦闘範囲から離脱することになる。
「……!」
ただし、防御に利用した剣を打ち砕かれつつ、だ。
武器がある状態でさえこの始末、無手となった今、二度目の交戦が襲撃者にとって好意的な結果になるとは考えづらい。
ならば戦局を変えうる要素は?
無表情な男が半ば縋るように見たのはもう一人の襲撃者であった。
だがそこにあった光景は期待通りのものではなく──
支えを失ったかのように、仲間が体勢を崩すその瞬間だった。もう一人の男、交戦中だったはずの襲撃者の武器が落ち、甲高い音を立てる。
殺られた? いや、外傷はない。ならば、コレは。
今まさに地面に沈み込もうとしている男は、すんでのところでその身を持ち直した。
それでもその動作にはまだ鈍重さが残っている。
襲撃者の体勢が崩れたのを確認すると、悠は勢いよく体を捻った。
所謂回し蹴り。
数ある蹴り技の中でも威力が高いとされるそれが、襲撃者を捉える。
悠は格闘技は素人だ。それは『技』と呼べるような代物でもなかったが、体勢の崩れた所へ、暴力的なまでの身体能力で放たれる蹴りはまさに災害と同じ防ぎようのない力を持っていた。
なんとかとっさに腕を交差して防御を固める襲撃者。
当然防御に期待する十分な効果は得られず、先に戦線を離脱した男のように吹き飛んだ。
先の男と違うのは、道具を用いた防御ができたかどうか──人間一人をボールのように飛ばす勢いの打撃を、一身で受け止めたかどうか、だ。
「まだやれるか?」
「無理だ。腕が動かない」
近くまで飛ばされてきた男へ駆けよったもう一人が、淡々と確かめる。
そこに安否を気遣う様子はなく、ただ目的が遂行できるかを確認する──
悠に蹴り飛ばされた方の男といえば、腕をだらりと垂らして居るにもかかわらず、こちらもまた平坦な様子で答えた。
恐らくは骨折。最低でもヒビが入っているであろう嫌な手応えに顔をしかめる悠は、そのやり取りにまた少し気分が悪くなる。
「しかし流石は『聖騎士』カティア」
「他の者もあなどれない。『午睡』は想像以上に厄介だ」
互いの敵の感想を報告し合う様はまるで他人事で。
実際にダメージを負いながら、ここにいないような口ぶりは悠にとって不気味なものだった。
人間。実際にそれを相手にした悠は、明確な『敵』に勝利したにもかかわらず、なんとも言えない気持ち悪さを感じていた。
現代の日本で暮らしていればそうそう機会はない、人間との命のやり取り。
異世界に馴染んできたとはいえ、戦いを身近においたとはいえ、そう何度もやりたいことではないと思う。
だが──必要があるのならば、話は別だ。
「その辺にしとけよ。多分、これ以上はお互い望んでないことになる──けど、まだアリシアを狙うんなら、やらなきゃいけなくなる」
恐らく、彼らの狙いはアリシア。
その確率が高いと思っている悠は、残る手応えの苦さに顔を顰めながら告げる。
生き物を傷つけるというのは、あまり気分が良いものではない。ましてそれが、同じ形をしていて意思疎通が出来る者ならば。
悠の通告は、お互いと言いつつも、明確に力加減を表していた。
身体能力だけでも退けられる相手だ、悠が『攻撃』の能力を──ドラゴンの焔を放てば、結果としてどこに行き着くかは想像が容易い。
きっと手応えなんて感じないだろう、地獄の火炎は人間の身体くらい触れた端から炭にしていって、吹き飛ばしていく。そこにあるのは塵を吹く位の感覚だ。
それでもそれは『初めて人間を殺した感覚』として一生残ることになる。
それでも──仲間を守るためなら、悠はそうしなければならない。
「……あの少年も、危険だ」
「ああ。得体が知れん」
その力のある自覚が、悠の強さを襲撃者達にも伝えていた。
現状、悠は『硬質化』のほかは食事で得た大きな魔力しか使っていない。しかし男達は悠の底が見えないことに、ごく僅かながら困惑を口にした。
それは野生の力関係に似ていた。悠然と草原を歩く猛獣と事を構えればどうなるか、体験したことはなくてもわかる。でなければ、王以外は生きられない。
だが男達は、それでも悠に挑もうとしていた。
そのあり方は昆虫、蟻に近い。統率された者として、統率者の手足となって働くのみが目的の──
場に殺気が満ちる。
膠着状態の終わりが近づく。
……今、始まる。そんな瞬間だった。
「やめておけ。仲間を連れて退けば、追いはしないと約束しよう。ユウ、それが君の意向だろう?」
「え、ああ……」
沈黙を破り、カティアが前へ歩み出る。
その右手には未だ目を覚まさない襲撃者の女性が、雑に抱えられていた。
「お前達が何者か、何が目的か、それは気になる所だが生憎、尋問も拷問も不得手でね。これ以上はただただ無意味な──殺しになる。そうなる前に帰ってくれるとありがたいのだが」
悠の濁した言葉とは違う、はっきりとした意思の表示。
『ヒト』と戦うことに慣れたカティアは、同じことを言いつつも悠とは全く違う意味を相手へ伝えていた。
自分がそうするのは、悠の意向だからだ、と。
言葉の端々に漏れる殺意は、襲撃者のつけ入る隙、ためらいを否定するものだった。
カティアが女性を放り投げると、襲撃者の男達はほんの僅かに硬直し、そして去っていった。
不意打ちを注意し、悠はしばらく緊張状態を保っていたが──
「ぶっはあ……! なんだよ、アイツら……」
やがて、気を抜いて膝を握るようにして上体を下げた。
「恐らくは……ザオ教の技術部の者ではないかと思うが、定かではないな。……目的の方も、アリシアを狙っているのはわかるがどうもそれだけではなかった気もする」
