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第四十三話:白の衝撃

 白の砂漠を行く旅は続く。

 一本の川沿いを歩いているためとりあえずは道に迷う心配もなく、水の確保も万全だ。

 川を行くという行為そのものが目的──ヒトの痕跡を探すというのに一番の近道ということもあって、全体的に白の砂漠の探索は良い方向に進んでいると言えるだろう。

 当面の心配がなくなると、旅のムードはだいぶ良くなっていた。


「うーむ、しかしさっきから注意深く見てるつもりだけど、中々生き物がいないな」


 ここで後は食料の保証が得られれば、万々歳と言ったところなのだが。

 遠くまで目を凝らすも動きのない風景に、悠はため息を吐く。


「本当だね。やっぱり寂しい所なんだなあって思うよ」

「ここが極圏とされているのはその痩せた地形もあるのだろう」

「かもしれねえなー。また向こうに岩場が見えるから、最悪その辺りじゃなにか手に入ると良いけど……」


 けど、と締めただけあり、その岩場はまだまだ遠い。

 食事が一番の娯楽であるからこそ、食事抜きというのは避けたいものだ。

 幸いまだまだ保存食には余裕がある。腹は減っても動けはするだろうが、こんな寒いところだと温かい食事が何よりの励みになるというのがある。


「あ、皆ちなみに蛇とかってイケる? 蛇って割と色んな所で見るし、このままめぼしいのが見つからなかったらそういうのを食べる機会もあると思うんだけど」


 手持ち無沙汰に、ふと悠はかつて自分が地球で好んでいた生物の名を口にする。

 地球でそれを言えば、割合多くの人が否定的な反応を見せるだろう。

 悠はそれを嫌って趣味を誇れずにいたのだが──何気なくそれ口にできるというのは、彼女たちへの信頼の現れだった。

 それを聞かされたクララ達の反応は様々だ。


「へ、蛇か。まあ……行けるかどうかで言えば、行けるな」

「いいい、蛇はちょっとなあ……でも文句は言えないし、言わないと思う」

「わたしは、べつに。たぶんユウさんの出すものならへいきでしょう」


 その反応は三者三様。しかし、結論はどれも『食べられる』だった。

 別にそれを狙って獲ろうというわけではないが、蛇は生息している地形が多く、割と何処にでもいる。その上案外食べられるものも多いということで、いつか食べる機会が来るであろうと思っていた食材の一つだ。


「とりあえずはイケる、ね。いや、安心したよ」


 もしそこらを這っていたら捕まえるのもいいだろう。比較的自然に近い環境で育ってきたクララが一番否定的な反応をするのは予想外だったが、その辺りはやはり好みの一言に尽きるだろう。

