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第四十九話:極圏探索隊とディミトリアス

港町モイラス──ザオ教が本拠地を構える世界最大級の都市。


この世界で最も普及した宗教であるザオ教は最大の宗教というだけで身を寄せる人も多く、街の中心に佇む神殿の雄大な姿はモイラスの人々の心の支えにもなっている。


しかし、その内部まで知る者は僅かだ。


要人と呼ばれる様な身分の者が多く集まる神殿には一般者は立ち入れず、巨大な門をくぐれるのはザオ教の中でも地位の高い者のみ。


雄大な姿でそびえ立つ神殿の内部に思いを馳せる者は多く、憧れはそのまま信仰心となって、ザオ教の信者達の心を満たしている──


白の砂漠から帰った悠達は、そんなザオ教の大神殿の中にいた。


悠達が通された部屋の豪奢にして清廉な空気、そして悠達の目の前に立つ青年、大司教ディミトリアスを見れば敬虔な信者は卒倒することだろう。


「へええー! それで、それでどうなったんだい!?」


その人懐こい笑顔と、青年どころか少年のような話のせがみ方を見れば。


これが──いや、彼が人々の信仰を背負って立つ存在、ザオ教大司教のディミトリアスであった。


幻滅、もあるいはするかもしれないが、それよりももっと大きな衝撃を与える。大司教という肩書からはあまりにもかけ離れたギャップは、もはやそれに慣れた悠達でさえ一歩惹かせるエネルギーが発せられていた。


悠達がここを訪れたのは『極圏探索隊』としての活動を報告するためだ。


白の砂漠に到着してから始まった報告──という名の語り聞かせは、巨大蟹グランキオーンを打倒するところまで進んでいた。


グランキオーンが冷凍液をアリシアへ向けて発射するあわやというところで、グランキオーンの真下へ潜り込んだカティアの一閃。


巨大な蟹を倒したあとは贅沢なかに三昧を食べたところで話は終了した。


「……と、まあ俺達が『白の砂漠』の深部で見てきたのはこんなもんかな」


「くう! 僕も食べてみたかったなあ、巨大な蟹を。いや、なかなかの冒険譚だった。事情がなければ面白おかしく盛り上げて本にしたいくらいだよ」


悠の語りを聞き終えたディミトリアスは、どうやら本当に言葉通りに思っているらしく、アリシアを一瞥しかけてから膝を打った。


この話の中には、そこにいてはならない存在がある──そのことに思い至ったのだろう。


悠とクララ、カティアにアリシア。この四人の冒険でなければ、書に記す意味はないのだ。


「本当はディミトリアスにも食べさせたかったんだけどな……日持ちするようなもんがなかったからさ」


「生肉じゃあ怖いからね。その気持だけでも嬉しいさ。ああ、でもカティアは後で料理の感想を聞かせてくれ。調理人のユウの主観じゃどうも謙遜が混じっている気がするからね」


「よくわかっていらっしゃいます。どうもユウは謙遜がお好きなようですので」


「ええ……」


ディミトリアスとカティアの息の合った言葉で日本人特有の謙遜癖を指摘されて、不満げな声を漏らす悠。


納得がいってなさげだが、この国の人々は基本的に自他の評価が正当だ。クララほどではないにしろ、悠も十分この国の中では『珍しい』のである。


「あ、そうだ。料理とか食材は流石に無理だったんだけどさ、武器とかに使えそうな魔物の素材とかは持ってきてるんで見るか?」


居心地の悪い話題を変えたくて、ふと悠は採取してきた魔物の素材をテーブルに上げる。


すると──


「それは本当かい!? 是非、是非見せてほしい!」


「うおお!?」


異常なまでのディミトリアスの食いつきに、悠は文字通りに『引いた』。


「わ、わかった、ちょい待ち……」


鼻息の洗いディミトリアスに気圧されながら、悠は包を解いていく。


そこから現れたのは、白の砂漠で戦った魔物の素材の数々。


ハネマリネズミの骨、ディープホワイトの皮に、グランキオーンのハサミ──


無加工ながら自然を生き抜く彼らの『武器』を見て、ディミトリアスは目を輝かせる。


「おおお……! 素晴らしい! この骨の軽さに靭やかさ! 指まで摩り下ろされそうな皮の質感! 何より、金属のような光沢に嘘みたいな軽さのこのハサミ……! これが自然に存在する生物の一部だというのか……っ」