これ以上の追撃はない、とカティアも判断したのだろう。
小さく息を吐くと、カティアは剣を収めた。そこでようやく、悠達にも安堵が流れる。
「それだけではない……って、ユウとか私も目的ってことなのかな?」
「その可能性は否定できないな。『技術部』だとすればクララの髪の色に、そして経歴不明ながら私やアリシアの『リーダー』であるユウに興味を持ってもおかしくはない」
クララの問いかけに、路地の出口をにらみ続けるカティアが答えると、一行はため息を吐き出した。
思えば、自分達の身の上は皆特殊なのだと再認識したようだ。
滅びたと思われる種族、異邦人、そして実験体。
思うところがあるのか、三人共が渋い顔をしている。
「あ、あの……みなさん」
しかし、得も言われぬ珍妙な空気も、長くは続かない。
おずおずと、言い淀みつつもアリシアが呼びかけたことで、視線が集まる。
「その、ありがとうございました。カティアさんはああ言っていますが、かれらのねらいは、わたしだったと思いますし……みなさんのおかげで、たすかりました」
どこか悔しげな──嬉しいのに、素直じゃない。そんなアリシアのお礼に、悠達は少しだけ固まってから、満面の笑みを浮かべた。
「なんですか、なんですか! ひとがせっかくゆうきをだしているっていうのに!」
悠達の態度に憤慨するアリシア。
ちんまりとした身振りを交えてしまっている以上、見た目と相まって子供の駄々っ子にしか見えない。
知識や礼節はともかく、情緒は見た目に近いのかもしれない──なんて思いつつも、悠は笑みを止めて返す。
「いや、悪い。でもなんていうか、そうやって言ってくれるのが嬉しくてさ。お礼にお礼を返すのもなんかヘンだけど、ありがとうな」
「……ふん、いいですけど」
ちゃんと真正面から向き合ったからだろうか、そっぽを向くアリシアだが、その態度が『不貞腐れている風』だというのはわかりやすい。
今度は苦笑しながら、悠とクララはアリシアの後ろで顔を合わせた。
……ただ一人、カティアだけが声にせぬ疑惑を自問する。
彼女を悩ませているのは、先の襲撃者達のことだ。
「(アリシアが狙い、なのは間違いない、と思う。だがそれよりも──キングを狙うことで駒の動きを見るように、私達の戦力を探るのも目的だったはずだ。それに──)」
ただ一人、アリシアを連れ去ることが目的ならば他にもっとやりようがあるはず。
人混みに紛れられ、誘拐のみを目的にされれば、対応は極めて難しくなる。
それに、もう一つ。カティアには疑問、というよりも信じられないことがあった。
「(私達は、明らかに強くなっている。奴らは最低でも一級クラスの冒険者以上の実力はあった。対人戦闘も慣れている。ユウが自衛するくらいならば簡単だろうが、苦戦は免れなかったはずだ)」
それは、この戦闘の結果そのものだ。
襲撃者達は律せられたチームワークを使ってきた。攻撃力、敏捷性、防御力も一人一人申し分がない。
「(だが、私達はほぼ完璧な形で勝利し、撃退した。強くなっているんだ。全員が、急激に)」
しかし結果は圧勝だったと言っていいだろう。
手練の連携をたやすく打ち破るほどに、悠だけではなくクララやアリシアまでもが、『戦力』として十分たり得ていたのだ。
特殊な能力を持つアリシアについてはともかく、戦闘面でのクララは一般的な魔法使いと比べても大差がなかったというのがカティアの認識だった。
だが思えばグランキオーンにダメージを与えられたということもあり、クララもまた一般的というには逸脱した戦力を持っていると再認識する。
「(私も、ユウと出会ってからは明らかに身体が軽い。……心の持ちようだけではないはずだ。やはりこれは──)」
加えて、自分もだ。
カティアは、こと戦闘においては騎士の中でも随一と言っていいだろう。
基本は収め、応用も身に着けてきた。それでも自覚するほどに、強くなっている。
その原因。カティアはそれに気がついていた。
「(ユウほど急激ではなくとも、ユウの料理を食べた者にも魔力の増強効果がある。それしか、考えられん)」
恐らく戦闘経験そのものが少ないクララ達では気づかなかっただろう。
悠の料理を食べた者は強くなれる。それはカティアにとっては衝撃的な推測だった。
食べるだけで強くなれる料理。それが人々にとってどれほどの価値を持つか──まるで天まで積み上げられた財宝を見上げるような途方もなさに、カティアは頭の痛さを自覚した。
世界中の人々が悠の料理を求める。……と、言っても過言ではないだろう。この世界における個人の強さの価値は、地球よりもずっと高い。
比較対象を知らないからこそ、カティアには悠の力が絶対的に思えた。
「おーい、そろそろ行こうぜ、カティア」
「ん、あ、ああ。今行く」
間違いなく悠を巡って争いが起きるだろう。かつてのマオル族のように、世界中から追い求められるだろう。
……そんなカティアの悩みなどつゆ知らず、先をゆく悠がフリーズしていたカティアを呼び戻す。
その声は明るく、心地が良いもので、欲望の手垢に濁らせたくはないと思う。
「(今しばらくは、私の胸に留めておくか)」
仲間と秘密を共有すべきか。
少しだけ迷ってから、カティアは秘したままにしておくことを選ぶ。
その選択には、騎士としての生き方が関わっていたのかもしれない。
カティアは、光が指す道へと歩いていく悠の背中が、なんだか眩しく見えた。




