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第四十八話:拳を挙げて

「……やっぱり、ここに居たのはマオル族の人達だったみたい。治癒の力に不老不死を見出され、王国を追われてたどり着いたのが、ここ。最初はここを見つけて順調に暮らしてたみたいだけど、昨日の大きな蟹『グランキオーン』が住み着いたことで外に出られなくなった。そして食べ物も、なにも手に入らなくなって──滅んだ。そんなことが、書いてあったよ」


 しばらくして、ようやく心を落ち着けたクララは、さり気なく自分を励ますように寄り添ってくれる悠の優しさに微笑みながら、本の内容を語った。

 実際には、そこには飢えて死に向かっていく人々の嘆きが詳細に書かれていて──届かない太陽の光を求めて死んでいった、そこまでが仔細に記されていた。

 マオルの記した文字を読めない悠達にはわからなかったが、クララの反応を見れば、それが凄絶な内容であったことは容易に想像が付けられる。


 立ち直ったクララが体勢を正すのを見て、悠はクララからそっと離れた。

 その瞳はまだ赤く腫れていたが、光が戻った──そう形容できるくらいには、気持ちを切り替えられたのがわかったから。


「ということは、やはりクララはマオル族──だったのか」

「えへへ……そうみたい」


 何処か遠い世界のように、確認するのはカティアだ。

 クララ自身も、口に出してさえ実感はない。だがこの本を読めるということは、その血を引いているのは確実だったらしい。


「だから、ここに居た人達に代わってお礼を言うね。ありがとう、ユウ。私達の敵を討ってくれて」

「……そうだな」


 そう、クララが笑う。

 悠はその姿の後ろに、何人かの人影が見えたような気がして、目を瞑る。

 気の所為か、一瞬だけ繋がった何処かからのメッセージか。後者であることを祈りながら目を開くと、その視界は今を見直すためのものに切り替えられた。


「それで、こっちの本なんだけど……」


 マオルの人々の代わりに礼を言うと、クララもまた気持ちを切り替えたようだ。

 もう片方の本を手に取り、開くクララ。

 そこに書かれていた文字はやはり悠達にはわからなかったが──


「も、文字が光ってる……!?」

「魔本か!」


 クララが開いた本の中に記された文字の一部が、蒼く光っていることを確認すると、カティアが上ずった声をあげる。

 魔本。それは魔法を補助する器具の一つだ。予め詠唱を刻んだ文字に魔力を通すことによって、魔法を発現させる。

 マオルの残した、失われた魔法。

 それが今、ここに蘇ろうとしていた。


「『アイシクル』……!」


 その名を解き放つと、クララの視線の先に、巨大な氷柱が発生する。

 高さにして、十メートルはあるだろう。

 大人数が、儀式を必要として行うような大魔術。規模にして、それと遜色のない魔術だった。


「おおおお!?」

「魔本のサポートがあるといえ、名前のみの発言でこれだけの魔術を……!」

「……っ」


 その魔術が、どれほどのものか。途方もなさを理解できるカティアとアリシアは、まさに絶句と言った様子だ。


「『アイシクル』──これ自体は、古いマオル族が編み出した魔法だったみたい。古代から生きる強力な魔物を取り込む、ううん『食べる』ことで、使えるようになる大魔法。……多分『グランキオーン』を食べたから使えるようになったんだと思う。コレさえあればあの怪物とも戦えたかもしれないけど、これを使うためには奴を倒さなきゃいけない、みたいな事が書いてあったよ」


 一瞬で、凄まじい規模の氷柱を発生させる魔法。成る程、確かにコレがあればあの巨大蟹とも渡り合えるかもしれないと、悠は冷や汗を拭う。


「『古代種』って言われる魔物を食べることで使える『古代魔法』。マオル族が逃げたのは、これを大陸から持ち去るためでもあったんだって」


 悲しげに微笑むクララは、その遠い過去に想いを馳せる。

 日記には、これを読めるものに魔本を託すとあった──マオル族の生き残りとして、自分が受け継いでいかなければならない。

 そう、クララは語る。


「できるかな、私なんかに。……私は多分、ここの人達みたいに、最後まで誰かのために何かを残すなんて出来ないと思うし、ユウがいなきゃ、こんなにつらい世界で生きていくなんて出来ないと思う……」


 マオル族の人々は、結びつきが強かったらしい。

 そんな彼らが各地へ散ったのは、どうあってでもマオル族の血と知識を残すためだったのだろう。

 それはクララにとっては重圧だった。

 特別な技術は持たず、身体を動かすのが得意というわけでもない。治癒の魔術だって、マオル族ならば当たり前にできたことだ。


 だが──


「だったらいいじゃねーか。現に俺達はここにいるんだからさ」


 その傍には悠達がいる。

 足りないものがあっても──臆病でも。


「クララぁ! ハッキリしろ! やるか、やらねーか! 使命を果たす、立派なことだ! 俺は全力でサポートするぞ! でも無理やり押し付けられたもんを無理することはねー! 他の誰のでもない、お前の人生だ! 若しくは!」


 煮え切らない態度に業を煮やしたふりをして、悠はクララに掴みかかる。

 一瞬の豹変にクララは眼を点にしてうろたえている。

 そんなクララにニッと微笑んで、悠は続けた。


「生き残りを見っけておっかぶせるのもいいかもしんねーな! さあどうするクララ!」


 まくしたてるようで様々な選択肢を提示する悠。

 飽くまで選択を委ねつつ、それを手伝ってくれるという悠に、クララは──


「……やるよ。魔法も継ぐ、生き残りも探す! だから力を貸して、皆……!」


 立ち上がって、悠だけではない、カティアとアリシアにまで懇願した。

 その吹っ切れように、カティアは犬歯を見せて攻撃的に笑う。


「……いいぞ。今のキミは、とてもいい」

「のりかかったふねですし。あなたたちと見るせかいはたのしい。ええ、力をかしましょう」


 それにアリシアまでが乗っかると、クララは再び悠と向かい合った。

 その瞳に熱いモノを感じると、悠は満足げに笑う。


 ……自分のルーツを探す旅。クララはそれに後ろめたさを感じているフシがあった。

 後ろめたさの根底にあるのはやはり「自分なんて」だ。

 そのクララが、今半ば自己中心的なまでに要望を口にし──己を出した。

 それが、悠には嬉しかった。


「よっしゃあ! じゃあやるぞ! 世界中の美味いモンを食って、その古代魔法って奴を全部使えるようになってみようぜ。世界中巡る内に、マオル族の生き残りだって見つかるかもしれない。クララを生んだ人だって、まだどっかにいるかも知れないしな」


 だったら全力でサポートしてやりたいと思う。

 全員を巻き込んでまで叶えたい願いがあるのなら、力を貸すのが仲間というものだ。


「そのためにも、帰るか! 帰るまでが探索だ。気ィぬくなよォ!」


 悠が拳を握り込むと、クララとカティアも同じようにし、アリシアが慌てて小さな拳を固める。

 事あるごとにやってきたこれはもう、彼らのお決まりになっている。

 意味がないと言えばない行動だが、それは固めた拳のように、凸凹な悠達の結束を固めていく。

 掛け声に合わせて拳を突き上げると、大空洞には大きな鬨が響き渡った。

 寒々しい空さえも、震わせるほどに。



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