 もしも食べられそうな獲物を見つけたら、たとえそれがゲテモノ寄りでも取っておこう。

 ……悠が、そう決意した瞬間だった。


「……あん? なんかアレ……なんだ、砂が盛り上がってない?」


 進行方向、視界のずっと先で、何かが動いている。最初に見えたのはそんなあやふやな表現しかできない奇っ怪な光景だった。

 悠の言葉につられ、クララがなんとなく──カティアが戦闘に備え、指さした方へと意識を向ける。

 すると確かに、悠の指す先では何かがうごめいていた。

 一見すると、確かに砂の隆起だ。

 持ち上げられた砂が、徐々にコチラの方に近づいてくる。

 隆起したことによって氷の魔力が流され、遠くからは赤茶けた物体が移動しているように見える。

 それが近づいても、悠達はそれが生物だとは思えなかった。

 なにせ砂の塊にしか見えないのだ。だが隆起した砂は真っ直ぐに悠達の方向へと向かってくる。


「おいおいおい、なんだあれ……こっち目指してきてないか?」

「ええ、砂が……!?」

「い、いやまて……確かに、此方へ向かってくる!」


 自然現象にしてはあまりにもピンポイントな狙いに、砂の塊に意思が存在していることを叫ぶのはカティアだった。

 いち早く戦闘態勢を整え、カティアは背にアリシアを隠す。

 しかし、アリシアの前へとカティアが立ちふさがる直前に、それは現れた。

 砂の中から、何かが眼を出すように現れ、成長するように露出していく──

 それは、地面に突き立てられた刃のようにも見える──何かの背鰭だった。

 現代地球人として、教養の一部としてその知識を持つ悠が、その背鰭の形に思わず叫んだ。

 時折テレビで放映されては幼い子供に海水浴場への恐怖を植え付ける存在。


「さ……サメだあぁぁぁぁ!?」


 サメである。

 獰猛にして狡猾、凶暴にして暴食。

 そんな海の殺し屋が、砂を泳いで現れたのだ。

 悠が鮫に抱くイメージはそんなものだったが、実際には鮫が人を襲う確率は低いと言われている。

 だが──


「でぃ、ディープホワイトだッ! 砂を泳ぐ白い鮫! 此方を狙っているぞ!」


 今回悠達が目の辺りにした鮫は明らかにまっすぐと悠達を目指してきていた。

 鼻先が現れると、捕食者特有の鋭い瞳が顕になり、そして──砂の地面を跳ね、その全容を現した。

 ──その姿を一言で表すのならばまさに『白い鮫』。それ以外にありえない。

 しかし、その姿は地球で恐ろしい捕食者として有名なホオジロザメに似ていて、かつ一回り大きかった。


「ま、マジかよ……さ、サメはやべえ……サメはやべえって……」

「どうした!? 珍しく弱気だな!」


 探索隊の武闘派二名は、喋りながらも戦闘態勢を整える。

 だが珍しく弱気な悠に、カティアは困惑を振り払うように叫んだ。

 サメ。それは悠の居た地球では捕食者の中でも一際特別な捕食者だ。


「サメはやべぇ。竜巻に乗って空を飛んだり、霊体になって壁をすり抜けたりするんだぜ……」

「な……なんだと!?」


 サメは数多の映画で恐怖の主役を勤めてきた、人々にとっては特別な捕食者である。

 ライオン、シャチ、ワニ──自然の頂点に座す捕食者は数あれど、サメほど多く物語を作られた動物は、いないだろう。

現代人の悠として、その生物の恐怖は虎やライオンよりもやや身近である。半ばパニックなのは『捕食者』としてのイメージが固まったその姿を目撃したせいだった。


「でもまあ、それはサメの話なんだけど。鮫じゃあない」

「キミは何を言っている!? ああもう、来るぞ!」


 だがよく考えれば、そう。鮫は鮫であってサメではない。具体的にはナントカシャークでは。

 急に冷静になる悠に、カティアは困惑したままだ。だが、とりあえず悠がディープホワイトと呼ばれる鮫に恐れ慄いているわけではないとわかると、カティアの握る剣にも力が入る。

