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第五十話:輝きの台地

「うおおおお柔らかいベッド! 揺れない床! 屋根のある寝床だああ!」


船に揺られて『白の砂漠』からモイラスへと帰ってきた悠達。


拠点としている宿に着いた悠が早速敢行したのは、ベッドへのダイブだった。


体を包み込む柔らかい肌触り。衝撃に軋んだベッドは僅かに揺れるもののすぐにそれは収まり、揺れのない安定感が体を抱くように離さない。


久方ぶりの『普通』の寝床に、悠は枕に埋めた顔をほころばせている。


「はは、悠は外で眠るのに一番慣れていると思ったんだが、やはりベッドは恋しいものか」


「そりゃあな。たとえ野宿だろうが抵抗はないけど、ちゃんと眠るように整えられた環境ってのはいいもんだよ。疲れの取れも明らかに違うしな」


「ほう、わかっていますね。そのとおり、すいみんのしつはじゅうようです」


この中では一番野宿の適正が高い悠が一番にベッドへの愛着を示したことに不思議がるカティアと、物知り顔で頷くアリシア。


「まどろみ」の力を持つがゆえに、睡眠そのものへのこだわりが強いのだろう。早速他のベッドに腰掛けるアリシアを見て、悠は笑った。


しばしそうして談笑していたのだが、まだ悠達にはやることがある。


「一段落ついたとこで、おやすみの前に今回の成果を纏めちまうか。クララ、あれからなにかわかったか?」


それは、今回の探索の纏めと、今後の話だ。


その始めとして悠が声をかけたのは、クララだった。


今回の探索で一番大きな成果──『マオル族の記述』。存在しない言語で綴られたそれを読めるのが、クララだけだったからである。


大陸から逃げるように散って行ったマオル族の残した日記。クララのルーツ、マオル族を探る上で、この本は現状で唯一の手がかりと言える。


「うん、まだ全部はしっかりと読み込めてはいないけど、一つ気になることは書いてあったよ」


そして、クララはその本の中から一本の糸を手繰り寄せていた。


日記の前半部分を開いて示し、クララは語る。


「読めないと思うけど──ここ、この部分にこの人の友人の事が書いてあるんだ。まだ『グランキオーン』が洞窟の入口に住み着く前で、物資的にも精神的にも余裕があった頃の話だと思うんだけど、ここに仲が良かった家族の事が書いてあるの。ちょっと読んでみるね──『それにしても、我が友とその家族が心配だ。輝きの台地、あそこは危険である以上に、多くの人も訪れる。人の目を逃れるのならば、未だ伝説である頂上を除いて他にあるまい』……」


確かに悠達には日記は読めなかったが、代わりにクララがそれを読み上げることでその内容を知ることができた。


クララの語った場所の名を、繰り返すようにつぶやいたのはカティアだった。


「輝きの台地、か……まさか、その名が出るとはな」


「知ってるのか?」


「というより、けっこう有名ですね。いまクララさんが言ったとおり、ていきてきに多くの人がおとずれていますよ」


悠が疑問を浮かべると、引き継ぐ形でアリシアが解説する。


これまでの暮らしから箱入り娘的なアリシアでも知っていると言うことは、本当に有名といって差し支えないのだろう。悠は思い浮かべた。


「ああ。輝きの台地は、その名の通り頂上に何らかの輝きが満ちている台地のことでね。幾つもの層からなる、巨大な台地の『極圏』だ。台地は上に登るほど強い魔物が生息するようになり、更には一部のものは『台地の呪い』を受けるという」


「へえ……その、台地の呪いっていうのは?」


「頭痛にめまい、吐き気に運動能力の低下。ひどいときには死に至る時もある、原因不明の症状のことだ。症状には個人差があるそうで、まだまだ謎の多い『呪い』だよ」


「頭痛にめまい……ねえ。それってもしかして高山病か?」


呪い──その不穏さに思わず聞き返すと、返ってきた解説を吟味するように顎に指を沿わせる。


その症状はまさしく地球にも存在する『高山病』の症状そのものだ。


「こうざんびょう? ……って、何なの、悠。何かの病気?」


「病気……っていうか、障害なんだけどな。酸素……あー、つまりは空気が薄いところに行ったときに起きる障害のことだよ。っていっても俺はこの世界のことはわからないから、もしかしたらこれなんじゃないかってくらいの話だ。もしそうならいろいろ対策はあるから、そうだといい……っていうと変だけど、呪いよりか気が楽なんだけどな」


「……空気、か。それはまた、ずいぶんと身近な存在が引き起こす症状なんだな」


「目には見えないしピンとこないかもしれないけど、空気だってれっきとした物質でな。濃いや薄いが存在するんだよ。高い所だと空気って薄くなるんだ。今も言ったけど、その台地の呪いってのが本当に高山病かはわからないぞ」


今度は悠がするレクチャーに、クララとカティアは関心ありげに吐息を漏らしている。


悠の豆知識に命を救われてきた身としては非常に興味深い講義だが、良くも悪くも『この世界の常識』しか勉強していないアリシアにとって、それはちんぷんかんぷんなものだった。


