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第五十一話:インターミッション

「ほおおこりゃ見事な……大きなイシェ鉱石だね。それにこっちはディープホワイトの牙……うん、これだったら結構な金額になるよ。見積もりを出すからちょっと待っててくださいね」


そういって、何やらそろばん──のようなものと悠は思ったが、こちらの世界のそれ──を弾きながら、換金所の店主は計算を進めていく。


──ディミトリアスへの報告を終わらせた悠達は、次の極圏探索、輝きの台地攻略に向けて行動を開始していた。


今行っているのは、白の砂漠で得た魔物の素材や鉱石などの売却だ。


換金所を訪れた悠達が机の上にどんと載せた素材を鑑定しつつ、換金所の店主はせわしなく動いている。


その間、暇だったのだろう。


悠とアリシアはあたりを見回し始めた。


よく見ると、そこらに魔物の素材などがディスプレイされているのだ。


目玉になるようなものは、店頭に飾り示しているのだろう。


「ふむ……なるほど、勉強になるな」


「極圏にいない時なんかに、一緒に練習しようよ」


一方で、落ち着いているのがクララとカティアだ。


二人の会話を小耳に挟めば、火加減が、塩と砂糖が……などと、料理に関連する単語が聞こえてくるのがわかる。


壊滅的な料理の腕をなんとかするべく、カティアが料理を学ぼうとしているらしい。本格的にユウに教わるべきか……とつぶやいているところを見ると、山で餓死しかけたことを未だに反省しているのだろう。


「よし、できた。こんなものでどうかな?」


「少し見せてくれ」


「どうだ? カティア」


思い思いに時間を潰していると、店主が数字の──見積もりの書かれた紙を悠達に差し出してくる。


「うん、ちょうど相場──といったところだな。いいだろう、換えてくれ」


「ウチは高くも安くもない、がモットーですので。それがひいては信頼につながる──と、では確かに」


こういった交渉は、学のあるカティアが向いているらしい。


考えて見ればクララは学校に通っていないし、自分は一般常識さえ知らないことが多い。アリシアも殆どを寝て過ごしながらも最低限の教養は身につけているらしいし、もしかしなくてもこの中では自分が一番お馬鹿なのではなかろうか。ふとそんなことを思うと、悠は自嘲した。