その入れ込み用は、完成品の武器を見た悠以上だ。


「しょうじき気色わるいですね」


「あ、はは」


「……はあ」


これが世界最大宗教の大司教を勤める男の姿なのか。


ドン引きする女性陣の中でも彼と交友のあるアリシアは遠慮なく棘の付いた言葉で斬りつける。


クララは愛想笑いしかできないものの、カティアは露骨に頭を抑えてため息を吐いていた。


「これが武器になったら是非また僕に見せてほしい! まるで宝石の原石だよ……! 一体どんな姿が現れるのか、興味が尽きない!」


「おう……そうしたいけど、流石にここまで武器を持ち込むのは無理じゃねえかなあ……」


「ああ。ディミトリアス様、親衛隊を下がらせている以上武器の持ち込みはできないでしょう。残念ですが諦めになってください」


「や、やっぱり駄目かい? んぬぬぬぬ……なにか方法はないかな……」


悠とカティアに同時にダメ出しをされ、頭を抱えて身悶えするディミトリアス。


その後もなんとか武器を見られるよう考える悠、説教を続けるカティア、交わされる二人の意見で目まぐるしく表情を変化させるディミトリアス。


まるで長年の付き合いの友人達のような三人を見て、クララは笑みを零した。


「どうしました?」


「ううん、なんでもないんだけど……あったばかりなのに仲がいいなあって」


面白そうにくすりと鼻を鳴らしたクララが気になったのか、アリシアはふと問いかけた。


なんでもない、というふうに、その意見は本当に何気ないものだった。


「こう言ったら失礼になるのかもしれないけど、ああしているとすごく偉い人だとは思えなくって。悠も楽しそうだし、ああいう人がザオ教の偉い人で良かったなあって」


本当に何気ない気持ちで、クララはそう続ける。


人々の前では完全な『大司教』を演じながらもその根は陽気で熱いものを秘めている青年。


多くの人が信頼を寄せる人物がこの様な人で良かった、と誰ともしれないザオ教の信者達に、クララは思いを馳せる。


「そうですか?」


優しげに微笑むクララに対して、アリシアが返したのはそっけない態度だった。


とはいえ、それはいつも眠たげなアリシアがするのには珍しくないものだ。


一言言葉をかわして、クララとアリシアは再び悠達に視線を向ける。


そこではまだまだ気軽な、友人同士がするような談笑が続いていて、つい羨ましくなったクララは話に混ざるため歩いていった。


その背を見つめるアリシアは、一度だけ頭を振るうと『本題』に話を進めるために歩き出す。


やや鋭く細められていた瞳に、いつものまどろみを湛えさせて。


「そろそろ、ほんだいに入りませんか。あなたも、後がおしていることでしょう」


「やあアリシア。……そうだねえ、名残惜しいけど、確かに『次のこと』も気になるし、言うとおりにしようか」


呆れがちにそう告げたアリシアへ柔和な微笑みを向けてから、ディミトリアスは一つ咳払いをした。


勿体つける必要もないのだが、ある意味ではこうした『らしさ』が求められる職業に就いているが故のものなのだろう。


腕を組み、不敵な笑みを作る──芝居がかった動作でも、実際に巨大な組織のトップとして顔を知られた男がすれば、それは真に迫る。


たっぷりと焦らしてから、ディミトリアスはようやく口を開く。


「じゃあ、極圏探索隊のリーダー、ユウ。君に質問しよう。次の行き先はどこなんだい?」


極圏探索隊と、その協力者であるザオ教のトップ。


便宜上の関係を演じながら、問いかける。


そんなディミトリアスの芝居に対して、悠もまたたっぷりと焦らしてから、犬歯を見せて堂々と告げる。


「──『輝きの台地』」


輝きの台地。


その名を聞き、ディミトリアスは満足げに目を細めた。


第二回極圏探索、その目的地は輝きの台地──その決定には、とある文書が関わっていた。


ことは、前日まで遡る。

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