首をひねるアリシアにくすりと鼻を鳴らしてから、悠は再びカティアに視線を送る。


脱線した話の軌道修正を要求しているのだ。すぐにそれに気がついたカティアは、一つ咳払いをしてからら語りだす。


「少し話がそれたが、続けようか。輝きの台地が有名なのはそちらよりもどちらかというと頂上の輝きという方に寄っていてな。この台地は、太陽の出ている日に頂上が輝くんだ。だが、未だにその頂上の輝きの正体は知れ渡っていない。何年かに一回は台地を踏破したというものが現れるが、証言が一致しないため、本当にその証言が正しいか、わかるものがいないんだ」


多くの人が訪れるが、まだしっかりと台地の頂点に立ったと言えるものがいない。


故に伝説は伝説のまま──『輝きの正体』も含め、その事実は悠の冒険心を甚くくすぐった。


「ふふ、楽しそうだね、ユウ」


「あ、わりい。マオル族の人がどうなってるかわからないのに、不謹慎だよな」


「んーん、私もちょっとワクワクするから、気持ちはわかるよ」


知らずのうち、悠は歓喜し、目に輝きを灯していたらしい。


クララの指摘に顔を赤くするも、クララはなお柔和に笑う。


そんな二人を見て、カティアもまた笑って、続けた。


「まあ、無理も無いだろう。輝きの伝説にロマンを感じる冒険者は多いらしくてね、毎年この頃の時期になると合同極圏探索として、輝きの台地の攻略を同時に始めるというイベントが開かれているよ。少し触れたが輝きの台地は下から上へと登るほど魔物が強くなる。最下層でも魔物の強さはそれなりだが、上へ向かうほど強くなる魔物は、それゆえにどこまで登れたかを試みる腕試しとして、中堅ほどの冒険者達に人気なんだ。合同探索ならば危険度はぐっと減るし、記念程度に参加する冒険者は多いよ」