「ところで──きみは、ドラゴンの爪を持ってきた少年だよね? あれはどうなったんだい」


「ああ、その節はどうも! おかげでナイフにしてもらいました。これなんスけど……」


「なるほどなるほど、やはりアイツはいい仕事をするね。面倒くさがりでなければきっと今頃名を売っていたろうに」


しかしまあ、そんなのはこれから学んでいけばいいことだ。


そんなこと……と切り捨てるには少しばかり大きいが、今はそれよりもたくさん覚える事がある。


「そうそう、面白い素材が手に入ったんで、これもあのヒトに頼もうと思うんですよ。大きな蟹のハサミなんですけど……」


「何、蟹だって? 白の砂漠にそんなものはいたかな……是非見せてほしいんだが」


「いいけど、売らないッスよ? いやまあ、加工屋さん次第じゃそうなるかもしれないんですけど」


成功する商売人特有の人懐こさのようなものに機嫌を良くしながら、悠は大きな包からそれを取り出した。



「……ほんとうにこんな所にうでききのかこうやさんがいるのですか?」


「それがいるのだなあ。私としてもこんな場所にいるのは予想外だったのだが」


「おお……ボロクソ……」


加工屋を目指して陰気な路地裏を歩く悠達。


こんな場所──というのを強調するアリシア達に、愛想笑いをしているクララもまた同じことを思っているんだろうな、などと思う。


とはいえ『こんな場所』に腕のいい加工屋がいるのは事実で、悠はグランキオーンの鋏の加工を頼むのならばここだという確固たる意志があった。


「すいませーん、お邪魔しますー」


オンボロ……というのも憚るような扉を、豆腐でも掬うかのようにデリケートな動作で押し開ける。


「ほう……! たしかに、これはすごいです」


「だよなー。多分俺達以外にも、ここに頼んでるヒトがいるんだろ」


「じゃなきゃあ素材も手に入らんからな……っと、坊主達か。その様子だと景気ァいいみたいだな」


武器に興味を持つ──というよりは珍しいものがたくさんあることに目を輝かせているアリシア──


自分もこうだったなあと優しい目をしていると、欠伸をしながら加工屋が現れた。


「使い心地を教えに来たってわけじゃねぇんだろう。今度はどんなモンもってきたんだ」


「話が早いッスね。これです」


無頼を気取っているような喋り方ながらも面倒見のいい加工屋。


悠としてはドラゴンナイフの使い心地を語りたいという気持ちもあったのだが、仕事人が仕事を急かしている事を鑑みて、早速仕事の話──持ち込んだ素材を広げ始めた。


「ほう、こいつはディープホワイトだな。ガキばかりと思ったがやるじゃないか」


ハネマリネズミ、ディープホワイト。


白の砂漠でも厄介者として名高いディープホワイトの素材を見つけた加工屋は、なぜだか嬉しそうだ。


知られている中では、ディープホワイトは白の砂漠を行くに当たる最大の難敵として扱われている。


いかに初心者向けの極圏とはいえ、そこの主にも当たるスナザメを倒したという評価は大きい。


だが──これで終わりではない。言外にそう告げる挑戦的な笑みを浮かべた悠は、包の中から一番大きな『それ』を取り出す。


「……! なんだ、コイツは……! おい、コレは本当に『白の砂漠』で採ってきたのか!?」


そうすれば──『プロ』の目は一瞬で変わった。


机に置かれたそれをひったくるように持ち上げると、加工屋は鋏の刃に指を這わせる。


「そうですとも。私たちが、しろのさばくでとってきたものですよ」


何故か自慢げなのはアリシアだった。『ガキ』と言われた事を根に持ってるんだろうなあと思いながら、悠は解説を引き継ぐ。


「大きな蟹だったんですけどね、洞窟に住み着いてたんですよ。白の砂漠じゃコイツに一番苦戦しました。尻尾から冷凍液を撃ってきたり……」


一瞬でも死を現実に感じさせたグランキオーンの驚異を思うと、解説も自然と恨み言と同じ音色を持ってくる。


だが、加工屋はなにも聞こえていないかのように、素材に目を奪われている。


「冷凍液……それでか。このハサミ、軽くて丈夫だってえのに氷の魔力まで宿していやがる。……おい、まさかコイツは換金するとか言わねえよな」


「換金屋さんには是非売ってくれと頼まれましたけど、今の所その予定はないっす」


「……それを聞いて安心したぜ。おい、コイツは俺に任せる気はねえか。是非とも、コイツから剣を掘り出してみてえ」


それでも、その素材に関する情報は一字一句を逃すまいとしていたのだろう。


夢か現か、浮いた心地で加工屋はそう懇願する。


「親父さんにやってもらえるってんなら、こっちからお願いしますよ。剣なら俺も楽しみです」


「そうか、恩にきるぜ。良質な未知の素材を加工できるのは、加工屋冥利に尽きる」


その顔から、けだるさは消えていた。興奮を隠しきれない声は笑っているように聞こえ、しかし表情は真剣そのもの──


つうと鋏を撫でる加工屋の指は、もうすでに完成形が見えているのだろうか。


ただならぬ様子に、悠は冷や汗交じりの笑みを浮かべた。


「それじゃあ俺はしばらく店を閉めるぜ。ああ、出る時にコイツを表に掛けておいてくれ」


「あ、わかりました。と、ついでにサメの皮なんですけど、こう、板にピンと貼り付けてくれません?」


「……気が向いたらな」


なにやら表札のようなものを渡して、加工屋は素材とともに奥へ引っ込んでいく。


このままではしばらくコンタクトが取れなくなってしまうと感じた悠が急いで予定にあった注文を加えると、加工屋は適当に右手を挙げた。


店主不在(ではないのだが)の加工屋。こうなるともう、それ以上できることがなくなり、悠達は示し合わせるでもなく加工屋を後にする。


表札にはまだ悠が読めない文字が書かれていたが、おそらくは閉店かそれに順ずる言葉が書いてあるのだろう。


取れかけたフックに表札を掛けて、悠達は表通りに向かうことにした。


「……あんなかんじで、そざいのもちにげやらはだいじょうぶなのでしょうか。というかお金の話さえしていないのですが」


途中、アリシアは半ば呆れ顔で疑問を口にする。


Toをつけずに飛ばされた声は、しかし悠が拾う。


「職人気質な人だし、換金所のヒトが紹介してくれたくらいだし、大丈夫だろ。……でも、確かにお金の話は忘れてたな。……っていうかドラゴンナイフの金、まだ払ってない気がするぞ……?」


「ええ……」


汚い店構えに、けだるげな態度。信頼のなさからくるアリシアの疑問への回答は、アリシアをさらに困惑させるに十分なものだった。


「ま、まあグランキオーンの鋏を引き取るときに一緒に払えばいいだろ。いや、悪いコトしたな」


「素材を見た時のあの様子だと、また引渡しとともに気絶するかもしれないがな。新しい武器に期待する気持ちはよくわかるが、今度はちゃんと前もってお金の話をするべきだろう」


腕があるのにあんな場所に店を出しているくらいだ、金にはあまり頓着はないようだが。


そう言葉を締めつつも、カティアは呆れ気味に頭を抑えている。


やはり自分はもう少し視野を広げるべきなのだろう。


なにかに夢中になると周りが見えなくなる自分を戒める悠は肩を落とす。


肩へ優しげにぽんと置かれたクララの手が、なんだか無性に温かい悠だった。

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