 跳ね上がったディープホワイトは水面に吸い込まれるように、砂の地面に消えていった。

 だが、そこからすぐに浮き上がって、また背鰭を出して泳ぎ始める。

 悠達を威嚇する様に、円を描いて牽制する──まるで、品定めをするような動きに、クララが小さな悲鳴を飲み込んだ。


「砂を泳ぐ鮫かよ……いや、これも十分サメ映画だな……」

「……気をつけろ。奴は音を感知して獲物に襲いかかるそうだ」


 戦闘力で悠達に一歩退くクララとアリシアを互いの背に隠しながら、悠とカティアは冷静に会話を続ける。

 先程のやり取りで、混乱は収まっていた。

 落ち着いて場を見る余裕が生まれると、色々とわかることが増えた。

 まずは、言う通り。ディープホワイトは音を聞いて獲物を補足しているのだろう。カティアと言葉を交わす度、鮫の背鰭が描く円周が狭まるように歪む事を、悠は確認していた。


 砂を泳ぐ、潜るモンスターは音で此方を見分けている──なんていうのはゲームの知識だが、現実にそれが役立ったことで、笑いたくなる気持ちを抑えた。

 ならば倒し方のセオリーもわかってくるというものだ。

 何かを投げて音を立て、攻撃に移った所を攻撃するのが良いだろう。しかし──


「考えてることは同じだろう? だが──」

「何を投げるか、だよな。いやー……流石に投げるための道具とかは持ってきてねえぞ」


 そう、持ち物は最低限。極圏で使うものしか持ってきていない。

 投げ捨てるための道具──なんて、ディープホワイトをピンポイントに狩るための『荷物』は、持ち込んでいないのだ。

 となると。

 ある程度の音を立てられそうなのは武器かテントか、と言ったところだろう。

 他にもあるかもしれないが、それだって使いそうだと思うから持ってきたものだ。探索中に捨てるのは得策ではない。

 そこで、悠は思いついた。

 獲物と誤認させつつ、ここから離れた位置に落とせるものを。


「俺が行くわ」

「なにっ……?」


 それは──自分。

 言い換えるのならば『捕食者』と言ったところだろうか。

 すべての食を制覇する。その夢、それはある意味自然の命の頂点に立つようなものだ。

 避けられない戦いに立ち止まっている暇など無いだろう。


「まあ見てろって。チャンスを作るから、暫く音を立てないでいてくれ」


 カティアだけでなく、クララ達にも言葉を向けつつ、悠は走り出した。

 固まっていた厄介な『音』の中で、孤立したモノが現れた好都合に、ディープホワイトはその軌道を大幅に修正した。

 向かうは悠。

 予想外だったのは、巨大サメの俊敏性だ。まるで小魚のような瞬発力に、悠はぎょっとする。

 しかしそれを最悪の事態として計算した上で、悠には十分な勝機があった。


「ィよっと!」


 鮫の背鰭が見る見るうちに近づき、悠を射程内に収める──その瞬間、悠は『反発』の力を発動させた。

 ごく僅かな動きで悠の体は一瞬で数メートル先へと運ばれていた。

 今は『かつて』悠が居た場所に、鋭く乾いた火打ち石をぶつけるような音が響く。

 顔を出したディープホワイトが、歯を打ち付けたのだ。

 その鋭い歯に、ひゅうと口笛を吹くと、それが標となって地中に帰ったディープホワイトは動き始めた。

 何度か同じことを繰り返していると、やがて悠は徐々に三人が固まる場所へと近づいていった。

 『その時』が来る時をただ待ちながら、カティアは静かに剣を構え直す。

 そして──


「今だッ」

「心得た!」


 ディープホワイトにとっては『最後の』跳躍。

 悠をめがけて飛び出したその軌道は、カティアの眼の前だった。

 鋭く、何よりも疾く──剣を一閃、振り下ろすと、鮫の顔と胴体は分かたれた。

 明確な意思を失った鮫の身体が慣性に支配され始めると、悠はもう一度だけ『反発』を使用して返り血さえも避けてみせた。

 砂を擦る軽やかな音の直後に大きな音が二つ、地を揺らすと、顔を上げた悠はカティアと微笑みあった。


「いぇ~い。さっすがカティア!」

「いや、キミの囮があってこそさ。素晴らしい俊敏性だったぞ、ユウ」


 そして近づき──ハイタッチ。

 ドラゴンとの戦いを経て、二人は徐々に息を合わせ、戦闘においては相棒と言えるほどになっていた。


「こ……怖かったぁ~……砂を泳ぐ生き物なんて、いたんだ……」

「……大きいというのは、おそろしいですね。しょうじき、ふるえています」


 悠とカティアの息があった強さの前に、ディープホワイトはもはや敵ではなかったと言ってもいいだろう。

 しかしその体躯、対応しづらい足元──その更に下、地下から受けかねない攻撃の数々は紛れもなく強敵だ。少なくとも大陸においては頂点さえ取りうる魔物──軽々とそんな『獲物』を狩る二人に、クララとアリシアは羨望にも似た目で二人を見つめた。


「さて……思わぬ所で戦闘になってしまったが──ユウ、どうだ。これは食べられそうか?」


 だが、それも終わってしまえばかつてがどうであったかなど関係はない。

 ある意味それこそがシビアな自然の掟そのものだ。

 カティアの視線に、悠は親指を立てて、言った。


「もちろん! 今日の晩飯、ゲットだな!」


 自然界では食うか食われるか。食う側が食われる側に回らないとは限らない。

 悠達でさえ、万全を整えねば、思わぬ相手に遅れを取ることがあるかもしれない。

 だからこそ、こうして万全を整えるのだ。

 腹が減っては戦は出来ぬ。だったら食えばいいだろ!


「いやー、ウデが鳴る! ちょっと早いけど今日はここで飯にするぞー!」


 新鮮な鮫。手に入れようとも中々手に入れることが叶わないソレを手に入れたことで、悠ははやる気持ちをごまかすように、ドラゴンナイフをくるりと回した。



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― 新着の感想 ―
[一言] サメだと余剰エネルギーは肝臓に貯めるのか? 所謂肝油だが?良い食用油に成るかも ラードのような?肝臓調理するのもアリかも? 皮に包んで砂に埋めて蒸し焼きにすると フォアグラあん肝みたいに食え…
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