「ほほぉ……! そ、そりゃ確かにワクワクするな……!」


腕を組み語るカティアの言に、悠の興奮は最高潮だ。


合同極圏探索。冒険者達の腕試し。なんともファンタジーなイベントに、自分も力を試してみたいという気持ちが膨らんでいく。


「ですが、それはつまり──」


だが、そんなイベントが毎年行われているにもかかわらず、輝きの台地の頂上が伝説のままであることには意味がある。


つまり、と言葉を濁したアリシアに、カティアは頷いた。


「そう。いまだこのイベントでの台地制覇者はゼロなんだ。故に伝説は伝説のまま、というわけだな」


「……なるほど?」


未だ踏破者はゼロ──イベントの外で制覇しているものはいるかもしれない。


しかしその事実は、悠に火をつける。


「いいじゃねえか。輝きの伝説に、マオル族の痕跡。その正体、是非とも俺達で見つけてみようぜ。それに──」


困難と言われれば燃えてしまう。


それだけの熱量が、その場所にはあった。


まして、今の悠には自他ともに認める『力』がある。


正確にその力の有用性を知っておくのは、重要なことだろう。


それに何よりも──


「上に行くほど強い魔物がいるんだろ? それって、どれくらい美味いのか気になるよな!」


拳を手に打ち、悠は笑う。


強い魔物ほど美味い。であるならば、台地の魔物は『上に行くほど美味い』はずだ。


強さと高さ、そして旨さのバラメータ。一刻も早く、その台地を見てみたくなる。


「それでは、きまりですかね」


「挑戦は嫌いじゃない」


「なら、次の行き先は……」


食欲。それが絡めばもはや決定的だ。


悠に、三人の乙女の視線が集まる。


極圏探索隊のリーダーとして、悠は高らかに宣言した。


「第二回、極圏探索の舞台は『輝きの台地』で決定だ! 出発前に気合い入れとこうな!」


第二回極圏探索の行き先を決定し、三人は軽く拍手を送った。


こうして四人での初のミーティングはつつがなく終了する。


船で休んだとはいえ、極圏という過酷な環境から返ってきた今日はもう疲れたということで、解散の運びになった。


クララとカティアは二人の部屋に帰っていき、今まで四人で集まっていた部屋の中にはアリシア──悠と二人にしても安全と判断され、憤っていた──と、悠だけの二人になる。


アリシアも実年齢は悠達とさほど変わらないため、男女が二人になるというのは不適切な気もしたが、悠は気にせずに眠りに就こうとする。


「ユウさん」


だが、そのアリシアに呼び止められ、悠はベッドに沈ませようとする体を巻き戻すかのように姿勢を正す。


やっぱりあと一部屋増やしたほうがいいのだろうか──などと思いつつ、悠はアリシアに向き直る。


「ん、どした?」


「明日のことで少しそうだんが」


しかし悠の予想は外れていたようで、アリシアの口から紡がれたのは『明日のこと』だった。


明日は、ディミトリアスに極圏探索の成果を報告しに行く予定になっている。


「明日って、ディミトリアスへの報告だよな? それがどうかしたか?」


「ええ」


何気なく、悠はそう聞き返すと、アリシアは首肯を返す。


やはり、あと一部屋取る交渉をするのが目的だったのか──とよぎると同時、アリシアは悠にとっては信じられないような言葉を放った。


「ディミトリアスには、マオルぞくとあなたの力のことはふせておきましょう」


淡々と放たれた提案は、嘘も冗談も感じさせず。


悠から言葉を奪うのには、十分な衝撃を与えるのだった。


 ◆


「なるほど……輝きの台地か。それはなかなかいい選択をしたね」


そうして時計の針は再びディミトリアスの公務室の悠達の元へと移動する。


輝きの台地。その名を確かめるようにもう一度口にしたディミトリアスは、わかっているじゃあないか、とでも言いたげに口角を上げる。


「確かに白の砂漠を難なく踏破した君達なら、輝きの台地はいい腕試しとなるだろう。なにより、調査が進みつつも未だ謎に包まれる頂上の輝きのロマン! うんうん、いいものだよねえ、あの伝説は!」


神秘や未知を好むディミトリアス。悠達のその選択は、彼の心にも大層響いたようだ。


「なにか必要なものがあったら言ってくれ。こちらで揃えさせるからね」


「ん、ありがとうな。まあでも世話になりっぱなしも悪いから、こっちで用意した分で足りなかったらお願いするよ。一応『白の砂漠』で採ってきた素材があるからな」


「そうかい? ユウは本当に律儀だねえ。冒険者なんて図太いくらいでちょうどいいと思うんだが」


興奮冷めやらぬ様子で援助を提案するディミトリアスだが、悠はそれをやんわりと断った。


現状でもいろいろと世話になっているのに──これ以上迷惑をかけ続けるというのも、落ち着かなかったからだ。


立ち上がったディミトリアスがばつの悪そうな顔をする悠の背をばんばんと叩くと、小さな背が人知れず息をつく。


「ユウさん、ではそろそろ」


「ああ、んじゃ、また何かあったら連絡するよ。今度はなんか土産持ってくるからな!」


「おお! それは楽しみだ。アリシアも、ユウ達に迷惑をかけないようにね」


「子供あつかいはやめてください……それでは」


ぼすん、と一発拳を打ち込むと、ディミトリアスは返事をするようにうめき声を上げる。


なんだかんだでこれでアリシアとディミトリアスは仲がいい──そう思いながら、悠達は神殿を後にする。


何者も寄せ付けないような、街から離れた位置に佇むザオ教の大神殿。


その姿が少し小さく見えるようになった頃、悠はアリシアに視線を向ける。


「……なあ、なんで昨日はあんなことを言ったんだ?」


少し前のクララとカティアの背を見つめるようにしたまま、アリシアは僅かな間沈黙を守る。


そう、なんだかんだ、アリシアとディミトリアスは仲がいい──だからこそ、悠は先日のアリシアの言葉が解せなかった。


自分の中で言葉をまとめる時間を要して、口を開く。


「ぎもんはもっともです。はじめに言うと、わたしはそこまでディミトリアスこじんをしんらいしていないわけではありません」


「……そりゃ、何となく分かる」


悠の疑問は、アリシア自身もわかっていることだったのだろう。


さらりと言うアリシアに怪訝な目を向ける悠。


あっさりと悠の疑問を肯定しながら、アリシアは続ける。


「ですが、あの人はザオ教のちゅうすうと言ってもいい人です。とうぜん、あんぶにもふかくかかわっています。そんなかれが私をにがしたことで、今はきかんが目を光らせているはず。そうとうむりな手を使いましたからね。全てをうちあけることはかれをきけんにまきこむかのうせいも……って、どうしたんですか、そのまぬけなかおは」


「いや……いろいろ考えてんだなって思って……」


「どちらかといえば、あなたが色々なことにかんしんがうすいのだと思いますが」


「よく言われる……」


面目ない、という軽薄な笑いに対して大げさにため息を吐くと、アリシアは頭に手をやった。


物静かで何を考えているか掴みづらいアリシアが、呆れたような仕草をすると、不快にさせてしまったかと悠は心配になる。


だが、そうではなく──


くすり、と笑うと、アリシアは顔をほころばせて笑った。


「でも、何もわからなくても私をしんようしてくれたのは、うれしかったですよ」


外見通りの少女がするには大人びていて、年齢通りの少女がするにはすこし子供っぽい笑顔が、振り返る。


クララとカティアとはまた違う可憐さに、思わず悠は足を止めそうになった。


アリシアがこんなふうに笑うというのは意外だったが、まだまだ彼らは出会って日が浅い。


きっとこういう顔をするのがアリシアという女の子なのだと、悠はよく知らなかった自分を叱責するように頭を振るう。


「ん、まあ……そりゃ真剣に言われたからな」


それでもやっぱり気恥ずかしくて、顔は赤くなっていた。


「てれないでください。私まではずかしいじゃないですか」


返ってきたのは辛辣な言葉だったが、それでもいつもよりも少しだけ柔らかい声には、かすかな吐息が混じっていた。

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